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柳先輩の幽霊新聞  作者: 成原ムタ
1/3

柳先輩と幽霊トンネル


待ちに待ったお昼休み。

私は小学校からの幼馴染、小日向京子とお弁当をつついていた。

お弁当の中には、私好みのおかずが詰まっている。

京子の惚気話に適当に相槌をしながら、薄く焦げ目のついた卵焼きを箸でつまむと、ひょいと口に頬張った。

うん、甘くておいしい。

今朝も早起きして作った卵焼きが絶品だ。

私の意識がお弁当に向いていたのを気付いているのかいないのか、京子はそれまで話していた年下彼氏の話題を唐突にやめた。


「そういえば芙美、聞いた?2組の瀬古が行方不明になったって話」


京子は内緒話をするように、私の傍に顔を寄せる。

私もいったん食べていた箸を下ろすと、京子に顔を近づけた。

そして何故かつられて声を小さくした。


「え、知らない。瀬古くんって、あのちょっとチャラついた感じの人だよね。前に二年生の中で一番格好いいって、京子が話してた…」

「そうそう、一昨日から家に帰ってきてないらしいよ~」

「それって、普通に家出じゃないの?」


そう言って、私はウインナーを口に放り込んだ。

うん。これもおいしい。

京子は、綺麗に巻いた茶髪をくるくると指でひねって遊んでいる。そして、口元にニタリと笑みを浮かべると私の言葉をあっさりと否定した。


「家出しそうな奴ではあるけどさ、そうじゃないんだって。実は、最近噂になってるトンネルに行ったって話らしいよ」


私は口の中で咀嚼していたものをごくんと飲み込むと、京子の言葉に首を傾げた。

昔から人見知りがすぎて、京子以外ほとんど友達と呼べる人がいない私は、噂話にめっぽう疎い。

普通に悲しいことだけど、自分から話しかけて友達を作るのが苦手なんだから、仕方がない。


「ごめん。その噂のことも知らないや。どんな話なの?」


私がそう尋ねると、京子は待ってましたとばかりに私の耳元に手と口を寄せ、吐息の様に囁いた。


「幽霊トンネルに行って、消えちゃったんだって」

「えっ…!!」


私は思わず京子から距離を取る。

耳も一緒にふさいだ。

そして、目の前にいる京子を思いっきり睨みつけた。

私の反応を見た京子はお腹を抱えてケラケラ笑っている。


「やめてよ京子!そういう話、私が苦手だって分かってるでしょ!」

「だって~。芙美の怖がってる顔、超可愛いんだもん」

「いっつもそう言って。たた怖がらせて面白がってるだけのくせに」

「そんなことないって!それに、この話結構面白いんだから。聞いてよ~」

「やだ。聞かないから!」


そう言って、私は耳と一緒に目もぎゅっと瞑った。

すると、京子が「まあ、まあ聞いてよ」と、無理やり私の両手を耳から外してこようとする。

弓道部に入っている京子の握力では、私の両手はいとも簡単に外されてしまった。

解放するとすぐに両手を耳に持っていくので、私の両手は京子に捉えられたままだ。

これは許せない行為だよ、京子。

せめて私は、両目だけは固く瞑ったまま、京子に話を聞かない意思表示をする。

そんな私の無駄な抵抗に意味もなさず、京子は先ほどより少し声を弾ませて話し始めた。


「実はさ、ここ一ヶ月ほど前から出てきた噂なんだけど」

「………」

「学校の裏手の道をしばらく行くと、今は使われてない旧道のトンネルがあるのは知ってる?そこで最近、行方不明者が相次いでるらしくてさ。小さい記事だけど、新聞にも載ってるみたいだよ」


私に日ごろから新聞を読む習慣はない。

当然ながら、行方不明者が出ている話なんて、知るはずもなかった。

だけど、そんなに何人も行方不明者が出ているなら地元ニュースどころか全国ニュースでお茶の間に流れてもおかしくない気がするので、なんだか既に胡散臭い話だ。

ほっとして、少しだけ緊張が解けた気がする。

黙り込む私を無視して、京子は話を続けた。


「で、ここからが噂の中身なんだけどさ。なんでも、深夜0時にそのトンネルに入ってあることをすると、赤い女が現れて死ぬまで体を引きずり回されるんだって。すりおろしリンゴみたいに真っ赤にされて殺されるって」

「え……、」

「それでね。その真っ赤に濡れた道路を洗い流す為に、翌日は絶対に大雨が降るらしいよ。昨日も、土砂降りの大雨だったでしょ?」

「それって……まさか、」

「そ。瀬古、一昨日は他校の彼女と肝試しをするってあのトンネルに行ったって話らしいよ」


確かに、昨日は土砂降りの大雨だった。癖のある私の髪がうざったくて仕方なくなるくらいの。

でも、近頃は梅雨入りしたばかりで、大雨が降ってもおかしくない日でもあった。


「…そんな、たまたまでしょ」

「ま、大雨はたまたまかもね~。でも、その噂が立ってるトンネルに行って、実際その翌日から行方不明になってるわけだし。真実味はあるでしょ?」

「………」


もしも話が本当なら、今頃瀬古くんは…。

真実味があるようで、現実味はない話に、背筋が震えて恐ろしくなった。

おかずをつまんでいた箸も完全にストップして黙り込む。

そんな私を置いて、話を終えた京子は「もーらいっ」と油断していた私のお弁当箱から卵焼きを一つ奪いとった。

私の意識はすぐに現実に引き戻された。


「あーっ!京子、それ私の!」

「だって~。さっきから美味しそうに食べてたから、つい」

「も~。デザート代わりに取っておいてるのに」


更にお弁当めがけて手を伸ばしてくる京子の手をぺしっと叩き落とす。

そしておかずを奪われないように、お弁当を持ち上げて後ろにそらした。


「あ~ん。届かない」

「これ以上あげるわけないでしょ」

「あたしの卵焼きが遠い~!」

「私の卵焼きです~!」


もう!食い意地が張ってるんだから。

諦めて京子が自分のお昼のメロンパンにかぶりついているのを見届けると、お弁当を再び机の上に戻した。


「ふぅ。やっと落ち着いて食べられ、る?」


ってあれ?私は、お弁当箱の中身を凝視した。

私が今日お弁当に詰めてきた卵焼きは3つ。

一つは私が食べた。二つ目は京子が盗み食いした。それでも、もう一つは死守したはずの卵焼きが弁当箱になかった。


「なんで?私の卵焼きは?」

「あたしがさっき食べたでしょ」

「…そうじゃなくって、もう一個あったのに」


お弁当を後ろにそらした時に、勢い余って落としてしまったのだろうか。


「あ、」


京子が何かに気付いたように私の背後を見て目を丸くしている。

やっぱり、卵焼きを落しちゃったんだろうか。

私も、自分の背後を確認する、と。


「甘いな、この卵焼き」

「………!」


振り向いた私の目の前には、学校指定のベストを着た誰かのお腹が映った。いや、誰かではない。


「……うげ、」

「うげ。ってなんだよ、中宮」


私の目の前に現れた人物、茶の混じった黒髪に、マスク姿。

梅雨時とは言え、既に暑さで衣替えをしている生徒も多いのに、ベストの下にはシャツとタートルネックを着こんでいる、季節外れ先輩。

名前は、柳 光明という。

私は、この先輩のことが少し苦手だ。


「…何しに来たんですか。柳先輩」

「んー?ちょっとした野暮用で」

「私の卵焼き、盗りましたよね。返してください」

「返してもいいけど、既に腹の中だぞ」


ベスト越しにお腹を撫でつける柳先輩を見て、私は額に青筋を浮かべた。

そんな私に反して、京子はキラキラした瞳を柳先輩に向けている。


「やなぎん先輩だ~!あたしに会いに来てくれたんですか?うれし~!」

「違う」

「え~じゃあ野暮用って何なんですか~?」

「中宮に用があって来た。さっきお前たちが話してた、幽霊トンネルについて」

「聞いてたんですか、柳先輩」

「ちょうど、俺もその話をお前に持ってこようとしてたんだ。説明する手間が省けてちょうど良かったな」


どうしてみんなして私の苦手な話を持ち込んで来ようとするの。

私は頭を抱えて、柳先輩から視線を逸らした。


「やなぎん先輩、芙美ばっかりずる~い!私にもかまってくださいよう」

「お前は既にこの話知ってただろ。中宮、今日の放課後、第二理科室に来いよ」


京子を適当にあしらって、柳先輩は視線を逸らしたままだった私の頭を軽く小突いた。

先輩の言っている言葉の意味が分からなくて、一瞬返事が遅れる。


「…はっ!?どうしてですか!」

「どうしても。中宮、お前。分かってるよな?」

「っ……!」


一言、柳先輩は私にそういうと、マスクから唯一表情の読み取れる鋭い目線をよこしてそのまま立ち去ろうとする。

有無を言わさぬ先輩の目に、私は冷や汗を流した。

しかしそんな柳先輩を後ろから、空気を読まない京子が呼び止めた。


「あー待って待って!やなぎん先輩、せっかく来たんだから、お顔見せていってくださいよーう」

「は?なんで」

「だ~って、あたしのクラスの子、みんな先輩の顔が見たくてウズウズしてるみたいだし」


京子は、そういって周りを見渡した。

私も、実は先ほどから痛いほど視線は感じていた。

勿論、私ではない。全て、柳先輩に向けられたものだ。


「…なんでお前らの為にわざわざ顔を晒さなきゃならないんだ」

「見せてくんないなら、芙美のこと、放課後貸してあげませ~ん!」

「いや、京子。そんな、私のことをものみたいに言わないでよ」


思わずツッコミを入れる。

そもそも、変なやり取りに私を加えないで欲しい。


「ほらほら~早く!」

「…………」


煽るように、京子は自身の頬を指でペシペシ指し示した。私も、思わず先輩の顔を凝視してしまう。

私の視線に気づいた柳先輩は、一瞬こちらに視線を向けると、眉間に皺を寄せた。

あ、嫌そうな顔。

柳先輩の顔を見て、若干さっきの横暴な言動に、気持ちが晴れた気がする。ざまあみろ、柳先輩。


「……はぁ」


溜息をひとつ吐いた柳先輩は、耳に掛けていたゴム紐を外すと、目元だけ現れていた素顔を晒す。

目元から既に整った顔立ちは分かっていたが、小顔で、鼻筋が通っていて、形の良い薄い唇。

芸能人でもなかなか見かけないような、そんな素顔がマスクの下に隠されていた。

いや、隠されてはいるが、隠しきれてはいない。

そのままじっと先輩の顔を見つめていると、再び目線が合った。すると先輩は、目を細めて眉間の皺を深くした。

わー。やっぱり嫌そう。

マスクを外して黙りこくった柳先輩を見て、興奮したように京子は足をバタつかせた。


「ひゃあ~!やなぎん先輩、やっぱ超~かっこいい!好きです!付き合って~!」

「…京子、やめなって」

「芙美、止めないでよ。先輩、彼女いないんでしょ?あたしと付き合って下さいよ~!」

「………」


冗談めかして言う京子に、柳先輩は黙ったままだ。周りでは先輩狙いの女子達が京子にブーイングを入れている。圧が怖い。

物怖じしない京子は「何よ~!」と周りに睨みをきかした。

そんな状況に痺れを切らしたのか、柳先輩は唐突に京子の肩に手を置いた。そして、


「………(ニコ)」


薄い唇を引き締めたまま、柳先輩は京子に微笑みかけた。

正直、生きとし生けるもの全て射止めてしまいそうな完璧な笑顔だった。


「「きゃあ!」」


割れんばかりのクラスの女子達の嬌声に、鼓膜が破れそうだ。

柳先輩に興味のなさそうな男子達が、迷惑そうな顔でこちらを見ている。

素知らぬ顔をして、再びマスクを装着した柳先輩は、要は済んだとばかりに背を向けて教室から立ち去ろうとする。


「あ~ん、やなぎん先輩告白の返事は?」

「小日向、お前、彼氏いただろ」

「先輩も捨てがたいんだも~ん」

「冗談。おい中宮。放課後、忘れんなよ」


私を名指しして、捨て台詞を残すと、足早に柳先輩は教室から姿を消した。



柳先輩が教室を立ち去った後、教室内は異様な空気に包まれていた。まるで、サプライズで有名人が立ち寄って去った後のような。ある意味そうではあるのだけど。


「はあ~。やなぎん先輩、本当に顔がいい~。あれでどこの芸能事務所にも入ってないの、奇跡だよね」

「………」

「なんでマスクしてるんだろ?勿体ない。外せばいいのに~」

「………」

「ま、あれだけ格好良かったら注目されちゃうし、隠しといたほうがいっか~」

「………」


京子は頬を薄っすら赤く染めて、「この高校受験して良かった~!」と、推しのアイドルにあったかのような浮ついた表情をしている。

私は先ほどの柳先輩の横暴な態度と、それに反して彼の綺麗で高潔そうな顔を思い出していた。


「…そうかな?確かに、恐いくらい顔が整ってるとは思うけど、私はちょっと苦手だな。変な人だし。……今日だって、勝手に私の卵焼き食べちゃうし、放課後は問答無用で呼びつけるし」

「そう!」


京子は私に人差し指を突きつけてくる。

人を指差すの良くない。


「それよ!」

「何が?」

「なんで、あの有名な先輩と芙美が知り合いになってんの?あまつさえ、やなぎん先輩直々に芙美を放課後誘い出しに来るなんて」

「あー…」

「前にも聞いたけど、やっぱり芙美も狙ってるんでしょ!どこで声掛けたの?」

「だから、狙ってないって!前にも話したでしょ。たまたま、偶然、ちょっと、色々あったの」

「たまたま偶然ちょっと色々……って何も分かんないでしょ~!いっつも濁して!ずるいよ芙美~!」

「ずるくないよ!私は困ってるの!」

「ず~る~い~!」


そう言って芙美は私の頬を両側から引っ張ってくる。抵抗して顔を逸らしても、なかなか指を離してくれない。


「も~!芙美ずるい~いいな~!」

「ひたたた!ひたいよ、ひょーこ!」


言葉にならない言葉で、京子を止める。

ようやく離された頬は、ジンジンと火照っている。

…伸びてないよね?私の頬っぺた。

両手で軽く頬をさすりながら、私は溜息を吐いた。

ジト目でこちらを見てくる京子をみて、更に溜息が出る。


「もう、手加減知らないんだから京子は」

「だって、芙美だけ何か卑怯だな~って」

「卑怯じゃないよ。京子には彼氏がいるんだから。守岡くん、今の京子見てたら浮気じゃないかって凹んじゃうよ?」

「謙吾はそれくらいじゃ凹まないって!あたしのこと大好きだから。それに、やなぎん先輩とは別腹なの~!」


…別腹って。

京子の彼氏は一つ年下の一年生。守岡謙吾くんという。ちょっとギャルっぽい京子とは意外な組み合わせな、剣道部所属の硬派で格好いい子だったりする。

中学生の頃からの付き合いなので、私もちょっとした顔見知りだ。


「それで~?芙美は今日のデートどうするの?」

「はぁ?何、デートって」

「デートよ、デート!決まってんでしょ。やなぎん先輩との放課後で・え・と!」


教室中に響き渡りそうな京子の声に、焦る。

慌てて京子の口に手を押し当てて無理やり黙らせた。周りからの訝し気な視線に、ぺこりとお辞儀をして、京子の額にデコピンをかました。


「ちょっと京子、大きい声で変な嘘言わないでよ!」

「嘘じゃないでしょ。誘われてるんだから」

「だから、デートじゃないって。分かって言ってるでしょ。さっき京子が話してた噂について改めて聞かされるだけだよ。……行かなくていいなら行きたくないくらいなのに」

「芙美ったらなんて贅沢者~!やなぎん先輩に誘われてるんだから、この際話題なんてどうでもいいでしょ。あたしが行きたいくらいなのに」

「じゃあ、京子が行ってきなよ」

「それは無理。先輩がご所望なのは芙美だし、あたしは今日も謙吾と一緒に帰る約束があるしね~」


そう言って、京子は癖になっている様子で再び髪をくるくるいじり出した。

結局惚気話か。

守岡くんを京子がどれだけ想っているのかは、普段の会話から駄々洩れだし。

京子が柳先輩に本気じゃないことくらい分かってる。

恐らくただミーハーなだけなのだろう。

むしろ、最近よく私が柳先輩に呼び出されてるのを見て、早く告白しなよと変に応援されてしまっているから迷惑極まりない。

——全然そんなんじゃないのに。



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