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雨はふれども干からびる

作者: 京本葉一

 二十歳の若者が死んでいた。

 雨はふれども、警察の出番だ。


 ベッドで仰向けになったまま眠るように亡くなる。齢を重ねた御老体ならば理想の自然死とみなされるものの……事故か、事件か、自殺か、病死か……。

 一見したところ、彼女に外傷はみられなかった。

 ベッドの下に薬の空き瓶が転がっているわけでもない。

 家族の証言によると、前日にはバイトに出勤しており、一週間前までは大学にも通っていた。健全であったかはともかく、病弱ではなかったらしい。


 二十歳の若者の突然死。

 あきらかな不自然が発生した室内に、不審なところはない。

 机のうえにある、色褪せた古いノートをのぞけば、違和感は存在しない。

 若々しい感性にあふれた部屋で、そこだけが異彩を放っている。

 それだけは、枯れていた。



DYING NOTE(死にかけのノート)



 歳月を感じさせる色褪せた古いノートの表紙には、不穏なタイトルが印字されていた。本人のものとは思えないにしても、自殺の可能性を濃くさせる。なかになにが記されているのか、確認しなくてはならないだろう。



『人はどうして、お酒を飲むのだろう。溺れるまで飲み続けるのだろう』



 どうやら遺書ではないらしい。文字自体は新しいものであり、彼女の筆跡で間違いはなさそうだった。懺悔や告解の類だろうか。どこぞの死神のノートのように、個人名とその死因が書き連ねられていることはなかったが……感情のベクトルが乱れる。プロとして、表にあらわすことはないが。



烏賊(イカ)がスルメになったからだと、かつて父は語っていた』



 彼女の肝臓に問題がなかったことは後に判明している。

 アルコールに強耐性を持つ一族であることも、一応確認はとれている。



『スルメが先か、お酒が先か……人がお酒を発見するまえから、烏賊は海にいて、ときには陸にうちあげられて干からびていた。人類が誕生する前から、烏賊は繁栄している。人類が死滅したあとでも、烏賊は繁栄をつづけるだろう。種の存続という観点でいえば、わたしたちは烏賊以下の存在でしかない。わたしたちは、スルメ未満だ』



 どういう病み方をすれば、人生の比較対象がスルメになるのか。わかりたくはないが、ミイラにもなれない悲哀がつづられている『DYING NOTE(死にかけのノート)』のページをめくる。



『スルメになりたい』



『噛みしめられたい』



 そこでノートを閉じたのは、プロとしての矜持か、否か……雨はふれども、涙もでねぇ。相当な悩みを抱えていたことは察するが、真っ先に処分したいノートを残したまま命を絶ちはすまい。自殺の可能性は消えたようにおもう。




 泥酔した際にどこかで頭を打ち、衝撃で脳内出血が発生していた可能性が高いとおもわれたが、結局、死亡原因を特定することはできなかった。


 彼女がどこで『DYING NOTE』を手に入れたのか。

 あの色褪せた古いノートは、いつごろどこで製造されたものなのか。

 署内で管理していたはずの『DYING NOTE』はどこへ消えたのか。


 雨はふれども、誰かが始末書を出さなくてはならない。誰も責任をとらないよりは、誰かが責任をとったほうがよい。


 未解決ファイル『ゲソの極み乙女』


 謎をのこして枯れてゆく。

 雨はふれども、人の心にうるおいはとどかない。

 われわれは、カビにも劣る存在なのだろうか。

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