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浮気された侯爵令嬢ビュレアモは奮闘する~輝く未来はあなたと~

作者: 北見晶


「あの……本当にいいんですか?」

「ええ、よろしくお願いします」

 若干声が喉に張りつき、一歩引いたカツラ屋の主に、ビュレアモ・ギーディ侯爵令嬢は椅子に座ったまま深々とお辞儀した。

 店の看板を背負って何百何千もの人間から髪を取ってきたはずの中年男は、ツバだけの帽子を彷彿とさせる髪型の、剥き出しになった頭頂部に汗を浮かべてしばし固まる。

 だがそこは腕一本で食べてきた職人、ややあって深呼吸してから、会計台から書類と万年筆を持ってきた。


「その……あとで文句を言われても困りますので、うちの店ではお客様に誓約書にサインをしてもらうのです」

「わかりました」

 書類を隅から隅まで確認したのち、侯爵令嬢は筆記用具を踊らせた。


 鏡に映るのは見慣れた顔。

 髪はストレートの鉛色で、長さは腰まで。卵形の輪郭に、目尻のつり上がったアイスブルーの瞳と通った鼻梁、薄い唇がバランスよく配置されている。

 冷たい、気持ち悪いと言われるのにはもう慣れた。

 侯爵令嬢の心情を余所に、男の指が髪を一房掴んだ。雑草を(むし)る風情で根元を。

 初めて聴く音色と同調し、引っ張られた皮膚から一本残らず天然の糸が抜かれていく。

  

 小さな籠にそれらが納められるのを眺めるビュレアモの脳内に、一つの映像が蘇った。

 婚約者のサイジェイ・クウォット第二王子が、フィアンヌ・アディ男爵令嬢と口づけを交わしている姿だ。


 フィアンヌは最近男爵家に引き取られたばかりの元平民で、まだ貴族社会に慣れていないのは許す。だが、それを大義名分にして勝手気ままにふるまい、挙句婚約者のいる貴族令息に馴れ馴れしく近づき、シナを作って色目を使うのは娼婦の所業。

 ビュレアモたちが苦言を呈しても聞き入れず、自分が虜にした男子生徒たちに泣きつく始末。いじめられたという男爵令嬢のデタラメを真に受けた令息たちが、婚約者である令嬢を叱責する悪循環に陥った。

 

 フィアンヌに骨抜きにされた男性陣の一員に、ビュレアモの義兄たるヴェルゼダが入っていたのには、頭を抱えてしまった。薔薇の花粉一粒の確率なれど、第二王子を諌めてくれると期待していたのだが。

 

 ヴェルゼダには今のところ婚約者はいないし、そのような話も出てはいないが、マナーのなっていない、“モドキ”をつけたくなる男爵令嬢を持ち上げるのはどうかと思う。

 約一ヶ月前、婉曲的に義兄に忠告したところ、瞬時に両眼が直角の域に達した。

 嫉妬は醜い。そして自分は純粋にフィアンヌを愛している。自分の無能ぶりを棚に上げるとは恥知らずにも程がある。

 鼻を鳴らして返された台詞に、ビュレアモは二の句が継げなかった。



 ヴェルゼダが自分の気持ちを第二王子や男爵令嬢に伝えたかは定かでない。重要なのは、サイジェイとフィアンヌが一線を越えた事実。

 人目を避けるように木陰で交わされた秘め事、拝むや侯爵令嬢は頭蓋骨の中身をかき回されてしまった。

 激情に駆られて二人に詰めよった方がよかったかは不明。予想外の艷事に第二王子の婚約者ができたのは、その場から無言で立ち去ること。


 脚を動かす度、現場からは遠ざかることができるが、記憶貯蔵庫からは二人の情熱的な行為が一層強まって纏わりつく。叫ばなかったのは意地だ。

 裏庭から玄関に辿り着き、階段をあえてゆっくり登る。数段目で右足が滑り、身体全体がかしいだ。

 咄嗟に頭を護ったため、そこは損傷を免れたが、右肩をしたたかにぶつけた。

 呻きながら立ち上がる。姿勢を整えたところで、割り込む思考。


-ー見られた?

 可能性に背筋が寒くなり、そっと辺りを見回す。

 誰もいない。

 醜態を見られなかったのはせめてもの救いだが……


「おや、ビュレアモ嬢、どうしたんだい?」

 後ろからの不意打ちに、ビュレアモは心臓が口から飛び出さんばかりに衝撃を受ける。一瞬五体が震えてしまった。

 一拍の間を置いて身体ごと振り向くと、予想通りの人物が立っていた。

 色素の薄い金髪に青白い顔。失礼な表現だが、紫の瞳は枯れかけたラベンダーを連想させる。

 体つきは骨に皮がついた如し痩せぎすで、明らかにやつれているし、やや猫背気味だ。

 セジュアト・クウォット。サイジェイの兄である。

 サイジェイは輝くばかりの金髪にサファイアの瞳で、絵本に出てくる王子様そのままと言える、女子の心を射抜く容姿だ。少なくともそれはビュレアモも認めている。

 好意につながるかは別だが。


「ごきげんよう、セジュアト様。なんでもありません」

 淑女教育で培われた礼を披露する。

「そうか……だったらいいけど、あまり無理をしない方がいいと思うんだ。僕が言うのもおかしな話だけど……って、王妃教育の時点で“無理はしない方がいい”って訳にはいかないか」

 眉尻を下げて唇を動かす。

 幼少の頃から病弱だった彼、容態は小康状態だが好転の芽が見られない。故に第二王子であるサイジェイが次期国王だと回りには認識されているし、本人も公言している。

……実のところ、女子ではあるが国王の血を引く子供はもう一人いるのだが。


「い、いえいえ、セジュアト様がお気になさることではありませんから! これはわたくしの問題ですし!!」

 慌てて侯爵令嬢はまくし立てる。終えてから、冷静さを欠いていた自分を打ち据えたくなった。

 第一王子は陰りを帯びた瞳で侯爵令嬢を映す。

「……本来ならサイジェイも王太子教育に力を入れるべきなんだけどね」

 首肯に走りかける頸を、ビュレアモは必死で抑えた。

 セジュアトの発言は正しく、サイジェイは次期国王の座にふんぞり返り、勉学や剣術などの鍛練を無視している。だから、次期王妃と目されている婚約者のビュレアモに負担はのしかかる。


「まあ、僕としては冠を頂くのがネラロニでもいいんだけどね。君には悪いけど」

-ーそんなことはありません。

 開きそうになる唇に力を込めて、侯爵令嬢は沈黙を保った。

“ネラロニ”とはセジュアトとサイジェイの妹、つまり第一王女である。

 心情としては賛成にかたむいているが、一応とはいえ第二王子との婚約が続いている現在、むやみに意見は出せない。


「ああ、ごめん、長々と付き合わせて。じゃあ、僕は行くから」

 言うと、頼りない足取りで第一王子は去っていく。


-ーあれ?

 頬が濡れる感触に、侯爵令嬢は手を伸ばした。

 それはとめどなく溢れ、二本の細流を作り上げる。

-ー涙。

 理由も成分も判別できないが、魂が揺さぶられたのは確か。

 速やかに物陰に移動すると、ハンカチで拭い、息を整える。

 途端に痛みがぶり返し、先程したたかに打った患部を押さえる。


-ー少しは伸ばしたらどうだ?


 手の甲を撫でた自らの髪に、脳内で声が弾ける。

 いつだったかは忘れたが、顔合わせを二、三度重ねたのち、サイジェイに鼻で笑われたのだ。


-ー言われた通りにしたのに……

 普段なら受け流せたが、積もり積もった鬱積が許容量を越えた。

 思いの雫こそこぼれなかったが、(かんばせ)を彩る長糸を切りたくて仕方がない。

 早退して美容院に出かけようと決意したが、妙な反骨心が湧いた。

「いっそ全部抜いてもらいましょうか」

 秘密の小箱を開ける風情で、ビュレアモは口元を綻ばせた。



 一仕事終えた侯爵令嬢は、髪を売った料金を受け取り、カツラ屋を出る。待っていた御者は一瞬瞼がまくれるぐらい瞠目したが、それだけだ。訓練された態度で丸坊主と化した少女を迎えてくれた。

 ビュレアモを乗せた馬車は快調に進む。車部分の揺れに合わせ、彼女も胸を踊らせていた。

 地肌丸出しの頭は涼しく、胸裏も風通しがよくなった。ひこばえを目にした如く、柔らかに唇が小舟型になる。


 自宅である屋敷に着くや、メイドのアリーは血相を変えた。

「どっどどどどうされましたお嬢様!? ま、まさか第二王子が……!?」

 床に尻をつけてへたりこむ。

「違うわ、カツラ屋に行って髪の毛を抜いてもらったのよ」

 嘘偽りなく告げたら、侯爵家に仕えて三十年は経つ古株メイドは、肩までの髪と同じハシバミ色の瞳を最大まで拡げた。


「だ! 旦那様と奥様をお呼びします!」

 声が裏返っている。

「別にそこまでのことではないでしょう?」

 ビュレアモの言葉を最後まで待たず、頬を引きつらせたアリーは行ってしまった。

-ー大丈夫かしら……

 古株メイドの狼狽ぶりは心配だが、一息つきたいのが本音。ゆったりとした歩調で自室に向かう。

 椅子に座り、机に本を出したところで、扉を破壊しそうな殴打音が。すでに“ノック”ではない。

「いいわよー」

 軽やかに返すと、ドアが開いて一人の男性と二人の女性が入ってきた。

 男性の方はビュレアモの父、エギイル・ギーディ侯爵。

 女性の方は一人は母、ラァジュベリラ・ギーディ侯爵夫人、もう一人はアリーである。

 少し挨拶が軽すぎた、と娘は反省した。


「ただいま戻りました、お父様、お母様」

 一礼するも、三人とも硬化したまま。

 エギイルは稼働の限界を超えて口を開けているし、ラァジュベリラは目がビュレアモを見ていないし、アリーは唇をわななかせている。

「な、何があった……?」

 どうにか絞り出した父の声質はかすれている。掴めるならば、使い込んだ布さながらにザラついているに違いない。

「実はですね……」

 ビュレアモはこれまでの出来事をかいつまんで話した。


「誠に申し訳ありませんが、気力が失せてしまいまして。ワガママを承知で言わせてもらうならば、一刻も早く婚約を解消してもらいたいのです。自分で言うのもなんですが、このまま形だけとはいえ関係をズルズルと続けていてもお互いに何の利もありませんし」

 個人的な意見で締めたが、

「-ーそうそう、ヴェルゼダお義兄様もフィアンヌ様に懸想しているようです。わたくしはお義兄様に詳しくお聴きになっておりませんから、細かいところは不明ですが」

 ふと思い出し、付け足した。


「……す、すまないレア。気づかなくて本当にすまなかった」

 父は身を縮ませるようにして詫びる。

「何をです?」

「お前がそこまで傷ついていたことだ」

「別にそんなに大袈裟に考えなくても大丈夫ですよ」

 水を与えられない水仙の様相を呈したエギイルの反応に、ビュレアモは眉を寄せる。一体どうしたのか?


「レア、わたくしも夫もあなたを愛しているわ。だからあなたが傷つくとわたくしたちも苦しいの。ごめんなさいね、王族との、何より第二王子との婚約なんて苦行を強いて。あなただって他にやりたかったことはいっぱいあったでしょうに」

「他にやりたかったこと……」

 いたわりに満ちたラァジュベリラの口述に、ビュレアモはオウム返しにつぶやき、首を捻る。


 五歳のときに王命で第二王子との婚約を決められてから、侯爵令嬢はひたすら教育を受け続けた。肉体や頭脳、精神は疲弊したものの、知らないことを知ることや、新しい要素に触れることは己の糧になると自覚していたから、苦にはならなかった。

 むしろサイジェイとの茶会の方が拷問に等しく、どうせなら書物を呼んだ方が身になると思ったくらいだ。

 だから、『他にやりたかったこと』と言われても、『これ!』といったものがすぐには導けない。


「……まあ、婚約解消には時間がかかるだろうが、今のレアを見れば只事ではないのはわかるだろう。それに、“破棄”よりは話が通りやすいからな」

「そうですね」

 夫の提案に妻も同意する。


「-ー皆様、紅茶はいかがですか?」

 アリーが訊いてきた。あえてこのタイミングなのは、彼女なりの気遣いと理解している。

 ビュレアモもエギイルもラァジュベリラも、ありがたくいただいた。



 数日後-ー

 昼休み、学園の一角に設えられたガゼボで、ビュレアモは持参したサンドイッチを食べていた。ピクニック気分を味わってみては? とアリーは言っていたが、確かにそよ風が胸裏を走る。

  

 婚約解消は滞りなく行われた。サイジェイ不在の状態で。

 本来なら彼も立ち合いのもと致される儀だが、先触れを送っても来なかったとのこと。

 馬鹿にされていると侯爵夫妻は頭に血を上らせていたが、娘はサイジェイを家畜の糞便で創造されたゴーレムかと疑ってしまった。

 曲がりなりにも王子とあろう者が、国王陛下の呼びかけを無視したのだ。最小限の礼節と義務として、出席するのが当然の場において。

-ー何を考えているのでしょうか……もしかして何も考えていないのでしょうか……

 おまけに、学園の内外問わず醜聞を撒き散らしているのだ。第二王子の身分を笠に着て。

 

 今まではギーディ侯爵家の後ろ楯もあり、婚約者としてビュレアモが防波堤になっていたので、かろうじて次期国王の座が危ぶまれることはなかった。しかしその恩恵がゼロになったらどうなるか? 結果は火を見るより明らかだ。


 昼食を完食した侯爵令嬢は立ち上がる。

 ちなみに学園の制服は、男子は長ズボンで女子は膝までのスカート。

 ビュレアモも例に漏れないが、流石に坊主頭との取り合わせは珍妙だった模様。中には元婚約者の暴挙だと勘違いして慰めてきた令嬢もいたが、訂正をしておいた。

-ーこの頭をあの人の仕業だと思われるなんて……わたくしの行動にも問題があるのは認めますが、日頃の行いでしょうか……

 元婚約者をわずかながら気にかけるも、結局のところは身から出た錆。本人がやるべきことをやらなかったためだ。

 頭を軽く振って、雑念を振り払う。


-ーさて、どうしましょう……

 望まざる未来からも、そのための教育からも解放されたビュレアモだが、いざ籠から飛び出した鳥となると、何をしていいかわからない。

 両親からはゆっくりしていいと言われたが、自由に使える時間が増えたのだ。浪費するなど愚の骨頂。

 とりあえず教室にランチボックスを戻しに行く。

 図書館に行こうかと、廊下を歩いていたそのときだ。


「-ーそれだけじゃないぞ。兄上は人工池に飛び込んで風邪をこじらせたことがあるんだ。寒中水泳が身体にいいなんてデタラメを信じてな」

「えっ? 本当ですか?」

 校庭にある女神のトピアリーから、聞き覚えのある二種類の響きが。坊主令嬢は迂回する。

 誰かはわかる。サイジェイとフィアンヌだ。

 気づかれたら完全に面倒事が待っている。展開が読めていてなおかつ負の方向進むのは避けたい。

 さりげなく立ち去り、反対側に行く。図書館に辿り着く道筋は他にもあるから。

 充分距離を取ったところで、一息つく。いくら時間があっても、選べるなら有意義に使いたい。


「おや、ビュレアモ嬢。どうかしたのかな?」

 意識が留守になっているところに聴覚への刺激を受け、侯爵令嬢はどうにか悲鳴を呑み込んだ。

「あら、セジュアト様。お気遣いなく。なんでもありませんから」

 発言者に身体ごと向き直り、言葉を紡ぐビュレアモだが、ついさっき耳介から脳に割り込んだ単語が喉からせり上がってきた。

「ところで不躾を承知でお訊きいたしますが、セジュアト様は人工池をご存知ですか?」

「いや、知らないけどなんでそんなことを訊くんだい?」

 ビュレアモは返答に詰まる。元婚約者と男爵令嬢の会話がたまたま耳に入ってきたにすぎないが、盗み聞きしていたと思われる可能性も高い。だが、目の前の第一王子の将来に影響がある噂が流れたらこと。与太話じみた中身だとしても、何せ喋っていたのは第二王子だ。

 セジュアト自身が王位に興味はないにしても、婿入りや臣籍降下に皺寄せが行くに決まっているから。

 侯爵令嬢は飾らず偽らず述べる。


「……僕がそんな真似を、か……冗談半分だとは思うけどね」

 見慣れたウラナリぶりが無縁の様で、第一王子は朗らかに笑ってみせる。

「冗談半分だとしても吹聴されたらことですし、それにわたくしとしては人工池自体気になりまして」

 セジュアトの目が細くなる。

「悪いけど、場所を移動して構わないかな?」

 ビュレアモは自分を殴りたくなった。

「申し訳ありません、ご気分がすぐれませんか?」

-ー病弱なセジュアト様を(おもんぱか)らずになんてことを……

 己のことだけを考えたツケを払うのならばまだいい。自分だけが痛い目に遭うのなら。だがセジュアトに、ビュレアモを心配してくれた方に苦痛が振りかかるのは拒否したい。

 だが、“後悔”は“後に悔やむ”と書くわけで……

-ー違う違う! できました! 注意していればセジュアト様の身体に負担がかかるのを防げました!

なのに……わたくしときたら……


「ああ、君が気に病むことじゃなくて、立ち話をここでしていると、他の生徒の邪魔になると思ってね」

 言葉を額面通り受け取るわけにもいかないが、正論なのも事実。

「じゃあ、図書館でよろしいですか?」

「構わないよ」

 セジュアトは快諾した。  


 男女二人は歩き出す。

 坊主令嬢と痩せぎす王子。取り合わせとしてはかなりインパクトがあり、身を潜めようにも目立つ。ビュレアモはする義務もないが。

 生徒たちが指差したり、聞こえよがしに暴言を吐かないのは、教育の賜物か。

 目的地に着いた二人は、空いている席に向かい合わせに座る。

「-ーで、人工池がなんで気になるのかな?」

 まったくもってわからない、といった風情で、第一王子が問いかける。

「わたくし王妃教育を受けた中で、人工池についても習いました。なんでも三十年程前、観賞用の魚で財を成した大商人が作り上げた設備らしいのですが、賭博に手を出して借金を背負い、それを帳消しにする資金を調達するために、ナーダード伯爵に売ったようですね。そのナーダード伯爵家も禁止薬物の売買に手を染めていたことでお家取り潰しになって、国が人工池を買い上げたようですね。それで現在は手つかずのままだとか」

「なるほど」

 

 ビュレアモの説明を清聴していたセジュアトは、理解したとばかりに首肯したが、口角が下がる。

「……情けないな、王家のことなのに何も知らなかったなんて」

 目を伏せるが、ふと顔を上げ、真正面からビュレアモを見つめる。

「-ーで、君は何を望むんだい?」

 どうやら要求は読まれていた模様。当然か。


「人工池を調査する許可をいただきたいのですが、セジュアト様からお願いできませんか? 場合によっては相応の処置が必要ですし」

「別にそれ僕じゃなくて君が陛下に内謁しても……」

 少々おうぞくにはそぐわぬ態度で告げる第一王子であったが、何か閃いたか刮目した。

「僕も協力していいかな? いや、やってみたいんだ」

 ビュレアモはまばたきをしていた。こんなに積極的な彼は初めて見る。

「ありがとうございます!」

 つい声をほとばしらせてしまい、ここが図書館だと我に返る。辺りの生徒たちに頭を下げて謝罪した。

-ーこれを狙っていたわけではない。ビュレアモ自身が気になっていただけ。

 でも願っていたのは真実だ。少しでも何かに対する意欲が生まれ、行動に移してくれれば、第一王子は健康な身体を手に入れることができるから。



「ビュレアモ、お前図書館でセジュアト殿下と何を話していた?」

 夕食を終え、自室に戻ろうとしたビュレアモにヴェルゼダが詰問する。“呼びかけ”とは言い難い刃さながらの語調だ。

「何って……人工池のことですよ。王家が買い取ったっていう」

 侯爵令嬢は淡々と応える。

 義兄は胸を反らした。

「信じられないな。そんなことを言ってサイジェイ殿下に捨てられたか、セジュアト殿下にすり寄っているんじゃないのか? そう話している者がいたぞ」

「そのようなことはありません」

 義妹は一刀両断に切り捨てる。

 ヴェルゼダは露骨に顔を歪めた。社交界で出したら失格の面差しである。相手がビュレアモだから安心しているのだろうが。

「それともサイジェイ殿下の気を引くための当て馬か?」

 侯爵令嬢はため息をついた。

「そのような無礼な行為できるわけありませんよ」

 返ってきた答えが気に入らなかったのか、目に角を立ててにらみつけてきたが、瞬時に変わる。

 ビュレアモには覚えがあった。サイジェイがこちらを馬鹿にするときの表情だ。

「そういえば、お前がなんて呼ばれているか知っているか? ツルピカ令嬢だぞ、ツルピカ令嬢」

 鼻の穴がふくらんでいる。

「-ーそれが何か?」

“ツルピカ”の意味ぐらいビュレアモもわかっている。触ったら滑りそうな感じを“ツルツル”、目映い輝きを“ピカピカ”。それを合わせて“ツルピカ”だ。

 十中八九、侯爵令嬢の頭部からつけられたと理解する。

 鋭い舌打ちを鳴らし、ヴェルゼダは去っていった。

-ー実のところ、フィアンヌとの関係に興味はあるが、訊ける様子ではないし、話したければ話すだろう。結論づけてビュレアモは部屋に入った。


 二日後の朝-ー

 数人の護衛を連れて、ビュレアモとセジュアトは件の場所にいた。

 調査の許可は思ったより早く下りた。セジュアトのお陰だとビュレアモは感謝したが、彼は軽く首を振った。

 さらに朗報が。少し遅くなるが、調査に打ってつけの学者が来るそうだ。

 人工池に着くまでに費やした時間は二時間ほど。

曇り空のため、辺りは薄暗い。

 ちなみに両親にも学園にもこのことは伝え、今日は特別休暇を取った。セジュアトも同じだそうだ。

 学者を待つべきか、それともここにいる全員で先に動くか相談していると、一台の馬車がやって来た。侯爵令嬢たちの馬車より簡素である。

 車の中から現れたのは、一人の男性であった。

 年齢は三十代といったところか。ダークブラウンの髪と瞳を持ち、セジュアトと比べるまでもなく筋肉質の身体をしている。

「申し訳ありません、アリュード博士。わざわざこのような場所にお越しいただいて」

 うやうやしく頭を下げるセジュアトに倣い、ビュレアモも淑女の礼を披露する。 

「そんなに改まらなくてもいいですよ。むしろ頭を下げるのはわたしの方ですから」

 男性は穏やかに述べる。

「あの……セジュアト様、この方は?」

 ビュレアモが尋ねると、セジュアトは男性の脇に立ち、

「ああ、彼はアリュード・ナアトン博士。フィールドワークを主とする動物学者で各地を転々としているけど、今は一時帰国していてね、人工池をどうしたらいいかわかるんじゃないかと思って、協力してもらおうと頼んだんだよ」

「まあ! そうだったんですか!? ありがとうございます!」

 胸裏を反映した信じられないくらい高い声が、侯爵令嬢の口から出た。


「……その前にお訊きしたいのですが、あなた方は人工池をどうしようと思っていたのですか?」

 真剣な眼差しでアリュードは尋ねる。

「……正直、具体的にどうしようかは考えていませんでした。今見てキレイにしようと思っていたわけですし」

「僕も同じですね。まさかこんなことになっているなんて思いませんでしたから」

 二人二様の回答に、博士は重厚な雰囲気で耳をかたむけてから、口を開いた。


「キレイにすると言ってもいろいろありますよ。生態系維持のためとか、農業用のためいけに使うとか……何にしてもまず、藪刈りと掻い掘りはやらなければならないようですが」

「「ヤブカリトカイボリ?」」

 侯爵令嬢と第二王子の不思議がる気持ちは、破綻なき二重唱を生み出した。


「『藪刈り』とは文字通り藪を刈ることです。野生動物やモンスターとの遭遇を防ぐため、緩衝地帯を作ります。藪はそのようなものだけにとどまらず、犯罪者や逃亡者が身を隠すにも最適ですから。さらに害虫の温床にもなりますし、下手をすればゴミの不法投棄も招きますから、藪を刈るのはそのようなデメリットを解消します」

「確かにそれは重要ですね」

「犯罪や事故が起きたら迅速に対応するのが重要だけど、起こしにくい環境を作るのも大事なんだな」

 この辺りで危険な動物やモンスターが出現したり、盗賊や連続殺人犯に襲われたなんて話は聞いてない。でも気づかなかっただけで事件は起きていたかもしれないし、安全性を高める上でもはずせない。


「『掻い掘り』とは本来とは農業用水を維持するために行われます。まず水を抜いて底のヒビ割れや水漏れの点検、補修をしたり、溜まった泥を掻き出して貯水容量を回復させたり、掻き出した泥を肥料にしています。自然の池には環境保全や生態系の回復、その場所にいてはならない生物の排除や固有の生物の保護、水質の浄化です。こちらにもゴミが捨てられている可能性がありますから、それらも含めて回収します」

 一通り説明すると、動物学者は呼吸を整えた。


「まあ、動物学者の立場からすれば手つかずの自然を求めたいのですが、人間と動物の不必要な衝突を避けるのも大切ですからね。それ以前に、菜食主義でないわたしが言うのもおかしな話ですが」 

「それはない。動物を痛めつけたり、意味なく殺す輩より立派だよ」

 セジュアトの語調は、王族ではなく“個”としての意志がこもっていた。

-ーすごい……

 ビュレアモは圧倒されていた。

 その道の専門家であるアリュードもだが、人工池をどうするべきか考えて彼を呼んだセジュアトも。


「お二人ともすごいですね」

 侯爵令嬢は力ない唇から漏らしていた。

「つくづくわたくし勢いだけで来て、本当に何も考えていなかったんだなぁって。お恥ずかしながら、ただ来ればいいやって感じで、そこで何がどのようになっているか想像すらしていませんでした。アリュード様はセジュアト様から聞いていたのもありましたが、今までの経験から何をやるべきか考えていたのでしょうし、セジュアト様も何が重要なのかわかっていたから、アリュード様を呼んだのでしょう?」

 言葉を連ねる度に胸が痛む。自分がいかに愚かだったのか思い知らされて。

「-ーそんなに自分を卑下しないでほしいな。ビュレアモが人工池の調査を提案したから僕はアリュードに頼もうと思ったんだよ」

 柔らかな物言いでセジュアトは慰めてくれる。

「でも……」

 何を言うべきか躊躇う侯爵令嬢だが、

「-ーお二人とも、本来の目的を忘れてませんか」

 動物学者の忠言で現実に引き戻された。


「とりあえず、今日は周りの様子を確認しましょう」 

 専門家の指示に従い、池にはまらないように気をつけながら、二人は面積と形状を見極めていく。慎重に、慎重に。

「……それにしても、さっきから気になっていましたが、すごい臭いですね……」 

「放置された池や沼はこんな感じですよ」

 ビュレアモが口を動かせば、アリュードが冷静に述べる。

「しかもなかなか広いな……観賞魚を養殖していたらしいが、大人が泳げそうな感じがするよ」

 セジュアトは荒い息をついている。


「あの、セジュアト様、無理なら休んだ方が……」

 心配になって侯爵令嬢が馬車を目で差すと、

「無理じゃないよ。むしろ気分がいいくらいだ」

 第一王子は口辺を緩めた。

 そんなやり取りをしながら人工池の外周を辿っていく。

 結果、形状は楕円形をもっと縦長にした感じで、面積は人間が五十人入っても余りある雰囲気でだと判じた。


「とりあえず、今の段階だとここまでになりますね。人員も必要ですし、あと道具も魚を掬うタモ網や水槽もですし、泥を掘るシャベルや入れる樽もですし……」

 正直、道具に関してはビュレアモもセジュアトもアリュードの説明を聞くしかないが、人員を集める手段には閃きが走った。

「そうだ! 学園長に許可をもらってポスターを貼りましょう!」

「あとギルドに募集をかければ……」

 第一王子の瞳も輝いている。


 その後一同はアリュードの自宅に移動し、計画を立てる。もちろん状況に応じて変えるのは当たり前だが、基本は大事である。

 一通り話し終えた三人は解散し、目的のために奔走を始めた。



「-ー一体何を考えているんだお前は!」

 人工池の藪刈りと掻い掘りまで二週間、ランプを灯して王国の在来種について調べていたら、部屋の外から大音声が轟いた。

 急いで扉を開けるとそこには案の定ヴェルゼダが。額に血管が浮かんでいる。

「お、お義兄様。あまり大声を出すのはどうかと思われますよ」

 ささやきの域で宥めるビュレアモだが、彼は止まらない。


「お前……なんだあの貼り紙は!? “藪刈り”に“掻い掘り”だと!? ふざけているのか!? しかも“ツルピカ令嬢と痩せぎす王子は輝く水面と未来を信じています。わたくしの頭のように”って……お前と血がつながっているのが恥ずかしくなったぞ」

「はあ……」

 どう返すべきか見当もつかず、曖昧に返す。

 流石にヴェルゼダがいとこなのはさておき、生家が伯爵家であるのを言及してはならないと心得ている。


「第一あんなものの希望者がいると思っているのか!?」

「いましたよ」

 短くビュレアモは告げた。

 希望者は届けを出してほしいと記し、届けを置いていたら頬をつねりたくなる結果が出たのだ。

 人数も予想外だが、何より身分の幅に二度見した。平民だけかと推測していたのだが、蓋を開けてみれば子爵令息や伯爵令嬢までいたのだから。 


 奥歯を噛み締める音が、義兄の口から発せられる。

「だが、当日来るかわからないぞ」

「だとしてもお義兄様の心配することではございません。それよりフィアンヌ様とはどうなりましたの?」

 

 言ってから、問い方を間違えたかとビュレアモは考える。本来なら元婚約者と男爵令嬢の仲を知りたがるかもしれないが、接点がないも同然になったため、どうでもよくなったのだ。理性と激情の狭間に苦しんだ理由に疑問が湧く域で。

 まあ、それが別の目標に突き進むきっかけになったからいいが。

 むしろ、顔を合わせる頻度が高い上フィアンヌに懸想していると話していたヴェルゼダの方が気になってしまう。


「お前には関係ない。それよりお前こそ大丈夫なのか? 義父上と義母上もそう気は長くないだろう? 進む道を決めておいたらどうだ?」

 侯爵家を継げぬと決めつけているビュレアモに対する皮肉だとは理解したが、そもそもヴェルゼダは粉骨砕身の精神で学んでいるのか。

 訊いてやろうかと思ったが、考え直す。

「お気遣いありがとうございます。ですがわたくしにはやるべきことがありますので、そちらを済ませてから考えますね」

 言葉を紡ぎ終えるや、ビュレアモは自室に引っ込んだ。



 そして迎えた当日-ー

 ヴェルゼダの揶揄を笑い飛ばすつもりはなかったが、希望者は全員集まってくれた。依頼を受けてくれたギルド登録者も、アリュードの助手や教え子十数人も。

 道具は貸し出し屋から借りてきた二輪台車や巨大な樽もあれば、個々個人が持参した鎌や胴長、ビュレアモやセジュアトが購入したシャベルや柄杓、アリュードたちならではのタモ網や水の入った水槽などだ。


「では、始めましょう!」

 ビュレアモの宣言で、作業は始まった。

 もちろん声を出して高みの見物なんて真似はしない。ツルピカ令嬢は鎌で辺りの草を刈り、時に手で引っこ抜いていく。

 集めた雑草は別の場所で焼くのだ。

 なおビュレアモは髪が伸びぬように、毛髪抑制剤を塗っていた。ゲン担ぎのために。

 痩せぎす王子は果敢に濁った水を樽に掬い、台車に運んでいく。 

 いや、もうそう呼べないであろう。隆々とまではいかないが筋肉がつき、それまでと違って血色もよくなったのだから。

 アリュードは魚や水生生物を捕獲すると、水槽に入れていく。種別にわけながら。

 他にも池の水を抜く男性、水草に声を上げる学者の卵、悪戦苦闘しながら藪に分け入る令息……


 慣れぬ人物や慌てる令嬢がときどきドジを踏むが、侯爵令嬢がフォローに入る。

-ー練習の成果が出ましたね。

 そう、ビュレアモは領地にある池や人為的に作成した泥沼で予行練習を重ねていたのだ。後始末も済ませて。


 人海戦術の効果は覿面(てきめん)で、見渡す限り繁茂していた雑草の類いも、見通しがよくなってきた。泥沼どころか底なし沼と呼びたかった巨大な水溜まりも、水位が減っている。

 ツルピカ令嬢は用意した棒を池に刺してみた。注意しながら、それでいて素早く降ろしていくと、ややあって固い感触が訴えてきた。

 底に到達したと悟り、道具を上げて濡れた箇所から目算すると、ビュレアモの腰辺り。

-ーいけますね。

 作業着の上から胴長を着用し、汚濁揺れる人工池に縁から身体を滑らせる。タモを手にして。


「あら、セジュアト様も中に入られたのですか?」

「僕は縄梯子を使ったよ。むしろ君が使わなかったことに驚……くことはないか。君が僕の想像を超えるのは今に始まったことじゃないからね」

 肉のついた頬はしっかり上がっている。そこに触れたら壊れそうな脆弱さは失われ、ビュレアモは目尻が下がるのを自覚した。

 不意に届く咳払い。

「-ーあなた方、場所を考えてください」

 アリュードにたしなめられ、目的を思い返す。

「すみません、軽卒でしたね。足元の定まらない場所で呑気に雑談だなんて」

「確かにそうですがそうじゃなくて……」

 動物学者の言は尻切れトンボと化す。

「何はともあれ僕のやることは決まっている」

 セジュアトが携えているのは柄杓と桶だ。

「本当なら堆積した汚泥を掘り出したいけど、まだその段階じゃないからね」

 言うなり泥水を手元の容器に移す。

 ビュレアモも動いた。タモの捕獲部を埋没させて動かすと、重量感が。

 出してみたら大きな魚。

 元気よくヒレを動かしたため、飛沫が頬を彩った。

 どなたかが勧めた容器に獲物をゆだね、一心不乱に武器を振るう。水音が立つ度に、あらゆる生物が姿を表した。



「ビュレアモ、どういうことだ? お前サイジェイ殿下ではなくてネラロニ殿下が次期女王になるのを知っていたのか?」

 

 大規模掃除を終えて一週間、あらわになった人工池の底を干すには一ヶ月から二ヶ月を要するが、ただ漫然と時が来るのを待っているわけにはいかない。道具の整備や体力作りもだが、そもそもビュレアモは学生だ。与えられた課題をこなし、大いに学ばねばならない。

 故に休日である今日は授業の予習に励んでいたのだが、気分転換に散歩でもしようと廊下に出たら、ヴェルゼダがいた。

 脇を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれ先の台詞である。


「いえ、特に聞いてませんが……」

 即座に義妹は答える。

「とぼけるな! 学園の噂になっているんだぞ! お前らのやったことがネラロニ殿下を次期女王に推す運動だったと!!」

 そのつもりはなかったと言いたいが、王位に興味のない第一王子と第二王子の元婚約者が人間を集めたならば、邪推されても当然か。


 判じたビュレアモは腑に落ちたが、ヴェルゼダは納得しない模様。眉尻が上がったままだ。


「だったらなぜ私をネラロニ殿下の伴侶に勧めなかったんだ!?」


「へっ?」

 常識の範疇を軽々超えた義兄の主張に、義妹は間抜けな声を発した。


「女王には優秀な伴侶は必要だろう?」

 胸を張ってのたまう。

「ま、待ってください! お義兄様、それ以前に跡取り教育はどうなっておりますか? あと、フィアンヌ様は……」

「そんなのはお前が継げばいいだけの話だ。それにフィアンヌは私にふさわしくない」


 もし淑女教育を受けていなければ、侯爵令嬢は喉を気にせずに義兄を怒鳴りつけていた。

「でしたらまず、お父様とお母様に相談してください。わたくしの判断で可能なことではありませんから」


 鼻を鳴らし、義兄は去っていく。

-ー一体何故、お義兄様はあそこまで居丈高になってしまったのでしょうか……

 考えても詮ない事象だが、つい脳細胞を使っていた。



 数日後-ー

 侯爵家からヴェルゼダの姿は消えていた。

 父いわく生家の方に返したとのこと。

 ビュレアモはため息をついた。

 ヴェルゼダを養子に引き取ったのは、ビュレアモとサイジェイの婚約が結ばれたから。つまりその前提が揺らげば、彼が後を継ぐのも危うかったわけである。

 侯爵令嬢の有責で婚約が解消されたわけではないのだから。

 

 以上の理由でギーディ家の次期当主が決まったわけだが、さらに婿入りを望む人物が現れた。

 セジュアトである。

「この感情は恋や愛とは違うかもしれないけど、絆を深めていきたいと思ったんだ。君が成し遂げる何かの助けになりたい。ダメと言われても諦められない」

 実のところ、ビュレアモは彼に対してそこまでの感情は持っていない。ただ、人工池に水と生き物を返し、周辺を整えたら関係がどうなるか、曖昧に想っていただけだ。

 だが手放すのは惜しいと痛切に願い、承諾した。

その前から両親は受け入れるつもりだったようだが。

 負はなく、正にかたむいた意識であり、縁を強める心持ちである。


 だが、そこに待ったがかかった。

 元婚約者であるサイジェイが、ヨリを戻そうとギーディ邸に押しかけてきたのだ。

 

 なんでもネラロニが王太女になったことで、フィアンヌを取り巻いていた令息たちが離れたのだとか。次期女王の夫の座を求めて。

 男爵令嬢は大いに荒れ、しまいにはサイジェイのせいだとののしったのだとか。


 元第二王子-ーすでに王族籍から抜かれ、男爵家の婿入りを決定づけられた平民は、返り咲く手段として侯爵令嬢との再構築を欲したが、無理だと悟るととんでもないことを言い放った。


「あんなくたばり損ないのどこがいいんだ?」

「わたくしを尊重してくださるところです」

 即答すると殴りかかってきたので、王妃教育で習った護身術を繰り出し、返り討ちにした。急所を潰せなかったのは残念だが。

 身柄は護衛が衛兵に引き渡し、しかるべき処置を受けさせるとのこと。


 そして待望の水入れの日、集まってくれた者全員に、ビュレアモとセジュアトは持参したパウンドケーキを振る舞った。

 精神を消耗させる事件こそあったものの、天気は上々。ツルピカ令嬢の頭にも太陽の光は注がれている。


「皆さん! わたくしはセジュアト様と結婚することになりました」

「だから僕は“女侯爵夫(じょこうしゃくふ)”になったよ。嬉しいな!」


 周りから歓声が沸き起こる。


「そしてみなさまの未来も明るいですよ! わたくしの頭の如く!!」


 ビュレアモの宣言は高らかに響き渡った。


  

 


  

  

 

   

 

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