第1章11話 奮戦! ビキニアーマーの女戦士!
「ぐぅうううっ! そうは!」
牙を割るほど奥歯を噛み締め、血を吐きながら絶叫するガイラ。
「いかぬわぁっ!」
全身を魔力が駆け巡り、水着鎧に散りばめられた輝石が一斉に輝く。
――バッキャアアアアンッ!
斬機戦斧から両腕を石化させつつあった呪力が、破砕音と共に吹き飛ばされた。
あちこちを石に変えられ、砕かれた腕から血が吹き出すのも構わず。
「小癪なああああっ!」
ガイラはイワンの分厚い胸板を、思いっきり蹴り飛ばす。
鋼鈑すら凹ませるトロルの前蹴りをまともに喰らって、大男は後ろに吹っ飛んだが。
倒れず踏み留まった男の右手から、鉾槍が消え失せ、突撃銃を構えている!
――ドタタッ!
発砲炎が花開くより早く、ガイラは半身をずらし、斬機戦斧を横に向け盾にした。
肉厚の重合金が、ライフル弾を弾き返す。
「私の蹴りを耐えたばかりか、すかさず下腹から脚を撃つか。つくづく厄介な奴め」
イワンは胸元から、頑丈な装丁がひしゃげた分厚い本を取り出した。
「デュリケ書簡に救われたか。絶対神の教典も、読んでおくものだな」
「貴様、魔王軍に与しながら、至天教会の手先になる気か?」
至天教会は魔物を絶対悪と見なし、声高に根絶を叫ぶ人類勢力の急先鋒だ。
当然、トロルのガイラは敵愾心を露わに、教典を睨みつけるが。
「単なる雑学だ。敵を知る為だな。この地方の記述が多い」
本を懐に仕舞い直し、再び矛斧を握って石化の呪いを起動しながら、大男は思案する。
「これの呪力に抗うとはな。地属性に耐性があるのか」
「私は岩を喰らう鬼だぞ? 陽光を浴びれば石になる同族もいるが、私は平気だ!」
肌に食い込んでいた手榴弾の破片と小銃弾を、腹筋に気合いを入れて弾き出すガイラ。
「なるほど。だが、わざわざ防いだ以上、全く効かぬ訳ではあるまい」
「ふっ、つくづく賢しい奴め」
つい苦笑を漏らした女戦士の柔和な笑顔に、イワンは肩眉を上げた。
「驚いたな。以前は軽口を叩く余裕も見せなかったが、何がお前を変えた?」
「我が主だ。魔王軍を追われ、奴隷に堕ちた私をシオンは救ってくれた」
ガイラは奴隷の証の首輪を、むしろ愛おしげに撫で、毅然とした顔で答える。
「手柄首として、命を狙い続けた私をだ。一族の復讐と再興の悲願も、共に背負うと言って下さった」
微笑んだままガイラが、ひゅんと振り回す斬機戦斧。
「これほど愛されれば、無骨な私とて可愛げも出る。刮目し、覚悟するがいい!」
「確かにな。さて、どうしたものか」
大気を切り裂く斬撃をかわしながら、他人事のように呟くイワン。
「雑学を生かすか。ここのキノコはホクチダケ。雷月樺を折る者は雷に打たれる」
「貴様こそ随分と余裕だな! 逃がさん!」
豪腕を生かした連撃が避けられた先、太く白い木立を叩き切った瞬間。
バリッと幹から迸った雷気が、ガイラの腕をしたたかに焼き、根元のホクチダケをぼっと発火させた。
「ぐっ!? 雷火だと? 誘われたか!」
だが立ち上る炎は小さく、腕の火傷も軽く、ガイラは怯まず素足で火を蹴散らす。
「この程度で臆するものか!」
この機に乗じた大技を警戒したガイラだが、イワンは仕掛けず空中へ退避した。
胸中から歪んだ教典を取り出し、右手で器用にページを開く。
「燃えるだけなら、火口と言うまい? ホクチダゲは地下深く広がる菌糸に、雷月樺の雷気を伝える性質がある」
「なっ、うぉっ!? 地面が揺れっ」
土中から突き上げる衝撃に足を取られ、斬機戦斧を突き立てて、転倒を堪えるガイラ。
「レブナの特産は何だった? ヒントはここのホクチダケの色だ」
ホクチダケは、菌糸が吸い上げる養分の色素で、傘の色が変わる。
即ち土中で青い何かと、繋がっていると言うことだ。
レブナで青、いや蒼と言えば。
「蒼焔晶か! まさかっ!?」
――ドッゴッ!!
地下で生じた爆発が、揺れる地面を砕いてトロルを吹き飛ばす。
「ぬがぁあああああーーーっ!!」
「高圧下でホクチダケの菌糸と化学反応した蒼焔晶は、損傷した雷月樺の雷気で爆発する、と教典に故事が書かれていた」
――ゴォオオオオオッッ!!
噴き上がる蒼焔に呑まれ、絶叫する女戦士へ、教典を投げ込むイワン。
「蒼焔晶から生じる熱は、鉄を溶かすそうだ。貴様は耐えきれるか?」
「ああああっ! ああーーーーっっ!!」
焼死の激痛に喘ぐ美女の、長く尾を引く断末魔と思いきや。
「晶焔よ! 我が血に応えよ! 心魂に刻むは、古き地の秘字!」
――バシュウウウウッ!
ガイラの痩身を炙る蒼き炎が、旋回する戦斧の刃に引きずられ、渦巻く螺旋と化す。
「ほぉ?」
「我が祖モルクの血を焦がし、地の底より来たる者の力を呼び覚ませ! 地が成したる晶焔よ! 蒼焔螺刃!」
轟と唸りを上げ、輝石煌めくガイラの緑肌から、引き剥がされる青い炎。
斬機戦斧の巨大な刃に燃え立ち、なびくツインテールの赤髪と螺旋を描く艶姿。
「はははっ! 普段の私なら焼け死んでいただろうな。だが!」
パンと小気味よく叩く、美しい縦腹筋。
「この腹には、我が主に注いで貰った、膨大な愛と魔力でいっぱいだ! 死ぬに死ねぬ!」
蒼焔を身に纏う、水着鎧の女戦士の大見得に。
イワンはふむと頷き、再び取り出した矛斧を構え直す。
「なるほど、破格の魔杖の魔力か。だが扱えていないようだ」
「ぐぬ……何を根拠に」
イワンに鋭く推し量られて、ガイラは内心、舌を巻いた。
「扱えているなら、これの石化も晶焔も、あっさり防げただろう。そもそも攻撃に使えば、オレはもっと追い詰められているハズだ」
イワンは空中で、慎重に間合いを計る。
未だ隠した男の左手が、何を握っているか読めないが、ガイラは臆さない。
「私に斧で挑むか! よかろう、モルク・フォヴォーラ・トロルのガイラ、いざ参る!」
初めまして。あるいはお久しぶりです。
井村満月と申します。
第1章11話をお読み頂き、ありがとうございます。
ガイラさんは筋骨に漲るマナを、地属性の呪言に乗せて技を放ってます。
呪言闘法と呼ばれ、戦士が用いる戦闘スキルです。
呪文を詠唱し、魔方陣を描く魔法使いより効率は悪く、効果も単純ですが簡単で早いのが利点。
剣戟に乗せることで、威力や射程を増し、戦士が苦手な遠距離戦や魔法の迎撃に使えますし。
何より技名を叫びながら戦うのが格好良く、テンションも爆上げなので、大勢の戦士職がご愛用です。
対するイワンは本から得た知識で、地形を利用し彼女を追い詰めました。
マナを生態に組み込んだ植物動物は、ロマン魔法界は当たり前の存在です。
それが極まったのが怪物で、人知を超える力を振るいます。
アースドラゴンなんて、まさに怪物そのものです。
イワンが読んだ本は、魔王軍にとって不倶戴天の敵、絶対神マルヴェを信仰する至天教会の教典でした。
マルヴェは至天界からロマン魔法界に天使を送り込んだ強大な唯一神で、厳格な裁きの神です。
ロマン魔法界の神々に対し、従えば天使として遇し、刃向かうなら悪魔として討伐するとか。
ガリア機甲界でも信仰されており、聖魔法と奇跡で信者を庇護し、着々と教会を増やしています。
ロマン界の神々は、神族ごとに神々を奉る神殿が建ち、気まぐれな神が人間臭く振る舞います。
ギル姫のファレンファウスト聖王国は、ヌーヴァス神族の慈妹神マカラを奉じる弱小神殿の庇護者です。
通りすがりのじいさんが、実はど偉い神様でしたって昔話が、山ほどあったりして。
皆様にどうか楽しんで頂けましたら幸いです。
それでは次のお話で、またお会いしましょう!




