第十章〜意地悪?
「ハンス=シドロモフと言ったわね。ハンス、御願いよ。それだけは赦して頂戴。赦してくれるのならば、なんでもするわ。だから御願いよ」 ソフィア=メフィアは、 それでも赦されることなどあるまいと悟っていながら必死に訴えた。なんとしてでも御不浄の間に辿り着いて、生理的な欲求を解消したかった。残忍な男による恥辱を受けたくなどなかった。 それが女にとっての忘れ得ぬ屈辱になるだろうことだけを゙知っていたから。 ソフィア=メフィアのその白く冷たく小さな掌は、ハンスの衣服の袖をぎゅっ、と掴んでいた。縋るように。何かに耐える為ように。媚を売るかのように。 ハンスの着用する軍服風の衣服からは、薄く、男らしい感じの香水のかおりが漂っていた。しかし、彼のしている非道は、その溢れる気品に似つかわしくないものにしか思えなかった。 「嗚呼」 ソフィア=メフィアが、絶望を表す溜息をついた。 よく見れば、彼の服の襟元には、武勲を上げた時に授けられた勲章なのだろうか、勇ましい猛獣の身體を象ったモチーフが着けられていた。おそらく彼は、軍人、それも若くしてかなりの武勲()()ぶくんを上げた出世頭なのだろう。この国の情勢もなにも知らないが、もしかしたら、主君の子息であるとか、そんなような高貴な人間な雰囲気を感じてならないのだ。 そんな考えを巡らしている間にも、ソフィア=メフィアの尿意は、限界に近づいていた。 彼女はもはや人目もはばからずに太腿をもじもじさせて耐えていた。 「御願いよ。これ以上は意地悪しないで」 堪らずソフィア=メフィアは、声を荒らげた。バンズに対して、目線で媚を売った。 「おっと、あんまり声を大きくすると良くないよ。お嬢様。声が周りに聴こえたりしたら、困るのは貴女自身だよ。他の者が聞きつけてやってきたら貴女の運命はおわかりでしょう?貴女が眠ってなどいなかったこと、貴女が眠り姫などではなかったことがあからさまになってしまうのですよ。そうしたら、おそらく貴女は、我々貴族を欺いた罪によって重罪が課されてしまうことになるでしょう。おわかり?この国では、平民が貴族階級を欺く、愚弄するなどという不敬はあってはならないのです。それともそれを覚悟の上でも反抗なさるおつもりで?」 彼がびしっと言い放ったのだ。 ソフィア=メフィアは、しゅんとなづて黙り込んでしまった。もちろん、そうかと言って、生理的な欲求が収まったわけではない。 ソフィア=メフィアの頬に、透明の涙が伝った。 「なんで・・・」 そんな意地悪するの?という言葉は続かなかった。