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取引成立

「七瀬よ。お前ら鯉どもは人間の姿に変化へんげ し、陸に上がるのも疲れるであろう? 妾は幾つか七瀬に相談があるのじゃ。ひとまずこの生きている妾の体に入るがよい。さすれば楽に過ごせるのではないのか?」

 

 那津が思いもかけぬ事を言い出すので七瀬は面食らった。

 

「何っ? 私が那津の体にだとっ!」

 

「そうじゃ。特別に貸してやると言っているのじゃ。妾とお前の仲じゃ。遠慮するでない」

 

「‥‥‥那津と私の仲? ふっ。私は一向に構いはしないが、なぜそのようなことを先ほどから恥ずかしげもなく言うのだ。それでも女子おなご の端くれだというのに。それとも未だ男女の機微が解らぬのだろうか」

 

 

 那津の大胆な物言いに、七瀬は真意を見極めるかのように那津をしみじみ眺めた。

 

 無垢ゆえの言い回しだとは一応はわかってはいたのだが。

 

 

「何を言う! 妾を子ども扱いするとはっ! 妾はもう嫁に行ってもおかしくはない年じゃというに。妾よりも幼き姫の輿入れの話とて少なからず聞いておる」

 

 

 那津は先ほどまでは、自分の子ども部分を全面に出して優位を得ようとしていたが、七瀬に見下されては腹が立つので、ここに来て断然大人ぶった。

 

 

「ほぉ‥‥‥。それはよきことを聞いた」

 

 

 小さく頷いた七瀬の広角が、わずかに上がった。

 

 

「ま、今はそのようなことはどうでもよい。なーに、妾と話をする間だけじゃ。夜も更けて暗く他に見ている者もおるまい。早く妾の脱け殻に入るのじゃ」

  

 

「‥‥‥問題はそこではない。魂の抜けた肉体に率先して誰かを入れるなどと。これは滅多に無い不老の体。はっきりいってこれは貴重品とも言える。乗っ取られることも考えられるのだぞ? それを安易に人に貸そうとは‥‥‥わかっておらぬな」

 

「‥‥‥わかっておるわ。七瀬は冷淡で口は悪いが、妾の体に害を成す者ではないと思っておるからの」

 

「‥‥‥ふふっ、私を信頼しているのだな?」

 

「まあそうじゃ。妾は今夜中に七瀬から全ての話を聞かねばならんのじゃ。途中で疲れてまた消えられたら妾が困るのじゃ」

 

 七瀬とは何やらめんどくさそうな男だ、と那津は思う。最初からわかっていたのだが。

 

 

「‥‥‥いいだろう。では向こうを見ていろ」ゞ(`´ )

 

「なんじゃ、入る所は見せて貰えんのか。ちっ!」 (・3・)

 

「全く。那津の方がよっぽど口も態度も悪いではないか。仮にも姫だというのに。はぁ‥‥‥」 ( ・д・)=3

 

「ふんっ、相手によるのじゃ」 ( ・`з・)ノ 

 

 

 

 *********** 

    

 

    


「‥‥‥う~ん。自分と話とは、おかしな気分よのう」

 

 

 那津は向き合った自分の姿をまじまじと見た。

 

 自分の姿を他人目線で見るというのは興味深い。

 

 井戸に飛び込んだ時にあちこち擦りむいた筈だったのだが、傷は全てきれいに癒えている。その前から残っていた傷痕も。

 

 

 不思議に思いながらも、今すぐ尋ねたいことは他にあった。

 

  

「‥‥‥では、聞こう。七瀬よ、飲み込んだ妾をなぜ吐き出して賽の河原に置いたのじゃ? そのまま腹の足しにすればよかったではないか? さすれば妾は溶けてただの死人。成仏もかなったはずじゃ」

 

「私は人を食うことなど無い。あれはいきなり仇を為して来た敵に対する一時的な防御だ。それに、那津は私のお陰で不老を手に入れたのだ。少しは喜んだらどうだ?」

 

「妾は死んでしまったのじゃぞ? しかもいつ成仏出来るかわからんというに喜べる訳が無かろう。200年もこのような ようわからん場所で さ迷う羽目になるかもしれぬのじゃぞ。妾の立場がわからんのか」 

 

「成仏‥‥‥か。そんなに急いで輪廻に行かなくてもよいではないか。何も変わらん」

 

「何を言う! このような寂しき河原で200年とな? 想像するのもむな しいわ。妾はこう思うのじゃ。妾が成仏出来ぬのは、お前の落ち度じゃ!」

 

 那津は自分の姿を指差しとが めた。

 

「なにっ! なんという言いがかり。私の落ち度などではない。霊力は我らにとっても不可思議な力。思わぬ事が起こることもあるのだ。なぜ皆が欲しがる不老を得て喜ばぬ? 変わった娘だ」

 

 

 自分の姿に言い返されるのも妙ちくりんで、いまいち調子が狂う。

  


「‥‥‥こほん。まあよい。過ぎた事は今さらどうにもなるまいて。ではもう一つ聞く。黄金の鯉の鱗で願いが叶うというのは本当のなのかの?」

 

「今さら私の鱗を奪おうとしても無駄だぞ。それは本当でもあるが、本当でもない」

 

「分かりやすく言わんか。妾は幼気ない子どもぞ」

 

「なんと都合よく大人ぶったり子どもぶったり‥‥‥」

 

 七瀬にあきれ顔をされたが、そんなことは黙殺した。

 

「で、どうなのじゃ?」  

 

「この世界では、全ては霊力がものをいう。生けるもの、特に霊界生物、一部の霊界植物などから生まれる力だ。そしてそれは万能。思いで何にでも変化する。その現世に流布されている昔語りの場合は‥‥‥その男は、霊力を込めた一枚の鱗を受け取っただけのこと。霊力を込めるものは何でもよいのだ。まあ、我らの鱗にももちろん霊力は宿っているが、そのままではそこまで大きな奇跡を起こすほどでは無い」

 

「ほお、霊力を込めた何かがあれば現世で言う奇跡が起こせるのじゃな‥‥‥」

 

「‥‥‥何を望んでいる?」 

 

 自分の顔が訝しそうに自分を見るが、自分なので圧は全く感じない。

 

「ここで、妾と取引じゃ!」

 

 

 那津は、懐から油紙で厳重に包んだ包みを出した。現世から持って来た、那津の何よりものお気に入りの品だった。

 

 丁寧に包みを開けると香ばしい香りがパアッと鼻をくすぐった。 

  

 

「まあ、これを一つ食べてみよ。七瀬」

 

「‥‥‥毒ではあるまいな?」

 

「馬鹿を言うで無い。生きている自分の体に毒など盛らぬ。よく味わえ。うまいぞ」

 

 那津も一つ食べたので、七瀬の那津は仕方なく噛んでみた。

 

「‥‥‥‥‥これは美味いな」

 

 サクッとした食感。程よい塩加減。これは香ばしい南京豆入りのかき餅あられ。

 


 ーーーこれは三度の飯にしたいほどの妾の大好物。妾の体にはこの味が何よりのごちそうじゃ。妾の体になった七瀬はもっと食べたくなるに違いないのじゃ‥‥‥

 

 

「後は妾の分じゃ」

 

「なんと。ではほら、水と交換だ」

 

 

 七瀬の那津が手のひらを上に向け、何か念じるとうずらの卵ほどの大きさの水の粒が幾つか空中に浮かんだ。

 

「おう! みごとじゃ! これも霊力の為す技か! さすがじゃのう」

 

 那津は浮かんだ水玉をぱくりと口に入れた。


 

「もうだめじゃ。これは我が城でしか作れぬ特別な菓子。しかもこれが妾の最後の品。これ以上やらぬ」

 

「今、私の水を飲んだではないか!」

 

「一つあられを食べたであろう!」

 

 

「‥‥‥ではこれではどうじゃ? 七瀬が何か他に良いものを妾にくれるならこれを全部渡そう。交換じゃ」

 

「‥‥那津、私の鱗が欲しいのだろう?」

 

「おや、少しは話がわかるようだの。霊力は要らぬから頼む。それが御守りとして蓮津の心の支えになるはずなのじゃ。七瀬、鱗などまた生えるのであろう? そなたらは特別な魚じゃからな。一枚くらいどうってことあるまい?」

 

「‥‥‥ふっ、特別な出来事で結ばれた私と那津の仲だ。そうなのだろう? されば今回だけ特別に交換してやる」

 

 

 七瀬手強き、と思っていたが、案外簡単に手に入れられそうだ。

 

「なんと! わーい! 妾は死んでしまったが目的はここに来て果たせるのじゃ! なんとありがたきことよ!」

 

 無邪気に喜ぶ那津に、もう1人の那津は無表情ながら、広角がわずかに上がった。  

 

 那津の姿の七瀬は、手のひらを上に向けもごもご口の中で呪文を唱えた。すると手のひらのうえに一枚の金色の鱗が現れた。

 

 

「無くさぬようここに着けておけ」

 

 そう言うと七瀬は、那津の左の手の甲に、密かに自分の霊力を込めておいた鱗を、念を込めて張り付けた。

 

 

 那津の手の甲に、一枚だけ鱗が生えた。

 

 

「ほお、これは面白いの! 妾は気に入った!」

 

 那津は賽の河原に来てから初めて七瀬に向けてにこりと笑った。

 

 

「では、この菓子は七瀬のものじゃ」

 

那津は七瀬に落花生の菓子を押し付けた。そしてしゃらっと続けた。

 

  

「いかん! ここに小分けにしておいた南京豆の菓子がうっかりまだ残っていたのじゃ。これも七瀬にやるからもう一つ願いを聞いて下さらんかのう?」

 

 

 白々しい那津の策略であったが、七瀬が機嫌を損ねることは無かった。

 

 

「‥‥‥言ってみろ」

 

「七瀬にその那津の体を預けたいのじゃ」

 

「‥‥‥私にこの体を?」

 

「妾が入れぬならば持っていても仕方なかろう。生きている木偶の人形など妾には必要無いのじゃ。だが生きているものを捨て置くわけにもいかぬ。妾には手に余るのじゃ」

 

「貴重な不老の体だが、魂が抜けてしまったらそうかもしれんな。下手に置いておいて危険にさらすのも良くないだろう。まあ良い。私が預かっておこう」

 

「ありがたき。頼んだぞ。好きな時にそうやって入って良いぞ。されど、妾の体におかしな真似をするでないぞ!」

 

「‥‥‥馬鹿を申すな」 (#・∀・) 

 

「まあまあ、怒るな。その使用料と言ってはなんだが、もうひとつだけ妾の願いを聞いてくれ。これで本当の本当に最後じゃ。‥‥‥妾を現世の元の場所にちいと連れて行ってくれんかのう?」 

 

「なにっ! 霊体のまま現世に行って何をするつもりだ? お前はただの死人の魂で霊力もわずかだ。何も出来ないのだぞ?」

 

「ちいと気がかりがあるのじゃ。頼む。この通りじゃ」

 

 

 那津は平伏して見せたものの、自分に頭を下げるのもおかしな気分だ。

 


「‥‥‥那津にも殊勝なことがあるのだな。ふふふ‥‥‥。仕方があるまい。あい承知した。しかし、今回だけだ」

 

「かたじけないのう‥‥‥」 

 

「では、今日はこれまでだ。那津」

 

 

 

 七瀬の入った那津の体が床に横になると、その体からぶれた残像のように七瀬が現れ、美しい男の姿に戻った。

 

 七瀬が右の脇に那津の不老の体を抱えると、フッと那津の体が消えた。

 

「おおっ! どこに消えたのじゃっ?!」 

 

 

「私の鰭袋ひれぶくろ の中だ。ここなら誰も指一本触れられぬ。那津も休むがよい。‥‥‥さあ、こちらへ」

 

 

 今度は左の脇に那津を立たせ肩に腕をまわすと那津がフッと消えた。

 

 

「今夜は私の中でゆっくりと休むがよい。それからだ」

 

 優しい響きの声が那津の元に届いた。

 

 

 七瀬は庵を出て、川岸まで歩く。

 

 

 瞬きする間に姿が消え、小さな水音が一つ、月明かり照らす石の河原に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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