本領発揮
前回『月夜に想いを』で、投稿翌日、末尾に約1000文字ほど続きを付けたしました。
今回はその続きからとなっております。すみません m(_ _)m
キザシは蓮津に内密の伝言を送った。
蓮津なら那津の事なら惜しみ無く力を貸してくれるはずだった。
『俺たち、婚約した。那津は何も思い出してはいないけど、俺たちは最初からやり直す事が出来た。これからも、俺は那津と共に生きてく。そこで頼みがある。七瀬の持っている那津の不老の体を取り戻したい。よい方法はないか?』
一時と経たず返信が来た。
『まあ! なんと喜ばしきことでしょう。那津様も、キザシ様もお元気で安心致しました。那津様の体は七瀬様が鰭袋に入れておりますゆえ。しばしお待ちくださいませ。近い内にわたくしからミツケさんの伝言を送りますわ』
蓮津がキザシの信書羽を受け取った日の夜。
河原の庵にて、蓮津は七瀬の杯に酒を注いでいる。
七瀬が程よく気分が良さそうになったのを見計らい、説得していた。
「‥‥ですからお願いですわ。七瀬様、那津様のお体を返して差し上げてくださいませ」
「ふふっ、いいだろう。あの大鷲が私に勝つことが出来るのならば」
七瀬がニヤリと嗤う。
「七瀬様? 何を考えているのです? すぐに返して差し上げてくださいませ。まさか‥‥‥七瀬様はまだ那津様にご執心ですの? わたくしがこれほど心を込めお側にお仕えしておりますのに‥‥‥」
蓮津は七瀬の肩にすがり、憂いを宿した瞳で七瀬の目を見つめた。
「‥‥あれは人間の生きた体。しかも不老。なかなか手に入るものではない。それに以前那津は、もて余すから私にずっ預けると言っていた」
「ですが、それは那津様のものですわ! お願い‥‥‥那津様にお返しくださいませ! もう以前とは状況が違うのです」
「やきもちか? 蓮津があれに入れば私の子が成せる。私は人形を抱く気はない」
「そ、そんな! 私が那津様の体を使い子を成すなど! 考え直して下さいませ」
美しく涙を流して憐れを誘う蓮津。
蓮津には、七瀬のその企みについては何となく予想はついていた。
「ふふっ‥‥‥蓮津? いくらお前が私に美しく涙を流して見せても無駄だと分かっているはずなのだが? 私の気は変わらん。もう、その話はやめろ!」
七瀬はうんざりを露に眉間にシワを寄せ、蓮津の手首を握り引き寄せた。
「‥‥‥‥そうですわね。わかりましたわ‥‥‥七瀬様がそうおっしゃるなら」
七瀬の胸の中でうつ向く蓮津の眼光は、狙いを定めた蛇のごとくギラリとしていたが、七瀬に顎をクイッと引かれた時には、憂いを浮かべた しおらしい娘の顔になっていた。
深夜七瀬が川に帰った後、蓮津は暫く沈思にふけった。
翌朝、ミツケに頼み、キザシに信書羽を送った。
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数日後、蓮津は七瀬の両親である成瀬と流美に結婚の挨拶し、二人をもてなす日を迎えていた。
金鯉族がそのような会席を設けるのは異例であったが、一目で成瀬を魅了し、一晩であの気難しい七瀬の妻に収まった蓮津に、流美はいたく興味を示したため設けられる事になった。
蓮津は随分前から準備を万端にしていたが、数日前に内容を急遽変更し、この日を迎えたのだった。
秋の釣瓶落としの日暮れと共に、七瀬の先導で両親の成瀬と流美が供の者を四人従え、庵にやって来た。
蓮津にとっての本領発揮はこれからだった。
城の姫君であった蓮津は造作無く難無く成瀬と流美に挨拶を終えた。
蓮津は現世から旅立つ時に持たされた美しい錦を流美に贈り、成瀬には、蓮津がしたためた現世の物語の写本の巻物を贈った。
霊力で作り上げた物では無く、現世からの実物は価値が高い。
蓮津の贈った品は、現世でも極上とされる絢爛な錦で、美しい巧手の女手で記されし古の合戦を記した巻物は成瀬には大変喜ばれた。
今夜のために遣わされた手伝い二人により、もてなしの準備は整えられている。
宴席の始まりに、蓮津が成瀬と流美の前にて、優美に三つ指をついた。
「ここの河原では都のような華やかな楽しみがいささか足りぬことかと存じますれば、この佳き日、この機会に 私の得手の舞をご覧に入れますゆえ、くつろいでご覧下さいませ」
舞のための楽器の名手も用意していたが、蓮津は急遽断りを入れておいた。
この場に余計な者は要らない。
蓮津の企みを成功させるためには。
成瀬と流美に心地よく酔いが回った頃、蓮津の舞が始まる。
七瀬は成瀬の横で澄ました顔で座っている。
手伝いには、七瀬の酌を切らさぬように、杯を空にせぬように強く命じてある。
屏風の前に立つ蓮津は、滞りなく行われているかチラリと横目で確かめた。
蓮津は自ら歌いながら、得意の桜の舞を舞って見せる。
現世ではこの舞で輿入れが決まってしまった因縁の舞だ。だが、それだけ誰かを魅了出来る舞ならばこの場で使うのが得策だった。
七瀬の霊力玉で仕掛けておいた舞台の照明の明かりも蓮津を際立たせ効果を発揮する。
その姿は儚く美しく、たおやかな指の動き、足の運び、視線の移ろいで、舞い散る桜を表現し、見るものを魅了した。蓮津の歌声も澄んだ心地よいものであった。
「ほぉ‥‥‥見事だこと、蓮津。いきなり成瀬が側室に欲した訳がわかる」
流美は薄ら笑いを浮かべ、隣に座る夫の成瀬をチラリと横目で見た。
「お義母様のそのお広きお心、おそれ多く存じます」
蓮津は流美の前で深くひれ伏す。
「お前は中々の玉よのう。私に通じるものがある‥‥‥ふふふ」
流美の嫌みにも全く動じない。見かけは か弱き乙女の風情だが、実は胆が据わっているように感じた。中々よい。
流美はその蓮津の手の甲に視線を流した。
「‥‥‥七瀬が印を着けていなければ、私の下にはべらせていたものを。今回はまんまと七瀬に出し抜かれたのは残念だこと。私も、成瀬も。ふふふ‥‥‥ねぇ、あなた。では、蓮津、お前の義母に、もう一曲舞って見せてくれぬか?」
「お義母様のお褒めの言葉を頂き、わたくしはこの上ない喜びが込み上げております。それではこの、空蝉の舞をわたくしのお義母様に心を込めて捧げます」
蓮津は薄絹の打ち掛けを羽織り、先ほどとはまた雰囲気が違う舞を披露した。切れ良く大胆に、時にしなやかに。
「おお、なんと美しい舞よ!」
途中、蓮津の流し目が成瀬に向かった。
成瀬は思わず杯から酒をこぼし、後方に控えている成瀬の供の二人も、蓮津に目を奪われうっとりしている。
終盤では優雅に舞いながら流美の前にひざまずき、その手を取って唄う。
♪常磐の流れ 清く 美しく 時に冷たく
統べるは英明 そのお姿 麗しく
幽明の交わり 今こそ黎明
水明に住まう あなたに永えを
美しき娘に手を取られ、間近で目を合わせて唄を捧げられたことなど何百年の生きていても初めてのことだった。
成瀬は優しき男だが、妻にこのような洒落たもてなしなど、することは一度もなかった。
蓮津が離れてからも流美の胸は高鳴ったままだった。
この娘を手に入れ、はべらせたくなった成瀬と七瀬の気持ちがここにて流美に明確にわかった。
出し抜けに、蓮津は羽織った薄絹の打ち掛けをしなやかに脱ぎ捨て、くるりと回転してから宙にふわりと放った。
次の瞬間、蓮津の姿が消えた。
「おお、蓮津はどこに消えたのだ!」
成瀬が狐につままれたような顔になって流美と顔を見合わせる。
「お義父様、お義母様。ここですわ」
蓮津は後ろに立てていた屏風の後ろからひょっこり顔を覗かせて微笑む。
茶目っ気の蓮津に流美は成瀬と顔を見合せてクスクスと笑った。
蓮津は心の中でほくそ笑む。
──ふふっ、これにて流美様のお心を多少は掴めたはず。
上手く行きますわ。きっと‥‥‥
いいえ、行かせてみせますわ!




