ダンジョンマスターですが、頭の悪い顧客が多すぎます
「それでは依頼を受けられません」
ダンジョンマスターを生業とする私は、今日も予算に見合わない依頼を断っていた。
「そんなぁクリエナちゃん、そこをなんとかしてよぉ」
「だめです」
「クリエナちゃぁん……」
「気持ち悪いです」
「うぅ……」
「利害が成立しなければ断られるなんて、どんな取引でも同じでしょうに、そんなことすら分からないんですか?」
その場で泣き出すオーク族の男に、私は取引成立の基本を教えたのち出禁処置とした。
予算に見合わない安価で、依頼を試みるのは別に構わない。
問題は情に訴えかけて、我を通そうとした態度だ。
泣きつき居座るなんて、ただの営業妨害でしかない。
「おー、今日もクリエナちゃんの毒舌が冴えわたるねぇ」
「ああ、師匠ですか」
私をからかうように現れたのはダンジョンマスターの師匠ビルディアだ。
彼は今も現役のダンジョンマスターだが、しょっちゅう自分の仕事をさぼっては私のところへ顔を出していた。
「何しに来たんですか?」
「おう、ちょっと様子を見に来ただけだ」
「またですか?」
「そう邪険にするなって」
彼が私の元へ訪ねてくるのは、師匠として見守っているからではない。
厄介な上位魔族を相手に、物怖じせず追っ払う私の姿を見るのが楽しいらしい。
彼はゴブリン族──すなわち下級魔族であるため、上位魔族に無茶ぶりをされても腰が引けてしまい、きちんと断れることができない。
それゆえに厄介な上位魔族への鬱憤を溜め込んでいた。
「今日はそろそろ店じまいだろ?」
「そうですね」
この言い回しは酒の席に付き合えって流れだ。
いつもは断っていたが、今日は彼に付き合うのも悪くない。
なぜなら酒の肴になる話を提供できるからだ。
「それじゃ一杯付き合えよ」
「いいですよ。今日は面白い話ができそうですから」
「おっしゃ、じゃあ行こうぜ」
私たちは酒の席に着く。
師匠の行きつけの酒場だけあって、下級魔族の姿が目立つ。
そのためか上位魔族である私の姿を見て、数組の客が黙り込んだ。
「ところで面白い話って、どんな客が来たんだ?」
「師匠も知ってる方ですよ」
「ほぅ……」
二週間前の出来事だ。
「天井のない広いダンジョンを作ってくれ」
それが依頼主の第一声だった。
天井のない空間をダンジョンとは呼ばない。
非常識な彼の発言に、私は唖然としていた。
「は?」
「天井があると自由に飛べないのが不便でな……」
「それはそうでしょうね」
大型のドラゴン族である彼にとって、小さなダンジョンでは窮屈で仕方ないだろう。
だったら山に巣でも作ればいい。
何でわざわざダンジョンを求めるのか?
私はそれが分からなかった。
「ダンジョンで生活せずに、山に巣を作ったらどうですか?」
「なるほど、その手があったか!」
こいつ、アホだ。
まさかダンジョンの外で暮らす選択肢すら知らなかったとは……
しかも成体のドラゴン族は半数以上が、ダンジョンの外で暮らしている。
この男、世間知らずにも程がある。
「山暮らしか。ワクワクしてきた」
なんというか発言も子供っぽい。
よっぽどのお坊ちゃまなのだろう。
「ありがとな、また会おうぜ」
そう言って彼は去っていった。
彼が炎竜帝フレアルフィアーと呼ばれたのは、その一週間後である。
「えぇっ、嘘だろ!炎竜帝が台頭した原因を作ったのはクリエナちゃんだったの!?」
「らしいです」
フレアルフィアーの名は南方の山岳地帯一帯を支配する魔族として、瞬く間に広まった。
彼は力で周辺魔族たちを支配下に置いたわけではない。
山岳地帯に住み着いていたら、勝手に崇める魔族たちが寄ってきたのだ。
「すげぇな、あの炎竜帝と仲良くしてたなんて……」
「普通に接客してただけですけどね」
フレアルフィアーは悪い魔族ではないが、世間知らずのお坊ちゃまという印象しかない。
師匠のように権威で相手を判断しなければ、大体似たような印象になるだろう。
「トロル王・ゴイゼローの話はしましたっけ?」
「えっ、あのゴイゼローの依頼も受けたのか!?」
どうやら、話したことがなかったらしい。
ゴイゼローはフレアルフィアーよりも、さらに頭の悪い顧客だった。
「受けざるを得なかったというべきでしょうか」
「さすがのクリエナちゃんも、ゴイゼローには抗えなかったか」
「そうですね。傲慢さよりも、頭の悪さが印象的でしたね……」
「えぇっと、何があったんだ?」
ゴイゼローが私のもとへやってきたのは、約一か月半前だった。
「最高のダンジョンを作ってくれ!」
それがゴイゼローの依頼だった。
「最高のダンジョンって何ですか?」
「最高のダンジョンは最高のダンジョンに決まってんだろ!」
「……」
もうこの時点で私は気づいていた。
こいつはどうしようもないクソ顧客だと……
「具体的にお聞かせください」
「具体的にって何だよ!」
「どんなダンジョンにして欲しいかです」
「だから最高のダンジョンって言ってんだろ!」
頭が痛くなってきた。
このバカは自分の要望もきちんと伝えられないのか?
私は幾つかサンプル資料を提示するも、最高のダンジョンを作れの一点張りだ。
彼には「最高」が、受け手によって価値の変化する曖昧な言葉だと分かっていない。
私にとっての最高のダンジョンなら好き勝手やれていた。
しかし、問題はゴイゼローにとっての最高を私に求めていることだ。
だから具体的なニーズを聞き出さねばならないのだが、彼にはそれが伝わらない。
「盛り込む要素というのが、色々ありますよね?」
「最高のダンジョンなんだから、全部盛り込むに決まってんだろ!」
「全部盛り込んだら最悪のダンジョンになりますよ」
「はぁ?何言ってんだてめぇ、それでもダンジョンマスターかよ!」
「はい」
ダンジョンマスターだからこそ、全ての要素を盛り込むなんてバカなことはしない。
互いの要素を殺し合うからだ。
例えば快適な生活をするための場に、対冒険者用の罠を設置することはない。
誤作動すれば、自分がその罠によって死ぬかもしれないからだ。
「冒険者撃退用の仕掛けを幾重にも張り巡らせたダンジョンが、生活に適していると思いますか?」
「俺たちがかからない罠を作ればいいだろ!」
「巨体であればあるほど多くの罠にかかります」
ゴイゼローならばその力で作動した罠を無力化できるが、その度に罠を仕掛け直す必要がある。
罠の種類によってはそのまま壊してしまい、使い物にならなくなる。
4mを超える巨体のゴイゼローなら、より多くの罠を作動させてしまうだろう。
冒険者だけをターゲットにするのは難しい。
「対象を限定する罠となれば、それだけ管理も大変です」
「罠の管理はダンジョンの設計をするお前の仕事だろ!」
「……」
持ち家の鍵は自己管理をするように、罠の管理も私がやることではない。
ゴイゼローはそんなことも分からなかった。
「そうですか。では、ゴイゼローさんの依頼はお断りします」
「ふざけんなてめぇ、死にてえのか!」
「はぁ……」
逆上するゴイゼローの態度に、私はさらに呆れていた。
これ以上刺激すると、私の身に危険が及ぶ。
だったら、彼の要望に合わせたどうしようもないダンジョンを作ってしまったほうがいい。
「それであのゴイゼローは満足してくれたのか?」
「いえ、評価を聞く前に罠にかかって死んじゃいました」
「えっ?」
「希望通り侵略者対策用の罠を仕掛けておいたら、案の定本人がかかったんですよ」
「ぷっ!」
その話に師匠は思わず吹き出した。
ゴイゼローが嫌われ者だったため、一層愉快な気分になったのだろう。
私は彼の要望に従い、侵入者対策の罠を設置したにすぎない。
加えて「罠の説明が必要ですか?」と確認も取っていた。
必要ないと言って、早速罠にかかったのは彼が100%悪い。
「なぁ、今の話聞いた?」
「ああ、ゴイゼローのことだろ」
私たちの話を聞いていた周囲の客席がざわめきだすと、しばらくして次々と拍手が巻き起こった。
「え、なに?」
「俺たち、いつもゴイゼローに巻き上げられてたんです」
「私はゴイゼローに弟を……」
ゴイゼローは傍若無人な男だと思っていたが、どれだけ多くの同胞から恨みを買っていたんだ。
おかげで私はこの小さな酒場で、一気に英雄のような扱いを受けている。
でも悪い気はしなかった。
私を慕うようになった彼らの声が、いずれ新たな顧客獲得に繋がる。
だから私たちは彼らも交えて、酒を飲み交わすことにした。
未来の顧客となることを願って──




