第1章10話 隻眼の魔法戦士は、器用で厄介。
「ふむ……匂うな」
土まみれのビキニ姿をぱんぱんとはたきながら、ガイラはすんすんと鼻を鳴らした。
岩喰鬼の嗅覚も、人間より遥かに鋭い。
だが、それ以上に彼女は、獲物の気配を敏感に嗅ぎつける。
通信機から聞こえたルビィの悪態で、誰と交戦中なのか察すると。
一計を案じ、長いツインテールに孤を描かせ、ガイラはあらぬ方向を睨み付けた。
「向こうはトリンか。なら私の所には、貴様というわけだな、イワン!」
斬機戦斧を肩に担ぎ、仁王立ちで誰かを呼び止める、ビキニアーマー姿の女戦士。
輝石を散りばめたマナチタニウム合金製のトップとボトムは、わずかに肌を覆う際どいデザインで。
鋭い眼光を巡らせた先、青白く蛍光するキノコが群生している上で、景色が歪む。
胸に護符を、右手に指輪を輝かせた男が、空中に姿を現した。
「驚いたな。青輝石の護符の、魔法迷彩を見破るとは」
驚いたという割に、抑揚に乏しい平坦な声が響く。
その声の元へ、斧の切っ先を突きつけながら、小柄なトロルは牙を見せて笑った。
「はっはっはっ! 見破っていない。はったりだ!」
「なるほど。引っかかった俺が迂闊だったか」
雷月樺の木陰を縫って、浮遊魔法で音もなく近づく、旧知の大男。
ガイラが魔王軍を離反する前は、共にアキラメルを襲った事もある魔王軍の傭兵だ。
灰色にくすんだツーブロックの髪の下、左目を黒革の眼帯で覆う厳つい容貌。
軍用コートを左肩に引っかけ、左手を見せず、五指に指輪をはめた右手でロケットランチャーを担ぎ、地面に降りたイワンは言う。
「随分と見違えた。戦場で堂々と脱ぐか。なかなかの変態になったな」
「脱いでない! 鎧が勝手に壊れたのだ!」
くわと牙を剥いて、言い返すガイラだが。
「扇情的なデザインの水着鎧だ。一から仕立てた特注品だろう」
「ぐぬぬ、察しのいい奴め。仕方なかろう! 私の動きに耐えられる戦装束が、他にないのだ!」
冷静な分析にぐうの音も出ず、しかし入手した経緯を語りたくもなく。
(奴隷商が私に誂えたと、言えるものか!)
この水着鎧は、トロルの特殊能力を封じる魔法が施されていた。
ガイラの所有者が、任意に封印解除、再封印を選べる魔法の鎧だ。
(奴隷にされた恥辱は、必ず晴らしてくれるぞ! 傲魔王め!)
魔王軍からガイラを買った奴隷商は、彼女にこの鎧を着せて、無力な愛玩奴隷にした。
そして賭け試合があれば封印を解き、勇猛果敢な剣闘奴隷として戦わせたのだ。
「ええいっ! そのよく回る舌を引っこ抜いてくれる! 絶倒岩牙ァッ!」
気合い一閃、ガイラが魔力を込めた右足で、地面を踏み砕くや。
イワンめがけて爆裂隆起していく、鋭利な岩刃岩槍の槍衾!
「それは困るな」
無数の乱杭歯が迫るが、瞬きもせず。
右手薬指の指輪を再びこすり、浮遊魔法で後ずさり距離を稼くと。
イワンはロケットランチャーを、迫る岩の牙に打ち込んだ。
――バッゴォォンッ!
岩魔法を粉微塵に吹き飛ばし、巻き上がる粉塵に顔をコートの袖で覆いながら。
「俺の狙いは貴様ではない。アキラメルへ行かせてくれ」
「はっ! ふざけるな!」
ガイラはマナに術を込めて戦斧を薙ぎ払い、今度はGAを両断した真空刃を放つ。
「行ってどうする!? 仲間になるというなら、口を利いてやるぞ!」
「それはない。相変わらず血の気が多いな」
右手の薬指につけた指輪を輝かせ、浮遊魔法でふわりと浮いて避けたと思いきや。
「逃がさん! 胴を真っ二つにしてくれる!」
「なるほど。水着のように、上下セパレートか」
「むぁだ言うか貴様ぁーっ!」
ガイラの殺気に誘導され、見えざる魔刃はなおもイワンを自動追尾、滑るように低空飛行する軌跡を追う。
「逃げるだけ無駄か。なら別の手だ」
慌てず無反動砲の発射筒を投げ捨て、着地し指輪の魔法をかけ直す。
大男の周囲に、煌めくマナの盾が三枚、現れて旋回した。
「止めろ」
一枚を易々と切り裂いた真空刃を、残る二枚がかりで受け止め、ようやく斬撃を中和して霧散する。
「やれやれ。この世界は何もかも、威力が大きすぎる。防ぐのは一苦労だ」
「貴様、本当に機甲界出身か? 並みの魔法使いより、良く魔法を使う」
訝しげなガイラに、大男は肩をすくめる。
「器用だと、よく言われる。こんな事ならGAに乗るべきだったな。岩喰鬼に生身では面倒だ」
いつの間にか、右手に長柄の鉾槍を持っていた。
大剣以上に重い両手武器を、右手だけで軽々と構えるイワン。
と、ガイラの足元に、いつの間にか転がっている、二つの丸い球体。
「ぬぅっ! 小賢しい!」
後ろに跳びずさった直後、手榴弾の爆風と破片がガイラを襲った。
――ドゴォンッ!
目を庇いつつ、斬撃の気配を嗅ぎ取るガイラ。
受け止めようと斧を振りあげるや、強烈な衝撃が、そして異様な呪力が腕を襲う。
――ビキキキッ!
「ぬぐうっ! 石化している!? これは魔槍の類かっ!?」
「鱗の冠鉾と言う。このまま斧ごと石化させてやる」
初めまして。あるいはお久しぶりです。
井村満月と申します。
第1章10話をお読み頂き、ありがとうございます。
ビキニアーマーのガイラさんが、迎え撃ったのは魔法戦士のイワン。
魔法で浮遊し、ロケットランチャーをぶっ放し、呪いのハルバードを振り回す大男です。
右手一本でガイラさんをあしらいつつ、どこか飄々とした傭兵で、あの手この手で仕掛けます。
そしてガイラさんの水着鎧ことビキニアーマー、トロルの能力を封じる奴隷用の鎧だったんですね。
彼女の見事な身体を最小限の面積で飾りつつ、反抗防止にもなる逸品。
コレを着てシオンちゃんを悩殺してます、ガイラさん。やっぱり変態なんじゃ……。
ロマン魔法界では、闘技場での試合がメジャーな娯楽になっています。
今のファンは目が肥えていて、名勝負を欲しており、安い奴隷の殺し合いは人気がありません。
強く美しいスター剣闘士が、趣向を凝らした試合に挑むのが、大人気です。
元・魔王軍の幹部でトロルの美女なガイラさんも、スター剣闘士候補でお値段お高い奴隷でした。
シオンちゃん、ガイラさんを身請けするため、借金してたり。ギル姫の立て替えも断ったとか。
皆様にどうか楽しんで頂けましたら幸いです。
それでは次のお話で、またお会いしましょう!




