第九章〜欲望
ハンスの口調は非常に冷たいものに感じられてならなかった。 彼の目は、ソフィア=メフィアを見ていないようだった。やはり、邸内の他の者の視線を気にしているのかもしれなかった。 「え・・・?」 ソフィア=メフィアは、紅くぷっくりした唇を、Оの字に開けて、絶望の息を吐いた。 ━━どういうこと? はじめ、彼の言葉の意味がわからなかった。彼女はまだ、無垢に過ぎたのだ。 「ふふふ」 ハンスが小さく笑うのが聴こえた。 「どのみち、僕が貴女を御不浄に連れ出したとしたって、どうやったって誰かに見つかるように出来てるんですよ。もしそうなったら・・・おイヤでしょう?見張りの奴らに捕まりでもしたら貴女は、生贄の儀式の供物になるしかないのですよ。おイヤでしょう?」 彼が念を押すように尋ねてきた。 「そのまましてしまうしかないね。恥ずかしいかもしれないけれど、まぁ、殺されるよりはマシでしょう?違います?」 そのひと言で、ソフィア=メフィアは意味を悟った。 いくら無垢なだけの彼女にでも、それくらいは想像出来た。彼が薄く嗤う理由を。男の獰猛な欲望というものを。 「な・・・、なんで?」 ソフィア=メフィアの声が震えた。訊くだけ無駄なのはわかっていた。それでもまだ信じられなかった。 案の定、彼は答えなかった。 ━━そんな。 ソフィア=メフィアは、一度は信じようとしてしまった自分を悔いた。 無垢であった自分を恥じた。 しかし、逃げ場など用意されているハズもなかった。ソフィア=メフィアは、悲嘆の涙を流した。 しかし、声を上げることは出来なかった。そんなことをしたら、声に気づいた見張りの者がわってきて、それこそ彼女の運命はおしまいになってしまう。 ソフィア=メフィアは、絶望した。自らの運命を呪いたかった。 「いや・・・、助けて。赦して。御願い」 やっとのことでそれだけ口にした。