第十四章〜報せ
「ハンス=シドロモフ中佐様が、ヘイン州のアルカロイド戦線の戦場でお怪我をなされて、戦線の指揮の任を離脱なされたそうだ」
そんな言葉を耳にしたのは、丸一日近く経ってから、であろうか。 ソフィア=メフィアは、眼を瞑って『眠り姫』のフリの演技をしていた。 心做しか、それまでより妙に寒く感じられて、出来るならお布団を一枚多く掛けて欲しい、などと願っていた矢先であった。 日光の届かない室内を薄く照らすランタンの光を、瞼の裏の薄皮に感じていた時であった。 まさに寝耳に水の報せであった。 いつもの衛兵の声ではなく、通信兵と名乗る男の声がそう言ったのである。 ━━アルカロイド? はっきりとそう聴こえた。 地理に疎いソフィア=メフィアが初めて聴く単語であった。が、地名であろうことだけは推察出来た。 やはり彼女の知らない異国の地名だと思われた。 ━━ハンスが怪我?重い怪我なの?ハンスの命は無事ということなの?彼は生きているということなの?今、何処にいるの?この城塞に帰って来るの? ソフィア=メフィアには、もはや疑問と不安と期待しかなかった。 ━━もっと教えて。御願いよ。もっと情報を話して。 彼女は、通信兵とやらに、心の中で訴えたのである。
しかし、その願いは聞き入れられることはないようだった。ひとしきり、彼女の様子を確認した兵士たちは、間もなく部屋を出ていった。 だから、ソフィア=メフィアは、不安と心配の中で、また独り、涙するしかなかったのである。