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賽の河原

「‥‥‥う‥‥う‥うぬっ‥‥‥」

 

 那津が気がつくと、辺りはごろごろ石が敷き詰められた場所だった。

 

 上半身を起こした。

 

「‥‥‥ここはどこじゃ? 妾はなぜにこんな石だらけの所に横たわっておるのじゃ?」

 

 辺りには人っ子ひとりいないようだ。周りはごろごろ石ばかり。すぐそこで川のせせらぎのような音が聞こえた。

 

 意識がまだどこか薄ぼんやりしている。軽い目眩がして視界がぐらぐらした。

 

 那津はそれでも立ち上がろうと両膝を曲げた。だが、その下に伸ばした両足がある。

 

「何じゃ? どうなっておる? 妾は誰かの腹の上で寝ていたのか? やや、これは難儀をかけてしまったのう。すまぬ」

 

 よいしょっ、と立ち上がり見下ろすと、石の上に那津が横たわっていた。

 

「なんとっ‥‥‥妾が寝ているっ!? この娘は妾にそっくりではないか!! しかも着物も妾とお揃いじゃ!」

 

 

 あまりに驚き、ぼやけていた頭も視界もはっきりすっきり一気に覚醒してしまった。

  

 

「気がついたか?」

 

 

 不意に、男の声がした。

 

 そこには二十歳前後と思われる美しい男が立っていた。

 

 長い黒髪を後ろで束ね、大きくはだけた着物の上半身からは、ぐるぐる巻かれたさらしがのぞいている。

 

 

「‥‥‥お前は誰じゃ?」

 

「私は七瀬。‥‥‥那津、お前は罪を犯した」

 

 

 

 いきなりの言いがかりをつけてきた背の高い男。

 

 足元には我にそっくりな娘が横たわる。

 

 この知らない場所。

 

 一人きりで。

 

 懐刀ふところがたな ひとつ持ち合わせてはいない。

 

 那津の頭の中は最善を求めてぐるぐる思考が駆け巡る。

 

 

 取り敢えず、今は目の前のこの男を見極めるしかあるまい。

 

 

「はて? 妾は罪など知らぬ。人違いではないのかの?」

 

 

 見知らぬ無礼な男なれば、こちらとてその姿を遠慮なくじろじろ見た。

 

 金色の瞳の中の黒い瞳孔が目立つ。白い肌に黒い着物と金の帯。恐ろしいほどに整った顔立ち。

 

 

 ──なんと冷ややかで殺伐とした気配の男じゃ‥‥‥

 

 

「お前は黄金の鯉に害をなした」

 

 男のこの一言で、那津の脳裏に井戸に飛び込んだ時の出来事が一瞬でよみがえ った。

 

「なにっ? 馬鹿を申すな! 害をなされたのは妾のほうじゃ!! 妾は黄金の鯉と取引しようと井戸に降りただけなのに、あの馬鹿な鯉が妾の話も聞かんで暴れて、ばかでかいなまず のような口で妾を食らったのじゃ!」

 

 那津は憤慨して思いっきり言い返した。

 

「な、な、鯰だと! 美しい黄金の鯉に向かって何を言う! お前が鯉の背中に不意打ちで一撃を食らわせたのであろう!! そんな相手が取引とは‥‥‥片腹痛い」

 

 男は美しい顔をゲスに歪ませた。



 ──なんと憎々しい振る舞いじゃ! 

 

 那津も負けてはいられない。

 

「妾は釣瓶につかまって井戸に降りただけじゃ! もしかしたらほんのちょっとばかりぶつかってしまったかもしれないが、それしきのこと、大の大人の男子がなんと大袈裟に騒ぎおることよ?」

 

「‥‥‥ほんのちょっとばかりだと? このぐるぐるサラシを巻かれた痛々しい体を見るがよい。私はあの時の黄金の鯉だ!」 

 

「ふんっ、そんなことは最初からお見通しじゃ! お子様相手にむきになりおって恥ずかしいやつめ!」

 

 

 普段は子ども扱いされると不機嫌な那津だったが、都合により子どもになったりする。

 那津は、自分には大人も子どもも両方が混在しているのを自覚して、上手いこと使い分ける。

 

 

「子どもとな? 子どもならば少しはかわいげもあろうものを‥‥‥なんと口の悪い娘」 


「はん? お前こそいきなり無礼であろう! 名乗る前から暴言をぶつけて来るとは、大人のくせに礼節を知らぬのか?」

  

 那津は顎を上げ、ジト目で応戦だ。щ(゜▽゜щ) ホラ、コイヤ

 

 

「おぅ? なんと、憎たらしきその態度!」 Σ(`Д´ )

 

「xxxxxxxxxx!」(#・∀・)

 

「xxxxxxxxxx!!」(っ`Д´)っ・:∴

 


 ヽ(д`ヽ彡ノ´д)ノ ソーレソーレ  ← あお る作者の俺

 

   


 

  

 二人は、はぁはぁゼイゼイ息を切らししながら、しばらく言い合いを続けた。

 

 

「くぅっっ‥‥‥前から思うておったのじゃ。鯉はほんに何を考えておるのか謎な生き物だとなっ!」

 

「だろうな、その がさつさなれば、繊細で美しい鯉のことなど理解出来まい!」

 

 

 

「これこれ、落ち着きなさい。二人とも!」

 

 延々と続く低俗な言い合いを止める男の声がした。   

 

 いつの間にかひとり増えていた。

 

 

「父上!」

 

 七瀬がひざまずいた。

 

 そこには七瀬が年を取るといかにもこうなるであろうと思われる美しい中年男がいた。

 

「私は成瀬なるせと申す。まず那津が話せ。そなたは七瀬と取引したかったのだな? なのに、なぜに七瀬に怪我を負わせるのだ?」

 

「‥‥‥伝承によると、黄金の鯉は報酬を払えば誰とでも取引に応じるのだろう? 妾はあの黄金の鯉の鱗伝承は他の昔語りとは違うと感じておったのじゃ。だから妾は釣瓶つるべ につかまって井戸の中に降りて話をしに行っただけのこと。それをこの大人げない鯉が、妾のような小さな子どもが来ただけで怯えて暴れたのじゃ。肝が小さいのう? 七瀬とやらは」

 

「なっ‥‥‥」

 

 七瀬が言いかけたところで成瀬が押さえた。 

 

「待て、七瀬。らちがあかん。‥‥‥七瀬よ、那津が釣瓶につかまって飛び降りてお前の背中にぶつかったのだろう。井戸の中は狭い。悪気は無かったのだ。今回はもう赦してやるがよい」

 

「父上、あのような狭き井戸の中に釣瓶と共に急に飛び降りて来たら誰とて避けられませぬ。これはわざと害を為したと同じこと」

 

「なんと? お前は魚なのだろう? だったらぶつかる前に深く潜って避ければ良いだけのこと。鈍い奴よのう‥‥‥」

 

 

 那津と七瀬の視線がバチバチぶつかり合う。

 

 

「‥‥‥那津はお前に飲み込まれて死んだのだ。もう罰は受けておる。しかも特殊な死を。もう赦せ。いつまでも絡むでない」

 

「はい‥‥父上」  

 

 七瀬は、父親の諭す言葉に神妙にひざまず いた。 

 

 

 一方、那津は成瀬の言葉が全く飲み込めずにいる。

 

 

「はぁ? 妾が死んだとは?」

 

「那津は気づいてなかったのか? お前こそ鈍い奴ではないか?」

 

 ここぞとばかり、七瀬が返した。

 

「なにっ!」

 

「那津、お前はもう死んだ。ここは人が言う所の黄泉の国だ。賽の河原くらい知っているだろう?」  

 

 

 七瀬の冷淡な声が那津の耳に響いた。

 

 

「ここが‥‥‥賽の河原とな?」

 

 

 那津は、もの寂しげな殺風景な景色をぐるりと一周見回した。

 

 全く見たことのない景色。

 

 この河原は見た限りどこまでも広がっている。向こうが見えないくらいに。川上の遥か彼方には峻険な山が小さく見えた。川下の方は遠くもやがかかってかす んでいる。

 

   

「‥‥‥うっ‥‥‥ううっ‥‥‥びえーーーん!」

 

 那津の目に、涙がにじみ出た。

 

「父上ー! 母上ー! 蓮津ー! お恵に菊乃! びぇーーーんっ! どこにいるのじゃー! 早く迎えにこんかー!!」

 

 

 七瀬は、実は、那津があまりにも口が達者なので、打てば響く言葉の応酬を楽しんでいた。

 人目もはばか らず泣きわめ く、まだ大人とは言えぬ那津に、言い過ぎたことを悟った。

 

 

「‥‥‥すまぬ、那津。お前があまりに口達者だから、売り言葉に買い言葉。つい‥‥言い過ぎた‥‥‥」

 

 普段は謝ることなどあり得ない七瀬だったが、今回は違ったようだ。

 

 そんな七瀬を、面白きものを見たもんだとまじまじ見る成瀬だった。

 

「息子よ。しばらくぶりに顔を見せたと思ったら、このような娘と口喧嘩とは。ふふふ。珍しきことよ。いつもなら気に入らねば、即‥‥‥‥」

 

 

 だんだん大きくなって来た那津の泣き声が成瀬の言葉をかき消した。 

 

 

「びえーーーんっ、蓮津に会いたいのじゃ‥‥‥ずずずっ、どちらでもいいから、妾に懐紙をくれんかの? びえーんえーん‥‥‥おう、ありがたき」 

 

 七瀬が無言で差し出した懐紙を受け取り、ちーんと鼻をかんだ。

 

「ずずず‥‥‥うわーん蓮津とまだまだ遊ぶのじゃー、菊乃ー菓子を持‥‥‥‥‥そうじゃった、利発と評判の妾がうっかりしていたわ」


 

 急に泣き止み、けろっと通常に戻った那津に七瀬と成瀬は顔を見合わせた。

 

「‥‥‥と、いうことは、ここに横たわっているのはそっくりさんではない。妾ということではないか!」 

 


「まあ、そうだな。那津の脱け殻だ」

 

 七瀬が、さらっと言ってのける。

 

 

「ならば! あれが!」 

 

 

 那津は横たわった自分の体の懐に手を入れ、油紙で慎重にくるまれた包みを取り出した。

 

 那津は不審な面持ちをした。

 

「‥‥何故じゃ? 何故温かい? 死んだ妾の体がなぜ温いのじゃ?」

 

 自分の脱け殻の首筋に手を当てたまま、二人を見上げた。

 

「おお、そうであった。その事を話してやらんとな。那津はまだ何も知らんのだから。私から話そう。また二人の口喧嘩が始まってはかなわぬからな。はっはっは」

 

 

 成瀬は七瀬と違って温厚な鯉のように思えた。

 

 

「私にもこれは不思議なのだが‥‥‥まあこの黄泉の世界ではそんなこともあるのだろう。我々とてすべての摂理を知るわけではないからな。ふとした弾みだろう」

 

「はい、父上。なんの作用が働いたのかは私にも漠々(ばくばく) としておりますれば‥‥‥」

 

 七瀬が神妙な顔を見せている。 

 

 

「那津、そなたの体は生きている。そして不老を得たようなのだ」 


  


 

 

 

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