美少女宇宙人を助けたので、最高の同棲生活が始まることになった
流れ星が好きだ。
自分が何者であったかを、忘れさせてくれるからだ。
だから星見のために山に登るくらい、僕にとってはふつうのことだった。
毎年夏になると流星群が見える。
この日も僕は、山の中腹にある誰も知らないスポットで、ひとり星を見ていた。
「思ったより冷えるな……」
夏真っ盛りのはずだが、気温は低い。
周りの木々は静かで、星々の作る光線に見惚れているかのようだった。
「うん、やっぱり来てよかった」
心からそう思う。
大学進学を機に故郷を離れた。
憧れのキャンパスライフを夢見ていたが、現実はそう甘くなかった。
学科に馴染めず、1人で講義を受けるだけの日々。
無味乾燥とした生活ですさんだ心には、癒しが必要だった。
「おっあれは凄いな」
東の空で一際大きいのが流れた。
頭をそちらの方に向け、星の描く軌跡を観察する。
そうしていたところ、奇妙なことに気づいた。
おかしい、消えない。
ふつうの流れ星は1秒も経ったら消えるものだ。
今見えているのは明らかに10秒近く燃えている。
というか、ますます輝きを増しているように見える。
「おいおい、マジか?」
思わず口からそう漏れる。
あれは流れ星ではなく、隕石だという事実を認識するまでにそう時間はかからなかった。
そして1番問題なのは、その軌道だ。
あの隕石は間違いなくこっちに落ちてくる。
これは流石にヤバい。
しかし対処法なんてあるわけもない。
いろんな考えが頭を一瞬で駆け抜け、そしてその間にも隕石は直視できないほどの輝きを帯びている。
ぶつかる……
ドカン、という轟音と共に大地が揺れた。
直立を保てないほどの、大きな衝撃。
さっきまで静かだった木々はガサガサと、その枝を揺らしながら騒いでいる。
全身が震えて、歯がガチガチなる。
一歩も動けないまま、情けなく悲鳴をあげる。
しかしほんの数秒で、山はいつもの姿を取り戻した。
遅れて僕も、平静を取り戻す。
僕のいる場所のすぐそば、たぶん100メートルも離れていないところに落ちた隕石の残した余波は、意外にもそのくらいだった。
隕石が落ちた方角に向かって、フラフラと歩みを進める。落下した隕石なんて、滅多に見れるもんじゃない。
目的のものはすぐに見つかった。
昨日までなんの変哲もなかった山の中腹には、大きなすり鉢状の穴ができている。
ただ、何やら様子が変だった。
「なんだ、あれ」
クレーターの中心では白銀色の物体が光を放っている。
細長い卵形をしたそれは、僕の想像していた隕石の姿とはあまりにも違っていて、そして何より美しかった。
「隕石じゃない……よな」
自然由来のものにはとても見えないが、これと似た人工物を見たこともなかった。
クレーターのでこぼこした部分を踏んづけながら、謎の物体のもとに近づいていく。
どこかの国の人工衛星が落っこちたのかもしれない、そんなことを考えながら一歩一歩歩みを進める。
現実離れした考えが頭に浮かび、それを否定することを繰り返す。
そんな、まさか。
UFOなんてものが存在するはずがない。
ついに問題の物体に辿りついた僕は、恐る恐るその白銀の表面に手を伸ばす。
手がその表面のひんやりとした感覚を捉えた瞬間、物体はまばゆい光を放った。
思わず手を離し、目をかばう。
発光が収まるのを待ってから、目を開ける。
そのとき目にしたものの衝撃を言葉にすることは難しい。
卵形の物体はその姿を忽然と消してしまい、代わりに現れたのはなんとも形容しがたい「生物」だった。
全体は白っぽくて、表面はツルツルしている。
だいたいタコさんウィンナーみたいな細長い形をしていて、体の中腹からは数多くの触手が生えている。
口はあるが、目も耳もない。
そんな形をしたものが、いま僕の前に横たわって、おそらくは死にかけている。
信じられないが、どうやら宇宙人だ。
驚くべきことを短期間に数多く経験しすぎてしまった僕は、かえって冷静さを取り戻していた。
こいつをここで死なせるわけにはいかない。
そう思った僕は、宇宙人の体をひょいと担ぎ上げた。案外軽い。
この分なら非力な僕でも大丈夫そうだ。
呼吸をしているのか、体表がわずかに動いているのを感じる。まだ死んではいないようだ。
宇宙人の治療法なんて検討もつかないが、とりあえず家へ連れて帰ろう。
ここでやるよりかは、まともな治療ができるはずだ。
「大丈夫? しっかりしてね。連れて帰って治してみせるから」
日本語はわかるとも思えないが、話しかけてみた。
すると宇宙人の体が小刻みに動いた気がした。
まさか、反応したのだろうか。
登山をするときに使った原付をつかって、家まで帰る。
深夜だったおかげか、誰にも会わずに済んだ。
運が良かった。
街外れにあるボロアパートの2階の奥の部屋。
そこが僕の部屋だ。
宇宙人を運びこんで、普段自分の使っている布団の上に寝かせる。
改めて観察してみるが、外傷があるようには見えない。もっとも、元の姿がわからないので想像でしかないが……
しかし弱ってはいるようだ。
対処に迷った僕は、とりあえずコップに水を汲んで持っていくことにした。
どんな生命でも、水は大事だろうと思ったからだ。
宇宙人のそばに置いたらすぐに、反応は現れた。
触手を使ってコップを器用につかみ、口元に持っていく。どうやら飲んでいるらしい。
すぐに、コップは空になった。
急いでもう一杯の水を汲んで、持っていく。
部屋では出ていく前につけっぱなしだったラジオが深夜番組を流し続けている。
5杯くらい飲ませたところで、宇宙人に変化が現れた。
口らしき部分を動かして、パクパクさせている。
そして
「ありがとう……ゴざいます」
日本語を喋った。
これには驚いた。まさかコミュニケーションがとれるなんて。
ラジオから流れてくる音声だけで、日本語を学習したのだろう。凄い能力だ。
聞きたいことは山ほどあるが、墜落事故に巻き込まれたばかりのこの人に無理はさせられないだろうと思った。
ねぎらいの言葉をかける。
「気にしないでください。いまはゆっくり休んで」
「そう…させてもらいます」
そう言ってから口を閉じて、全く動かなくなった。
どうやら眠ったらしい。
今日は色々なことがあったが、いつものように明日はやってくる。明日は平日だから講義がある。それには行かないといけない。
布団が占領されていたので、椅子で眠った。
朝、体の揺れを感じて目が覚めた。
目を開けると、昨日拾った宇宙人が僕を揺り起こしている。
そして
「おはようございます。先日は助けていただき、本当にありがとうございました」
昨日とは比べ物にならないほど流暢な日本語で話しかけてきた。
「気にしないで。良かったです、治って。ところで、キミは何者なの?」
「答えるのが難しいですね。この星のものではありません」
「宇宙人?」
「はい」
「ここがどこなのかはわかる?」
「わかりません。1番近い文明のある星に不時着しましたから」
不時着という感じではなかったように思うが……まあ実際死んではいないしいいのかもしれない。
「この国の文字は読める?」
「勉強しました。大丈夫です」
この短時間で日本語が話せるようになっていることもそうだが、相当頭がいいのだろう。
「じゃあこの部屋にある本は好きに読んでくれて大丈夫だよ。この星がどんなところなのか、だいたいわかるはず」
「ありがとうございます」
それから、伝えなければならないことを伝える。
「この部屋のものは好きに使ってくれていいけど、絶対に部屋からは出ないで。キミが見つかったら大騒ぎだ」
「やはりこの星の人々は、他星系由来の生物について認識していないのですね」
「キミみたいなのが、他にもいるの?」
「それはもう、たくさん」
興味は尽きないが、そろそろ出ないと講義に間に合わない時間だ。宇宙人にそう伝える。
「僕はそろそろ外出するよ。その短い針が4を刺すあたりで帰ってくるから」
そう言い残して大学に向かおうとしたところ、呼び止められた。
「あの……あなたお名前は何と言うのですか」
そういえばお互いに名乗っていなかった。色々あったので、すっかり忘れていた。
「松嶋紀之。キミは?僕はなんて呼べばいい?」
「では、ミーシャとお呼びください」
「じゃあミーシャ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
触手を軽く振っているミーシャに見送られながら、玄関を出る。誰かに見送られたのは久しぶりだな、と思った。
いつも通りの単調な講義を受けて、帰路についた。ミーシャのことが気がかりだ。大騒ぎになっている様子はないから、家を脱走したりはしなかったらしい。
自分の部屋の鍵を開けて、中に入った。
部屋の中の様子に目を向ける。
そこにいたのは宇宙人ではなく、美しい女性だった。見覚えのある部屋の中央に鎮座して、本を読んでいる。
ただ、なぜか彼女は全裸だった。
「??!すみません!」
謝罪の言葉を口にして、部屋の外に出る。
頭が混乱して、冷静な思考ができない。
なんで僕の部屋に裸の女性がいるんだ?
そうこうしているうちに、ノブが内側から回される。
まずい、あの女性が出てくる。
とりあえず謝るのが吉と判断して、頭を下げる。
ドアが開くのと同時に謝罪の言葉を口にする。
「すみません!でもここって僕の部屋なんですけど……」
「紀之さんですか?どうして入ってこないんです?」
妙な反応が返ってきて、面食らう。
ひょっとしたら、これは
「もしかして、ミーシャか? その姿は?」
「ああ、これですか。この星に馴染む姿に変身したつもりなんですが……変ですか?」
「変だよ。服を着てくれないと」
こんな状況をご近所さんに見られてしまってはたまらない。彼女を連れて、急いで部屋の中に戻った。
「それで、なんで昨日と姿が全然違うの?」
「あの姿では騒ぎになるかと思いまして」
そういってミーシャは自らの今の姿を身振りでアピールした。
確かに今の姿は地球人にしか見えない。
自分の服を着ているため、アンバランスな印象を受けるが、それがかえって顔の端正さを引き立てている。
これでは前の姿とは違う意味で騒ぎになりそうだ。
それはそうとして
「姿を変えられるの?」
「はい。しばらく待たないともう一度は変えられませんが」
「しばらくってどのくらい?」
「1年くらいですかね」
それではしばらくはこの姿だということだ。地球人の姿をチョイスするにしても、どうして女性を選んでしまったのか……
いやひょっとして、元々女性だったのか。
まあそれはもう仕方がない。諦めることにした僕は今後のことについてミーシャに尋ねてみることにした。
「それで、これからどうするの?」
ふんわりとした聞き方になってしまったが、返答は案外具体的だった。
「船に異常が出た段階で救難信号を出しましたから……1ヶ月ほどで救助がくるはずです」
なるほど。それはよい知らせだ。
そう思っているとミーシャは深々と頭を下げて、こう続けた。
「厚かましい頼みですが、救助が来るまでの間この家に置いていただけないでしょうか」
こっちは初めからそのつもりだ。それにこの家を訪れる人なんてほとんどいないから、一人増えたって大して困らない。
「うん、大丈夫だよ。狭いところだけど、よろしくね」
そういうとミーシャは薄く笑った。
人間ではないせいか、表情の作り方がまだ上手じゃない。全体的に、彼女からは冷たい印象を受ける。それでも、このときの表情はとても人間らしかった。
一緒に暮らすことが決まったので、落ち着いて聞きたかったことを聞くことができた。
彼女の出身は太陽系から遠く離れた星系にある、とある栄えた星である。
その星の文明は、僕たちから見れば極めて高度に発達しているが、それでも宇宙にある文明の中では普通くらいらしい。
彼女はその出身地からまた別の銀河に向けて移動している途中に事故に巻き込まれた。その移動経路の途中に太陽系が含まれていたらしい。
「どうしてそんな大移動をしてたの?」
「旅行です。趣味なので」
海外旅行の途中に乗っている飛行機が墜落して、よくわからない国に来てしまったようなものだろうか。大変な目にあってるなと思い、同情した。
驚いたことに、僕が大学に行っている間に彼女はこの家にある本の半分くらいは読んでしまったらしい。大学の教科書とか、小説とか、マンガとか色々あるのだが、彼女はマンガがお気に入りのようだ。
ただ文化が違うのか、意味のつかめない描写が多かったらしい。
「特にこの、恋愛感情というものが不明です。非常によく出てきますが……」
「この人とずっと一緒にいたい、とかそういうことを思ったことはない?」
「ありませんね。」
つがいが生涯添い遂げるという形態はあまり例がないと思います、と彼女は付け加えた。
彼女の星では、そういう文化は存在しないらしい。
話がひと段落ついたときにはもう夕方になっていた。ミーシャがここに住むことが決まった以上、そのための準備はしないといけない。少し遅いが、まだやっている店はあるはずだ。
「とりあえず、服と寝具を買わないとね」
その姿なら一緒に行けるからさ、と付け加える。
服を買うための服がないが、そこは僕のもので我慢してもらうしかない。そう大変なことにはならないだろう。
……そう思っていたのだが、大変なことになってしまった。ミーシャの美貌を甘く見ていた。凄い美人が全身男物のダボダボの格好をしているというのは、世間的には非常に奇異に映るらしい。
さっきからジロジロ見られすぎていて居心地が悪い。というか僕が悪者だと思われているフシさえある。違います、彼女のこの格好は僕の趣味ではありません……
そんな好奇心と猜疑心がないまぜになった視線を受けながら、ミーシャはご機嫌だった。服屋の店内を見渡して、センスがいいですね、とか何とか感心している。
「私可愛いものには目がないんです」
そういって本当に好きなものを見る目で店内をぐるぐる見渡している。ファッションに興味があるらしい。その割には出会った時には全裸だったが……まあそこは文化の違いだろう。
女性用の服を選ぶセンスは残念ながら持ち合わせていないので、ミーシャ本人に着たいものを選んでもらった。そうしたら、くまの着ぐるみみたいなものを持ってきた。
「それパジャマじゃない? よそ行き用の服じゃないよ」
「こんなに可愛いのにですか?」
「可愛いだけじゃだめなんだよ」
彼女も普通の服を選ぶセンスは持ち合わせていないようだったので、仕方なく店員さんに全てを選んでもらった。凄く変な人たちを見る目で対応された。
服を買ったので、次は寝具を買いに来た。ミーシャにはさっき買った服をそのまま着てもらった。そうしたら今度はシンプルに美人すぎて大勢の注目を集めている。そしてまた僕が悪者になっている。なぜだ……
注目を集めているミーシャ本人は、さっきから展示されている羽毛布団に片手を突っ込んだまま動こうとしない。
「凄いですこれは。もふもふです」
羽毛布団に囚われてしまったミーシャを尻目に、必要そうなものを見繕っていく。枕と、敷布団と、掛け布団と。
ミーシャのところに戻ると、もう羽毛布団に手は突っ込んでおらず、なぜかサメのぬいぐるみを抱きしめていた。ここで売っているやつだ。彼女がいう。
「こんな完成された造形がこの星にあるなんて……」
どうやらものすごく気に入ったらしい。ついでにそれも買うことにすると、彼女は凄く喜んでいた。
そのぬいぐるみを、彼女は帰り道のあいだずっと抱きしめていた。大人の女性がぬいぐるみを抱き抱えて歩いているのは、奇妙な光景である。再び奇異の視線を集めることになってしまった。
家に帰り、食事を作って彼女と食べる。
彼女たちの種族は水さえあれば生きていけるが、固形物も食べられないことはないらしい。ただ、固形物を食べるのは純粋なる娯楽という位置づけのようだ。
「私は食事は好きですよ。旅の醍醐味です」
そう言って僕の作った料理をパクパク食べていた。
「これ凄く美味しいです。食事がハズレの星もありますが、ここは大当たりですね」
そう言って笑っていた。美味しそうに食べてもらえると、こちらも美味しくなる。やはりいい子だなとおもった。
「ミーシャ、お風呂入らないの?」
夕食後に彼女に尋ねる。ただ返ってきた反応は意外なものだった。
「お風呂とはなんですか?」
彼女が日本文化に馴染んでいないのはわかっていたが、風呂のことさえ知らないというのは驚きだった。
「お湯につかったりしてさ、体の汚れを落とすんだよ。そういうことはしない?」
「しませんね。」
体の汚れを落とす専用の機械がありますから、と続けた。
「確かに、汚れは落とさないといけませんね。」
そういって彼女はガバッと服を脱ぎ始めた。あっという間に、豊満な胸元があらわになる。彼女は時折、思い切りの良すぎる行動をする。慌てて止めて、外ではそんなことを絶対にしてはいけないと釘を刺す。
「そういうものですか」
「そういうものなの!」
そうはいっても、彼女が風呂の入り方を知らないのは事実である。風呂の使い方を教えてくれと頼まれたが、彼女の裸体を見るというのは刺激が強すぎる。ここは絶対に断らないといけない。
……そう思っていたが、結局押し切られてしまった。2人で家の風呂に入る。ミーシャを椅子に座らせて、大事なことを告げる。
「絶対に振り向かないでね、ミーシャ」
「わかりました」
今は彼女の背中しか見えない。この分には大丈夫だ。水着でもあれば着てもらったのだが、この家に女性用水着はないから仕方がない。鏡には何やら色々映っている気がするが無視だ。
シャンプーを手にとって、彼女の長い髪に馴染ませる。驚くほどサラサラな感触に驚きながら、髪の洗い方を彼女に説明していく。少し洗っただけで、1日の汚れが綺麗に落ちて、元の輝きを取り戻していく。
「綺麗な髪だね、ミーシャ」
「ありがとうございます」
そっけなく返事をするミーシャは、心なしか少し嬉しそうに見えた。
頭が終わったので、身体の洗い方を説明する。背面側は僕がやったほうが良いだろう。とはいえ前は自分でやってもらうしかない。ミーシャが前半身を洗っている間、やることもないので彼女の背中を観察する。
華奢な肩だ、と思う。肩甲骨から腰骨までのラインは芸術的な曲線を描き、彼女のスレンダーさを引き立てている。一体彼女は何を参考にしてこの身体を作り上げたのだろう、と考えてしまう。
「終わりました」
そう言った直後、ミーシャがくるりと振り返ってきた。思わず顔を背けて叫ぶ。
「ちょっと! 振り向かないで!」
「どうしてあなたは、私の身体を見ようとしないのですか?」
ミーシャの声は、少し冷たさを帯びているように聞こえる。
「私が醜いからですか」
「そんなわけない! むしろ、綺麗すぎるくらいだ」
「では、こちらの方を向いてください」
ゆっくりと、彼女の方に顔を向ける。今日何度も見惚れそうになった美しい顔がある。そしてその下では、形のよい胸の先端に桜色の突起が付いている。その有無を言わせぬ存在感に、意識せずとも視線がそこに吸い寄せられてしまう。
「ようやく見てくれましたね」
「本当はこんなこと、良くないんだ」
「あなたの考えていることも、なんとなくわかります。でも一緒に暮らすのですから、慣れていただかないと困ります」
ある意味では正論だと思う。でも僕は
「キミを傷つけたくないんだ」
「私は紀之さんのことを信頼しています」
一緒に入りましょう、と湯船の方に促される。フラフラと彼女に促されるまま2人並んで湯船に浸かる。どんな状況でも風呂というのはすごい。浸かるだけで緊張がほぐれて、疲れが洗い流される気がする。
彼女も気持ちよさそうに、斜め上の方を見上げながら放心している。その姿を見ていると、なんだか自分が難しく考えすぎているような気がしてきた。
「ごめんミーシャ。キミのことをちゃんと見ていなくて」
「私は気にしません。私の身体なんて、いくらでも見ていただいて構いませんよ」
「そんなことできないよ。でも、ありがとう」
多分彼女は僕を喜ばせたいだけなんだと思う。どうやって伝えたらいいかわからないから、変な行動をしてしまっただけで。お互いにすれ違いはあったとしても、この瞬間はなんだか幸せだった。
就寝時間になっても一悶着あった。
敷き終わった布団の上に座っていると、ミーシャが突然くるりと体を僕の方に向け、僕の顔を直視してきた。そして、
「では、交尾しましょうか」
と言いいながら、躊躇うことなく服を脱ぎ始めた。風呂場で僕が言ったことが全然伝わってない!
混乱する頭を無理やり制御し、胸元に向かう視線を理性で捻じ曲げ、慌てながら彼女に向かって言う。
「ちょっと待って! キミは何かを勘違いしている! とりあえず、服を着て」
これを言い終わる頃にはミーシャはすでに半裸で、その肢体は彼女の美貌を反映してか、恐ろしく艶めかしい。彼女のこんな姿を今日すでに何度か見ているが、慣れるもんじゃない。直視してしまっては、理性を失いそうになる。
無理やり彼女の方へにじり寄って、服を元に戻す。行動を止められたミーシャは、自分がなぜ制止されたのかを理解しておらず、キョトンとしている。
「なぜですか? 男女が2人で眠るときは、交尾をするのがこの星では普通なのでは?」
「誰とでも、ってわけじゃないんだ。好きな人とかないと、こういうことはしちゃいけない」
「紀之さんは、私のことが嫌いなのですか?」
「嫌いなわけないだろう! でも、ミーシャは僕のことが好きじゃない」
「私には、人を好きになるということがどういうことなのかわかりません」
「そのうちわかるよ。もしかしたら、そうならないかもしれないけど。でもね、僕は助けた対価に体を求めるような真似をしたくないんだ」
ミーシャは納得していないようだったが、それ以上追求してくることはなかった。
2人で並んで、平和に眠る。目を瞑るとすぐに、横でミーシャが寝息を立てるのが聞こえてきた。
電気の消えた部屋で、一人起きている。もったいないことをしたかな、と考える自分がいる。自分の中にそんな感情があることがいやで、無理やりに押さえ込む。
彼女には、調子を狂わされてばかりだ。
彼女との同棲生活はそんなふうにして始まった。1番大変だったのが初日で、その後は次第に慣れてきた。1ヶ月で終わることはわかっていたが、だんだん僕はこの生活がいつまでも続けばいいのにと思い始めていた。
色々あって、彼女が来てから4週間くらいたったある日のこと。
夕食中にミーシャが何か言いたそうにしていることに気がついた。彼女が何かを言い淀むのはとても珍しい。なにか言いたいことがあるの?と尋ねる。
「勘違いかもとは思ったのですが……ここ3日くらいですかね。この家をずっと見張っている人たちがいます」
言葉の意味を理解するのに時間がかかった。それが意味することに気づいて、思わず箸を取り落としてしまう。
「キミのことがバレた……ってことでいいのかな」
「おそらくは」
「どうして?キミの姿はどこからどう見ても地球人なのに」
「私本人ではなくて、宇宙船のほうですかね。あのクレーターが自然由来じゃない事は、見る人が見ればすぐわかります。それに、私は減速しながら大気圏に突入していますし」
初めから私は存在を隠せてはいなかったんですよ、と彼女は続けた。
確かに、そちらから存在がバレる可能性は充分のあった。彼女は目立つ。貧乏大学生の家に謎の美人が居候していることくらい、噂となってみんな知っている。潜伏している宇宙人とその噂とを結びつけるのは、そう難しいことではないだろう。
「見張っている人たちは何者なんだろう。警察かな」
「警察ではありませんね。普通の文明には違法異星人に対応する組織があるものです。地球におけるそういった組織の者たちでしょう」
「どうしてこの家を訪ねてこないんだ?」
「それは、彼らは私を殺すつもりだからです。彼らは武装しています。家を見張っていたのは、私に攻撃能力があるかどうかを確認するためですね。ないことが分かり次第、攻撃を仕掛けてきます。」
彼女の言っていることに現実感がない。この家が武装集団に攻撃される?そんなこと、全く想像できない。ただ、彼女がそう言うならそうなんだろう。
彼女の話は続く。嫌な方向に。
「ですから、私はこの家を出ていきます。長い間、ありがとうございました」
「それはダメだ!」
反射的に止めてしまった。彼女は相変わらずいつもの無表情だ。
「どうしてですか? これ以上あなたに迷惑はかけられません」
「そろそろキミの星から救助が来る時期なんだ。それまで逃げ切れればいい。僕も一緒に行くよ」
「なぜ、あなたは私にそこまでしてくれるのですか」
「それは、僕がキミのことを好きだからだ」
この言葉を言ったとき、一瞬ミーシャの表情が崩れた気がした。でもそれは、ほんとうに一瞬で。
「私はあなたのことが好きではありません」
「知ってる。でも、そんなの関係ない」
これは僕のやりたいことだからだ。彼女も反論しても無駄だと悟ったのか、これ以上固辞することはしなかった。
「あと数日逃げ延びればいい。さっさと準備して、今すぐ出発しよう」
そうこうしているうちに、夜も更けてしまった。彼女に初めて会ったのも、このくらいの時間帯だった。
「じゃあ、行くよ。しっかり捕まっててね」
あの日と同じ原付を2人乗りで走らせる。
あの日の彼女は気を失っていたし、人間の姿じゃなかった。あのときと、今とで何が変わっただろう。
裏路地を走っていると突然、目の前に人影が現れた。それを見た途端、ミーシャが叫んだ。
「避けてください!」
パス、パスという音がして体に衝撃が走った。原付が音を立てて横に倒れる。僕とミーシャの体が、地面に叩きつけられる。
「ミーシャ!」
彼女の方に駆け寄ろうとしたが、体が思うように動かない。それに、動くたびに脇腹に激痛が走る。見れば、鮮やかな赤色をした血がべっとりと付いている。
「そっか、消音器くらいそりゃ持ってるよな」
どうやら撃たれたらしい。こんなに出血していて助かるのだろうか?何もわからない。
動けずにいるところに、彼女が駆け寄ってくる。彼女に怪我はないようで一安心だ。でも、そんなことをしてはいけない。
「何してるんだ! 僕を置いて逃げろ!」
「嫌です! 置いてなんていけません!」
見れば、ミーシャは今にも泣きそうな顔をしている。彼女もそんな表情ができたんだな、とかおよそこの場に似つかわしくない思考が浮かんでは消える。
僕を撃った男が弾を装填しながら近づいてきている。時間はあまりない。
「頼む……ミーシャ。キミは生きてくれ……」
ミーシャは動こうとしない。必死に僕の患部を抑え付けている。彼女の涙で濡れた顔は悲しくも美しい。
「嫌です……絶対に……」
彼女がその言葉を口にした瞬間、天が光った。
何か巨大なものが、僕たちの上空に出現している。UFOの出現と時を同じくして、銃を持った男が、何かをくらったかのように倒れる。
あれは、間違いない。彼女の本国の救助船だ。間に合ったのだ、間一髪で。
気づけば、僕たちの周りにも大勢の宇宙人がいる。彼らは皆一様に白い体表と触手の生えた、僕が初めて会ったときのミーシャの姿をしている。
代表らしき宇宙人が前に出て、日本語でミーシャに話しかける。
「お迎えにあがりました。姫」
妙な呼びかけに、ミーシャは毅然とした態度で答える。
「ご苦労様です侍従長。しかし、その必要はありません。私はこの星に残ります」
「此度の出奔には王妃様も大変ご立腹しておいでです。次は強制送還ということになりかねませんが……」
「構いません、今は下がりなさい。でも、助けてくれてありがとう」
ああそれから、と彼女が付け加える。
「曲者どもがいます。排除しなさい」
彼女がそう言ったのち、彼らは宇宙船ごと揃って姿を消した。僕の怪我もすでに治されている。改めて彼女たちの星の文明レベルを感じた。これでは僕の家を見張っていた連中はただでは済まないだろう。
そんなことよりも
「ミーシャってお姫様だったの?」
「嘘をついてごめんなさい。本当は家出したんです、王宮は退屈で。でも、家出して良かったです。あなたに会えたから」
そう言うと彼女は僕の体を強く抱きしめてきた。
「私はもう一つ嘘をつきました。私は、あなたのことが好きです。この気持ちには気づいていないフリをしようと思っていましたが、やはりできませんでした」
ミーシャが微笑んでいるのが見える。かつて、人を好きになるとはどういうことかわからないと言っていた少女が、僕のことを抱きしめている。それは、とっても幸せなことで。
だから僕も抱きしめ返してこう言った。
「僕も好きです、ミーシャ」
「知っています」
そう言って彼女はクスクス笑った。その仕草はとても自然で、とても人間らしく、そして何より可愛らしかった。
僕たちの家へ帰る道を二人手を繋いで歩く。それは、何よりも至福な時間で。
天空では十五夜の満月が二人の行く末を照らすかのように、地上を明るく染め上げていた。
いつまでも、どこまでも。