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《挿話》霊鳥メジロ ミツケの野望

霊鳥メジロのミツケの語り。

 三途の川の底に閉じ込められていた蓮津が、やっと庵に戻って来た。


 俺はどんなにこの日を待ちわびていたか知れないんだ。


 例の『那津様不老体奪還の策』決行の日、俺は蓮津の踊りの最終で庵を抜け出し、キザシと合流するために必死で飛んだんだけど、成瀬に遅れを取ってしまった。


 待ち合わせ場所に到着した時には、全てが終わってたという悲しみ。


 あの成瀬のオヤジ、見掛けと違って能力ヤバくない? 鯉の里の韋駄天(いだてん)走り ならぬ、韋駄天泳ぎというのは本当だった!



 俺がやっと到着した時には、蓮津はどういうわけか、暫く成瀬と流美たちと過ごすことに決まっていた。


 俺も蓮津と一緒に行きたかったんだけど、蓮津が暫く過ごすのは川底ってのは、どうにも頂けなかった。


 だって俺はメジロ。やっぱ空を飛べず、甘く咲く花の蜜も舐めらんないのは無理だって。



 蓮津は、しばしの離ればなれを悲しむ俺を優しく慰めてくれた。


『大丈夫よ、ミツケさん。わたくしは ひと月ほどで戻れるはずですわ。その間は気ままに鯉の里の探検でもしてらしてね。後でお土産話を交換しましょう。約束よ? ほら、楽しみが増えたでしょう?』



 俺は蓮津に面白い話を聞かせてあげたくて、ここで出来た小鳥仲間のモズ友を誘って冒険の旅に出かけた。モズ友が一緒なら頼もしい。


 モズ友は可愛い顔してるけど、良く見りゃその目つきは鋭い。向こうに回したら厄介な属性だ。敵は枝に串刺しにして見せしめにするという、見掛けからは想像出来ない容赦無い一面もある。


 でも、俺たちは気の合う友だち。


 旅は、ワクワク、ドキドキ、ハラハラ、ヒヤヒヤ、ガクガク、ワイワイ。


 こんなに刺激的な楽しい旅はそうそう無い。


 途中、荒くれカラスに囲まれて危機一髪脱出したり、木に刺さったミカンに吸い寄せられたら枝に鳥もちが仕掛けられてて、あわや捕獲されそうになったり。未開の洞窟の奥で、鳥のようで鳥じゃない不思議な生き物に出会ったり。


 

 ──そんな命の綱渡りみたいな冒険の旅を過ごしてたらさ、ふっふっふ‥‥‥


 俺、鍛えられちゃったらしい。俺、遂に人間に変化(へんげ)出来るようになったんだ! これってメジロじゃ、すっごく珍しいんだ! やっほー!



 蓮津にも教えてあげたいけど、ちょっと待て。


 水鏡で見た俺の姿はまだまだ子ども。これじゃ蓮津の弟分って感じだ。


 俺は大好きな蓮津と釣り合う姿まで成長してから、お披露目することに決めた。


 ただし‥‥‥アイツには俺の存在を示してやろうと思う。ふふ~ん、見てろ! 俺はそのうちお前に取って代わってやるからな!




 蓮津は約束通りひと月で戻って来た。



 前触れはすぐに分かった。


 成瀬たちから遣わされたらしき金色の瞳の手伝いの人間の姿の男女二人が、朝っぱらから庵の中を甲斐甲斐しく整え始めたからだ。


 俺が窓に止まってぴーぴー鳴いたら、女が金柑の実を一つくれた。


 俺はそれを窓辺で頂きながら、二人のお喋りを聞いていたら、昼下がりに蓮津が戻って来ることが知れた。ついでに、七瀬が夜ここを訪ねて来ることも。


 二人は、座敷の中に はたきをかけ、床を拭き、水瓶に水を汲んで、酒や果物を置いてから帰った。



 俺は待ち遠しくって、庵に続く小道の途中にある松の木に止まってウキウキ待っていた。


 蓮津の姿が見えると俺はすぐさま飛んで行き、蓮津の回りをぐるぐる飛び回る。


「まあ! ミツケさん。お迎えに来て下さったの? ありがとう」


 蓮津が俺を指に止まらせ、頬を指でなでる。


「蓮津~! 寂しかったぴ~!」


「うふふ、わたくしもミツケさんにやっと会えて嬉しい♡」



 俺たちはこの午後のひと時に、会えずにいた間のつもり積もった話をして過ごした。これって離ればなれになった想い人同士がやっと会えた(てい)でいい感じ。


 今日は俺だってずーっと蓮津と共にいたかった。けど、七瀬が来るからそうもいかない。俺はちゃんとわきまえてる。


 夕暮れ時になり、俺は庵の屋根の軒の隙間に作った巣に戻った。




 日が落ちるとすぐに七瀬がやって来た。でも、どういう訳か、間も置かず成瀬が七瀬を呼びに来た。


 蓮津の様子を窺いながら、こそこそ話をして怪しい二人。蓮津は何も気づいちゃいない。


 これは俺の出番だ!


 わざわざ松の木の下まで移動して話す二人の会話を盗聴した。



 ──ビックリだ!



 ここにくる前に蓮津が捨てた男、名波(さく)がここの結界のすぐ外側までやって来たらしい。こんなとこまで来るなんて。まさかキザシのアニキが連れて来たのかな?


 まさかね。それじゃ名波は殺されに来るようなもんだし、キザシがそんなことするわけない。


 俺も名波には一度会ったことがあるけど、まあ、俺は最初から名波には蓮津は勿体ないと思ってた。


 七瀬はすぐに始末しようとしていたが、成瀬は反対していた。俺はどうだっていいけど。


 今から金鯉二人で決着をつけに行くらしい。



 ──だったら!



 俺は窓からもう一度蓮津に会いに行く。


 だって、これから七瀬は成瀬と結界外まで出掛けるんだ。


 ならば、これから二時(ふたとき)近くは戻れないはず。その間は、蓮津に着けた印で、俺のすることを覗いている暇もないだろうし。


 それは俺の未来計画第一歩の絶好の機会だった。


 俺は蓮津のお気に入りの小鳥ちゃん、霊鳥メジロだけど、今はただそれだけ。なんの約束もある訳じゃない。


 今の内にもっと蓮津と絆を深めておかなくちゃ、今後七瀬に追い出されかねない。


 だから俺は七瀬のいなくなった隙を狙って蓮津の印を俺につけさせることにしたんだ。


 そうすれば、簡単にはお払い箱ってことには出来ないはず。


 俺は完全、蓮津の鳥になるんだ。



 七瀬が取り急ぎ出掛けてから、俺は蓮津にお願いした。



「蓮津。俺、ここの鯉の里で このまま蓮津と過ごしたいっぴ。だから正式に俺を蓮津の小鳥にしてほしいぴ」


「まあ、ミツケさんがわたくしの小鳥に?」


「ぴぴぴ!」


 俺は両翼をぱたぱたさせて、かわいらしいと評価の高い おねだりの踊りを見せる。



「どういうことなのかしら? 今までと何か変わるの?」


 蓮津は指に乗る俺の頭を撫でながら、目線の高さまで俺を持ち上げる。


 俺は気持ちよくてついつい目を瞑ってしまう。



「俺はここではよそ者ぴ? 七瀬の印を受けた蓮津の印を俺が着ければ俺だって里の結界から出入り自由になれるって鳥仲間に教わったぴ」


「まあ、そうですの? 今までミツケさんに不自由をかけていましたわ。ごめんなさいね。ミツケさんは一端うっかり出てしまったら一人で戻れなくなってしまうのでしたわね」


「それに俺は蓮津の小鳥になりたいぴっ!」


 俺は蓮津の肩に飛び乗って、蓮津の耳を優しくあま噛みした。


「うふふ、くすぐったいわ‥‥‥、わかったわ。わたくしの印とはどうすればいいのかしら?」


 蓮津は指に乗せた俺のくちばしに口づけした。

 俺のかわいい小鳥の姿ならではの役得だ。


「蓮津の髪で細い三つ編みを作って俺の左足に結んで欲しいぴ。」


「まあ、ミツケさんのこんな細い脚につけるの? では、三つ編みはすごく細く作らなければならないわね。わかったわ。ちょっと待ってね」



 ──蓮津は俺の願いを叶えてくれた。



 俺は七瀬が留守の間に目的を達成した。


 これはまさしく霊界での婚約の証と同等。俺と蓮津の絆の誇示。七瀬のやつ、ざまあみろ!


 俺の方が七瀬より先に蓮津と知り合っているんだ! それなのに七瀬は出会った夜、たった一晩のうちに蓮津の身も心も奪ってしまうなんて‥‥‥‥


 でも、それって半分はあの那津って妹のためだったって俺は知っている。


 七瀬はそこまで蓮津に慕われている訳じゃないはずだ。



 やっふー! 俺はこの左足の蓮津の印を七瀬に見せびらかしてやろう。


 蓮津を愛していることについては俺の方が先輩なんだからな。俺はまだガキだけどすぐに成長する。そのうち若い俺の方が有利になるんだ。



 七瀬が戻る前に俺は外に出た。七瀬が帰るのを待ちぶせだ。


 俺が人間に変化(へんげ)出来るってとこ、見せておこう。俺はいづれ七瀬に勝つ! 



 この姿、俺がミツケだって分かるかな? あいつ、どんな反応をするかな?


 まさか蓮津のお気にの俺まで金糸で殺ろうとして来る?


 大丈夫。あの技は体の大きなものには有利に働くけど、俺みたいな小さな小鳥は難なくすり抜けることが出来る。捕まえるのはムズいはず。七瀬なんか怖くない。網目の金糸は成瀬しか使えないって聞いてる。


 それに、蓮津のお気に入りの俺を殺せば蓮津が悲しむ。蓮津の機嫌を損ねるようなことはしないだろう。七瀬はいつの間にかマジで蓮津の虜になってるし。



 俺は、松の木の下で、庵に戻る途中の七瀬をつかまえた。


 血の臭いはしない。名波はどうなったんだろう? どっちにしろ、俺は蓮津にこのことは言わないし、七瀬も成瀬も言うことなどありえない。


 成瀬がいたなら、よきに図らい落とし所をみつけてやったのかな。うん。



 夜の暗さも手伝って、七瀬は人の姿になった俺が誰だかわからないようだった。


 俺は七瀬の不機嫌を感じたが、俺はあえて軽い調子で言ってやった。


「この足首の印、蓮津の髪で出来た印だぜ。俺はついに蓮津のものになったのさ。ふふん」


 俺は脚をあげて七瀬に見せつけてやった。



「おまえは‥‥‥‥!」


「そういうことで、じゃあまた明日な! 七瀬」



 俺は七瀬が驚いた顔を見れただけで大満足!


 目的を果たした俺はさっさと元のメジロに戻り、軒のねぐらに戻った。





 次の日、俺は朝早く蓮津の元に戻った。


 少し開いている窓の隙間から庵の中に入った。蓮津が俺のために開けておいてくれたんだ。


「おはようぴっ!」


 蓮津はまだ眠っていた。七瀬は既にいなかった。夜はここで過ごし、夜が明ける前に川に戻ったんだろう。


 七瀬だってひと月ぶりに蓮津に会えたんだ。蓮津が疲れてしまったのも無理はないね。



 俺は横向きになって寝ている蓮津の肩に乗って耳たぶをあま噛みした。


「‥‥‥う‥‥‥ん‥ん‥‥七瀬様‥‥‥わたくしを‥‥‥もう寝かせて‥‥‥くださいませ‥‥‥」



 わかっちゃいるけど、俺の心にめらめらと悋気(りんき)の炎が燃え立った。


 俺はいつの日か必ず七瀬から蓮津を奪ってやるんだ。






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