第1章5話 姐さん艦長は、虫刺されを気にしてる。
敵の光点が地図に追加されると、通信画面がまた切り替わる。
新たに画面に登場したのは、月軌道条約機構防衛艦隊の制服を緩く着崩した、艦長のジュンコ・モロト大尉だ。
「敵を城に引きつけすぎたかねえ。作戦通りっちゃあ、その通りの展開だけどさ」
伏せがちの糸目で泣きぼくろ、胸元も開けて気だるく色っぽい女性士官。
紫がかった濃紺の長髪を収める、制帽の庇を直しながら。
軍人らしからぬ伝法な口調で、艦長席からXCPに指示を下した。
「砲兵はルビィに任せるさね。さあ、こっちは作戦通りだよ。いいかい?」
「問題ありません。艦長」
「んじゃアキラメル、浮上用意さ! 主砲、副砲、ミサイル発射管、装填!」
彼女の檄を受け、着陸中の母艦が主機を全開させた。
細い紡錘形の船体に搭載された、全兵装が起動する。
両舷甲板上に萎んでいた飛行用気嚢にも、ガスが充填され始めた。
「デカブツはまだ、こっちを見てないんだ。敵に城を撃たせてから浮上、森の陰を出て一斉射だ、当てて見せな」
ジュンコの号令で駆逐艦アキラメルが、下方姿勢制御スラスターを地面に吹き付けて、上昇に備える。
軽い遊道に胸を揺らし、ジュンコは赤いマニキュアを塗った指先で、艦長の椅子の肘掛けを落ち着きなく撫でる。
「毎度の事だけど、艦の動きの鈍さは心臓に悪いさね」
「宇宙用の戦闘艦を、大気圏内で飛行させるのが、無茶振りなんですよ」
わざとらしくやれやれと、ジュンコに肩をすくめてみせるXCP。
異世界転移した際、アキラメルを含む多くの艦艇は、月近くの機動要塞を巡る艦隊決戦の真っ最中だった。
当然、宇宙空間での戦闘で、大半の艦やGAは宇宙用の装備。
これが突然、眩い輝きに呑み込まれ、魔法界の惑星上に出現して、不時着を余儀なくされたのだ。
「船を捨てても、行き倒れるだけだからねえ。無理は承知で飛ばすしかないさね」
空気はあっても、水や食料は船に積んである分だけ。
周囲を探索しようにも、装甲機兵か小型の作業車くらいしか地上を走れず。
そして襲ってくるのは猛獣だけでなく、GA並みの巨体を持つ凶暴な怪物である。
「姫さんに拾われなけりゃ、どうなってたことか。敵さんも同じ心境だろうさ」
擱坐した艦から動けず、修理と調査を続けていたアキラメルに、ギル姫が訪ねてきたのは不時着して一週間後だ。
話の通じる相手が現れて、ジュンコ以下の生存者一同、ようやく助かったと安堵に崩れ落ちたものだ。
「その姫さんが、ウチらの艦で旅に出ると言ったんだ。何とかするしかないねえ」
「ならば操舵と機関と砲術と情報管制、無人GAを二機も動かしてる私の苦労を、もっと労うべきですね。私が居ないと、この艦は動かせませんよ?」
各部署の操作端末に繋がったケーブルを、指でツンと揺らして。
「具体的には、マスターと二人きりの当番を、増やして下さい。昨晩は短すぎです」
「手加減してくれって、シオンに言うんだね。すぐオーバーヒートすんだからさ」
「不覚です。マスターの魔力曝露に抵抗できません。むしろ弱体化が疑われます」
「その澄ました顔が、めちゃくちゃになるってね。あんたもまんざらじゃないんだろ?」
操舵席に陣取るXCPは、放熱髪から湯気を立て、舵を握り直した。
「それはともかく、中距離の無線通信を維持するだけでも、一苦労なんですよ?」
有線接続なのは、信頼性を高める為だ。
魔力が電子に干渉する魔法界では、無線やレーダーに障害が出る。
魔力が濃い場所では電波が攪乱され、電子機器に不具合が発生するのだ。
しかも命を持たない機械は、魔力を感知できないため、対策も講じられない。
XCPの皮肉を聞いて、居心地悪そうに腰を揺するジュンコ。
実際、彼女の大きな安産型のお尻には、艦長席がちょっと窮屈で。
「はいはい、いつもご苦労さん。無人機は、ちゃんと操縦できてるかい?」
「不規則な電波障害がありますが、この距離なら何とか大丈夫です」
二重三重の冗長性を持たせた通信は、XCPの演算力で維持している。
「ドローンを飛ばして中継させれば安心確実ですが、回収はまず不可能ですね」
電子部品は貴重で、消耗品にできない。
くるんと顔を真後ろに旋回させて、二カッと笑うXCP。
「仕方ないさね。贅沢は厳禁さ」
以前はぎょっとしたものだが、今やジュンコも慣れっこだ。
彼女は椅子に座り直すと、汗に蒸れる胸元を緩めつつ、ふと薄紅色の虫さされの痕を見つけて色っぽく微笑む。
「ああ、昨日のか。あの子ったら、見えるトコはダメだって言ってるのにさ」
彼女の腕の中で、赤ん坊みたいに甘えていたシオンを思い出すと、愛おしさが溢れて。
「ふふっ、ウブで純情、そのくせおっぱいが大好きなんだからねえ。可愛いじゃないか」
「同感です。ですが痕がつくのは、羨ましいですね。私の肌はつるつるなので」
そっとアザを撫でながら、ジュンコは軽く咳払いして居住まいを正した。
「はっ、妬きなさんなXCP! さぁ上手くやっておくれよ!」
初めまして。あるいはお久しぶりです。
井村満月と申します。
第1章5話をお読み頂き、ありがとうございます。
メル級駆逐艦アキラメルと、ジュンコ・モロト艦長が登場です。
なんとアキラメル、自前では飛べません。宇宙専用でした。
しかし使える者は何でも使う、もったいない精神でバルーンを繋いで飛行船に改造してます。
ガリア界から来た船の多くは、この改造が主流です。
地球帝国の船は、もともと地球上を移動する必要があり、移動能力を持ってるんですが。
そりゃあ操艦してるシープも、大変ですよねー。
で、シープをこき使ってる艦長が、ジュンコ・モロト。
胸もお尻もおっきくて、色っぽい垂れ目の姐さん艦長です。
こんな軍人艦長が居るか! と言われたら、商船の船長だよ! と言い返す気っぷの良いお姉さん。
海賊だろ、と総ツッコミがお約束で、やっぱりシオンちゃんと仲良しです。
そうそう、シープがシオンをマスターと呼ぶ理由も明らかに。
機械であるシープは、魔力が使えずマナも認識できません。
ですがシオンちゃんと、杖を使ってイチャイチャすると、魔力をすっごく感じるんですよ。すっごく。
で、杖の魔力と、それを操るシオンにぞっこん、という訳です。
皆様にどうか楽しんで頂けましたら幸いです。
それでは次のお話で、またお会いしましょう!