第1章8話 目ざといコックとガラス玉。
「やあ艦長。窓の外に変なのが見えてるけど、アレいいの?」
艦内通信の画面に映し出されたのは、食堂の調理長ルウ・セガワ。
快活で不敵で人を食った笑顔を浮かべる、小柄なベリーショートの黒髪少女だ。
「変なのってなんだい?」
訊ねるジュンコとは対照的な、日焼けして小麦色の健康的な肌。
黒のタンクトップシャツに、ホットパンツという薄着姿で。
白いエプロンを羽織り、コック帽を被ってるのが、面白い着こなしだ。
熱心な陸上部員を彷彿とさせる、スレンダーな肢体に、シオンはまだ触れた事がない。
(ルーは魅力的だけど、友人以上になるのは、本人次第だよねえ)
通信機で交わされる会話を聞きつつシオンは、んーと唸った。
(ルーはあたしと、一線引きたがってる気配がするし。何かあるのかなあ?)
「小鬼が木の上で、ガラス玉を振り回してる。ほら、ホーガン投げ? 中にオレンジ色の輝く液体が」
ただのコックだと言いながらルー、妙に勘が鋭い。
「船外カメラには、小鬼は映ってません」
この通話は前線のルビィとガイラにも共有されていた。
慌てて会話に割り込む、元魔王軍の女戦士。
「そやつらは爆弾小鬼、いや斥候小鬼だ!」
「ゴブリンじゃとっ!?」
エルフのギル姫が、血相を変えた。
ゴブリンとオークは、エルフの村を焼く魔王軍の先兵だ。
当然、蛇蝎のごとく嫌い、警戒している。
「隠形魔法で近づいていたな。ガラス玉も魔法の爆弾だぞ! 侮るな!」
「あ、あそこ! アキラメルのすぐ側!」
シオンの見ようとする意志が魔力となって伝わり、再び発光するブルスのカメラアイ。
隠形を暴き、目に捉えた小鬼の姿は全身泥まみれの黒ずくめ。
顔にも墨を塗った小鬼族の精鋭が、ゲラゲラ笑いながら。
紐に繋いだガラス玉を、今にも投擲寸前。
「させるもんかぁっ!」
左腕のロケットランチャーを、背中のラックに戻すブルス。
左腰に設置したホルスターから、GA用の自動拳銃を抜いて。
一連の動作は、シオンが操縦桿で入力した操作を、ドラムズが実行する自動操縦だ。
シオンはまだ、GAを手動で操縦できない。
だが雑食系のオタクで、重度のゲーマー。
人付き合いが苦手で対戦は避けてるが、ロボットアクションゲームはシリーズ全作、オールSランクでクリアしている。
「暴徒鎮圧低致死性スポンジ弾だけど! 運が悪けりゃ死んじゃうからね!」
シオンは腰か脚のハードポイントに、自動拳銃を装備している。
右は対GA用の徹甲弾を装填し、左は対人低致死性スポンジの散弾。
「あたしも覚悟完了してるんだからぁっ!」
できるだけ殺さない。でも、やらなきゃいけない時がある。
だからシオンは、躊躇わず撃つ!
――ドゥンドゥンドゥン!
「ゲギャギャギャギャーッ!?」
直径四十ミリのスポンジ散弾が叩きつけられ、悲鳴を上げて吹っ飛ばされるゴブリンたち。
しかし流石は精鋭の斥候。
根性の据わった数人が、撃たれ悶絶しながらガラスの爆弾を投げ飛ばした。
「回避だよっ!」
「できません。当たります」
――ドドドォン!
命中したのは三発、紅蓮の火球が炸裂したが、装甲を破れず艦を少し揺らした程度。
被弾箇所は艦橋の直ぐ下、右舷甲板の上の気嚢の一区画、そして。
「副砲に当たりました。ちょうど砲身の根元ですね」
砲術長卓に接続したケーブルから、流れてきた警報に、XCPは肩をすくめた。
「歪んだかヒビが入ったか、暴発警報が出てますが、撃ってみます?」
浮力の減少で傾く船体の姿勢を制御しつつ、淡々と言うか楽しそうに被害報告する。
「撃つなぁ! ええい、痛み分けさね。本艦は上空へ待避。作戦は第二段階へ移行。後はシオンと姫さんに任せるんよ!」
上空へ舳先を上げ、気嚢の浮力と下方噴射でふわふわと上昇を始める駆逐艦。
このまま城の前にいれば、地竜の攻撃に巻き込まれる為だ。
背中の連装砲以上の威力を持つ、ドラゴンの切り札に。
「さぁて、竜の息吹を受け止めて見せようぞ! くひゃはははっ!」
臆すどころか高揚に瞳を輝かせ、ギルキュリアが胸の絶壁を誇示して、ばんと張る。
「ほ、ホントにやるのぉ? お城を守るには踏ん張り所だって、分かってるけどさ」
「案ずるな! 何のために儂がお主の隣におる? 破格の魔杖を振るうためぞ!」
そもそもと続ける、エルフのロリ姫。
「いかにアレが羽根無しの地べた這いとて、ドラゴンの端くれ。倒すとなれば、相応の策が必要じゃ」
竜族の中では下級と言われる地竜ですら、暴れれば災害級の被害をもたらす。
街を破壊し山野を焼き尽くし、地形すら変えるのだ。
一国の騎士団が全滅必至で討伐するか、英雄や勇者級の冒険者が命がけで挑むボス。
いかに未来兵器と言えど、駆逐艦一隻にGA二機、岩喰鬼の戦士が一人では戦力不足。
「じゃが勝機はある。真の竜ほどの知性がない地竜には、な」
狭い操縦席で細腕を振り回し、ビシッと妙なポーズを決めて宣うギル姫。
「破格の魔杖を振るう、我が魔導の冴えなぞ思いも寄るまい。きひひひひ!」
「あ~あ、さっそくマナ酔ってるわ。ホントは肌も黒いんじゃないの、この腹黒姫」
「同感だ。魔王軍の参謀に大勢いるぞ、この手合いは。笑い声など堂に入ったものよ」
「腹黒なのは同感だぜ。口八丁で俺たちを、聖王国に抱き込んだからな」
「抱き込んだと言えば、シオンもさね。毎晩お熱いコトでさぁ」
「それは全員毎晩デスヨネ。録画はバッチリデスヨ。CM入りで有料配信します?」
「誰に見せるって言うのよ、あんなのぉ!」
すりすり頬ずり姫を引っぺがしつつ、顔を真っ赤にして喚くシオン。
ニヤけて笑うルビィが、真顔に戻る。
「っと、気をつけろ。厄介な客が来たぜ!」
初めまして。あるいはお久しぶりです。
井村満月と申します。
第1章8話をお読み頂き、ありがとうございます。
今回、ちょい顔出しはコックのルウちゃん。
ナマイキ系の女の子ですが、本当に女の子かどうかは、まだシオンちゃんが確かめてません。
タンクトップで艦内をウロウロしてるんですが、アレ? って思うアスリート体型だったり。
しかも、まだ杖を挿したことがなくて、イチャイチャしてないんですよ。
なのでシオンにとっては、気になる相手です。
そんなルウがめざとく見つけたのが、ゴブリンレンジャー。
ゴブリンは小鬼族と呼ばれ、とにかく数が多い鬼族です。
基本は弱い種族ですが、ずる賢くて興奮しやすく、魔王軍の雑兵として活躍しています。
個体差が激しく、きちんと訓練して精鋭に鍛え上げたのが、斥候小鬼。
銃器や爆発物、魔法や電子機器も使いこなし、破壊工作と略奪に大活躍します。
任務中、やたら興奮して笑い出したり、本能に忠実なのが欠点なのですが、魔王軍ではむしろマシな方。
そんなゴブリンレンジャーと同じくらい、ハイテンションになっちゃったギル姫。
シオンの杖が放つ大量のマナに、酔っ払っちゃってます。
魔法界では、このマナ酔いは普遍的なもの。魔法使いはマナ酔いに耐性を持つのが、基礎なのですが。
ウィルガ・マクシムスのマナは別格過ぎて、上から第三位の高位魔術師であるギル姫でも酔います。
むしろよく耐えてる方です。実際シープなんかは全く抵抗できず、すぐに泥酔して失神するので。
さてはて、ほろ酔い気分で大見得を切るギル姫の活躍を。
皆様にどうか楽しんで頂けましたら幸いです。
それでは次のお話で、またお会いしましょう!