第1章9話 肉迫! 赤骸の双剣機兵!
「どうした? 掛かってこい!」
地竜に随伴していたGAを相手に、大立ち回りを演じていたルビィのベスタ改。
その猛攻に加えて、アキラメルの砲撃が地竜の砲撃を封じたのを見て。
地面に両腕をついて四つん這いだった装甲機兵が、狼狽え気味に後ろへ後ずさり、悪態をついた。
「くそっ、役立たずの前衛部隊め! 敵を易々と通しやがって」
右肩に細身の直射砲、左肩に太い曲射砲を背負った地球帝国の火力支援型GA、マイヤズだ。
「俺は支援機だぞ。こうも敵に近づかれたら、危なくて撃てるものか」
操縦士の言葉通り、角張った外見の機体で、火力が高い。
撤甲弾、榴弾、対空砲弾などを素早く撃ち分けて、味方を適切に火力支援する。
だが、その砲撃を潜り抜けたベスタ改に、接近を許して。
「おい、コリファ06、07! 俺の前に出ろ! 俺を守れ」
身を起こしたマイヤズが、無人のコリファを二機、呼び寄せて盾にした。
自らはベスタ改に背を向け、走りだそうとして。
「こんな所で死ねるかよ。いいか、絶対に俺を……うっ!?」
「はっ! 逃げるのかい?」
ギョッと立ちすくむマイヤズの眼前に、いつの間にか赤いGAが立っていた。
上下二対、四本の腕を持つ、肉を削ぎ骨を剥き出しにした赤黒い骸のような。
痩躯の不吉な装甲機兵が、スリットアイを鈍く光らせて、嘲笑う。
「味方を盾にして、敵から逃げる? どこへ? 敵前逃亡が許されるかなあ?」
「ト、トリン中尉? うるせぇ火星人っ!」
咄嗟に突き出された、マイヤズの両腕。
肘から先がUの字型のフレームに挟まれた、特殊な構造の前腕部が。
「人間モドキは死ねええええっ!」
五指の手首を後ろにくるんと縦回転させ、肘側の四角い四連銃口が前へ向けられる!
「言ったねえ、地球人! 温室育ちが!」
――ガキィインンッ!!
赤いGAの上腕が、肘から伸びる細い皮膜めいた装甲板を、マイヤズの腕に叩きつけ、左右に弾いた。
――ドドゥッ!!
「う、うぉっ!? 早いっ!?」
逸らされた銃口から放たれた散弾が、周囲の木々を粉々にするが、胴体は無防備で。
「でもさあ、それが理由で!」
――ザシュンッッ!!
「死ぬんだよ、お前ぇっ!」
下腕が抜いた二振りの剣の切っ先が、マイヤズの胸部装甲を貫通する。
操縦席から背嚢まで、深々と。
「ぎゃあああああっ!!」
GAの主動力は個体電池駆動だ。
これが損傷しても、発火や爆発はしない。
だがマイヤズの背部に搭載された砲弾が誘爆し、機体を爆散させる。
――ドゴゴゴォンッ!!
「アハハハハハッ!」
爆発の瞬間、上腕の装甲板を肘から展開交差させ、爆炎を受け止めた。
燃え広がる業火を踏み分け、庇った翼を左右に翻す赤骸の装甲機兵に。
二機のコリファを相手にしていたルビィは、唇を曲げて忌々しげに呟く。
「出てきて早々、味方殺しか! トリン!」
「ボクらしいよねえ? クククッ!」
量産機のコリファやマイヤズとは、一線を画す四腕のデザイン。
革命軍の優性戦闘種に与えられた、彼の専用機ブランシェだ。
「情けないよねえ。廃棄物の成り上がりに、いいように暴れられてさあ」
上の二腕は蝙蝠の飛膜めいた装甲板が広げられ、三本の鉤爪とビーム砲の砲口が備えている。
下の二腕は先ほどマイヤズを貫いた、細身の鋭利な長剣を携えていて。
「無人機は退いてろ。邪魔なんだから」
隠密など考えていないのか、外部スピーカーから嘲笑を放ちつつ、二機のコリファを後退させる。
「トカゲがつむじを曲げるからさあ、手を出すなって言われてたんだけど」
上右腕で地竜を指差して、両下腕は刀身にこびりついた血と油を振り払うブランシェ。
「この体たらくじゃ、しょうがないよねえ? スターロード?」
「相変わらずイキってんな、トリン。また胸に風穴を開けられたいか?」
二人は旧知の仲、元は火星革命軍の戦友だ。
互いに通信機の周波数を合わせ、モニター越しに顔を見せた。
「ハッハッ! そんなコトもあったねえ。痛かったなあ。でも、アレはよかったよ」
白髪白皙の、少女のような美しい少年だ。
機体と同じ赤と黒に塗り分けられた、操縦服に浮かび上がる体の線も、骨ばって細く薄い。
ともすれば深窓の令嬢のように、儚く砕けそうな肢体は、あまりに中性的で。
「思わず逝くトコロだったからねえ。フフッ、思い出すと今でも興奮するよお」
仇敵にまみえた憎悪と悦びに、秀麗な顔が火照った狂笑を浮かべ、紅を引いた唇をチロリと舐める。
「キミこそ、また背中をバッサリ斬ってあげようか? それとも手足を飛ばす?」
彼我の距離は五十メートル、GAなら十歩、決闘の間合いだ。
「首は最後にしてあげるさあ!」
「チィッ!」
いきなり横薙ぎにぶっ放されたベスタ改の突撃銃の弾幕を、楽しそうにくぐり抜けて。
下腕の長剣二振りで、斜め上に斬り上げるブランシェ。
ベスタ改はダッキングでかわし、左手で抜いたリボルバーの銃口を向ける。
だがブランシェは、機敏に頭上へ跳躍していた。
両上腕の掌底部が輝き、放たれる電子ビーム。
――ビシュウウウウッッ!
「うぉっと!」
前に飛び込み、地響きを立てて前転したベスタ改が、敵機の着地を狙って背中を撃つ。
――ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ!
プラズマを仕込んだ三発の弾丸は、しかし。
――バウッ! バウッ! バウッ!
振り向きもせずブランシェが広げた、上腕の飛膜装甲が防いだ。
鮮血じみた深紅のマナに防がれ、解放された灼熱気塊は、光芒を虚しく散らされて。
「チッチッチッ、嘘つきだなあ。穴を開けるなら胸だって、言ったよねえ?」
魔法界で万物は、魔力を帯びる。
人が乗ったモノには、騎手の意思や気迫、すなわち自我が魔力を増幅して。
特に人型であるGAは、操縦者のエゴが伝わりやすい。
機能性を重視した形状の兵器よりも、人型の方が強大な魔力を宿し、優位に立つ。
正に人機一体、物理法則に縛られたカタログスペック以上の性能を、発揮するのだ。
プラズマ弾を防ぎきった、今のブランシェの飛膜装甲のように。
「背中を切られた仕返しに、と思ったんだが。まあいい、ちっと遊んでやる」
「そう来なくっちゃねえ!!」
興奮に上擦った声を上げ、赤眼を輝かせ白い頬を朱く染めるトリン。
GAで魔力を引き出す代償は、マナ酔いだ。
強い魔力とエゴは、人の心を酔わせる。
酩酊、興奮、錯乱、発情。
魔法界で魔術を学ぶ者はエゴとマナを制御し、マナ酔いを防ぐ事から修行が始まる。
が、機甲界から転移してきたGA乗りは、そんな修行をしていない。
「アハハハハハッ! イッくよぉっ!」
振り向きざまに薙いだ細剣から、深紅のマナが数十メートルの斬撃と化し、ベスタ改を襲う。
咄嗟に右腕の小盾で受けたが、周辺の巨木が数本、巻き込まれて切り倒された。
ルビィとトリンの戦意が拮抗していなければ、操縦席ごと真っ二つだ。
「ったく、熱くなっちまうじゃねえか」
ルビィは重たく湿った吐息を漏らす。
豊満な胸の谷間、太股の間に熱い汗が溜まるのを、感じずにはいられない。
ルビィもまた、胸にこみ上げる酩酊感に浸り始めて。
「今夜は大変だぜ、シオン。たっぷり揉んでもらうからな!」
宿敵のエゴに当てられて、ルビィも全身を火照らせていた。
初めまして。あるいはお久しぶりです。
井村満月と申します。
第1章9話をお読み頂き、ありがとうございます。
ルビィの元に現れた、厄介なお客さん。
それは砲戦型支援機のマイヤズよりも危険な、かつての仇敵。
専用機ブランシェを駆る、火星革命軍の優性戦闘種であるトリン中尉でした。
キレッキレの狂的美少年、いいですよね!
しかもトリン君、ルビィの元戦友で、彼女に撃たれたことも、彼女を斬ったこともある強敵。
愛機のブランシェは、彼の体格に合わせてフレームをカスタマイズされています。
それをフルマニュアルで操縦する、まさに超撃墜王です。
優性戦闘種は、優秀な戦果を上げた兵士の遺伝子を、更に強化改造して産まれたクローン兵士。
半ば拉致同然で火星開拓を強制され、ガンガン死んでいった労働者不足を。
新支配者はクローンで補おうとしたんですが、服従遺伝子と洗脳の両方が失敗して、革命されました。
その人口不足は革命政府軍も同様で、劣性と判断されたクローンは過酷な労働を強いられています。
ルビィはその劣性労働種から這い上がった、特異な個体です。
その彼女が、どうして今、シオンと共にいるのか。トリンとの因縁も気になりますね!
皆様にどうか楽しんで頂けましたら幸いです。
それでは次のお話で、またお会いしましょう!