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魂の理(ことわり)

 ーーー妾はほんに死んだのじゃな‥‥こんなつもりではなかったのだが‥‥‥

 妾はただ蓮津に元気を出してもらいたくて‥‥‥

 

 

 すべて妾の失敗じゃった。現世においてですら霊界の面妖な力に人は翻弄される。ましてここは霊界。霊界を支配する者らに抗うに、妾の力ではどうしようもあるまい‥‥‥

 

 この体が生きているのならば、城に戻れるのではと考えたが‥‥‥成瀬の言う通りやもしれん。年を取らぬ人間などおらぬ。化け物扱いされるのも当然だろうの。

 

 どうにかしてうまく体に戻れたとしても元の暮らしは無理じゃろうな。

 

 

 はぁ~‥‥‥なんという失態じゃ。妾ともあろう者が。

 

 妾は死んでしまったが、これ以上の最悪は避けたい。

 

 

 ‥‥‥気がかりはあの者らの処遇。

 

 

 妾の落ち度のあおりで、三の井戸について来たものらは罰を受けるやもしれぬ。妾のせいで責めを受けるならば、妾は死んでも死にきれんのじゃ。

 

 うぬぬ、まずいのう‥‥‥

 

 何とかならんかの?

 

 あの大人げない鯉、七瀬。

 

 あいつは使えそうじゃ。自尊心が高く激しやすいようだが、妾を飲み込んだ責任もあろうし、多少は妾の願いも聞いてもらわねばならん。

 

 

 那津は自分の生きている体を枕にし、ごろんと寝ながら七瀬を待った。

 

 頭を乗せているお腹がゆっくり上下に動くので、自分の脱け殻はちゃんと息をしているのがわかった。

 

 

 ーーーこの体はずっと眠り続けながら生きるのか?

 

 

 それでは生きていても仕方が無いような気がするがの? だからと言ってこうして息をしているのに死んで欲しくはないが‥‥‥

 

 これが死なねば妾は成仏出来ぬそうな。

 

 

 ‥‥‥そうじゃ、妾は霊力が少なくてこの体に戻れないというのなら、霊力の強い者なら入れるということではないか!

 

 

 那津は良いことを思いつき、ひとり悦に入った。

 

 

 窓の空の明るさが少しずつ落ちているようだ。

 

 

 ーーー黄泉の国も基本は現世と変わらんのう。日は暮れてゆく‥‥‥‥‥

 

 

 まさかこんな目に会うとは、ついさっきまでは思いも寄らなんだ。

 

 

 七瀬はいつ来るのじゃ‥‥‥

 

 ひとりで待つのもつまらんのう‥‥‥‥‥

 

 

 

 

 

「おい、起きろ! 那津っ!」

 

「‥‥‥Zzz‥‥‥Zzz‥‥‥ふがっ‥‥‥」 


「那津! お前が私を呼んだのではないか! それなのになぜ寝ているのだ? 失礼であろう。しかも何度起こしても起きぬとは」

 

 

 那津が薄ぼんやりと目を開けた。すぐ横で七瀬が仁王立ちしていて自分を見下ろしていた。

 

 

「う‥‥ん? おお、七瀬ではないか。お? 外はもう暗いのか。部屋に明かりが灯っているではないか。いかん! いつの間にか本気で寝てもうたわ」

 


 薄暗き部屋に、蝋燭ろうそくの灯った雪洞ぼんぼりがひとつ灯っている。

 

 チラチラ揺らぎながら照らす光が作り出す濃い影が、辺りの闇を強調している。

  

 那津は、よっこいしょと上身を起こし、その真ん前に七瀬がドスンとあぐらをかいて座った。

 

 

「『おお、七瀬ではないか?』ではないっ! なんと肝の太い姫だ。いきなり死んだと思いきや、このような状況でひとり置かれているというのに」


 

 光と影が七瀬の姿を神秘的に浮かび上がらせていた。 

 

 ーーーこの男はとんでもなく美しい姿をしているが、なんと心根のゆがみし口の悪き男よ。

 

 

「七瀬よ。なんと冷たい物言いじゃ。妾は現世に生を受けてからたった13年ほどしか過ごしていない幼気いたいけ な おなごなのじゃ‥‥‥。たーった13年だぞ? すこーしはいたわ ったらどうかの? あん? そういえば七瀬は何歳なのじゃ?」

 

「私は‥‥‥確か100才は越えた位だろう。正確に覚えてはいぬ。意味は無いからな」

 

「ほぉ~。黄金の鯉は長生きなのじゃな。‥‥‥で、七瀬よ、妾に妾が死んだ時のことを教えて欲しいのじゃ。それに妾の置かれている状況を詳しく教えるのじゃ。ついでに妾の願いをいくつか聞いて欲しいのじゃ。特別な出来事で結ばれた妾とお前の仲じゃ。いいであろう?」

 

「‥‥‥知らぬ者が聞いたら誤解を招く言い方ではないか。まあよい、どんなことが聞きたいのだ?」

 

 七瀬は口をゆが ませ不機嫌そうだが、微妙に笑いをこらえているようにも見える。

 

 

「妾の魂はこのままの状態でどれくらい持つのじゃ? 成瀬は200年前後と言ったが」

 

「人は‥‥‥現世に未練が大きい魂ほど負の霊気も溜まるもの。怨みや心残り強きものならまれに1000年持つこともあるようだが‥‥‥大抵はもって200年くらいだろう。だがな、魂の霊力が尽きる前に大抵は現世の知る者らが皆こちらに来るからな、彼らに促されて成仏に向かうものだ」  

 

「では、妾もこのままでいたら200年後には消滅か。不老の体はどうなるのじゃ?」

 

「不老と言っても不死ではない。病気や怪我で死ぬこともある。魂が消滅した後、その体がどうなるかはわからん。不老になれど大抵は病でいつかは死ぬもの。永久に持つわけでも無い。今まで魂より長く生きた不老の体は聞いたことは無い」

 

「したら、妾はその時は成仏出来るわけじゃな。魂の霊力さえもてば」

 

「‥‥‥まだまだ時間は十分ある。身の振り方はいく通りかあるが最善を選べ。万が一、体が死んだとしても、霊力を注ぎ続ければ魂は消滅せずここに居続けることも可能だ」

 

「ほおー、魂に霊力を注ぐ? そのような事が出来るのか。だが妾は、現世での後始末が出来たなら成仏して構わんのじゃ。されど、生きている体を無下に殺すなど恐ろしくて出来んのじゃ‥‥‥」

 

「せっかく滅多に手に入らぬ不老を手に入れたのだ。敢えて殺すこともあるまい。魂に霊力を集める力は普通の人間の霊にはあまり無い。我ら霊界の者の力添えが必要だ」

 

 

 那津の魂の抜けた体はずっと寝ている状態なので食べることが出来ない。 ゆえ、その不老の体にも霊力を注がずにいればやがて死んでしまうのだが、七瀬は黙っていた。 


 七瀬には秘密の目的がある。 

 

 

「現世に怨みや心残り大きし者は、力添え無くしても気力で1000年も持つか。妾には無理じゃな」  

 

「今はあまり深く考えるな。時間はある」   

 

「‥‥‥そうじゃな。どうするか決めるまでまだまだ猶予はありそうじゃ。それより、妾には急いでしなければならぬことがあるのじゃ! そこで七瀬よ、妾と取引じゃ!」

 

「取引? 未だに井戸の続きをする気か?」

 

 

 七瀬が美しい顔を嫌そうにゆが めた。

 

 

「まあまあ、そんな顔をするでない。それもあるのじゃが、もうひとつふたつ頼みが増えたのじゃ」 

 

   

 那津が、えへへと上目遣いに愛らしい笑顔を見せた。

 

 心なしか無愛想な七瀬の顔が緩んだような気がしないでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   


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