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嘆きの吸血鬼ヒーロー

前作『ハロウィーン伝説』に登場した刑部村には、もう一つの言い伝えがあった。それは、死者が吸血鬼として甦り、『村人を襲う』という内容だった。徳川家康と対立していた、石田三成の呪いなのか? それとも徳川家の陰謀なのか? スイカとカボチャで競い合うようになった原因とは? 二つの集落間で起こった小さな争いや勘違いから、大きな問題へと発展していったのだった。刑部村伝説第二弾、そして最終章。『ハロウィーン伝説』から先にお読みください。


       一、プロローグ

 炎が近くまで迫ってきている。少し熱く感じるが、我慢できないほどではない。その炎の灯が逆光となり、枕元の人物の顔は確認できない。多分母親だと思われるが、完全にシルエットとなり真っ黒に塗り潰されている。すぐ隣にもう一人寝ている人物がいるが、その人物の顔も見えない。枕元の人物に抱き抱えられ、その場を離れる。隣の人物は助けなくてもいいのだろうか。身体の小さな自分では、どうすることも出来ない。


 我に返った。目を覚ましたのだ。

(最近、この夢ばかり見るな。これで何度目だろう。)

 柱の時計に視線を向けると、午前四時を少し回ったばかりだった。

(このまま二度寝はできそうもない。少し早いが、濃い目のコーヒーでも飲んでスッキリするか。)


 彼の名は、『石田 誠』。医師であり、細菌研究の分野では博士号を取得している。世間からはキ〇ガイ博士などと揶揄されているが、当人はまったく気にしていない。

(この研究所に来てから、どのくらい経っただろう。もう三ヶ月くらいになるか。あんな夢ばかり見るのも、疲れているからかな。ま、最もここは研究所というより実験室といったとこかな。………早く村に帰って医院の方も再開したいな。家族は元気かな。いろいろ気になってしょうがないな。)

 彼の専門は病理学だが、細菌・ウィルスなどを研究し、治療法を見つけ出すことが主な仕事内容だ。だが今はちょっと訳有りで、別の研究(開発)をしている。

(早めに研究の続きをやろう。今日の午前中には定期連絡と納品で、ここの担当者が来るはずだ。)

 取り敢えず、研究の続きを始めた。きょうの作業予定のメモを確認している。大学ノート何冊にもわたる、莫大な資料を読み返している。ときどき顕微鏡を覗きながら、またノートにメモを取っていく。そんな動作の繰り返しだ。


 どのくらいの時間が経過しただろうか。博士は研究の手を休めた。

(そろそろ来る時間だな。そう言えば、研究所移動の件は、どうなったんだろう。それも聞いてみるとしよう。)

 呼び鈴が鳴った。

(流石は国の機関。いつも時間は正確だな。) 

 カメラ付きのインターホン超しに、会話を進める。

「石田博士、定期連絡と納品に参りました。」

「ご苦労様です。」

「朝食を含め、今日一日分の食料と研究に必要な薬品、器具などをお持ちしました。いつもの場所に置いておきます。」

「ありがとう。それと、移動の件はどうなったかね?」

「この場所に何かご不満でも?」

「ここ、国の機関では気密性に疑問が残る。これから先の研究は更に危険性が高まる。それに、ここでは薬品や機材・器具が不足している。私が所有するラボなら、機材に不足はない。心配なら、先日お話しした『篠原教授』を助手にしてもらえばいい。彼は国の機関B医大に所属しているはずだから、私の監視役としても十分じゃないのかね。移れないのなら、研究はここで終了する。責任は持てないからね。」

「それは困ります。それに監視している訳じゃありませんが、確かに機密性の件では疑問が残りますね。それでは、一応話はつけておきますから三日ほどお待ちいただけますか?」

「頼んだよ。こちらも引っ越しの準備は始めておくよ。」

「分かりました。それでは引き続きよろしくお願いします。」

「じゃ、頼んだよ。」

 インターホンでの会話が終了した。

(この研究、やはり何かあるな。あまり関わりたくないが、家族を人質に取られている可能性もある。ここは慎重に動かないと………。会話だけだったけど、気密と機密の違いは通じたのかな?)

 朝食をとりながら、いろいろ考えてみる。

(近くの自衛隊基地から直接運び込まれているだけあって、食事が温かいのは助かる。だけど、何か監視されているようで落ち着かないな。やはり自分のラボへの移動は正解だろう。迂闊に独り言も言えないからな。)

 こうして、研究所の移動が決まったのであった。



       二、研究所にて

 それから二週間後。研究所を移動し、博士一人で研究を続けていたところ、呼び鈴が鳴った。

「はい。」

「B医大の篠原です。」

「お待ちしておりました、今行きます。」

 二重にロックされているドアを潜り抜け、玄関にたどり着いた。

(何日振りだろう、外気を吸えるのは。)

 玄関のドアを開けると、自分より少し若そうな紳士が立っていた。

「わざわざ起こし頂き、ありがとうございます。話は通っていると思いますので、そのまま中へお進み下さい。」

 今来た廊下を戻るように進む。一つ目のドアの前に立った。

「前室です。ここから居住空間に行けます。研究室は右の扉の先になります。先に荷物を置きに居住スペースの方へ参りましょう。」

「随分厳重に造られているんですね。」

「万が一の事も考えておかないとね。研究スペースの方は着替え終わったら説明致します。まずは居住スペースの方から説明させていただきます。」

「ありがとうございます。」

「私の隣の部屋を使ってください。この先にトイレ、風呂、シャワー、台所などがあります。ここでは基本、自炊になります。三食とも私が担当します。もう慣れていますからね。更にその先に行くと、運動場があります。身体がなまらないように、また気分転換のために造ったスペースです。この施設全体が完全に外気とは遮断されています。先程の玄関を通らない限り、外に出ることはできません。透明な強化ガラスとエアーカーテンで覆われているので、太陽光は入ってきますがエアコンは二十四時間稼働しているので、暑さ・寒さを感じることは殆ど無いでしょう。」

「至れり尽くせりですね。」

「それほど重要な研究に携わっているんだよ。こういうところが、私を変わり者、キ〇ガイ博士と呼ぶ理由になっているんだろう。研究内容も、もちろん変わっているが………。」

「細菌、ウィルスの研究じゃないんですか。」

「もちろんそれもあるが、目的と手段が国が求めているものとは違う気がする。まあ、いずれ分かるよ。着替え終わったら、研究スペースの方へ来てくれないかな。前室の横に準備室がある。そこでタイベックと防塵・防毒マスクを着用してから、入室してください。」

「分かりました。じゃあ後ほど。」


 十分後、篠原教授が研究スペースに来た。

篠原清一しのはらせいいちと申します。」

「これはご丁寧に。私は石田誠、このラボの責任者兼所有者です。初日の今日は研究よりも、自己紹介の会話がメインになりそうだね。」

 石田が電子顕微鏡を覗きながら、話しかけた。

「ここへは、どのような交通手段で?」

「ゆりかもめで青海駅まで。そこからは、国の管理下にあるボートに乗せてもらいました。」

「あの船は私がこのラボにいる時には、定期便として運航されている。もちろん、一般人は乗船できない。生活に必要な物資を運搬するためだけに運航されているようなものだ。何しろ、この場所は地図にも載っていないからね。地図上では陸続きとなっているこの一帯は、中央防波堤、つまりごみ処理施設の一角として記されている。私にとっては、秘密基地や要塞のような存在だ。実際には、幅数メートルのお堀のような水路で陸とは完全に隔離されている。」

「………となると、研究に携わっていないときは、ここには来られない………、という訳ですか。」

「それもいずれ分かると思うけど、先に説明だけしておこう。海底のトンネル、つまり地下道で陸とは繋がっているんだ。ごみ処理施設の敷地内にある、秘密の出入口と繋がっている。緊急用なので、一度も使用したことはないけどね。ところで、研究所をこちらに移した理由は何だと思う?」

「わかりません。」

「前の研究所では、監視されている可能性があったからだよ。盗聴もされていたようだ。

隠しカメラと盗聴器を見つけてしまったからね。ここなら私以外絶対に入れない。誰かが侵入しても、痕跡が残るようになっている。原始的な方法だが、扉の蝶番ちょうつがいに、シャープペンシルの芯を差している。折れて落ちていたら、『侵入者の痕跡有り』という訳だ。あと、小さな紙切れを挟んでから、扉を閉めている。紙切れが落ちていたら、『侵入者の痕跡有り』、また紙切れはスパイなど侵入に慣れた者なら、気付く可能性もある。二重三重の管理体制って訳だ。今の状態なら、篠原教授との会話も遠慮なく出来る。そこで、だ。君にはこの施設の扉の暗証番号を知らせておこうかと思う。」

「そんなことして、いいんですか? 私はそんなに、信用されてるんですか?」

「いま話した通り君一人では、この施設から出られないからね。入口しかないんだから。」

「人質って訳ですか。」

「まあ、そんなところだ。でも逆に言うと、私と君が人質になってるんだと考えたことはないかね。私たちがここにいるあいだ、家族の身の周りの世話は、自衛隊が行っている。言い方を変えれば、安全は自衛隊によって管理、保障されているという事。つまり私たちから見ると家族を人質に取られているようなものだ。君を助手として呼んだときも、B医大は反対しなかっただろう? B医大自体が自衛隊、つまり国の機関だからね。昔のB医大の院長Iは、七三一部隊に関与していた人物………。」

「まさか、ここで生物・細菌兵器の開発を行っていると………。それじゃあ、うさぎ島と同じじゃないですか。」

「広島県のO島のことはご存じでしたか。私の考えは、大体当たってると思わないかい? 感染や伝染を避けるために、私はこの場所と方法を選んだ訳だ。さすがに国も馬鹿じゃない。細菌兵器の使用が禁止されていることくらいは知ってるはず。だから、『我が国には、こんなに恐ろしい細菌兵器がある。これを使っちゃうぞ。』という、他国に対しての脅しとしての開発だと思っている。」

「PやCといった共産圏の国に対しては、有効な手段かもしれませんね。」

「さて、ここからが本題だ。実は私の研究の一番の目的は、吸血鬼を救うことだったんだよ。」

「えっ? 吸血鬼って伝説の生物じゃあ………。」

「細菌・ウィルスの研究は二の次。吸血鬼の研究が本業だ。私がキ〇ガイ博士と呼ばれているのも納得できただろう。こうして人との関わりを最小限にとどめておけば、機密も保持できるしね。この研究が終わったら、最後に自分自身にケジメをつけるつもりでいる。」

「でも私は、博士を信じています。博士は私の憧れであり、目標ですから。私がこの道を選んだのは、博士に少しでも追いつきたかったからです。先輩でもありますし………。」

「君も確か、刑部村出身だったな。」

「はい、私は旧奥山地区、つまり徳川の末裔です。博士は、旧川元地区、つまり石田三成の血縁。博士の場合、苗字ですぐ分かりました。大正の頃まで川元と奥山は、あまり交流がありませんでしたよね。」

「そうだったな。今ではI市に統合されたが、石田家は落武者として刑部村に住み着いたから、存在自体を隠す必要があった。大正の頃、川元地区は水没した。ダム建設のためだった。当時の技術では、自然の地形を利用して川の流れを堰き止めるのが精一杯だった。市街地に近い下流付近に新しい集落を形成したんだが、畑には恵まれなかった。下流なら肥沃な土地として農業も栄たんだろうが、土の質そのものがよくなかった。芋などの根菜を中心に栽培していたんだが、その芋がよくなかったんだ。君も刑部村出身なら聞いたことくらいはあるだろう? 『よみがえり』吸血鬼伝説を。」

「えっ? あれって単なる言い伝えじゃあ………。」

「私も最初はそう思ってたよ。でも娘がよみがえってしまってね。その治療と予防のため、研究を始めたって訳だ。原因を追求する方法は、まず構造を知るのが一番だと思ってね。弱点を見つけるための研究をしている訳だよ。おなじ刑部村出身でも、年齢が四歳以上離れていれば、お互い会う機会はあまりないよね。小学校でも『そんな名前の奴いた』なあ、くらいにしか覚えていないのも当然だね。農業や民俗学は専門ではないので詳しいことは分からない。でも上流から流れてくる土砂に、吸血鬼変身の成分が含まれているんじゃないかという仮説にまでは辿り着いた。根菜を主食にするのをやめて、スイカやカボチャの栽培に切り替えたのも、この頃の話らしい。」

「確かに『よみがえり』の話は聞いたことがある。このような話は、日本中にありますからね。地域によって、『よみがえり』、『おきあがり』などと呼び方に多少の違いはあるようですが。じゃあ、小野不由美さんの『屍鬼』という小説に出てくる『おきあがり』という吸血鬼も………。」

「ただの作り話とは思えないね。『伝説や言い伝え』と『作り話』は違うってことだね。前者には話の元ネタが存在する訳だから。………おっと、もうこんな時間か。明日また続きをやることにしよう。扉の暗証番号を教えておくよ。」

石田博士は何かを書き始めた。そのメモを篠原教授に渡す。

「多分私のほうが早いと思うが、扉が開いていなかったら先に入って準備しておいて。あとは部屋で待機。食事の準備ができたら、インターホンでお知らせします。」

そう言いおわると、二人で実験室を後にした。



 次の日。実験室に行くと、篠原教授は先に来ていた。

「早かったね。」

「先輩を待たせる訳にはいきませんから………。」

「夕べは良く眠れたかね?」

「緊張してた割には、よく眠れました。」

「早く慣れるといいね。」

「博士は料理も得意なんですね。昨日の夕食も美味しかったし、朝食もしっかり取れました。」

「こういう所にいると、食事くらいしか楽しみがないからね。」

「交代で私が作らなくてもいいんですか?」

「最近じゃ、料理も楽しみの一つになってしまってね。数学や物理と同じように考えているんだ。」

「と、言いますと?」

「見た目が良ければ、必然的に味もよくなる。美味しい料理を作るためには、見た目にもこだわるということだよ。教授は気にしなくていいから、研究のためにいいアイデアをだしてほしい。」

「ところで博士。研究室では、マスクをつけないんですか。」

「ここは一応無菌室になっているからね。それに私はマスクが嫌いなんだ。息苦しいからね。過去に酸欠で倒れたことがある。教授はマスク推奨派かね。」

「はい、どちらかと言うと………。」

「私は反対派だ。マスクをつけていると、通常の九割程度しか脳に酸素が届かないんだ。つまり、一〇パーセントの酸欠状態にさらされていることになる。『すぐに慣れる』という人もいるようだけど、この先、五年・十年後に後遺症が出ないという保証もないんだ。コロナの影響でマスク人口も増えたが、脳の萎縮などの弊害も報告されているんだよ。私の考えでは死なないかぎり、コロナなんてかかってしまった方がいい。直れば強力な抗体が体内に自然と出来上がる。」

「まさか、この国はコロナを参考にこの研究を………。」

「断言はできないが、私はそう睨んでいる。私はね、研究者として自分の身をもって体験することも必要だと考えているんだ。さぁ、私に構わず、君の考えでマスクの着用を判断してくれ給え。」

「分かりました、私は一応つけておきます。」

「本題に入ろう。ここに、サンプルが出来上がっている。あとここに、いくつかの要素を取り込みたい。具体的には、単独でも強い細胞、自然界でも強く生き続ける細胞………かな。教授も覗いて見給え。」

篠原が、電子顕微鏡を覗いた。

「こ、これは………、アメーバを元にした品種改良ですか。」

「左様。アメーバはウィルスと違い、自力で移動できる。まあ、人喰いアメーバの映画を参考にしたんだけどね。細胞分裂で、どんどん増える。だがこいつの欠点は、乾燥に弱いことだ。今のところ、培養液の中でしか生きられない。」

「だったら、植物の遺伝子も組み込めませんか。種子………、つまり種のような形で何年も地中などに冬眠状態でいられるような………。」

「そのアイデア頂きましょう。」

「それと、バッタなど如何でしょうか。」

「イナゴの孤独相と群生相か。」

「はい、単独だと後ろ脚が発達し、ジャンプする力が強くなる。色は緑。群生の場合、後ろ脚が短くなり、飛行に有利な体系となる。色は茶色。お互いのホルモンの影響だとされている。長距離移動することで、繁殖地の移動も可能となる。」

「イナゴの佃煮は、どちらが美味しいのかな。」

「今晩の食事で出さないでくださいよ。」

「ハハハ、捕まえてる時間はないよ。バッタ、イナゴ、キリギリス………、仮面〇イダーもここからヒントを得ているらしいが………、繁殖という意味では使えそうだな。」

「あと、タツノオトシゴなんかどうでしょうか。」 

「有袋類に似た特色を持つ、海の生物だね。」

「オスが卵を温め、おなかの袋で子育てをするという………。」

「アメーバは細胞分裂によって増えるが、オスの強い遺伝子は何かに使えるかもしれないな。」

「ウーパールーパーの手足再生能力は?」

「それは使えそうだね。」

「うーん、あとはカモノハシくらいですかね。」

「哺乳類なのに卵を産む………、あれか。」

「オスは後ろ足の爪に毒を持つというやつ。遺伝子レベルだと、人間にどういう影響が出るのか分かりませんが。」

「これは保留にしておこう。私は組み合わせによって強い遺伝子を作りたい。簡単に解明できない、複雑な遺伝子を作るのも目的の一つだ。最初は発光や発電細胞の組み込みも考えていたんだよ。アメーバくらいの大きさなら、電気ショック………つまり痛みを与えられる。発光はガラガラ蛇のような威嚇に利用する。ここまで複雑に絡み合わせると、解明まで時間がかかるだろう。それも目的なんだ。………おっと、もうこんな時間か。昼食の時間だ。続きは午後からにしよう。」

 時計は、一一時半を少し過ぎていた。



 昼食はカレーライスだった。相変わらずクオリティーは高い。朝一番で牛スジを鍋に入れ、弱火で長時間煮込む。吹きこぼれたりしないよう、多めの水を入れるのがポイントだ。本来ならアクを取り除く必要があるが慣れたもので、最初から多めに水を入れると焦げ付きを防ぐことができる。あとは野菜を短時間似込んで、肉とカレールーを入れるだけ。

「昼食の調理に手間はかけられないからね。」

「いただきます。」

「食べながらでいいけど、午後はさっきの続きをやろう。取り敢えず全部の遺伝子を掛け合わせてみようと思う。培養液に一晩浸しておき、明日の朝あのアメーバが生き残っていれば成功だ。一四時から午後の作業を始めよう。(吸血鬼細胞のことは、秘密にしておこう。)」

「わかりました。」

 こうして二人は、食堂を後にした。



 午後になり、再び研究室へ。

「また篠原さんが先か。」

「昼食後は眠くなりますからね。」

「そうか………。では続きをやろう。元のアメーバ状細胞は培養液で増やしてある。あとはここに、先程の遺伝子を組み込んでいくだけだ。どのシャーレに、どの遺伝子を組み込んだか分からなくならないよう、ノートにメモを取っておいてほしい。」

 こうして、実験室での作業は続けられた。あとは結果を待つだけとなった。




       三、増殖、そして発動

 次の日、再び研究室にて。

「あれっ? 今回は博士の方が先にいらしてたんですか。」

「結果が気になってね。朝食前に、細胞の状態を確認に来たんだよ。これが本当の『朝飯前』………、なんてね。篠原さんも同じ事を考えてたのか。」

「ええ、やはり気になりますから。」

 博士が、顕微鏡を覗いてみる。

「どうやら実験は成功したようだね。偶然にも『全部入り』が生き残っており、細胞分裂している。君も確認してみ給え。」

「一〇匹程いますね。」

「これくらいいれば十分だよ。これが最強の生物になっているといいんだが。」

 そのとき、急に衝撃音が鳴り響いた。

『ドカーン!』

「何が起こったんだ。」

 続いて衝撃波が押し寄せてきた。

『ズズーン!』

「地震か。」

「いや、最初の衝撃音から推測すると………、」

 続いて大きな揺れ。

「隕石か。」

 この激しい揺れで、机上のフラスコ、ビーカー、シャーレが床に落ちて割れる。

「博士、実験段階のシャーレが割れてしまいました。」

「しまった! 未完成のこのアメーバ、どんな働きをするか予想もできんぞ。実験は失敗だ。」

「博士、怪我してるじゃないですか。」

「ガラスの破片で切ったらしい。大したことはないさ。この傷口から感染する可能性が高いけどね。それより、君はノートを持ってそこの非常口から脱出してくれ。」

「博士はどうするんですか。」

「私はしばらくここに残る。潜伏期間を考えて、一週間ここに留まるつもりだ。核シェルター並みの強度を持つこのラボ、安全面では問題ない。今の衝撃で衛生面に疑問が生じた。」

「し、しかし………。」

「ノートを持ち出すことも大切な仕事だ。さあ、早く行くんだ。」

 教授を扉の外へ突き飛ばす。博士は扉を閉め、内側から鍵をかけた。

「篠原君、君はそのノートを元に血清やワクチンの開発を進めてくれ。その通路の先に階段がある。地下四階から工場の水処理棟につながっている。あとのことは頼んだよ。」

「仕方ありませんね、博士もどうかご無事で。」

 博士は傷口の応急処置を施すと、研究室を後にした。採光用の強化ガラスが割れていた。そこには、土砂のようなものが流れ込んでいた。枯れた木のような、廃材のような得体の知れない物体がゆっくりと移動していたが、博士は避難に夢中で気付かなかった。居住スペースの部屋に着くと、感染の状況を確認するため安静にすることにした。そしてそのまま、浅い眠りについた。


 時間にして一時間くらいだろうか。誰かに呼び起こされるような感覚で目眠りから覚めた。朦朧とする意識の中、心に直接話し掛けてくる何者かがいた。

「目を覚ましてください。」

 目を開けると、人間の形をした枯れ木のような生物が立っていた。

「君は誰だ、何者なんだ。」

(宇宙吸血鬼のボンデック………とでも名乗っておこう。)

「スペースバンパイアと言えば、『吸血鬼ゴ〇ミドロ』という映画があったな。」

(似たようなものだ。君から一口、吸血させてもらった。おかげで助かったよ。)

「私から吸血しても、何にもならないぞ。」

(だがそのおかげで、私は命を繋ぎとめることができた。土砂の中に埋もれていた枯れた木、あれが私だったんだよ。瀕死の重傷を負っていた君は、残念ながらあの時死んだ。私の宇宙船が制御不能となってね。この星に不時着した時、君を傷つけてしまった。血を頂いた事には感謝している。)

「あの衝撃波は、それが原因だったのか。」

(まだ辛うじて意識はあるようだが、それも時間の問題だな。君を傷付けた事、お詫びしたい。時間がないので手短に話そう。私と同化するつもりはないかね。つまり、この体を共有するっていう意味だ。そうすれば、君の命は助かる。選択の余地はないはずだ。)

「分かった。その話、乗った。」

(では、話を続けよう。私はこの星から二十五万光年離れているボンデック星から来た。私のことは星の名前、ボンデックと呼んでくれればいい。この星はまだ、宇宙連盟にも加入していない、言わば未開の星。他の星の生物を殺したり、傷付けたりすることは宇宙連盟法で禁止されている。星間戦争に発展する恐れがあるからね。君の首に噛みついたのは、自分の意志ではない。言い訳になるが、血を欲する感情は自分の意志ではなかったということだ。)

「じゃあ、なぜ………。」

(極度の貧血に陥ると、本能的に他者の血液が欲しくなり、蛋白質を求めるんだ。肉を食べるより、吸収も早い。君も医者なら、それくらいは分かるだろう。)

「もちろん。」

(それと、さっき君の血を飲んだとき気付いたんだが、君の体内で、とんでもない物を飼育しているよね。)

「えっ?」

(私と同じ、アメーバ性の吸血細胞に侵されているようだ。私の場合、ゴ〇ミドロのような宇宙生物だが、君のは新種の生物かね? ………、まあ、それはそれとして、私は感染後の発熱で、意識が朦朧としていたんだ。そこに宇宙海賊たちが攻撃してきた。コントロールを失った私の宇宙船は大気圏に突入、地上に向け落下していった………と言う訳だ。宇宙を渡り歩いてきた私には、体内に強力な抗体が出来上がっている。発熱と吸血だけで、抑え込むことに成功した。だが、君の体内のそのアメーバは、私でも抑え切れない。君には仮死状態になってもらう必要もあったのだ。悪く思わないでくれ。)

「それはいいんだけど………。」

(安心してくれ。今はもう吸血願望はない。話を続けよう。この銀河系と同じような宇宙空間がいくつも存在することくらいは知ってるだろう?)

「ああ。」

(その中でも、太陽系はもっと小さく分けた宇宙単位のひとつ。この太陽系まで、宇宙海賊を追って来たんだ。)

「宇宙海賊って『ゴー〇イジャー』じゃあるまいし………。」

(そう言えば奴ら、外見は似てるかも知れないな。)

「そいつらに追われていたのか。それで攻撃を受けて………。」

(信じてもらえないかも知れないが、逆だよ。私が奴らを追ってたんだ。君の脳波の波長が私と近いのかもしれない。操縦不能の中、引き寄せられるように、ここに不時着した。)

「あなたはいったい何者なんだ。」

(宇宙警察の者だ。この通り、身分証明書も持っている。外見だけで相手を判断しない方がいい。この星のヒーロー物が悪い影響を与えているようだ。ヒーローや正義の味方は常に格好いいし、悪者は常に醜く悪役っぽい外見をしている。)

「………そんな映画があったな、宇宙人がカエルみたいな姿をしてるやつ。………よし、命の半分をもらったんだ、信じることにするよ。」

(活動が制限されてしまうことが多くて困ってたんだ。)

「ひとつの体を使い分けるということでいいのか?」

(昼間は君が、夜間は私が使うことにしよう。)

「外見はどうする?」

(昼間は私が君に変身し、夜中は君が私に変身するんだ。緊急の場合、変身と叫べばいい。)

「まるで、仮面〇イダーだな。」



 その日の夜。私は睡眠を取るため、ボンデックの姿に変身した。暗い海を緊急用の手漕ぎボートで工場側へ向かう。

(この格好で歩くのか。誰かに見られなければいいが………。)

「私が出歩くのには理由がある。昼間話した通り、宇宙海賊たちを見つけ出すためだ。奴らも私の宇宙船の近くに着陸しているはずだ。地球人に変装されたら探しにくくなる。」

(そいつらを探すために、夜に活動しているのか。)

「そうだ。いくら地球人に化けたところで、元の姿の特徴から見つけ出すことができる。奴らの宇宙船が不時着した場所から考えると、そう遠くに潜んでいるとは思えん。目星をつけたら尾行を繰り返して、必ず見つけ出してやる。」

(地道な努力って訳ですね。)

「安心してくれ、地球人に迷惑はかからないようにする。騒ぎを大きくすると、お互いに損するからね。」

(あいつ、怪しくないですか?)

「やはり君でも気付いたか。間違いない、奴らは宇宙海賊だ。しばらく尾行してみよう。」

 暗闇の中、目を凝らして見ると、二人組が工場の中に消えていった。たちも後を追う。近くには奴らのものと思われる、宇宙船の破片が散乱していた。出て来るまで、暫く待つことにした。

「この辺は、星が綺麗に見えるんだね。」

(住宅地から離れているからね。)

「私の故郷は、ここから二十五万光年離れた場所にある、ボンデック星だ。もし今、肉眼でボンデック星を見ることができたとするなら、その輝きは二十五万年前にあの星を出た光………、ということになる。そう考えると、不思議だと思わないかい?」

(確かに。ボンデックは、どうやってこの星まで来たんだ? まさか二十五万年前に出発した訳じゃないだろう。)

「勿論。我々は光より高速で移動する方法を手に入れた。」

(ま、まさか………。)

「そう、そのまさかだよ。」

(ひかりより早いものって………。)

「のぞみ。」

(誰が新幹線の話をしてる! だいたい、なぜ宇宙人が新幹線を知ってるんだ。)

「記憶の一部を共有しているからね。」

(でも良かった………。)

「何が?」

(君にも冗談が言えるんだ。)

「ずっと一人旅をしてたからね。冗談の一つや二つ言ってなけりゃ、やってられないよ。寂しくても、話し相手もいなかったからね。今の状況が楽しくてしょうがない。」

(そりゃあ良かった。確かに、君には人間らしさがある。親しみを感じるようになれたよ。)

「そりゃあどうも。話を続けると、タキオン粒子、亜空間飛行、ワープ、瞬間移動、遅い順にならべてみた。言葉が違えば、意味も若干違うということだ。我々の星では、これら全てを開発済だ。今では、組み合わせて使用することも可能。」

(違いはよくわからないが、何となく分かった気がする。)

「その程度で十分さ。」

(あっ、奴らが出てきましたよ。)

「よし、尾行を続けよう。」

(この工場が奴らの仮のアジトだという可能性は?)

「だったら、またここに戻って来るだけのこと。尾行とはそういうものだ。」

(なるほど。)

 それから二~三分。近くの廃アパートの中に二人は消えていった。現在は誰も住んでいないようだ。工場の関係者が仮眠を取るための施設だったようだ。その一室に奴らが入って行くのを確認すると、その場をあとにした。たちは研究施設に戻ることにした。


 次の日の朝、石田誠の姿に戻った私は、何となくニュースに耳を傾けていた。ニュースの内容は次のような内容のものだった。

『昨日、焼却施設に何者かが侵入し、従業員が全員死亡するという事件が発生しました。首の傷痕から、血液が抜かれたような痕跡があることから、警察は事件の真相究明に乗り出しました。』

「ボンデックさん、起きているかい?」

(ああ。)

「このニュース、聞いてた?」

(聞こえてたよ。マズイね。奴らもゴ〇ミドロに乗っ取られてる可能性がある。もしかすると、君が開発したアメーバか。いずれにしても、あのとき始末しておくべきだった。ここまで感染が広がると、パンデミックも時間の問題。今晩から本格的に動き出すとしよう。)

「昼間は動けないの?」

(昼間は君の肉体だからね。血清やワクチンの開発でも進めて欲しいし………。)

「資料は篠原君が持っている。彼に任せるしかない。これから、昨日のアパートへ行こう。そこで変身すれば、奴らを始末できるだろう。」

 研究所を出てアパートに到着したが、もぬけの殻であった。そう遠くへは行っていないだろう。青海の駅に向かった。

「そう言えば、ここからだと東京テレポート駅も近いよな。もしかすると、イベント会場あたりに紛れ込んでいるかも。」

(行ってみるか。)

「直接戦うことになっても、あそこならヒーローショーのイベントだと言えば誤魔化せる。」

(私も地球人以外なら、遠慮なく倒せる。)

「経気感染も考えられる。なるべく相手を傷つけないように。」

(了解。)

 しばらく探し続けるボンデック。その中に昨日アパートまで尾行を続けた人物を見つけた。何か独特な雰囲気を持っているので見つけやすい。

「あの二人、間違いないな。今日はもう一人いるみたいだ。」

(我々の姿を見れば、奴らも正体を現すだろう。背の高い方がレッド、少し低いのがブルー、女性がピンクに変身するはずだ。)

「三人だけ?」

(多分、グリーンとイエローは不時着時に死亡、或いは私同様、船内感染による発熱で意識が朦朧とし、その後の発症による死亡。)

「じゃあ奴らも感染してるって事か。」

(抗体が出来て、抑え込みに成功したのかもしれん、私と同様にね。だが、感染力を侮ってはいけない。………かと言って、黙って見てる訳にも行かないし………。)

「侵略者の始末が先だと思う。感染はこの際、見過ごすしかない、………そう、コロナの時のように………。」

(分かった。まず彼等に近付いてくれ。そのあと変身する。)

 三人に近付きながら、後を追う。そして、後ろから声を掛けてみた。

「そこの、お三人さん、ちょっとよろしいですか。」

 振り向く三人。

「何ですか? お、お前は………まさか………。」

「そう、そのまさかのボンデックだよ。………変身!」

「………じゃあ、こちらも。海賊チェンジ!」

 戦いが始まった。少しずつ野次馬が増えてくる。

「戦隊物の撮影をやってるぞ。」

(ボンデック、なるべく人目は避けた方が………。)

「やっと意味がわかったよ。野次馬共は、ヒーローの格好をした方を応援する。これじゃ、こっちが悪者だ。」

(見た目だけで判断しない連中が多ければ、こちらとしてもやりやすいんだが………。あまりゴー〇イジャーには似てないな。確かにヒーローっぽい外見をしているが………。)

「とにかく今はやるしかない。」

 表面はヌルヌルしているが、木材は結構硬い。腕を振り下ろすと、彼等は一斉に倒れた。

「今のうちにズラかろう。あの柱の陰に隠れて、変身してから再登場しよう。」

素早く柱の陰に隠れる。

(変身!)

野次馬たちの声。

「おいおい、ヒーローが負けちゃったぞ。」

「ヒーローっていうのは、かならず一度はピンチに陥るものさ。」

「確かに………。」

石田博士になり、陰から出てくる。

「はい、カット。撮影は終了しました。お騒がせして、申し訳ございません。続きはテレビでご覧ください。」

「ほら、やっぱり撮影だったんだ。」

 野次馬が散らばり始めた。

(博士、こいつらの様子はどうだ?)

「これはゴ〇ミドロじゃないな。額の割れ目がない。私が研究していたアメーバ細菌とも違う。首の傷、これは犬歯の痕だ。つまり、別の吸血鬼が現れたって事だね。これは面倒な事になってきたぞ。」

 こうして違う種類の吸血鬼が、眷属者を増やしていく。それは吸血鬼の増加、増殖の始まりであった。




       四、吸血鬼の住む家

 処変わって、ここは練馬区の某所。小高い丘の上に建つ、洋風の館。近所では知らない人がいないというくらい有名な、ドラキュラ伯爵が住むと噂されている家。本来は、辺りが暗くならないと家の明かりは灯らない。まだ薄暗い夕刻だというのに、伯爵は目覚めた。

「イゴール、イゴールはいないか。」

「へい、旦那様。お早いお目覚めで。」

「何やら外が騒がしいが、いったい何事だ。何が起こったんだ。」

「はあ、それがその………、どうやら隕石か宇宙船が落ちたらしく、吸血鬼が人間を襲っているらしくて………、へい。」

「吸血鬼だと? 吾輩以外の吸血鬼など、けしからん。吾輩のテリトリーを侵す輩がいるのか………。」

「………ですが旦那様、ニュースの情報も当てになりません。人間界は混乱しているようで………。」

麗華れいかは起きているのか。」

「学校に行く準備をしております。」

「麗華にも状況の調査を頼んでおいてくれ。」

「かしこまりました、旦那様。」

 イゴールが部屋を出る。

(んっ、待てよ? 一つだけ心当たりがある。ま、まさかな………。だが、嫌な予感がする。また吸血鬼同士の全面戦争が勃発、それだけは避けなければならない。目覚めの悪さはこれだったのか。)

「イゴール、ちょっと出掛けてくる。」

「へい、旦那様。馬車は出しますか?」

「いや、そんな遠くへは行かないから、蝙蝠の姿で飛んで行く。それに、このくらい暗くなっていれば心配はいらん。」

「お気を付けて!」

 慌てて家を出る伯爵。飛びながら、

(まずは、あいつから当たってみるか。)

 伯爵は板橋を目指していた。新河岸川に近い、埼玉県との県境付近。高島平も近い。この辺りは閑静な住宅街。川が近いせいか、夜は比較的静かだ。

(血の匂いが近付いてきた。この辺りにいるはずなんだが………。おっ、あれか。ロンチャイニー族の吸血鬼。我々と違い、狼に変身するタイプ。)

 行く手を遮るように、狼の前に着地する伯爵。先に声を掛けたのは、伯爵の方だった。

「久しぶりだな、お急ぎのところ悪いんだが………。」

「何だ、ドラキュラ伯爵じゃないか。また喧嘩を売ろうっていうのか。」

「そうじゃない。また新しいタイプの吸血鬼が出現した。何か心当たりはないか。」

「俺が犯人だとでもいうのか。」

「そうじゃない。お互いのテリトリーを守るため、協力の依頼にきた。」

「ニュースで見たくらいのことしか、知らないな。」

「いろいろな説が囁かれている。ゴ〇ミドロ説、新種のウィルス説、よみがえり説、などだ。」

「よみがえりなら、マニトウのような下等吸血鬼。恐れることもなかろう。確かに繁殖力は看過できんがな。お前の元カミさんは?」

「カーミュラか。二百年以上前に離婚してから会ってないな。」

「話だけでも、してみたらどうだ。」

「そうだな、行ってみることにするよ。とにかく気をつけておいてくれ。吸血鬼同士の全面戦争だけは避けたい。」

「わかった、こちらも何か情報が入ったら知らせる。」

「頼んだよ。」

 その場から飛び去る伯爵。

(………とは言うものの、あいつ今何処にいるんだっけ? あと、宇宙吸血鬼といえば………サキュバスみたいなのもいたっけな。あんな下品な奴らが関わっているとは思えないし、関わり合うのも御免だ。とりあえず帰るか。)

 こうして、再び伯爵邸。このあと、吸血鬼戦争が勃発する。本編とかけ離れてしまうので、それはまた別の機会に。



 次の日の夕刻。伯爵が目覚め、棺の蓋を開ける。

「イゴール、イゴールはいないか。」

暫くして、イゴールが入室してきた。

「へい旦那様、お呼びでしょうか。」

「外の様子はどうだ? 昨日から何か変わったか。」

「吸血鬼の被害が広がっているようです。」

「………そうか、ところで、食事の支度はできているか。」

「辺りがまだ薄あかるいので、起床には早いかと。」

「一階の遮光カーテンを閉めておいてくれ。」

「かしこまりました、旦那様。」

暫くして、伯爵が棺から出て、リビングに向かう。

「旦那様、おはようございます。何か急用でも?」

「今回の吸血鬼騒動が気になってな。」

そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

「こんな時間にだれだろう。イゴール、見て来てくれ。」

「ヘイ、旦那様。」

暫くして、イゴールが戻ってきた。

「吸血鬼研究家の方がお見えです。何でも、自分は医者だと申しておりますが………。」

「敵意はなさそうか。」

「へい、普通の人間のようです。これが名刺です。」

「ふむ、なになに………、石田 誠………か。何か知ってるかもしれん、隣の客間にお通しして。」

「かしこまりました。」

数分後、客間にて。

「私がドラキュラ伯爵だ、今日は拙宅へ何をしに?」

「今回の吸血鬼騒動について、なにかご存知かと………。」

「言っておくが、私は犯人じゃない。むしろ被害者だ。」

「わかっております。」

「本来なら人間とは関わらない主義だが、吸血鬼研究家だから、話をしてみる気になったんだ。(んっ、こいつの匂い、もしかして………。)」

「私も独自に調査をしているんですが、結果としてここに辿り着いたって訳でして………。」

「君自身にも関係しているんじゃないかね? 私と同類の匂いがするぞ。私の考えでは、マニトウのような下等吸血鬼か、ある人物との血縁関係にある者が関わっているんじゃないかと思ってるんだ。」

再び玄関のチャイムが鳴った。

「伯爵、応答しなくてもいいんですか。」

「さっきのイゴールが応対してくれる。」

廊下から、バタバタと急ぐような足音が聞こえてきた。この部屋の扉をノックする音。

「旦那様。」

「来客中だぞ。」

「ですが、こちらも………。」

「入ってこい、イゴール!」

入室するイゴール。伯爵の耳元で何かを呟く。

「何だと? 本当か。第二の客間にお通ししておけ。それと、麗華に、今日は学校を休めと伝えておけ。大事な用がある。」

「かしこまりました、旦那様。」

イゴールが部屋を出る。

「別の客人だ、少々お待ち頂けるかね。もしかすると、君にも関係のある人物かもしれない。まったく今日は千客万来だな、こっちの都合も考えずに………。」

ちょっと不機嫌そうに部屋をあとにする。隣の部屋の扉を開け、

「カーミュラ、今更ここへ何しに来た! お前とは二百年以上前に離婚したはずだ。」

「久しぶりです、伯爵様。」

「んっ? お前、随分と老けたな。血の匂いもしない。ま、まさかお前………吸血をやめたのか。」

「ええ。」

「だからそんなに老化が進行したのか、愚かな………。(あの人間と同じ匂いがする。ただの人間臭さか………。)イゴール!」

 扉のノック音。扉の向こう側から、

「へい、旦那様。お呼びでしょうか。」

伯爵が立ち上がり、扉を開ける。

「おお、麗華も一緒か。イゴール、私が呼んだら第一客間にカーミュラ、麗華の順番でお通ししろ。あの博士、この二人を知っているようだ。博士の話の進み具合によって、私が合図を出す。麗華も第三客間で待機しててくれ。」

「えーっ、学校に行きたかったのに………。」

「お前にとっても大事な話があるんだよ。」

「旦那様、私は廊下で待機しておりやす。」

「………そうしてくれ。」

第一客間に戻る伯爵。

「お待たせしました、博士。今来た人物、博士に紹介したいんだが………。たぶん君も知っている人物だと思う。」

「ええ、是非お願いします。」

「イゴール、お呼びして!」

「へい。」

しばらくして、扉のノック音。伯爵が返事をする。

「どうぞ。」

「久しぶりね、誠。」

「か、母さん!」

伯爵が口を挟む。

「………、やはりな。二人は同じ匂いがする。しかも石田博士からは、別の匂いも。ここまでお膳立てをしてやったんだ、いろいろ聞かせてもらいたい。」

カーミュラが話し出した。

「誠、あなたは私の本当の息子じゃないの。あなたが赤ん坊の頃、あなたの本当の母親は私の眷属者だった。川元地区に『よみがえり』がでたとき、偶然私はあなたの母親の血を吸っていた。『よみがえり』を処分するため、村人はあなたの家に火をつけた。赤ん坊のあなたを見殺しにできなかった私は、あなたを引き取って育てることにしたの。」

伯爵が口を挟む。

「カーミュラはマニトウの血を受け継ぐ下等吸血鬼。マニトウと『よみがえり』のハーフだったかな。我々伯爵家とは、家柄やしきたりが違う。我々は人の血を趣向品の如く嗜む程度だが、下等吸血鬼にとっては主食なのだ。本当の母親も血を吸われ過ぎて、大方、多機能不全で息を引き取ったのだろう。」

「それはちょっと違うわ。私たちの犬歯から蛇の毒のように、麻酔効果のある液体を相手の体内に注入するの。あなたの母親に、二度目の注入をしたときショック症状を起こしたのよ。アナフィラキシーショックってやつね。ごく稀に、あの麻酔が体に合わない人もいるみたい。私からすると、蚊が刺すときに出す、唾液のようなものね。伯爵様も同じでしょ? 知らないはずないわ。」

「だが、それが原因で死んだことに変わりはない。私の場合、まだ死んだ者は一人もいない。私とカーミュラでは、麻酔、麻薬の成分が微妙に違うのかも………。いずれにしても、相手を殺してしまう可能性がある、それが離婚の理由だ。その研究は博士、君の得意分野だろう?」

 ようやく博士が口を開くことができた。

「いずれサンプルを提出してください。」

「そのうちにな。今回だって君が吸血鬼研究家だというから協力してるんだ。」

再び話し出すカーミュラ。

「赤ん坊に罪は無いと思った私は、あなたの本当の母親を見捨てて、あなただけを助けることにしたの。死んだ母親を焼却しないと、また『よみがえり』として復活する恐れもあったし、遺体から吸血鬼だとバレる可能性もあったから。でもそれからが辛かった。母乳を与え続けていたらある日、あなたにも牙が生えてきたの。あなたを育てるため、吸血をやめ、人間として生きていく決心をしたのよ。最初の一年間は禁断症状で苦しんだわ。外には出られないので、夜中に内職などをして、細々と暮らしていた。食糧が足りないときは、母乳をバターやチーズなどに加工して、あなたに与えていた。熱を加えれば、吸血鬼の遺伝子は破壊されるらしいの。それまで止まっていたあなたの成長は、そのときを境に急激に始まった。自分ではわからないかもしれないけど、あなたはもう百年以上生きているのよ。」

石田博士は思った。

(最近よく見る夢は、あのときの記憶の一部だったのか。)

伯爵が声を上げた。

「イゴール!」

「へい、承知いたしました。」

しばらくすると、再び扉のノック音。伯爵が、

「入っておいで。」

 扉が開き、中学生くらいの女の子が入ってきた。

「お父さん。」

「待たせたね、麗華。」

「こちらの方々は………。」

「こちらの女性がカーミュラ、お前の母親だ。そしてこちらの男性が石田博士、医師であり、吸血鬼の研究家だ。」

麗華が女性を見ながら、

「本当にお母さんなの?」

「ええ、しばらく見ないうちに大きくなったわね。」

「なぜ私たちを捨てたの?」

「言い訳にしかならないけど、私の方が離婚されたのよ。」

「じゃあ、お父さんが昔から話してくれてたことは事実なのね。」

「ええ。私はこちらの男性の母親を吸血のショックで死なせてしまった。罪滅ぼしのため、赤ん坊だった人間の子供を引き取って育てることにしたの。」

博士が口を挟む。

「血は繋がっていなくても、麗華ちゃんとは兄弟みたいなものだな。」

続けて伯爵が言う。

「だから三人を引き合わせたかった。今回の吸血鬼騒動のことも知りたかったしね。今日ここに集まったのも、何か不思議な力が働いたのかもしれん。さて本題に入ろう。石田博士が来た理由だが、今回の吸血鬼騒動について知りたいのだろう? あなた自身に関係しているんじゃないかね。最初からもう一人、別の生物の気配を感じている。そして博士、あなたが体内に閉じ込めている細菌、アメーバのようなものに感染していますね。いい加減正体を現したらどうだ。」

「気付いていたんですか。では、お見せしましょう………変身!」

木の化け物が現れる。伯爵が続ける。

「お前、地球外生命体だな。エンシェントトレントと言ったかな、あれに似ている。そしてお前自身、ゴ〇ミドロに感染している。」

「よくご存知で。私の名はボンデック、星の名前をそのまま名乗っている。」

「お父さん、私たちも感染しちゃうんじゃあ………」

「落ち着け麗華。吸血鬼は吸血ウィルスに感染しない。学校に持って行かないように注意しなさい。」

「そうね。」

「さてカーミュラよ、お前の義理の息子、殆ど虫の息だな。」

「えっ?」

「体と精神の一部を共有している。博士の生命反応は、かなり弱い。」

「そ、そんな………。」

「息子が心配か? おい、ボンデックとか言ったな。何故博士と体を共有している?」

「私の宇宙船墜落事故で、彼に瀕死の重傷を負わせてしまったからだ。研究内容は、博士から直接聞いてくれ………変身!」

「ふむ、こうしている限り元気そうだが………。」

「体を使用していない方が、睡眠状態になっているんだ。」

「誠、身体は大丈夫なのかい?」

「………あまり大丈夫じゃないな。今回の吸血鬼騒動は私の責任だ。あのアメーバ細菌は私が作った。」

伯爵が言う。

「やはりそうだったか。あんなもの、博士にしか作れん。」

「この件に決着がついたら、血清やワクチンを開発するつもりだ。現在篠原教授が研究に携わっているはずだ。」

「そもそも、なんであんなものをつくったんだ?」

「国の指示だ。細菌兵器の開発だと私は睨んでいる。」

「愚かな、自分の首を絞めるようなマネを………。」

「それじゃあ、誠も被害者みたいなものじゃない。」

「そう言ってもらえるだけで、多少は救われるな。とにかく、そろそろ行動に移りたい。伯爵様は今までどおり暮らしていただければそれでいい。今回のご協力、感謝いたします。麗華ちゃんは、お父さんにくわしく聞いてみるといい。母さんは刑部村のあの家を守り続けてほしい。それじゃあ、私と母はおいとまするとしよう。」

「イゴール、お客様がお帰りだ。」

二人が部屋を出る。

「ねえ、お父さん。あの人、本当にお母さんなの?」

「ああ本当だよ。麗華、やっぱりお母さんが欲しいのか?」

「ううん、今はお父さんだけでいい。でも、人間と同じような生活がしたいの。」

「我々は太陽の光に耐えられない。カーミュラのように、苦しむ覚悟があるなら話は別だが………。」

「人間になりたいと思ってるの。」

「やめておけ、灰になるだけだぞ。お前、学校で好きな人でもできたのか。」

「人目を避けて隠れるように暮らすのが、疲れただけよ。」

麗華は少し、寂しそうな顔をしていた。




       五、B医大

 吸血アメーバに感染したと思われる患者が次々と運び込まれている。どういう訳か、殆どの患者が、意識を失っている。

「これで何人目だ。」

「二十一人目です。」

「これ以上の受け入れはできないぞ。」

「ですが、ほかの病院もほぼ満杯です。」

 そんな中、緊急用の裏口から一人の人物が病院内に進もうとしている。

「あなたは………。」

 無言で身分証明書を提示した。

「………篠原教授、ご無事でしたか。」

「ああ、すまんがすぐに研究室を使いたいんだが………。」

「どうぞお入りください。」

一直線に研究室へ進む教授。急いで支度を済ませ、入室する。

「遅くなって申し訳ない。」

「教授、そのノートは?」

「博士のメモだ。知っての通り、このワクチン開発は機密事項だ。くれぐれも口外しないように。」

「わかりました。」

「このノートを元に研究を始めてくれ。あのアメーバ細菌の開発データだ。これらの弱点から、薬品を割り出してほしい。」

「教授は?」

「私は患者の検査結果を元に、攻略法を探ろうと思う。」

「わかりました、お願いします。」

患者の血液が、検査室に集められた。

(しかし、流石は博士。随分と厄介なものを作り出してくれたものだ。)

「な、何だこれは。血液が透明になっている。まるで水みたいだ。今まで誰も気付かなかったのかね?」

「はい、運び込まれてくる患者が多すぎて、手が回りません。教授が来てくれて本当に助かりました。」

「患者の様態は?」

「意識不明者が殆ど。貧血の症状も出ています。」

「とにかく、徹底的に血液の分析だ。」

「そっちの様子はどうだね。」

「教授、こちらも同じです。水にしか見えません。」

「その水を分析してみよう。今夜は徹夜になりそうだ。」

「教授、他の病院とも情報の共有を。」

「じゃあ、その手配を頼む。そして交代で仮眠を取ろう。」

「わかりました。」

「それと、患者との接触は極力避けるように。現場は防塵防毒マスクとタイベックを着用するように指示しておいてくれ。」

「はい。」

 だがそれから暫くの間、何も起こらなかった。急に静けさを取り戻したのが、かえって不気味だ。

(顕微鏡でも覗いてみるか。)

スライドガラスに検体を一滴垂らす。

(やはり水だな、何も見えん。わずかに埃か塵のようなものは確認できるが………。しかし、血液が透明になったら生きていけるのだろうか。血小板は通常は緑色をしている。

それが沢山集まると、赤く見える。赤血球はどうだ? 核が存在しないアメーバ状の蛋白質。生成時に核を抜き取って放出される。核付きの赤血球の方が寿命が長い。だが核が存在する分、酸素との結合量が減る。ヒトの血液は、脳が大量の酸素を必要とするため、このように進化したと考えられている。他の動物では核がついたままの赤血球の割合が高いと聞いたことがある。体内の血液が不足すると造血を間に合わせるため、核付きのまま血管内に放出されてしまうことがある。………うーん、これでも分からないな。他の何かが原因なのか。血小板や赤血球がなければ生きていられるはずがない。………だとしたら、細胞分裂の際生じるタンパク質の一部か。いやいや、それも考えにくいな。第一これじゃ、生きているのか死んでいるのかもわからないじゃないか。何か、何かを見落としてはいないだろうか。焦りは禁物だ。)



 一方、こちらはナースセンター。患者の様子をモニターなどで監視しながら、ナースコールにも対応もできるよう、控えている。特に何もなければ、退屈な時間を過ごすことになる。『何もない』に越したことはないが………。しかし何もないまま、時間は過ぎてくれなかった。いま一人のナースに、影が近付いていた。もちろん本人は気付いていない。その影は患者の一人だった。その患者がナースの一人の背後から襲いかかった。いきなり首筋に牙を突き立てる患者。ナースは抵抗する間もなく、その場に倒れた。

「キャーッ。」

 別のナースが悲鳴を上げる。その患者の後ろにはあと二人、別の入院患者がいた。その後交代のナースが来て、現場の状況をみて驚いた。

(何が起こったの?)

声が出なかった。倒れて気を失ったナース二人以外、人影はいなかった。状況は直ちに報告され、病院内は再び慌ただしくなった。



 どのくらいの時間が経過しただろうか。急に研究室の電話が鳴ったので少し驚いた。

「大変です教授、ナースセンターが患者に襲われました。」

「えっ? もう少し詳しく説明してくれ。」

「ナースが二人、首筋を咬まれ気を失って倒れていました。牙の痕があることから、吸血鬼の被害にあったと思われます。」

「彼女も含め、一人ずつ独房へ。吸血感染の防止に務めてくれ。あと、被害にあったナースの採血を頼む。こちらの研究室に届けて欲しい。」

「分かりました。」

「届ける際、吸血鬼の被害にあわないよう、くれぐれも注意しながら行動してくれ。」

「はい。」

 一〇分ほど後、検体が届けられた。

(んっ? この検体はまだ赤いな。何が違うんだ。)

早速、顕微鏡で調べてみる。

(この状態だと、ヒトの血液に近い状態だな。多少、赤血球の減少が見られるが、この程度なら貧血の症状しか出ないだろう。)

 再び電話が鳴った。ナースセンターからだった。

「教授、S医大から外線です。」

「繋いでくれ。」

「分かりました。」

S医大からの報告だった。

「情報の共有という観点から、お知らせしたいことがあります。」

「何か進展はあったのかね。」

「偶然かもしれませんが、回復した患者がいます。」

「なんだって! どういう治療をしたのかね。」

「………それが、投薬も治療も一切行っていません。採血しただけです。」

「その他に気付いたことは?」

「最初は透明の、水みたいな液体しか採取できませんでした。他の患者と同じだと思いますが、それ以上はこちらでも分かりませんでした。」

「その検体は残っているかね?」

「はい。」

「こちらに回してもらえないだろうか。」

「分かりました、すぐに送ります。」

 受話器を置く。検体は自動車で届けられ、到着まで一時間弱だった。教授は、試験管に入った検体を早速調べてみた。まずは、顕微鏡で覗いてみる。

(な、何てこった。この水、生きている! この患者が偶然とは言え、回復したとなると他に考えられることは………。水ということは、熱には弱いはず………、ならば冷やしてみるか。)

 教授は検体をシャーレに移し、冷凍庫に保管した。

(私の推理が正しければ、これで正体を現すはずだ。血液の量は体重の約八%。体重六十㎏のヒトなら、四・八㍑。その三分の一を失うと生命の危機………だったか。血液が水の状態………って事は、極度の貧血状態。本能的に他人の血液を求めるようになる………、そんな推測が成り立つな。)

 いろいろ考えているうちに、外は明るくなり始めていた。研究室にいると、外の明るさはわからない。時計では、五時を少し過ぎていた。

(明るくなり始めて、患者たちの活動も少し治まってくれればいいのだが………。)

 そんな事を考えながら、冷凍庫からシャーレを取り出す。顕微鏡で調べるまでもなかった。

(やはり思った通りだ。凍らせて初めて正体を現したな。アメーバやクラゲに近い透明な生物、吸血アメーバ。こいつが吸血鬼の正体か。体全体に行き渡っている全血液の四・八㍑中、たった一つしかないコアを体外に出すことが出来れば、患者は助かる。核がなくなれば、造血が間に合い治癒する。この患者の場合、採血時に偶然注射器で核を吸い取ったわけだ。あとは治療法だが………。んっ? 待てよ、確か細胞の核を着色する方法があったよな。癌細胞を発見するときなどに使う方法が………。また核に磁力線を当て、磁石で吸い寄せて、核を含めて採血できれば患者は完治するはずだ。あとは、この方法を皆で探し出せばいいだけだ。)

 居ても立っても居られなくなった教授は、電話で皆を起こし、交代の時間であることを告げる。そしてこの治療法を各部署に知らせ、詳細が確定したら、各病院と情報の共有するように準備を進めるのであった。

 こうして、吸血アメーバ騒ぎは一応、落ち着いた。




       六、石田博士とボンデック

 石田博士は、まだ秘密の研究所にいる。身を隠すためには、ちょうどいい環境だからだ。手漕ぎボートを使ったり、行動が夜間に制限されるなどの不便な部分もあるが、ここには誰も訪ねて来なくなっていたからだ。定時連絡もしなくていいし、食糧も自分で調達できるとなれば、これ以上身を潜めるのに適した場所はない。一部の部屋には、工場で発電された電気も供給され続けている。

(博士、あの騒ぎも落ち着いてきたみたいだね。ワクチンを打ちに行くかね。)

「いや、私は打たないよ。」

(なるほど、博士の抗体の方が強いみたいだね。)

「知ってたのか、私の体のこと………。」

(薄々感づいていたよ。君の体には、『よみがえり』の血がながれていたんだね。私と同様、吸血鬼は他の吸血鬼の眷属にはなれない、というか感染しない………だな。)

「その通り。最近テレパシーで語りかけてくる機会が増えてきているような気がするけど………。」

(脳に直接テレパシーを送った方が早いからね。体力も温存できるし………。)

「ボンデックの生命反応が弱くなってきているのは何故だ?」

(君を取り込むつもりだったが、逆に取り込まれつつあるからだ。取り敢えず宇宙海賊は始末したし、もうこの星に残る意味もなくなってきた。)

「じゃあ、そろそろ体を分離するかね。」

(私も君と別れるのは名残惜しいが、今後の研究に役立ちそうな情報をお知らせしておく。君の脳に直接映像を送っておくからね。)

「話をはぐらかそうというのか。」

(違うよ………、そう、五分、あと五分くらいの時間を貰えないか………名残惜しいだけだから。)

「そうか………。」

(私の星には、氷の炎というのがある。文字通り、炎が凍るんだ。湿度と気圧が関係しているようだ。凍って硬くなった炎のかけらを手の上に乗せると、体温で氷が溶ける。すると普通に燃え出すから熱い。だけど不思議なことに、普通の炎のように火傷はしない。たぶん凍ってた分、着火温度に関係しているんだと思う。

吸血アメーバを熱処理するのに使えないだろうか。)

「んなわけあるかぁ………。そもそもこの星で、炎を凍らせることは不可能だ。」

(いい話だと思ったんだけどなあ。………それとこの星では、コールドスリープの技術は進んでいるのかね?)

「あれは危険なんだ。体液を抜いて生理食塩水で満たす。生きているうちは、組織を守るため、脳や心臓に血液が集まる。冷やさないようにするための自然現象だ。だから少しずつ温めても生き返る訳ではないんだ。脳と心臓に血液が集中しなかった場合、たとえば足や腕に大きな怪我があった場合など、脳と心臓に血液が生き届かなかった場合、短時間の仮死状態なら生き返る場合もある………、といった程度だ。」

(さすがに詳しいな。)

「これでも医者の端くれだからね。それに私の故郷、刑部村には『よみがえり』の言い伝えもある。吸血鬼研究家としても生き返る方法は、かなり研究したつもりだよ。もしコールドスリープの技術が発達してたら、娘を助けることができたかもしれない。………君が話し終わったら、お別れするのか。このまま話が終わらなければいいのに………。本当に体を分離するつもりかね。」

(ああ、最初からそのつもりだったし、もう思い残すこともない。)

「私はもう死んでる訳だし、君の方が故郷の星に帰ればいいじゃないか。」

(ところが、そうはいかないんだよ。宇宙船は壊れてしまっている。あの時から、この星に骨を埋めるつもりでいた。だから、君が生き残れ。この事件の真相を語り継いで欲しい。

それともう一つ。ワープや空間飛行を繰り返してこの星に来た私は、過去に来てしまったらしい。つまり、タイムパラドックスだ。私の体の中にいるゴ〇ミドロは、君が作り出したアメーバ状の細菌が宇宙に運び出され、独自の進化を遂げたものだ。この星からだと、未来の星に帰らなければならない。それも宇宙船がないと不可能。更に、最初に説明した通り、他の星の人間を傷付けた以上、星に帰っても処罰が待っている。幸い、この星の樹木に似た構造の体を持つボンデック星人は、植物として生き続けることができる。完全に死ぬ訳ではないんだ。)

「な、なんということだ。ゴ〇ミドロを作り出したのも私自身だったのか。ん? ちょっと待てよ。それじゃあまるで、犠牲者と為政者だな。」

(君の故郷にでも、植えてもらえないかね。分離した途端、私は動かなくなるが、この星の植物に変形しただけだと思えばいい。)

「エンシェントトレントか………。」

(妖怪や魔物のたぐい………、まあ地球人から見れば醜いボンデック星人は、魔物・悪魔イコール悪者なのかもしれないな。)

「俺の血液欲しけりゃ、いくらでも提供する。だから考え直して欲しい。俺自身が後悔することになりそうだからな。………君にも家族はいるんだろう。」

(気にしなくていい。星では連絡が途絶えたと同時に殉職扱いされているはずだ。仕事上、家族も覚悟はしていただろう。)

「寂しいけど、仕方ないな。君は言い出したら利かないし………。今日が最後の共同体。夜間に車を走らせて、刑部村に行くよ。暗いうちに植えつけも済ませてしまおう。少々狭苦しいが、トランクに入ってもらって、運搬することにしよう。」

(………、それでいい。じゃあ、私の命を君にあげよう。元気でな。)

「ありがとう、ボンデック。」

博士は泣いた、年甲斐もなく。

(俺は医者なのに、初めて患者を見殺しにしちまった。)

短い間だったとはいえ、知人がいなくなるというのは、やはり辛い。こんなに辛いものだとは思わなかったようだ。 


こんなやり取りのあと、博士とボンデックは分離した。博士はボンデックを車のトランクに入れると、直ぐに出発した。刑部村を目指す。中央高速を使えば、早朝には刑部村に着ける。

(あれから母さん、どうしているかな。ボンデックはいなくなったのに、独り言を言う癖は残っちまったのかな。)

 早朝の四時過ぎ、刑部村に到着した。奥山地区と川元地区の分岐点に着いた。この小さな交差点には、勿論信号機などない。未舗装の砂利道だ。車が汚れてしまうが、そんな事はお構いなし。早くボンデックの足を地中に埋めなければならない。枯れてしまうかもしれないという心配もあったからだ。

(こんな時間に地面を掘っていたら、完全に怪しまれるな。この辺りじゃ、誰も見ていないだろうけど。都心だったら、職務質問されそうだな。この二又の三角地帯、代々受け継がれてきた、石田家の土地。道標となるように、お地蔵さんもいるし、その奥には我が家のお墓もある。入口には、桜が植えてあるし、この桜の前なら、ボンデックも寂しくないだろう。)

 植え終わって気がつけば、辺りが明るくなり始めている。もうすぐ夜明けだ。

(一度、実家に寄ってから帰るか………。)

 車で五分もかからない場所に実家がある。門を抜け庭に車を停めると、博士は車から降りた。引戸式の玄関を開ける。懐かしい。

「ただいまー。」

 奥の部屋から、母の返事が聞こえてきた。

「誠かい?」

 客間へ進むと、和室から母の声が聞こえてきた。

「どうしたんだい? こんなに早い時間に………。」

「ちょっと用があってね。そのついでに寄ったんだ。」

「朝食は?」

「まだ………。」

「随分汚れてるわね。」

「辻の祠前に、木を植えてたんだ。根付いてくれればいいけど。」

「帰ってくるなら、連絡くらいくれればいいのに………。」

「急ぎだったからね。」

「何もないけど有り合わせのもので作るから、ちょっと待ってて。」

「ああ。」

(久しぶりだな、母さんの朝ごはん………。)

 メニューは一般的な和食。ごはん、味噌汁、たまご、海苔、焼き魚、お新香だった。

「食べながらでいいわ、すこし話をしましょう。誠も忙しいだろうし………。」

「ああ。伯爵の家では黙ってたけど、清美のことも関係しているらしいんだ。」

「あの娘には気の毒なことをしたわね。」

「仕方ないさ。」

「誠は私の事、許してくれるの?」

「今更許すも何も………。あのとき母さんは、禁断症状で一年間苦しんだんだろう? それに俺をここまで育ててくれた。人間として生きることを選んだのなら、もう充分苦しんだはずだ。人間として寿命を全うすること、それが母さんに与えられた罰だと俺は思っている。」

「厳しいわね………。」

「そうでもないさ。あのとき母さんが俺を拾い上げてくれなかったら、あのまま焼け死んでいただろう。吸血鬼だからって、灰になるのは御免だ。それに血はつながっていなくても、母さんには感謝してるんだ。」

「そう言ってもらえると助かるわ。」

「母さんは本物のカーミュラなのかい?」

「いいえ、女吸血鬼だから勝手に名乗っていただけよ。」

「そうか………。」

 食事が終わり、お茶を飲みながら話を進める。

「母さん、実は俺も取らなければならない責任があるんだ。こんどは母さんが俺を責める番だな。」

「吸血鬼が吸血鬼の研究をするのは、悪いことだとは思わないわ。」

「伯爵の家では黙ってたけど、国家の機密情報を詳しく話すことはできなかったからね。家族を人質にとられている可能性もあったから………。ここ刑部村まで見張られているとは思えないが、篠原教授はかなり危険な状態だった。」

「篠原教授も関係してたの?」

「ああ。あの吸血アメーバ細菌は二人で意見を出し合って完成させた。不完全なままだったかもしれないけど………。東京にいる貴君も、多分国の監視下に置かれていたんじゃないかな。教授の奥さん、絹江さんも監視されてたんじゃないのかなあ。母さんのところにも、変な奴らが来たんじゃないの?」

「ここへは誰も………いえ、気付いていなかっただけかも………。」

「まあ、何もなかったんならそれでいいけど………。伯爵の家で見せたボンデック星人の姿は、身体を二人で共有していることを見せたかったんだ。だがその彼はもう死んだ、この星で………。彼は地球の樹木として生きていく道を選び、命を俺にくれたんだ。いま話を聞いて思ったんだ、母さんとボンデック、二人に助けられて今でも命を繋ぎとめられているんだと………。ボンデックは、あの辻の祠の前に植えた、清美の墓石の正面にね。毎年桜の季節に、会いに来るつもりで………。」

「そうだったの、それで汚れた格好をしてたのね。」

「ああ。母さんもあのボンデックを見守り続けてほしい。」

「わかったわ、協力する。」

 そんな会話のあと、博士は刑部村を後にした。




       七、刑部村伝説

 時は流れ、三月中旬。日の出が少しずつ早くなり、寒さも和らいできた。朝晩はまだ多少冷え込むが、日中の日差しが心地よく感じられる。石田博士の研究所も、ほぼ修復が完了している。

(もうすぐ桜が開花する。刑部村に行ってみるか………。)

母親への連絡を済ませると、出掛ける準備に取り掛かる。

(あの時はボンデックを乗せてたから車を利用したが、久しぶりに電車で行くか。ボンデックは根付いてくれているかな。母さんが見守ってくれていたから、奴も多分元気にしてるだろう。)

電車に揺られながら、辻の祠を思い出す。

(桜は咲いているだろうか。小さくて目立たなくてもいい、石碑も建ててやりたいな。)

いろいろなことを考えながら、ぼんやりと車窓を眺めている。N県I市の駅からバスに揺られて山を目指す。一日数本しか出ていないが、終点から五分くらい歩くと、旧刑部村の中心地だ。郵便局や萬屋など数軒の店を通り過ぎると、未舗装の道に入る。ここまで来れば、川元と奥山の分かれ道、辻までは残り僅かだ。辻を右に進むと川元、左に進むと奥山だ。辻の祠の横を通り過ぎたが、誰もいない。ボンデックだけが、少し大きくなっていた。実家に荷物を置いて、一人で辻まで戻る。

(あれ? 誰かいる。さっきはいなかったけど………。)

自分よりは若い、高校生くらいの男性がいた。清美の墓の前で手を合わせている。お供え物と花が添えられ、線香までもが立てられていた。顔はよく見えないが、若いのに感心だ。私は話しかけてみることにした。

「お花、どうもありがとう。」

「えっ?」

振り向いたその顔には、見覚えがあった。

「き、君は確か………篠原さんのところの貴君?」

「石田博士………。」

「どうして君がここに?」

「去年のカボチャ祭りのとき、きよ姉………いや、清美さんが夢に出てきたものですから………。」

「去年は君の番だったのか。祭りの案内役は毎回順番に村から選ばれるようだ。私も二十年くらい前だったかな、家にスイカとカボチャが現れ、戦士となって戦う夢を見た。」

「僕の夢の中に清美さんがいました。レイラになって、一緒に戦ってくれたんです。」

「そうだったのか。」

「だから気になって刑部村に来たんですが、まさか彼女が亡くなっていたなんて………。」

「そう言えば子供の頃、貴君は何度かうちに遊びに来てくれていたよね。」

「はい。でも奥山地区と川元地区は昔から仲が悪かったから、なかなか遊びにも行けなくて………。僕の初恋の人なんです。」

「ふーん。で、君はどこまで知っているんだね?」

「今回の吸血鬼騒動、あれは博士と、うちの父が関係しているんじゃないかって事。あれから父とは連絡が取れません。」

「篠原教授は、多分生きているよ。」

「僕もそう思います。血清やワクチンを開発したのは父ではないかと思っています。」

「でもあのとき、私は篠原教授に逃げ道を教えて、強制的に脱出させた。いま考えると、見殺しにしてしまったようなものじゃないかと悔やんでいるんだ。」

「そうでしたか。でも先に脱出させて博士が残ったのなら、気にする必要はないと思います。忙しくて、バタバタしてるんだと思います。昔からそういう人でしたから。」

「石田家と徳川家の件は調べたのかね?」

「はい、僕は村の歴史を調べるため、進学したら歴史と考古学を専攻しようと思っています。徳川家と石田家の家系から歴史、いろいろな方面から村の歴史に近づけたら………、そう考えています。」

「じゃあ私が知っていることから、いくつかお話ししよう。君が遊びに来づらかったのは、やはり石田家と徳川家の確執問題があるからだろう。昭和や平成の時代に、そんな古臭い掟なんか気にする必要はないと思うけどね。私の母親も絹江さんと同じ会社でパートとして働いていた訳だし、顔見知りではある。我が石田家は三成の直系ではなく、石田正澄まさずみ、つまり兄の血を受け継いでいるんだ。旧川元地区に落武者として辿り着き、人目を避けて生活を始めた。旧奥山地区の徳川家の歴史はよくわからないが、篠原さんも遠い血縁関係にあると聞いている。何代目かは知らないが、直系ではなく娘か嫁の子孫が住み始めたのが奥山集落の始まりだと聞いている。徳川の、かなり時代の新しい十三代目あたりじゃなかったかな。」

「僕もそのような話、聞いたことがあります。」

「………だとすると刑部村には、両家が偶然住み始めたことになる。徳川家も素性を隠す必要があったのだろう。十三、十四、十五代目まで、盛んにこの地と江戸を行き来していたに違いない。奥山地区の人口が急激に増え始めたのは十五代目以降、明治に入ってからの事、つまり大政奉還のあとだ。」

「何が言いたいんですか?」

「川元地区と奥山地区の疎遠が続いた理由、それはカボチャの祠が徳川埋蔵金の隠し場所だったからだ。埋蔵金を見守るために、この地に住み着いたのだろう。世間の目を誤魔化すため、奥山地区のカボチャ伝説を利用し、川元地区の『よみがえり』を合わせて、新しい言い伝えを作った………、そんなところだと睨んでいるけどね。」

「肯定も否定もできません。僕も噂で聞いたことがあるくらいですから。」

「別に奪うつもりはないし、探す気もないよ。安心してくれ。第一あれは私たちの物ではないからね。それに私たちにも秘密がある。」

「『よみがえり』の話………ですね。」

「清美もね、よみがえったんだよ。必死に治療法を研究した。でも、ちょっとしたミスから死なせてしまったんだ。」

「何があったんですか。」

「私たちの家は知っているだろう? あの家には秘密の地下室がある。よみがえった清美を地下牢に閉じ込めておいた。空気や光を取り込む小さな穴などが多数存在する。これは設計ミスなのか偶然なのかわからないが、直射日光が清美の体を焼いてしまったんだ。あとで気がついたんだが、ある一つの小さな穴から差し込む直射日光は、夏至の前後一週間だけ、地下牢に届くことがわかった。そして『よみがえり』が起こらないように、土の質が違う、この辻に埋葬したんだ。」

「博士が直接手を下したんじゃなければ、不可抗力なんじゃないのかな。」

「私が吸血鬼の研究をはじめたのは、こういう事情があったからだ。清美がよみがえった理由はほかにもある。私と母も吸血鬼だったんだ。今は血が欲しいとは思わないけどね。………母を始末しに行くかい?」

「そんなことはしませんよ。報復にカボチャの祠を掘り返されても困るし………。」

「私もそんなつもりはない。このご時世に人殺しだ、泥棒だなどで揉めるのは、お互いに損をするからね。旧川元地区は大正時代に、壊滅状態になった。『よみがえり』が人口の七割を超えるほど、流行してしまったんだ。今で言うクラスター、もしくはパンデミックに近い状態だね。集落に昼間は人影がなく、暗くなってから得体の知れない何かが蠢きだす、そんな状態が想像できるかね?」

「なんだか怖いですね。」

「当時は街灯などなかったから、静かな暗闇の中で何が起こっていたのか、記録にすら残せなかったんだ。そこで、生き延びた村人たちが相談して、村を捨てることにした。民家に火を放ち、全てを灰にすることにしたんだ。初代川元地区は現在ダムの底ってわけだ。」

「博士はどうして………。」

「私は最初、普通の人間だったらしい。吸血鬼を始末するために火を放ったけど、別の吸血鬼が私を拾い上げた。それが今の育ての親、元はカーミュラと名乗っていたらしい。産みの親から血を吸ったカーミュラが、殺してしまったんだ。」

「血の吸い過ぎで?」

「少し違うな。吸血鬼の牙から蛇の毒のように、麻酔に近い物質を相手に注入する。催眠術にかかったような状態の眷属が出来上がる訳だ。だが二回目の吸血時に、アナフィラキシーショックを起こして死亡したらしい。」

「生々しい話ですね。」

「申し訳なく思ったカーミュラは、罪滅ぼしのために私を拾い上げてくれたんだそうだ。そんなカーミュラを責める気になれなかった。彼女の母乳で育った私は、半年ほどで牙が生えてきたようだ。でも母乳を加熱し、チーズなどに加工して私にくれていた。やがて牙は小さくなり、普通の犬歯となった。カーミュラも苦労したみたいで、吸血衝動を抑えるのに必死だったそうだ。禁断症状だよ。そして一年ほど苦しんで我慢した彼女は、やっとの思いで克服した。だが気がついたときには普通の人間になってしまっていた。彼女は二百年以上、私は百年以上生きている。つい最近、ドラキュラ伯爵の家でカーミュラから聞いた。因みに私は、生き血を啜りたいと思ったことはない。」

「ドラキュラ伯爵?」

「ああ。東京で君が住んでるマンションから、わりと近い処に住んでいる。場所は教えられないが………。」

「『よみがえり』以外にも吸血鬼がいたんですね。」

「吸血鬼はどこにでもいるよ。アメーバ細菌もその一つだ。ヒトは極度の貧血状態に陥ると、本能的に他者の血を求める。それが吸血鬼となるのだ。………ところで、旧川元地区だが、昔から農業が盛んでね。芋などの根菜を中心に栽培していた。私の研究では、上流から運ばれてくる土砂が『よみがえり』の原因だったんだよ。何らかの物質に汚染された土砂で栽培された芋を食べ続けたから、遺伝子が変異したという結論に達した。つまり『よみがえり』は汚染された食物の摂取で起こる現象だということが判明したんだ。」

「ありそうな話ですね。」

「でも原因となる物質の特定までは出来なかった。あのとき蔓延を防ぐには、あの方法しかなかった。少し下流に移った川元地区では、根菜の栽培をやめ、麦、蕎麦、粟、稗などの穀物を栽培するようになった。このとき、スイカの栽培も始めたようだ。そしてスイカとカボチャの話へとつながっていく。」

「ではカボチャ人間に噛みつかれると、その人もカボチャ人間になってしまうというのは………。」

「私の見解では、『よみがえり』の話に尾ひれがついて、カボチャ伝説と結び付いた………、そんなところじゃないかと思う。(埋蔵金の話を蒸し返すのはやめておこう)。」

「なるほど、そうでしたか。それとさっきから気になってたんですが、この木は、つい最近植えられたものですか?」

「ああ、宇宙吸血鬼のボンデックだ。」

「ああ、あの、ニュースでやってたやつか………。ヒーローショーはネットで観ました。」

「彼の宇宙船がこの星に不時着してね。いや、墜落と言った方がいいか。彼は宇宙海賊を追ってこの星の近くまで来た。彼が追われていた訳ではないんだ。宇宙警察の職員だったボンデックが、海賊を追っていたんだよ。だが外見だけで判断する我々地球人も、ボンデックの方が悪人と判断したようだ。これは映画やテレビドラマなどの影響が大きい。悪役は常に醜く、ヒーローは常にカッコイイ。外見だけで言うと、美醜が逆転してただけなんだけどね。」

「それが、博士とどう関係しているんですか。」

「私と篠原教授でアメーバ細菌の研究をしていたとき、研究所の近くに二機の宇宙船が墜落した。研究所が崩壊し、私は瀕死の重傷を負った。このとき篠原教授だけ避難させたんだ。」

「そうでしたか。」

「ボンデックは自分の命を私にくれた。つまりその時、二人で一つの命を共有していたんだ。自分の使命を果たし終えた彼は、自分の命を私にくれた。地球の樹木として生きていく道を選んだんだ。」

「なるほど、そうだったんですか。これでいろいろな謎が解けました。説明して頂き、ありがとうございます。確かに今まで二つの集落間には、隠し事が多すぎましたね。こうやって話し合えば、もっと早くに理解しあえただろうに………。」

「今からでも、遅くはないんじゃないか? 君が嫌でなければ、昔のように川元地区に来るといい。そして、仏壇に手でも合わせてはもらえれば、清美もきっと喜ぶだろう。」

「喜んで!」

「平成も終わり、令和へと時代も変わった。古臭い掟やしきたりに、いつまでも縛られていても仕方ないだろう。私は二つの集落が、お互い手を取り合って、進んで行くべきだと思うんだ。」

「そうですね。」

「考古学もいいが、お父さんと同じ道に進む気はないかね。」

「それもいいかもしれません。でもいまは歴史と考古学を学びたいと思います。」

「そうか、東京でお父さんに会ったら、実家に連絡するように伝えておくよ。」

「僕からも連絡してみます。」

 そう言い終えると貴は一礼し、この場を去っていった。

(貴君、随分背が伸びたな。………、『命と引き換えに地球をパンデミックから救った異星人の英雄、ここに眠る』、石碑に刻む文字はこんなもんかな。)

 桜はまだ五分咲き。ボンデックは新しい枝を伸ばし始めている。

(根付いてくれたようで安心した。目の前には清美も眠っているし、根っこを通じてカボチャたちと話もできる。退屈しなくていいだろう? 俺とのテレパシーは………、駄目だ、何も感じなくなってしまったな。………秋のお彼岸にまた来るよ。)

 そう思ったと同時に、風が吹いた。

(風もだいぶ暖かくなったな。)

 風がボンデックの新しい枝と花を小さく揺らす。博士が、その場を立ち去ろうとする。

(ボンデックが返事をしてくれたのかな。)

博士は、そう思った。













この物語はフィクションであり、登場する人物・団体名などは、すべて架空のものです。



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