騎士、意外とある
おい
羽衣狐様が大変なことになったぞ。
「んにゃ……、朝か。」
モゾリと毛布を被った彼が起きあがる。体を伸ばせば体のいたるところよりコキリと軽快な音を鳴らし、彼は欠伸をもらして辺りを見回した。既に灰が積もったたき火の跡を挟んで反対側には暢気そうに勇者がいびきを立て寝ている姿が目に入る。
「外は嫌だよとか良いながら最高に寝てるな、アホらし。」
昨日、王女と魔女が格好云々言い出し馬車の中で寝ることとなった。それに異議を出した、意義というか情けない限りだが勇者は自分は?とか言い出したのを彼は思い出した。尻尾をパタパタをさせ尻尾についた砂埃を取り払う。王女も魔女もとても旅の途中とは思えない格好であるが、二人とも服の汚れを取り払う魔法は使えるという。実に羨ましいことだが、それに非力な女性という件もあった。騎士はあれだ、強いからだ。そういうわけで現代っ子のドキドキ魔獣が住む平原の真ん中でお泊まり会!が始まったのであった、
「ほい、ほい、ほいっと。」
彼は軽く体を伸ばしたあと、すぐ近くにあった大木にまるで猿のごとく飛び乗り駆け上っていく。数十メートルはあるかという巨木だが、彼は数秒もたたずに頂上へと上がりきりそのまま東のほうへと目を向けた。反対の西側では星がまだ輝いているころだが、次第に東の空は明るく霞んでいく様子が見えた。太陽が昇ってきている、明るくなるにつれ夜の闇に隠れた雲も次々と姿を現す。
「本日東の方晴天なり。」
見る限り、地平線の彼方まで雨雲らしき大きな雲は一つも無く彼はご機嫌そうに尻尾を振った。その時だが、ご機嫌であった彼を邪魔するがごとく、ふと、彼は近付いてくる気配を感じた。ずっと感じていた気配の正体、というか旅の仲間――勇者パーティということから考えると彼が仲間という話なのだが――である勇者だった。
「なんだ勇者か、早起きだな。」
「こっちの台詞だよ桜花、夜明け見てんの?」
「おめーには関係のないことさ、確かに夜明けを見ているだけだけどねぃ。」
「ハハハ、何だよソレ……すげぇな。」
「何が?」
会話の途中で、勇者の突然の台詞に彼は気になって尋ねた。勇者もまた同じように東に視線を向けている。顔を見せ始めた太陽の、まだ淡く夕日のごとく燃えるような光が彼を照らし、勇者の影を作っていた。彼としては見慣れた光景である、いつも見ている夜明けのこの一時。しかし勇者は見たことがないという、彼がそれを知る由は無いのだが。
「夜明けだよ、なんかさ、すげぇ……ってね。」
「……お前本当に記憶喪失か?」
彼らとしてはこういう夜明けなど常識の範囲である。知らないはずの勇者から見れば確かに珍しいものだが……、だからこそ彼は思ったのである。一体何と比較してこの夜明けがすごいのか、と。故に尋ねた、ふと考えれば最初っから疑わしいことではあったが……。記憶が無いと言うより"常識だけ"が吹っ飛んでいるような、勇者はそっちのほうがわかりやすい行動をしていたのだ。
「……時が来たら話すよ。」
「すっげぇダセぇなその台詞、言ってて恥ずかしくないの、ケッケッケ。」
「言った直後に後悔したわ。」
「まぁぶっちゃけお前の状態とかどうでもいいんだけどね。」
「……」
勇者はふいに口を閉ざす。そんな勇者を、何か空気が変わったのを感じた彼ではあるが、とうに興味も失せ視線を地平線の彼方へと向けた。太陽の光がまさしく燃えるように、そんな比喩が出てくるほど赤く大平原の草木草花を色づけ、遠くの果てに見える獣の群もまたそんな太陽に感謝するように歩いていた。空の青と、太陽の赤が混ざり合い微かな紫を作り出す色の情景は、所詮色の変化であったが、勇者には何よりも尊いものに見えた。
「あのさ。」
「何?」
「次の街って、いつごろつくのかな。」
「一番近い街……というか泊まれる村なら後半日、お前の目的である巡礼地は村から林道を通ってもう1日って所だ、順調にいけるならな。まぁそりゃ無理だろうから着くなら三日後って所。この辺りは強い魔獣もいないし、例えはぐれドラゴンがいようとも撃退なら可能だ、何を深く考える?」
「ドラゴン、って……撃退出来るかどうかはおいといて怖ェよ。……それにしても巡礼か。」
「深く考えるな勇者、これはお前の旅でもあるが俺たちの旅でもあるんだ。」
「……そうだな。」
「フン。」
こいつもう知らね、と言いたげに尻尾を一回と振る彼をなぜかムカツクのだが妙にいい笑顔で見る勇者は、今日もいい日でありますように、と姿を完全に現した丸い太陽に向かったそっと呟いた。そのすぐ後にガタンと物音がしたかと思うと体を伸ばしながらこっちへと歩いてくる王女の姿があった。
「おはようございますなのですタケル様!……あとオマケの駄狐ェ。」
「ははは、おはようエルリア。」
王女の物言いに苦笑する勇者と、駄狐扱いされた彼は不機嫌な顔を隠さずに耳をピョコピョコさせる。彼はとくに挨拶を返すわけでもなく、王女と一緒に寝ていた(エロくない)魔女が未だに起きてこないことについて尋ねた。
「魔女っ子は?」
「マニラでしたらまだ眠ってるのです、すごい顔で。」
「なんちゅー余計な一言を、朝弱いのか…。」
ある意味イメージ通りだな、と勇者の言葉の後側でそう思っていた狐耳の彼だった。魔法という不思議パワーを使う人はだいたい、何故か体力不足というか研究人のせいか基本的に彷徨かない。例え馬車でギッタンギッタン(エロくない)揺らされていたとしても、日光とか色々な要素が体力をヌルヌル削っていくのだろう。勇者を言葉に笑いながら、王女は辺りをキョロキョロし、そうしたかと思うと居るはずの者がいないせいか、王女はそれについて尋ねた。
「クリスティとジーニアスはどこいったのです?」
「あれ?そういえば二人は……?」
「ジーニアスは森、クリスは水浴びだ。」
「(二人は名前で呼ぶんだな……。)」
魔女のことは、妙にぶつかることもあってか"魔女っ子"と呼ぶ。魔法少女と呼ばないあたりが実に正しいことだが、だからといって魔女っ子というのもまた不思議なものだと勇者は思った。ただ、自分が未だに一度も名前を呼ばれたことがないためか勇者はそれを思い出し思わず顔をしかめた。その表情を、わかってるぜ、と言いたげにウンウン頷きながら口を開いた。勇者の行動など彼には全てお見通しだったのだ。
「なにか不満げだなクソ勇者、わかってるぜ、川まで案内してやろう。」
「……へぇ、勇者様?そんなことはもちろん――」
「いや、勘弁してくれ。……怖いしそもそも違うから。」
勇者がチラっと横を見れば"ゴゴゴゴゴゴ"という謎の威圧感を出しながら、真っ黒に染まった王女がそこにいた。ツインテールがまるで威嚇するヘビの如くうねる様、まさしく氾濫した黄河である。もっとも黄河とか言ったって勇者にしか理解出来ないであろう。彼は内心で、燃えろ、とか思いながらも乳繰り合う二人を見ては口を開く。
「つまらん、違うのか……お、帰ってきた。」
「………ただいま、朝ご飯。」
再び籠を背負って現れたのは暗殺者であった。果物や山菜を中心としたものがギッシリと籠の中に詰まっていた。美味しく食べて余れば村や町で売るという実に素晴らしい行為である。そういえば、と勇者が口を開く。暗殺者は細長い耳をピクリと動かし勇者を見た。無表情で感情がよくわからない、しかし暗蒼色の不思議な皮膚と合わさって妙に魅力的な金色の眼に見つめられた勇者は思わず顔を赤くし目を背けた。ゴホン、と咳払いして勇者は言う。
「いつごろ森に入っていたんだ?」
「………何分?」
「30分前ちょいだな。」
「えっ。」
「なにそれこわいのです。」
30分で子供一人がスッポリと入りそうな籠に、一杯になるまで野菜やら果物やらを詰め込む存在がどこにいようか、いやいるまい。やはりファンタジーだぜ、と勇者は思わず明日の方向を見ながらそう思った。
「………マニラ。」
「まだ寝てるのです。」
「………クリス。」
「水浴びだとよ。」
「………ん。」
「(会話が薄いッッ!)」
なんてこったい!と勇者は思わず体をねじった。突然に奇怪な行動をとった勇者に対しては、さすがの王女も驚きを隠せず何かの病気かと勘違いをし、彼にいたっては生暖かい目でやさしく見守るだけだった。
「ただいま戻り……なんでしょうかこの空気は。」
「………おかえり。」
その後彼らは勇者に対して、暖かい目を送りながら魔女がおきてくるのを待つのであった。ちなみに、これは蛇足だが騎士が帰ってきたとき勇者は、さぁ出発だ、とやる気を出して馬車で絶賛睡眠中の魔女に突貫、再びなんともえいない叫び声がこだましたという。勇者の勇気ある行動で目を覚ました魔女を確認して、さてと、と彼は馬車の馬に乗り続くように仲間達も馬車へと乗り込む。最初の朝日を越えて今日も旅は始まった。
『ゲルドレー林道』
勇者の最初の目的地、中心に位置するミドルアークより南に位置する自治区『メルディーナ』はその林道を越えた先にある。林道の入り口付近には貿易が盛んな小さな町があり、勇者達は1日そこで休憩を取り、林道へと至るための準備を始めるのだった。
先にある自治区メルディーナはよくある工業都市の一つであり金属加工……主に武具に関しては世界随一を誇る。といっても極一部にはそれを越える武具を作る存在もいるが、都市全体という考えからするとメルディーナに軍配が上がるだろう。武具に関しては進んでいるため、冒険者や武器商人の姿はミドルアークよりも多い。ギルドの大きな支部も存在しており経済は極めて好、ただし荒くれ者などが多いのもまた事実である。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、……てやぁ!!」
「甘いですよタケル殿。」
「何ぃッ!?ってうわぁ!?」
「これで0勝27敗目ね。」
「クリスティもっと手加減するのです!」
「いや訓練だからダメだろ。」
林道へと至ろうとする町の一角にて、騎士と勇者は木剣であるが、剣を交えていた。というのも全て勇者の訓練のためである。先日に一件で、思ったより勇者が体力があることがわかったため――本人は何故か否定しているが――体力づくりをすっぽかして実戦形式で体に叩き込もうという作戦に出たのである。訓練が面倒だから実戦形式、これが異世界クォリティ。
「(悔しい!……けど手加減されちゃうッ!)」
ビクンビクン、と木剣で散々叩き付けられた影響で体のいたる所が震えている。勇者自身も実に当たり前のことだとわかっているが、女性である騎士にフルボッコにされ、あまつさえ"もっと手加減しろ"なんて言葉まで出る始末、世の中上手くいかないものである。
「ですが才能はありますよ、もっと自信をもっと下さいタケル殿。」
「そ、そうかな、ハハハ。」
「俺様とはまだ訓練出来ねぇーな。」
「どうしてなのですか?」
「死んじゃうよーん。」
「それって訓練じゃないのです……。」
武器の都合上、彼の一撃は即死級の破壊力を持つ。変幻自在に柄や頭部の大きさが変わる代物だが、その上限は彼自身もよくわからないらしい。ただ、驚くことに人間の数十倍もの体躯の魔獣を丸ごと地面に叩き付けるほどの大きさに変えて彼は戦うという。それを振り回す見た目10歳の狐オプション完備の男の娘、実にロマンティックが上がっている。
なにはともわれ、そういうわけで例え木製の槌を使おうにも今の勇者には受け身の取り方も不十分、それ以下であるため下手をしたら木っ端微塵の大喝采間違いない。剣と格闘、体の強化を中心とした魔法の会得まで、彼との訓練は無さそうである。勇者は安心したような不安なような、そんな不思議な感情を抱いた。
「魔法の基本は理解よ、しっかりと学びなさい研究しなさい頭に叩き込みなさい。」
「わけわかんねェ……。」
そしていざ憧れの魔法の勉強に至ると、今までの憧れが全て吹き飛ぶほどの勉強会である。属性の話はわかるが、魔力なんたらオドとマナなんたら、理解に構築出現神秘虎之穴とまずそこから理解出来ない勇者脳である、もっと頑張って欲しいものだ。
「お腹空いた……。」
「もう?まだ序章って感じなんだけど。」
「ヘヘ、勘弁してほしいぜ!」
「はいはい。」
キリッ、と笑顔で言う勇者に興味も無さそうに淡々と返す魔女。そんな二人をプラプラと尻尾を揺らしながら見ている彼は、
「……夫婦かよ。」
と軽く呟いた。妻夫漫才とでも言いたいのか、あながち間違ってもいないが勇者と魔女の組み合わせはなかなか珍しいことである。勇者を観察してもみても、剣や格闘の訓練より魔法のほうがやる気があるように見えたのだ。更に驚くことに、勇者は記憶喪失らしいのだが最低限どころか、下手をするとどこかの"教育機関"に所属していた可能性が出てくるほどの教養っぷりを見せていた。最初文字を見たとき妙に頭を捻っていたが…、と彼はそこまで考えたが、わかる通りそれは全て正しい。
まぁいいか、と彼は手を頭の後に回してゴロンと寝転がり目を瞑った。ただの記憶喪失ではないことは間違いない、聞く気もないし、話すまで待つということもしない。それが今の彼の思考だった。
「……嫌な予感がしたのです!」
「………?」
彼の呟きに反応したのか、彼と王女との距離はかなり離れているはずだが……、とりあえず何かが王女を突き動かした。キュピーンと新しいタイプにでも覚醒したのか、その勘は凄まじいものであろう。特に何もなかったが…。もやもやした何かをまといながら買出し組みの王女と暗殺者は、勇者が体から脳までなじられている一角へと戻ってきた。
「姫様おかりなさい。ちゃんと買えましたか?」
「もちろんなのです!……でも香辛料とかはかなり限られてたのです、残念なのですよ。」
「こんなところで塩が手にはいるだけでも御の字さ、あーやだやだ、これだから王宮ぐらしは。」
「うぬぅ。」
「(海なんかねーのに塩かー?)」
「お前の巡礼地であるメルディーナの近くに海があるんだ、そこの付近の町から交易してんのさ。」
さっきから塩塩と、人間が生きていくのに必要な塩が森林地帯で普通に手にはいることに疑問ありまくりの勇者であったが、勇者の疑問に満ちた表情に気付いた彼は無知だねー、と言いながらも勇者に説明する。
「なるほどなー、メルディーナってどういう場所なんだ?」
「勇者の最初の巡礼地よ、鍛冶の町で有名ね。」
「巡礼地……正確にはメルディーナの一角にある神殿ですが、そこにはかつて最初の勇者が使ったという神具が封印されているそうですよ?」
「え?マジで?」
「マジなのですよ~。」
何気にテンション上がってきた勇者である。初代勇者、その上神具、ここまで脳味噌を揺さぶるワードは他にはないだろう。ただ、勇者には一つ気になることがあった。
「"いるそう"って、実際どうなの?」
「偉い人と宗教人がそう言ってんだよ、事実無根の詳細不明ってな。」
「まぁそういうことなのですけど。」
「あぁはいそうですか…。」
今回の勇者のテンションの上下っぷりは見物である。彼は浮き沈みの激しい勇者を見て、結構な頻度であるが、旅に参加したことを後悔し始めてきた。そもそも、これは彼本人しか知らないことだが"勇者の旅"に彼自身が参加するのは極めておかしいことであったのだ。
「(魔王を倒す武器の神具が、ね……。覚悟を決めろよクソ勇者。)」
彼は目を瞑り瞑想を始めた。故郷を想い、かつてを思い、今を過ごす。力なくしおれた尻尾が何を現すのだろうか。彼は腰元に括り付けられた白銀色の金鎚を撫でながら思考を続けた。勇者がその光景を見ていることに気付かずに……。
『勇者ハ明日モ頑張ルヨウデス』
『魔槌士』
まっついし、火力が命の脳筋野郎、かと思えば案外教養はある。魔法とハンマーを組み合わせて戦うパーティの火力担当である。名乗る人物はかなり少なく、鍛冶士といったハンマーに関係するクラスからの転向が主流。しかし魔法と組み合わせるといっても精々ハンマーに雷を纏わせたりとするのだけである、が単純な火力は魔法を越えるだろう。城壁や攻城兵器、完全武装兵を破壊したりと活躍の度合いは高い。狐は主に炎の属性を使い粉砕する、大きさが変わる金鎚と組み合わさって凶悪極まりない。