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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

シュバルツ帝国

『エミリアローゼンブルグの日記』は、なぜ、そこに置かれたか

作者: 鶴舞麟太郎

『皇帝の罠、令嬢の罠(n4913hm)』に登場するディートリント・フェルゼンラントが主人公の短編です。本編の11~13話、20話、23話、30話辺りについての盛大なネタバレが含まれますので、本編をお読みになってから、目を通していただきますようお願いいたします。













 これを、一体これを、どうしろと言うのだ……。


 僕は、居室で、1人頭を抱えた。


 目の前には、従姉妹ののこしたとされる日記が置かれていた。













 肥沃な平原の中央に位置するローゼンブルグの街。壮麗な城を抱え、四方を水堀に囲まれたこの美しい街は、その周囲を、数万の帝国軍に囲まれていた。


 事の発端は、数か月前。隣国への援軍の主将として出陣する予定だった、ローゼンブルグ侯オイゲンが、激励のため帝都のローゼンブルグ邸を訪れた皇帝陛下を拉致し、集めた軍勢もろとも、居城に立て籠もったのだ。



 帝国軍の主将兼全権は皇兄フェルディナント殿下。

 次席にして、実質的に軍の指揮を担うのは、帝国第1騎士団長にして、フェルゼンラント辺境伯家嫡男のアドルフ。


 実は、フェルゼンラント辺境伯家は、今、かなり微妙な立場にある。


 まず、アドルフの妻マリーはローゼンブルグ家出身で、当主オイゲンの妹にあたる。


 さらに、陛下の近侍を務めていたアドルフの次子、エアハルトは陛下が拉致されて以来、行方知れず。


 他の近侍とも連絡が取れないことから、謀反人認定は、されていないものの、世間からは、『限りなく黒に近い灰色』と見られているのは間違いない。




 ちなみに、僕の名は、ディートリント・フェルゼンラント(●●●●●●●●)


 辺境伯家の嫡孫だ。



 こたびのいくさでは、家名と家族を守るためにも、誰よりも勇敢に戦う必要がある。そうしなければ、我々の未来はない。父共々、悲壮な思いで臨んだ出征であった。



 ところが、着陣後、連日、フェルディナント殿下が危険をかえりみず、自ら城に入り、時には半日近くにも及ぶ長い長い交渉をなさった。


 殿下の真心に、強硬だったローゼンブルグ家がほだされてくれたのであろう。昨日、交渉が妥結した。


 その条件は、『陛下と捕虜をの身柄を引き渡し、天国へと旅立つかわりに、ローゼンブルグ家一門の名誉は守られ、罪には問われないこと。遺していく領民の財産と安全を保証すること』だったそうだ。


 この結果を聞いて、僕は、身内同士で、骨肉の争いをせずに済んだことに、胸をなで下ろした。それとともに、こたびの謀反の事情を少なからず知る者としては、意地と名誉を守るため、自死を選んだ伯父オイゲンや、従姉妹エミリアへの同情を禁じ得なかった。



 今日は、城内で別れの宴が行われている。伯父たちは今、どんな気持ちで過ごしているのだろうか。







 夕刻、日が西に傾き始めたとき、城の跳ね橋が下りて、中から何台もの担架と、一台の輿こしが現れた。


 担架に乗せられているのは捕虜として捕らわれていた者たち。輿はおそらく陛下だろう。


 捕虜たちは、一様に痩せて青白い顔をしている。陛下のお姿を見ることはできないが、噂によると厳しい状況であるとのことだ。


 捕虜の中に(エアハルト)の姿を見つけた。まるで幽鬼のような雰囲気で、兄の僕でも、一瞬誰だかわからなかったほどだ。おおかた、(ローゼンブルグ)方の誘いを聞かず、抵抗でもしたせいで、きつく拘禁こうきんされていたのだろう。

 ただ、ひどい姿ではあるが、命に別状はなさそうだ。一月ひとつきも静養すれば普通に動けるようにはなるのではないか。


 それに、この姿を見れば、誰も弟が敵方に通じていたとは言い出すまい。弟には悪いが、これで懸念が1つ無くなった。



 こんなことを考えながら行列を見ていたとき、列の最後尾を進む皇兄殿下が、急に立ち止まると、城の方を振り返り、叫んだ。




「皆の者! 塔の上を見よ!!」




 その声に、さっと顔を上げると、城の塔の最上階にあるバルコニーに、1人の女の姿が現れた。




 将兵たちが思い思いに声を上げる。




「誰だ!」「女だ!」「何をしている!?」



「「あれは、エミリア・ローゼンブルグだ!!」」




 僕の発した声と、誰かの声がかぶった。思わず視線を送ると、そこには殿下の姿があった。




「何だと!」「何をするつもりだ?」「まさか大魔法か!?」




『千年に一度の魔法の天才』と言われた従姉妹(エミリア)の不審な行動に、包囲する帝国軍が騒然となる。


 その、眼下の混乱をよそに、エミリアは取り出した短刀を、自分の胸に突き立てた。


 そして、力を失ったその体は、そのまま眼下の濠へと落ちていった。


 彼女の体が、大きなしぶきを立てて、水に沈んだその瞬間。国内外にその壮麗さを讃えられたローゼンブルグ城が、轟音とともに崩れ落ちた。


 長い歴史を誇るローゼンブルグ侯爵家、最期の瞬間だった。








 周囲が喧噪けんそうと恐慌に包まれる中、皇兄殿下は、的確に指示を出しておられた。



 混乱し、動揺していた僕は、指示に従って動くことしかできなかった。


 こんな自分に、不甲斐なさを感じながら、僕は、『何で殿下はこんな時に冷静にしていられるんだろう?』と、心の隅で疑問を感じていた。

 













 夜、騒ぎが落ち着いたとき、フェルディナント殿下が1人、私の天幕を訪れた。


 殿下の持ってきたものはエミリアの日記だった。


 どうやら、エミリアは従弟いとこであるエアハルト()が、職務怠慢や、内通などの疑いで、罪に問われることを、最後まで気にしていたらしい。そして、いざというときには、証拠としてほしいと、事件当日の出来事などを記した日記を、殿下を通じて遺したという話だ。



 事情がわかっている殿下も、エアハルトの弁護に動いてくれるので、日記は必要ない可能性が高いが、もしものことはある。ありがたくお預かりすることにした。


 まあ、裁判があるにしても、この状況では、ずいぶん先のことになるだろう。明日も朝から、片付けやら捜索やらで忙しい。今日は早く寝て、明日の夜、時間の余裕がある時にじっくり読もう。と、持ち物を入れた行李こうりの中に放り込んでおいた。







 結局、日記を開いたのは、3か月ほど後になってしまった。


 あの翌日、皇弟派の貴族のせいで、陛下にかけられた呪いが発動してしまった。心臓が破裂した陛下は、その場で逝去されたのだ。


 突然のことであったため、国全体が大混乱に陥り、それまでのこと全てが、有耶無耶うやむやになってしまった。


 国内の話題は、次の皇帝選びの話で一色になった。もう、『護衛の罪を問う』とか、『ローゼンブルグ家への内通』とか言っている場合ではなかった。





 そんなわけで、僕自身、今日、行李の中身を整理するまで、日記のことを完全に忘れていた。


 そして、初めて中身に目を通した。と言うわけだ。




 日記を最後から読み返していくと、ところどころで、エアハルトが味方に付かないことを、残念がる記述が出てきた。これは、証拠能力がありそうだ。


 そして、ついに発見した。899年 6月12日の事件当日。次のような記述がなされていた。




『計画は大成功だった。行った準備も完全に効いていた。ただし、エアが、全くの誤算で、味方に何人も死者が出てしまった。わたくしが魔導人形で参加していなかったら危ないところだった。あの鬼畜に刺した魔剣も、想定どおりの効果を上げてくれている。おかげで、お父様たちはフリーパスで帝都を出ることができた。エアも連れてきてしまったが、彼はどうしよう。残しておいても罪に問われたはずだし、まだ生きているのをわざわざ殺してしまうのも寝覚めが悪い。領都に着いてから本人に選ばせることにしよう。こちらも本格的な戦争準備が始まっている。既に家臣を集めてことの顛末てんまつを説明した。驚きはあるものの、それ以上に皇家の横暴への怒りの方が強かった。その後、領都の封鎖と非戦闘員の避難の指示を出した。この身はここで終わろうとも、世界にローゼンブルグ家の誇りを示すのだ。』




 これがあれば、エアハルトの忠誠を疑う者はあるまい。贋作がんさくを疑う者はあるかも知れないが、エミリアは、陛下の元婚約者。手紙等は多く残している。それらをもとに、筆跡鑑定にでもかければ、真筆であることはすぐに明白になる。


 これで、弟が罪に問われる可能性は、いっそう少なくなった。







 安心した僕は、彼女の日記を最初から読み始めた。


 失礼だとは思ったが、どうしても気になることがあったのだ。


 それは、ところどころ出てきて、重要な働きをしている、『M・M』なる人物は、一体何者なのか。ということだった。











 日記は、学園の最終年から始まっていた。エミリアが、婚約を破棄された直前ぐらいだ。



 最初のうちは、日記の内容も、陛下へののろけ話だの、当時学園を騒がせていたブラウン嬢への思いの話だのばかりで、裏事情を知るものとしては、憐憫れんびんの情を禁じ得なかった。


 しかし、895年 2月24日のこの記事を見て、僕は自分の目を疑った。




『いかに自分の目が曇っていたか、よくわかった。あの輩どもの性根を見抜けなかった自分を恥じるばかりだ。Dは国のため有為な存在に成長していた。よく知っているだけに驚いた。ただ、公的にはともかく、私的な立場からすると、なんともいえなかった。

 それにしてもM・M様の素晴らしさ。あのような方が中枢にいらっしゃるなら、まだ救いはある。

 このことは、私のだけの胸の内にとどめておかねばならない。それがあのお方のご意志に報いることになるはずだ。』




 エミリアは、全てを知っていたのか!?


 この日は、何を隠そう、私たちに陛下が、エミリア断罪の真実を明かされた日。

 前日までの記述との落差を見れば、エミリアもこの日に真実を知った可能性が高い。


 そして、ここに出てくる『D』とは、おそらく僕のことだ。

 あの時僕は、エミリアの冤罪を晴らさない方向で、陛下や殿下に助言をした。


 この行為は、家臣としては優秀だが、確かに、親族として見れば、じょうのない行いと言われても仕方がない。




 では、もう1人の『M・M』とは誰だ?


 宮廷内でエミリアと関わりのありそうな『M・M』は宮廷魔導師長のマルティン・マイヤーハイム卿ぐらいしかいない。しかし、マイヤーハイム卿は、あの席に同席していなかった。



 あの席にいて、エミリアに好ましく思われる行動をとった人物といったら……。




 フェルディナント殿下しかいない!




 僕は、『M・M』をフェルディナント殿下と仮定して、日記を読み進めた。











 全て読んで、よくわかった。


 大変な物を預かってしまった。


 確かに、この日記には、弟を処罰させないだけの証拠能力があった。


 でも、公表したら、弟が処罰されない代わりに、国全体が大混乱に陥る。






 エミリアには想い人がいた。名指しはされていないが、間違いなくフェルディナント殿下だ。


 そして、殿下も彼女のことを相当好いていた。隠していたつもりなのだろうが、思い返せば、怪しいそぶりはいくらでもあった。色恋沙汰に鈍かった僕にだって感づくぐらいだから、鋭い人ならすぐに気付くだろう。



 日記の記述と照合すれば、2人はお互いに思い合っていたことがわかる。


 なのに、落城時の殿下の対応ときたらどうか?


 思い人が自死を選んだというのに、殿下は全く動揺するそぶりがなかった。確かに、表情こそ痛ましげにはしていたが、その痛ましげな表情も、あまり親しくない人の葬儀に列席している人が、体裁を整えたようで、今思えば、何か、空々(そらぞら)しい感じだった。


 想い人ができた今だからわかるが、もし、妻が同じような立場に立たされたら、間違いなく、僕は平静を保つのに苦心するはずだ。ところが、殿下にはそれが全くなかった。


 5年前、エミリアの婚約破棄の裏事情を知った日。首謀者を殴り飛ばし、陛下の胸ぐらをつかむほど、彼女のために激情を見せたのと同じ人物とは、とても思えなかった。


 それも、この日記を読めば合点がいく。知らない人が読んだら騙されたかもしれないが、ちょっと聡い人が読んだら、すぐに気付く。




 城は全壊したし、彼女は濠に身を投げた。


 しかし、エミリアを含む伯父一家は、どこかで生きているに違いない。もしかして、『天国』なる場所は、一般的に考えられている『あの世』とは違う、国外のどこかなのではないだろうか?

 どんなトリックを使ったのかまではわからないが、エミリアも殿下も魔法の天才。きっと何か、うまい方法があるにちがいない。


 おそらく、殿下は、エミリアたちを守るため、ローゼンブルグ家と結託して、帝国軍をペテンに掛けたのだ!




 ただ、これをもって、殿下を糾弾する気は毛頭無い。


 なぜなら、この茶番劇があったおかげで、親戚であるローゼンブルグ家の面々が、同じ空の下のどこかで、今も生きながらえているわけだし、兵士や領民の無駄な犠牲も、国内の荒廃も避けられた。

 僕らにとっても殿下様々なのだ。


 それを今更、話を蒸し返したところで、何も得る物はない。それこそ、百害あって一利無しだ。




 これは絶対に世に出してはまずい。城の禁書庫にも放り込んで、簡単には人目に触れないようにしなくてはならない物だ。


 そう考えた僕は、早速、禁書庫の奥の目立たないところに、この日記をしまい込んだのだった。











 後に、殿下を問い詰めたところ、彼は急にうろえ始めた。僕が、このことは、誰にも話すつもりはないし、日記は禁書庫に入れて厳重に保管してある旨を話すと、あからさまに安心していらっしゃった。


 この方は……。殿下は間違いなく優秀なのだが、こういったところで詰めが甘い。



 せっかくだから、口止め料として、家族を守るために役立つような、すごい魔道具をくれないかとねだってみた。


 そうしたら、『人間の力を100パーセント発揮する』という魔導具をくれた。身体強化魔法と重ねると、素手で岩も砕けるほどの力が出るとのことだ。


 しかし、まだ実験中で副作用が大きく、フルパワーで使うと、体中の筋肉が裂けて命を落とす可能性があるらしい。だから、癒者がいない状態で使ってはならないと、釘を刺された。


 使いどころに難はあるが、確かに役立ちそうな魔導具だ。ここぞというときに使わせてもらうことにしよう。
















 こうして、フェルゼンラント城の禁書庫に厳重に保管されたエミリアの日記は、唯一、その保管場所を知っていた、ディートリント・フェルゼンラントの死によって、長く歴史の闇に埋もれることになる。


 その日記が発見され、一躍脚光を浴びるのは、エミリアの手を離れてから、実に238年を経た未来の話である。




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[良い点] なるほど、ディートリントの最後の戦場での大活躍には、こんな秘話が……!
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