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商業化作品

【コミカライズ】魔王を討伐した勇者の妻は、美しい王女にすべてを譲って逃げ出します。真実は私たちだけが知っていればいいのです

「今、戻った。長い間待たせてしまい、すまない。心細かっただろう」

「いいえ、そんなことはありません。あなたが無事に戻ってきてくださった。それだけで十分なのです」

「ああ、会いたかった。愛している」


 沸き上がる歓声の中抱き合うのは、命を懸けて魔王を倒した勇者と彼の無事を祈り待ち続けたこの国の王女だ。吟遊詩人がこぞって謳いあげるだろう感動的で美しい光景。それを私は見ることなく、ただひたすらしゃくりあげていた。何か言ってやろうと思っていたのに、涙が止まらない。言葉にできない苦しさのせいだろうか、勝手につかんでいた神官長さまのマントが皺だらけになっていた。


「泣くほど悔しいなら、こんな日も当たらぬ場所で泣かずとも直接文句を言ってきたら良いではありませんか。その男の隣に立つべきなのは、本来自分なのだと」


 泣き続ける私を持て余しているのだろう、神官長さまが忌々しそうにこちらを睨みつけてきた。なんてことだ、あの優しいことで有名な神官長さまでさえ、勇者の元妻という微妙な立ち位置の女には冷たいのか。知りたくなかった事実に、余計に涙が止まらない。いろんな感情がないまぜになって、私は泣き続ける。


「はあ、まったく」


 うんざりした声を出す癖にそれでも突き放してこないのは、彼は王女直々に私の世話を命令されているからだ。泣いているにもかからず慰められることのない、気の毒な私。まあ本当に慰めてほしければ、先ほどの王女のように、つつつっと頬から涙を一筋だけ流し、静かに目をつぶり耐えるような動作をしなければいけなかったのだろう。少なくとも、えぐえぐと変な声を出しながら、鼻水を垂れ流すような女は問題外ということだ。


 私は刺繍の練習のし過ぎでぼろ雑巾のようになったハンカチで涙を拭きながら、首を振り、神官長さまに向かって笑ってみせた。


「御見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。王女殿下とのお約束通り、私は神殿で余生を過ごしたいと思います」

「本当に酷い顔です。無理矢理笑ったところで、見られたものではありません」


 神官長さまの口から出てくる言葉がことごとく辛辣過ぎる。神官長さまですらこのような対応をされるというのなら、神殿での暮らしも穏やかなものとは程遠いのではないだろうか。まったく先が思いやられてしまう。


 だが、自分で決めたことなのだ。今さら、後悔しても仕方がない。ぼんやりとした不安を感じながら、少しばかりの荷物を持って王家が手配した馬車に乗り込む。私が王都を離れたのは、魔王討伐を果たした勇者が王都に凱旋したその日のことだった。



 ***



「尻尾を巻いて逃げ出してきてよかったのですか?」


 会話が弾むはずもない馬車の中、黙って外を見ていると神官長さまが尋ねてきた。あたりのきつさに首をひねる。この方は、どんな立場の人間に対してもこのような無礼な物言いをする方ではなかったはずなのに。


 それとも、勇者とともに魔王討伐の旅を続けていく中ですっかり擦れてしまったのだろうか。王家の人間だって常にかしずかれて暮らしているわけではない。場合によっては、毒を盛られたり、泥団子や石を投げられたりする。神官長さまが勇者一行として辺境を目指し、いろいろなものを目にしていたことを考えれば変わらずにいることのほうが難しい。


 まあもしかしたら、ようやっと偉業を成し遂げて辺境から王都に戻ってきたばかりだというのに、勇者の元妻の保護――正確には監視――という、つまらない仕事を押し付けられたことに腹を立てているのかもしれないが。それは勝手に気を遣った王女殿下のご手配ゆえである。私のせいではない。


「ええ、かまいません。勇者さまは真に大切なかたのお隣を選ばれたのですから。祝福こそすれ、私が何か言うことなどございません」

「そうですか」

「神官長さま、いろいろ思うことはおありかもしれませんが。私はおふたりの絆をこの目で確かめることができました。迷いなく王女殿下を抱きしめた勇者さまのお姿は、民衆にとって物語のように美しい光景だったでしょう。魔王は討伐され平和が戻り、復興の象徴として勇者と王女が結婚する。それで良いではありませんか」


 私の言葉をどう受け取ったのか、神官長さまがつまらなそうにため息をつく。指先の動きから苛立っているのがわかり、思わず顔を強張らせた。私に同情してくれとは言わない。こちらを蔑んでくるような人間は論外だが、いたましいものを見るような視線もそれはそれで辛いものがある。ただごく普通の人間として接してくればそれで十分なのに。神官長さまにとっても、私はやはり煩わしい存在なのだろうか。


 でもまあ、こんな寂しい思いを彼女にさせずに済んだことだけはよかったのだろう。私はここ数年間の努力の成果である、固くなった指先をそっと撫でてみた。



 ***



 今代の勇者は、平民だ。王都の下っ端兵士として働いていた彼は、働き者で気立ての良い妻とともに幸せに暮らしていた。その幸せな新婚生活が崩れ去ったのは数年前。突如、伝説の魔王が復活したかと思ったら、彼が神殿の神託により勇者に選ばれてしまったからだ。


 国の危機から逃げることはできない。逃げ出したところで、勇者以外に魔王を倒すことなど不可能なのだ。手をこまねいていれば、国がその分早く滅びるだけ。名誉など望まずとも、生きるために勇者として立ち上がるより他に仕方がなかった。


 何より勇者が恐れたのは、勇者の力を取り込むために王家から王女との婚姻を押し付けられることだ。ハニートラップを退ける自信はある。けれど、万が一魔王討伐で王都を離れている間に妻を害されてはたまらない。彼は妻の身に及ぶ危険を十分に理解していたのだ。


 勇者は自身の妻を保護するように王家と神殿に要求していたけれど、その約束が守られる可能性はとても低かった。けれど、周囲も気が付かない間に王女は勇者と誓約を交わしたのだ。


 そうして私は今、王都から離れた神殿に向かっている。

 王女であった私の計画通りに。



 ***



 私が彼女にまず教えたのは、勇者と神官長さま以外誰も信用してはいけないということだった。


『よろしいですか。王家も神殿も敵だと考えてください。最悪、私のことを切り捨ててもかまいません』 

『王女殿下、王族である殿下ご自身がそんなことをおっしゃっては』

『王女だからこそ言えることもあるのです。父も兄も、国を守り、発展させるためなら、どんな非道も平気で行うでしょう。綺麗ごとだけでは、成り立っていかない世界なのです』


 勇者の願いもむなしく、私の住む離宮内でも勇者の妻への嫌がらせは多発した。外に出て、多くのひとに関われば関わるほど、彼女は傷つけられる。ならば離宮から出なければよいと考えた私は病気療養中という形をとっていたのだが、この作戦が裏目に出てしまった。


 なんと王女は恋い慕う勇者が魔王討伐へ向かったことで、心身に不調をきたしたのだという噂を流されてしまったのだ。私と勇者を結婚させたい輩たちは、まずは外堀を埋めることにしたらしい。一番大事な、勇者と私の気持ちなど一切無視して、まったくご苦労なことだ。


 そんなときに起きたのが、勇者の妻の暗殺未遂事件である。ちなみにこの暗殺未遂事件で死にかけたのは、私である。なんとも愚かなことに、雇われ暗殺者は私と勇者の妻を間違えたのだ。まあ、暗殺者がポンコツだったと一言で済ませてしまうのはかわいそうかもしれない。間違えても仕方がないくらいには、勇者の妻は美しく、私は地味顔だったのだから。


 私に魔力があり、毒消しや回復魔術が使えたから良いものを、本当に洒落にならない事件だった。まさか、気を抜いて化粧をしていなかったせいで死にかけるとは。青天のへきれきとも言える出来事だったが、この件は勇者の妻を守るための道筋もまた示していた。私たちは、それぞれ王女と勇者の妻という立場を交換することにしたのだ。



 幸運だったことは、私と勇者の妻の体型がとてもよく似ていたことだろう。懸念事項だった立ち居振る舞いについても、彼女はあっさりと習得してみせた。もともと下町に住んでいたときに神殿で少し習ったことがあったらしい。わざと醜く見せる術もそこで教わったというのだから、良い先生がいたのだろう。


 正直、入れ替わりなど気が付かれないほうがおかしい。しかし、ありがたいことに、そして少しだけ悲しいことに、私たちの入れ替わりには誰一人気が付かなかったのである。


『昔は冴えない娘だったが、やはり年頃になれば美しくなるものね。さすがわらわの娘』

『このように美しい娘に育って、わしは鼻が高いぞ』


 急にちやほやしてくる家族を見て、気でも狂ったのだろうかと首を傾げた私は正常だと思う。鼻の下が伸びた父親や兄の姿なんて見たくはなかった。


 ちなみに入れ替わってからの生活は、灰かぶりもかくやというもの。びっくりするくらいに、人々の悪意にさらされた。いかに私の生活というものが、両親に疎まれてはいたものの「王家の権威」によって支えられていたのかということを実感したものだ。


『王女殿下、このままでは死んでしまいます。どうか入れ替わりをおやめになってください』

『残念ながら、受け入れられません。魔力がある私ですら危険なのです。あなたがこんな攻撃を受けたら、命がいくつあっても足りませんよ』

『そんな』

『それに私は勇者さまと約束しましたから。絶対にあなたのことを守ると。勇者さまが帰ってこられたらあなたの方こそ大変なのですから』

『本当にご身分を捨ててしまうのですか?』

『「勇者」と「王女」が結婚しなければ、物語は終わらないでしょう?』


 この時には既に、勇者が結婚していた事実は抹消されていた。王家が神殿に圧力をかけたのだろう。一時的な入れ替わりではなく、完全に入れ替わるしかないと覚悟を決めるしかなかった。それに、実際のところ私に悲壮感なんてものはなかったのだ。


『それにね。私、楽しみにしていますのよ。神官長さまがいらっしゃる神殿で、のんびり過ごさせてもらいますわ。そのためにもあなたは王女としての勉強を、私は平民としての家事や常識を学ばなくては』

『……わかりました。頑張ります! その代わり王女殿下も、絶対に神官長さまを落としてくださいね』

『それは無理な話ね』

『でも、お好きなのでしょう?』


 どうやら、私の気持ちは彼女にはバレバレだったらしい。私は恥ずかしさに悶絶した。


 いつも穏やかで優しい神官長は、地味な王女にも優しかった。彼はその身を神殿の女神さまに捧げた神官だ。還俗しない限り妻帯することはないし、いくら姫とはいえ王の関心の薄い娘のために、わざわざ神官長という地位を捨てることはないだろう。なにせ彼は史上最年少で、大神官さえ夢ではないと言われていたのだから。


 王女というものは、政治の駒である。どんな地味顔の娘でも、役に立つときのために殺されはしない。自分が王女に生まれたことに初めて感謝したのは、国王が勇者に無茶な要求をしていたときだった。


 私には、魔術師になるほどの魔力もない。けれどこの身には、王族の血が流れているのだ。女神さまの子孫である王族にしか使えないという、女神の誓約を使うことができる。だから、私は勇者と取引をした。私が彼女を守ったのは、彼女が友人だったからではない。私は自分の願いを叶えるために、彼女の命を守ったにすぎないのだ。この事実を告げたとき、怒るかと思った彼女は呆れたような顔で肩をすくめていた。


『どうして、怒るのです。殿下が、命がけで助けてくださったのは事実ですもの』

『ありがとう』


 彼女が私の立場ならきっと同じことをするのだろう。そんな気がした。



 ***



 そういうわけで神殿にやってきた私だったが、下働きのような扱いを受けることなく客人として丁寧にもてなされている。あまりの待遇の良さに私は首を傾げた。馬車に乗ったときの神官長の態度から考えて、歓迎されていないことは確かだったはず。


 神官長さまは、あの日の態度が夢だったかのように紳士的に振舞っていた。久しぶりに王女として暮らしていた頃を思い出したくらいだ。粗雑に扱われるよりは、丁寧に扱ってもらえるほうが嬉しい。神官長さまがたとえ王命により、私の監視を任されているだけだったとしても、憧れのひとのすぐそばで誰かの悪意にさらされることなく静かに暮らせることは幸せなことだった。


 そんなある日のこと、珍しく神官長さまが疲れたような顔で書庫の近くに座り込んでいた。いつも折り目正しい神官長さまらしからぬ体勢に、思わず声をかける。


「お疲れのご様子ですが、大丈夫ですか?」

「ええ、どうやらこちらの書庫をすべて見たところで調べたいことは載っていなかったようなので」

「この世には神官長さまにもわからないことがあるのですね」

「さっぱり理解できずに困っています。かくなる上は本人に確認してみるしかないのですが」

「それならば、聞いてみればよろしいのではないでしょうか?」

「そうですね。では王女殿下、教えていただけるでしょうか。一体、どうして勇者の妻として神殿に滞在しているのです」

「ふええええええ?」


 神官長さまに困ったように尋ねられたときの、私の気持ちを考えても見てほしい。どうして気が付かれてしまったのか? そして瞬間的に顔が熱くなった。勇者の妻としてすっぴんを晒しているのと、王女本人だと理解されている状態ですっぴんをさらすのは、まったくもって意味が違うのだ。声も出せずに震える私に、神官長さまはため息をひとつついた。


「神官長さまは、いつ気が付かれたのですか。私が勇者さまの妻ではないと」

「そんなもの、最初からに決まっています。見ればわかるではありませんか」

「でも、王女として過ごしていたときの私は、化粧でそれなりの顔をしていたはずです。さすがにすっぴんの今とは全然違いますよね?」


 むしろ違ってくれなければ、化粧をしている意味がないではないか。私の質問返しに、神官長さまは憮然とした表情になる。


「化粧をしていても、すっぴんだったとしても、あなたの笑顔は同じくらい輝いていますよ。勇者の妻と話をしながら、瞳を輝かせて笑っていたではありませんか。同じように、辛いとき苦しいとき、王女殿下は離宮の庭の片隅で泣いていたでしょう。その泣き顔と、勇者が凱旋したときの泣き顔はまったく同じでしたよ。どうしてわたしが、あなたに気が付かないと思ったのか。まずそこが理解できません」

「す、すみません。ですが結局は出たとこ勝負の賭けでしたから」

「でも、勇者は自分の妻が王女の振りをしていても気が付くと思っていたから実行したのでしょう?」

「それは、勇者さまは奥さまのお顔をご存じなわけですし……」


 美人過ぎて素顔を隠している勇者の妻と、化粧をしなかったらすっぴんのっぺらぼうの女とは、同列で語れないのではないだろうか。自分ではよくわかっていることではあるが、好きなひとに語るには情けない事実である。口ごもっていると、神官長さまに強く両手を握られた。


「そんなに、あの男の幸せを願っていたのですか?」

「はい?」

「そんなに、あの勇者のことを愛しているのかと聞いているのです。危険な目に遭い、身分を失っても、あの男の愛したひとを守りたかったとでも言うおつもりですか」


 一体、どうしてそんな話が出てきたのか? まったくもって意味が分からない。神官長さまはとんでもない勘違いをしていらっしゃるのではないだろうか。まさか私が勇者さまに叶わぬ想いを抱いていると思われている? まったくの誤解だが、それが今、何の関係があるのだろう。


「あの男って、そんな言い方はひどくありませんか? 神官長さまとは、ずいぶん仲が良かったと聞いておりますが」

「あの男は、残した妻の心配ばかり。彼女を守るために、あなたがどれだけの犠牲を払っているかなんて、わたしに殴られるまで気にもしていませんでしたよ。そんな男にあなたの人生を捧げる必要が本当にあるんでしょうかね」


 神官長さまが、勇者さまを殴った? そのことも意味がわからないし、その結果最終的にそれなりに仲良くなったらしいことも意味がわからない。喧嘩から始まる友情というものが、男性陣には存在するのだろうか。


 神官長さまがものすごく苛々しているらしい。普段は抑えられているはずの魔力が放出されていて、空気がびりびりと震えている。


 ゆっくりと王宮から離れて、この神殿へやってきた日のことを思い返してみた。


 ――泣くほど悔しいなら、こんな陰で泣かずとも直接文句を言ってきたら良いではありませんか。その男の隣に立つべきなのは、本来自分なのだと――


 てっきり、「自分こそが真の勇者の妻だと主張したいなら、泣いてないであのふたりの間に割り込んでみろ」という意味だと思っていたのだけれど、まさか「本当の王女は自分だと、あの場で主張してみろ」と言われていたのかしら。


「神官長さま。この神殿へ到着した日、『本当に酷い顔だ。無理矢理笑ったところで、見られたものではない』とおっしゃっていましたけれど」

「ああ。泣きはらした酷い顔をしていましたから。そんなに勇者のことが好きならば、無理をして笑わずに、気のすむまで泣けばいいと思っていました」

「じゃあ、『尻尾を巻いて逃げ出してきてよかったのですか?』というのは」

「愛するひとが手に入らないだけではなく、王女の座も奪われたのです。あの場で立ち向かってもよいかと思いまして」


 思ったよりもけんかっ早い思考の神官長さまに、私はとうとう笑いがこらえきれなくなった。ばっちり化粧を決めた王女である私と、すっぴんで勇者の妻の振りをしていた私を同一人物だと認識できたのに、どうして涙の意味を勘違いしたのだろう。かつて離宮の庭で泣いていたときの涙の意味と、あの日、勇者一行が凱旋したときの涙の意味は全然異なるというのに。


「もう、神官長さま。私は好きで王女を辞めたんですよ。大体、もしも私が本当に勇者さまに恋をしていて、王女の地位を不当に奪われたとして、なんで私よりも神官長さまの方がそんなに怒るんですか」

「理由がわかりませんか」

(まつりごと)なら、彼女は十分王女としての役目を果たせます。才がおありなのです。血統についても心配は無用かと。勇者さまは王家の血筋を受け継いでいます。以前に握手をした際に、魔力を確認したので間違いありません」

「あの男と、手を握ったんですか?」

「は? ええ、奥さまの命を必ず守るという約束をする際に、女神の誓約を行いましたので」


 女神の誓約は、強力な誓約魔法だ。約束を守るために互いに命を預ける。そのために互いに両手を合わせ、心臓に誓いを刻み込むのだ。


「待ってください。そんな危険なものをしていたなんて、聞いていません」

「だって言っていませんもの」

「どうしてそんな誓約をしたんです。だいたい誓約は、天秤が釣り合う様に条件をつけねばならなかったはず。一体、あなたは彼に何を願ったのです」

「神官長さまのご無事を。必ず、生きてこの王都に連れて帰ってきてくださるようにと頼みました」


 私が勇者さまと彼女が再会しているときにべそべそ泣いていたのは、ふたりの感動の再会に感激していたからなどではない。ただ私は、密かに恋い慕っていた神官長さまが生きて帰ってきてくれたことが何より嬉しかったのだ。


「魔力の尽きた魔術師は、戦場に取り残されるかもしれないでしょう。引きずってでも、連れて帰ってきてくださいとお願いしました。神官長さまはお強いけれど、万が一のことがあってはいけませんので」


 私の言葉に神官長さまが顔を真っ赤にして、言葉を失っている。王女殿下、どうせ実らぬ恋ならばとあなた()の存在を消して愛するひとの無事を祈ったけれど。この恋はまだ見込みがあるのかもしれない。


 感極まったらしい神官長さまに抱きしめられ、嫉妬に駆られて冷たくあたってしまったとあの日の態度を謝られるまであと少し。

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2024年2月8日より発売となる「悪役令嬢? いいえお転婆娘です~ざまぁなんて言いません~アンソロジーコミック2」に、『「僕の好きなひとはね」って、あなたの惚気は聞きたくありません。初恋を捨てようとしていたのに、デートを申し込んでくるなんてどういうつもりですか?』が収録されております。よろしくお願いいたします。 バナークリックで『「僕の好きなひとはね」って、あなたの惚気は聞きたくありません。初恋を捨てようとしていたのに、デートを申し込んでくるなんてどういうつもりですか?』に繋がります。
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