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推察と誤謬(ごびゅう)

 眼下の樹海を雲の陰がゆっくり通り過ぎて行くのが見える。


 今日もよい天気で朝日が眩しい。爽やかな暑い一日になりそうだった。



 キザシはまだ寝ていたが、那津はもう起き出していた。


 目覚めた時、自分に翼のふとんがかかっていたのには驚いた。



 ──優しいのじゃな。そなたは実は妾の従者ではなかったというのに。



 那津は、キザシは城に仕えることになった新しき家臣だと思い込んでいたが、今は違う。



 那津はキザシを起こさぬように、自分を包む翼から、そっと抜け出したのだった。


 その寝姿を見て那津は思う。



 ──体が人で腕が翼とは。やはり疑う余地も無い。ここは霊界なのじゃ。


 それにしても‥‥‥なぜ、妾はキザシといるのじゃろう? 



 今の状況は、那津にはとても奇妙に思える。



 ──家臣でないのならなぜ妾の世話を? なぜ、見も知らぬ霊鳥大鷲が、妾にこんなに親切なのじゃろう? 



 那津は昨日のことを思い出してみる。


 蓮津とキザシが何を話していたのか覚えてはいないのだが、蓮津がキザシに那津を託したのは間違いがなかった。


 蓮津はキザシと気安い間柄のように見えていたし、親しいのは間違いない。


 ならば、右も左もわからぬ那津は、キザシを頼るのが賢明だ。


 実際、キザシは男気の威勢のいい若者で、粗っぽい言葉使いながら親切で、一緒にいても気を使って苦になることもなく、楽しく過ごせている。


 姫に対する礼儀作法は全くなってはいなかったが、自身がお(きゃん)な那津には気になることでも無かった。



 ──どうしてもの時は蓮津に相談すればよいのじゃ。


 妾は記憶が定かではない上に、この先どうすれば良いのかもわからずにいる。


 先ずは、我が置かれた状況と、この霊界のことを知らねば話になるまいな。



 那津はこれからの方針が決まると、することもない。


 枝と羽根で作られたこの家の中には何もない。



 自然とキザシの寝顔に目が行く。



 ──精悍な男前じゃな‥‥‥


 もしかして!


 キザシは蓮津に雇われて妾の世話を?


 蓮津はあの小さき民家に住んでいるらしい。ならば、妾を共に。


 されど、あの民家に蓮津が妾を留め置かなかった訳は‥‥‥


 う~ん、妾がお邪魔虫ということか‥‥‥?


 蓮津と睦まじき姿をさらしていた金色の瞳の男。


 蓮津は厳しきお蘭の方様から解放されて、町娘のように色男と逢瀬とな?

 事実なら、なんと悲しきかな。うううっ(T_T)



 那津は知る限りの情報を寄せ集めて、ごちゃごちゃ考えてみたが、確信出来るような事実を導き出すことは叶わなかった。



「ふぁ~‥‥‥あ? あれ? もう起きてたのかよ? おはよ、那津」



 翼の形が歪んだと思ったら、伸びをするその翼は、もう人の腕に変わっていた。


「おはよう! キザシ。妾はゆっくり休めたのじゃ。礼を言うのじゃ」


「礼なんていらねーよ‥‥‥ふぁ~‥‥‥」


 キザシはあくびをしながら起き上がった。



「キザシよ、やはり妾は死んでいるのじゃ」


「お? 芯から納得したのかよ?」



 キザシの顔には、『それ見たことか』と書いてあるようだった。


「くぅ~‥‥‥憎たらしいのう。その顔は」


「だってさ‥‥‥ゴメン」


 ほんの少しでも元の那津に近づいて欲しいとキザシは願っていた。



「妾は昨日から全く腹が空かぬし、御不浄さえ不要じゃ。それなのにこんなに元気じゃ。これいかに!」


「だな。だが俺は生きてるから腹が減るんだ。昨日は飯どころじゃ無かったし、今日は飯食いにいかねーと腹ペコだ!」


「おかしな世界よの。死んだ妾と生きたキザシがこうして何の支障も無く同様に過ごしているなど」


「人間は肉体と魂は別物だろ? 俺らはな、この肉体が魂そのものなのさ。ここは霊力が全てを(かたど)った世界。だから変化(へんげ)出来る。だからここでは霊力を多く持つ者が強い。簡単だろ? ここは魂の世界だ。だからって勿論現世との相互性は多少はあるぜ? 現世にだって幽霊はいただろ? 霊界(こっち)に生きた人間だっている」


「ほお~! キザシは物知りよのう。妾は少しずつ習ってゆくでのう、よろしゅうお願いするのじゃ。での、キザシは何を食べるのじゃ? どこへ食事に行くのじゃ? 妾も行きたいのじゃ! 見識を広げるためじゃ! いいじゃろう?」



 好奇心に溢れた那津は、座っているキザシの肩を後ろから掴んで、ぴょんぴょん跳ねる。



「落ち着け、那津。そうだな、今日はいい天気だからこの下の泉で水浴びしてから霊樹の実を取りにいこうぜ」


「わーい。どこにでもついて行くのじゃ! 未知の世界となればわくわくじゃ! キザシという術使いの案内付きとは、なんという幸運じゃ! 蓮津は人を選ぶ感覚がよいことよなぁ。妾と相性も良きキザシを霊界学の師範につけてくれたとは」


「‥‥‥はん?」



 ──なんか那津は誤解してるような。‥‥‥ま、いいか。那津がここにいることを納得してくれんなら。



「いいか、ここは俺にだって未知の霊界生物だって平気で出て来るし、しょーもないことして脅してくる悪タレ妖怪とか、しつこくつきまとうめんどくせぇ霊とかいる世界だ。弱い人霊は狙われ易いからな。絶対俺から離れたらダメだからな!」


「わかったのじゃ。早く行くのじゃ! 妾はキザシが起きるまで退屈しておったのじゃ!」





 キザシは大鷲に戻ると那津を乗せて飛び降りる。


 風に乗って円を描き滑空しながら樹海に降りて行く。



 巣と連なった崖の向こうの割れ目から湧き水がチョロチョロ流れ落ちていて、その下には小さな滝から出来た美しい泉があった。



 そこは思い出の場所。



 那津と過ごした、あの眩しい日の思い出の。




 ──那津、思い出せ! 俺たちの軌跡を‥‥‥






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