死んだ男の叫び
古びたアパートに住む、大学生の四谷美紀、20歳。引っ越しを機に新生活を始めたばかりだ。
だが、借りた部屋はどこかおかしい。電灯が不気味に点滅し、テレビが勝手に消える。夜になると、影のようなものが視界の端をよぎる。
心霊現象を薄っすら感じながら、美紀は不安を押し殺して日々を過ごす。
バイト帰りのある夜、部屋の座椅子に座り、疲れた体を休めていたとき、肩に冷たい手が置かれる感触がした。
振り返る勇気はない。
だが、恐る恐る視線を動かすと、鏡に映った自分の肩に、青白い手が乗っているのがはっきり見えた。
幽霊だ。
美紀の心臓が凍りつく。
美紀は肩に置かれた冷たい感触と同じように、息が止まる。
気づかないふりをしなければ。心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が背中を伝う。携帯を握りしめ、震える指でスクロールするが、背後の気配が重く圧し掛かる。
「……見えてるんだろ?」
低く、かすれた声が部屋に響く。美紀の体がビクッと震え、携帯を握る手が強張る。
「ち、違うもん……見えてないし……」
震える声で言い訳しながら、背後の気配から逃れるように、ゆっくりと体を動かす。だが、幽霊の声は執拗に追いかけてくる。
「……答えてるよな。見えてるんだろ?」
美紀は小声で早口にまくし立て、部屋の隅へ逃げるように移動する。
「あ、あの……独り言だよ。誰もいないのに話しかけてるだけ……」
幽霊が叫ぶ。
「じゃあ、ここで服、脱いですっぽんぽんになるぞ!?お前、見えてるんやろ!?」
美紀は顔を真っ赤にし、両手で耳を塞ぎながら叫ぶ。部屋の隅まで逃げ、壁に背を押し付ける。
「きゃっ!や、やめてください!本当に見えないんです!」
幽霊は気楽な口調で続ける。
「もういいって。見えてる前提で話しよや?そっちの方が早いし」
美紀は震える声で、壁際から幽霊を睨みつける。警戒心を解かず、目を細める。
「うぅ……もう……わかった。見えるよ……でも、変なことしたら警察呼ぶからね!」
「警察はワシの事は見えへんから意味ないで?」
美紀は唇を噛み、おずおずと尋ねる。
「そ、そうだけど……でも、あなたが本当に幽霊なら……私に危害加えたりしない……よね?」
幽霊は気さくに答える。鏡に映る青白い影が、わずかに揺れる。
「まぁ、幽霊言うても元人間やからな。別に嬢ちゃんの事、殺そうとか、こっちの世界に連れてこよとかはワシは思ってない」
美紀は少し安堵の表情を見せ、肩の力をわずかに緩める。
「そ、そう……普通の幽霊なんだ……でも、なんで私に憑いてるの……?」
「多分、ワシがここの部屋で死んだからやな。もう20年ぐらい前かな?餅、喉に詰まらせて死んでもたんよ」
美紀は信じられないといった表情で、目を丸くする。
「え、そんな……お餅なんかで……そんな漫画みたいな死に方するなんて……あ、いや……その、ごめんなさい...」
「いや、ええよ。まだ笑ってもらった方がマシや。それで話戻るけど、嬢ちゃんは多分ワシと波長があったんやろな?20年ぐらいずっと誰も見えない暗闇で過ごしてたんやけど、たまたまここに越してきた嬢ちゃんの事は見えた」
美紀の声が少し優しくなる。警戒心は残しつつも、幽霊の話に耳を傾ける。
「そ、そうなんだ……でも、ずっと一人だったの?寂しくなかった?」
「まぁ、寂しい言うちゃ寂しいけどな……ワシ、オタクやったから慣れっこや」
美紀は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪え、興味深そうに尋ねる。
「え、オタク?な、何のオタクだったの……?」
「ゲームオタクや。それでワシが成仏出来へんの多分、そこに理由があるねん」
「ゲーム……?もしかして、今でもゲームとかできるの?」
「いや〜、もう今は出来へん。触る事も出来へんやろ」
美紀は少し申し訳なさそうな表情で、頬を赤らめる。
「そっか……ねぇ、良かったら、私がゲームしてる所見る?」
「あのなぁ?嬢ちゃん、ワシが死んでから20年後のゲームやってるやろ?多分、ワシそんな難しいゲームわからんと思うんよ」
「あ、そっか」
美紀は申し訳なさそうに呟き、目を伏せる。だが、すぐに顔を上げ、提案する。
「じゃあ、昔のゲームの話とか……聞かせてくれる?」
幽霊の声が弾む。鏡に映る影が、わずかに動き出す。




