後編
連鎖する惨劇。耳に金蝋を流し込まれた美波、口を針金で縫い合わされた中島、そして狂乱の末に吹雪の闇へと消えた佐伯。
全ての犠牲者が、村に伝わる4体の猿像を模していることに気づいた久世。
警察も当てにならない極限状態の中、久世は、学生たちを陥れた黒幕が潜む「選鉱場奥の洞窟」へと、発掘用のタガネとハンマーだけを手に単身乗り込んでいく
選鉱場奥の洞窟
そこには、黄金の玉座に座る「先代ヤマガル様」と、その前で狂喜乱舞し、金塊を袋に詰め込む佐伯の姿があった。
傍らには、山中がライフルを構えて立っている。
エジプトでの発掘調査中に現地民にライフルを向けられた時に比べれば…日高の山中でヒグマと出会ってしまった時に比べれば、と自分を励ましてみたが、この狂信者達は脅しもなく人を撃つだろう、人を傷つける事に何の関心もないのだろうから。
「先生、気づいちゃったんだね!この村は最高だよ!ちょっと『生贄』を用意してやれば、金塊を切り分けさせてくれるんだから。高橋も美波も中嶋も、僕の将来のための投資さ!」
久世は、発掘用のハンマーを固く握りしめ、冷徹に告げた。
「佐伯君。君の演技には嘘があった。考古学者は、どんな小さな綻びも見逃さない。……死体や遺物は嘘をつかないが、生きた人間は平然と嘘をつく。だが、君の嘘はあまりに稚拙だった」
久世の一歩が、洞窟に響く。
「考古学者は数千年前の足跡の『乱れ』から真実を読み解く。美波君が襲われた現場に残された君の足跡。それは恐怖する者の歩幅ではなく、獲物を追い詰める者のそれだったよ。君がこの村に呼び戻されたのは、君に金を与える為じゃない。君のその『底なしの強欲』が、ヤマガル様の新しい肉体として、最も適した『素材』だったからだ」
「……黙れ!死ねよ、先生!」
佐伯がナイフで飛びかかる。だが、久世は使い慣れたハンマーを一閃させ、その刃を根本から叩き折った。
「君は『山狩』の本当の意味を知らない。アイヌから黄金を奪い、彼らを『猿(獣)』と蔑んだ4人の和人たちの罪。その呪いを封じ込めるために、代々迷い込んだ者を『生きた柱』として繋ぎ止めてきた……それがヤマガル様の正体だ」
その瞬間、洞窟の壁だと思っていた金色の塊が、ゆっくりと動き出した。
黄金に浸食され、人間としての原形を留めない先代のヤマガル様が、新しい「肉」である佐伯を求めて這い出してきたのだ。
「……バカな、話が違うぞ! 山上! 山中!」
佐伯の絶叫が響くが、山中は冷たく笑い、ライフルを向けた。
「新しいヤマガル様の誕生だ。これでまた、村の繁栄は約束される」
「本家筋の者がヤマガル様に選ばれるとは光栄な事だ」
「こらからは贄が1人少なくて楽になるかもしれん」
「ありがたや、ありがたや」
などと口々に囃し立てる
私は発掘用のタガネを手に取り、洞窟の天井を支える「歪な金塊の支柱」へと歩み寄る。そこには、歴代の犠牲者たちの骨が、金塊を支えるように積み重なっていた
「悪いがこの村の繁栄は、ここで終わりだ」
支柱にタガネを押し当てハンマーを渾身の力で振り下ろす。
「ギンッ」という鋭い音が空洞を駆け抜け、地響きへと変わった。
山上と山中が何か喚いているが、もう遅い
御猿辺村本来の地名、オ・サッ・ペツ。干上がった川が、今度は岩と黄金の濁流となって全てを飲み込み始めた。
出口に近かった私は何度も転びながら洞窟を抜け
選鉱場を駆け抜け、泥と雪に塗れ、心臓の鼓動が酸素を奪う、もう走れない、歩こうにも足に力が入らない、だが、村の境界のバス停へと這いずるように進んだ、少しでも遠くへ、背後では、黄金の呪いごと村を飲み込んだ土砂崩れの轟音が、獣の咆哮のように響き続けている。
どれくらい時間がかかっただろうか
視界を遮る吹雪の向こうに、見覚えのある車のシルエットが見えた時は、もう力が入らない足を殴りつけ、駆け寄った
「河合……! 河合! 俺だ!開けてくれ!」
狂ったように助手席の窓を叩いてみるが、車内からは応答がない。嫌な汗が背中を伝う。まさか、村人達が先回りして――。
助手席の窓に積もる雪を払いのけ、恐る恐る窓を覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは、シートをリクライニングさせ、開いた口から大いびきをかいて爆睡している河合の姿だった。ダッシュボードには食べ終わったコンビニ弁当と、読みかけの郷土史の本が散乱している。
「…………」
数秒の間、私は虚空を見つめた。
ヤマガル様の啼鳴、五感を奪われた学生たち、黄金に憑かれた男たちの末路。それら全てが、この男の脳天気なイビキひとつで、ひどく質の悪い白昼夢へと塗り替えられていく。
震える手で、腰のホルスターから愛用のハンマーを引き抜いた。
そして、ガラスを割らない程度の絶妙な力加減で、河合の側頭部に近いピラーを「ゴンッ」と一突きした。
「……痛ってぇえええ! な、なんだ?御猿辺の奴らか!? ヤマガル様が出たのか!?」
跳ね起きてハンドルに額をぶつける姿に、力が抜けて笑いが溢れる
「……悪いな。岩盤の硬度を確かめただけだ。さあ、出せ!死ぬほど熱いコーヒーを飲ませろ、駅の黒い蕎麦もだ」
「へいへい、学者様の仰せのままに。……ったく、泥だらけじゃねえか。雪崩か?土砂崩れか?土産話は道中だけじゃ足りねえな。今日はウチに泊まって、ゆっくり聞かせろよ」」
泥だらけのジープが、場違いに明るい音楽を響かせて雪道を走り出す。
バックミラーに映る境界のバス停は、すぐに深い霧と闇の中に消えていった。
2日後、吹雪が止むのを待って
捜索隊が村に入った時、そこには何もなかった。
豪華な高級車は土砂に埋もれ、トタン屋根の家々は雪の重みで潰れていた。
ただ、地下深くから、時折「ヒィ、ヒィ」という、猿とも人ともつかない啼鳴が響いていたという。
唯一の生存者であった小林巡査は、今も夜は耳を塞がなければ眠れないらしい。
その年の春
ある学術雑誌に、匿名で一篇の論文が寄稿された。
『道北・御猿辺村における地名歪曲と、閉鎖環境下での擬似信仰に関する一考察』
(完)
『御猿辺村黄金伝説』、最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
「金田一耕助」的なおどろおどろしい因習村の恐怖と、考古学者の理性による謎解きを楽しんでいただけたでしょうか。
もし少しでも「ゾクッとした!」「ラストの脱出劇でスカッとした!」と思っていただけましたら、何らかのアクションで応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
久世倫太郎の次の「発掘調査(事件)」がまたいつか始まりますように。
改めて、お付き合いいただきありがとうございました!




