慮外の再会
「えっと、那津? 泣かなくても大丈夫だぞ! この巣は安全だ。結界も張ってある。こんな高いとこまで来れるのは一部の鳥だけだ。その鳥ん中で一番強いのは大鷲だからな! そん中でも、この俺は相当だって!‥‥‥たぶん」
キザシは那津を安心させようと頑張る。
「妾はもう大きな蜘蛛のことは怖くは無いのじゃ。もういないのじゃから‥‥‥」
那津はキザシの顔を虚ろな目で見ている。
「‥‥‥妾が怖かったのはキザシが死んでしまうことじゃ」
焦点は遠くにあるような眼差しだ。
「妾はキザシが蜘蛛の糸に巻かれた時、なぜか血まみれのキザシの姿が頭の中に浮かんで来たのじゃ。切り裂かれて死んでしまうと思ったのじゃ。杞憂だったがのう‥‥‥やけに生々しく浮かんで来て恐ろしかった‥‥‥」
「那津‥‥‥まさか思い出した?」
「‥‥‥何をじゃ?」
「‥‥‥いや‥‥‥何でもない」
キザシが七瀬の不意打ち攻撃により死にかけた過去の記憶が過ったように思われたが、今は更に那津を不安に陥れる時ではなかった。
もどかしいが、キザシは引いた。
「今日はもう無理すんな。これを食べたら、早いけどもう寝てしまおう。疲れただろ?」
「そうじゃな‥‥‥一緒に頂こう、キザシ」
青白い顔で少しだけ無理な笑顔を向けてから、霊樹の実をひとつ、キザシに差し出す。
「俺はもう、食ったから。これ三つとも那津の分」
一口かじった那津は、やはり前回と同じ反応で喜んでくれて、キザシは嬉しい。
思い出はこれから作り直せる。そう実感した。そして今度は本当に那津に自分を好きになって欲しかった。
前回、那津は恋などしていなかったのをキザシは知っている。七瀬にも自分にも。
ただ、霊界で過ごすための術を選んだだけの事を。
「那津、俺の翼の中で寝るか?」
「そのままでいいのじゃ。変化は余計につかれるであろう? それにここはそのままでもふわふわじゃ。」
「そうか?」
キザシが大の字で横になると、那津は寝転んだままコロコロ転がって来て、キザシの左の脇の下に収まって来た。
「キザシ‥‥」
「ん?」
「‥‥キザシはいつまで妾と一緒にいられるのかの?」
「‥‥‥那津が俺といたいと思う限りずっと一緒さ」
「‥‥‥そんなことが出来るのかのう? キザシ‥‥わらわ‥‥は‥‥」
那津はすうっと眠りに落ちた。
キザシは那津の横で思いにふける。
体はくたくたなのに、早く寝てしまいたいのになぜか目が覚めて眠れない。
──全て忘れちまった那津。
俺が地蜘蛛に絡め取られたのを見て、七瀬の金糸でやられた俺の姿を過らせたらしい。ほんの一場面。那津は過去の体験だとは思ってもいない。
でもな、薬効最の言う通り、全て忘れちまったままだとしても、これからまたやり直せばいいのかもしんねぇって思えて来た。
このまま一緒にいられることが可能ならば。
俺のこと好きになって欲しい。俺は那津がいい。共に長く一緒にいられるって思えるのは那津しかいないって思う。
そんなの俺の思い込みかもしんない。それでも、俺は今は諦めたくはないんだ。
那津に嫌われていないのなら。
キザシの那津への想いは変わらない。苦難を耐えて想って来たせいか、さらに求める気持ちは強くなっていた。
──いや、そんな先のことより。
那津に必要な物も揃えなきゃな。霊力玉があれば大抵のものは作れるけど、俺に姫様が気にいるような洒落た物を作れる訳もないし。
俺、女が何を欲しいのかもわからない‥‥‥
落ち着いたら死人の仲見世まで行ってみるか。
洒落たもんもあれこれ売ってるし、人霊もたくさんいるし、那津もきっと喜ぶ。
考えがまとまり安心したキザシに、やっと眠気が訪れた。
数日後。
キザシは那津を連れて、死人の通り道である賑やかな仲見世通りに来ていた。
二人揃ってそぞろ歩き。
「迷子になるといけねーな」
キザシが左手を差し出す。
那津はその手を見てからキザシの顔を見る。
「わ、妾はお子様では無いのじゃ! 恥ずかしいではないか」
那津は顔を赤くしながら抗議した。
「‥‥‥‥」
キザシは黙って手を引っ込めた。
那津は、キザシの前をチョロチョロ走る。華やかな店先にわくわくしている。
「那津、欲しいもんあったら言えよ」
キョロキョロあっちこっちの店が気になり落ち着かない那津。
「妾はこんな風に町の店に来るのは初めてじゃ! 現世でも妾だけ許されなくてのう。蓮津はちょくちょく出掛けておったのに。あー、ここは楽しいのじゃ。美味しそうな匂いが漂っておるのう。この甘辛い匂いはどこからじゃ? 行ってみようぞ! キザシ」
「おいおい、食う前に先に那津が必要な物を見ねーと‥‥‥」
駆け出した那津を呼び止め、手を伸ばした時だった。
キザシをふと、呼び止める者がいた。
「失礼、貴公はキザシ殿ではないか?」
「ああん?‥‥‥‥‥ハッ、あ、あんたは!」
まさかこの男がまだここにいるとは思いもよらなかった。
キザシは、この男のことは気になってはいたのだが、もうとっくに死人の道へ進んだものだと思っていた。
「先日は見苦しい所を見せてお恥ずかしい‥‥‥。某は蓮津と共にいた名波索だ。覚えておいでだろうか」
「‥‥‥ああ、モチ、忘れちゃいねぇよ」
なんだかとても気まずく思うキザシだった。出来ることなら今すぐ変化を解いて、ここから飛び立ちたいくらいに。
あれからの蓮津のことを尋ねられるのは必至だ。そして今の行方を。
──ヤバい。聞かれたらただただヤバい。決して俺が七瀬とくっつけた訳じゃねぇんだが‥‥‥




