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直情

 ──この人がキザシのアニキの嫁!


 ミツケは、眠る那津をいとおしむキザシの姿を、蓮津の肩から見つめていた。


 ──良かったな、キザシ。これで嫁の目が覚めたらオレの仕事は終わりだ。



 ふと、外から、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「ぴーちくちくぴーぴろろろろぴーちくちくッ!」


(ミツケ、すげーじゃんか! 大鷲と知り合いなんてかっけー!! どういうことだよ? なあ、オレを大鷲に紹介してくれよッ!)


 外でモズ友が興奮し、えらい早口でミツケを呼んでいる。


「ぴぴぃ、ぴぴぴ?」(今っ? 後でいいっしょ?)


「ぎっ! ぎっぎっぎ!」(すぐ来ないともう協力してやんないもんね!)



 ──ちっ!



「蓮津、オレちょっと蜜を食べて来るぴー。すぐ戻るぴ」


「こちらは大丈夫ですわ。ゆっくり召し上がって来ていいのよ、ミツケさん。気をつけていってらっしゃいませ」



 蓮津がこの後で忘却の薬を飲まされてそうになっている事をミツケは知らない。


 それを知ったミツケが七瀬に食ってかかり、再び金糸に巻かれるのは避けたい所だったので、蓮津としては都合が良かった。


 何も知らないミツケは、蓮津を置いて飛び立った。





「キザシ、おまえはここから動くな」


 七瀬は、那津の姿を前にして高ぶるキザシに見切りをつけ、開け放たれた戸口近くにいた蓮津に向き直る。


「さあ、次はお前の番。本心を見せるのだ。蓮津!」


 呼ばれた声にビクッとした刹那、七瀬と目が合った。


 いよいよ索の思い出を消されてしまうこの先に青ざめた。


「来い!」



 蓮津は(いおり)の裏側に連れて行かれた。


 嫉妬深い七瀬を思いとどませられる良い方法など、全く思い付いてはいない。展開が急過ぎる。



 ──どうしましょう‥‥‥このままでは、私の短き生涯の中で唯一の心の支えとなっていた思い出さえも消えてしまう。




「きゃっ!」


 蓮津は、息がかかりそうなくらい目の前まで迫っている七瀬にたじろいだ。


 七瀬は、壁に両手をついて蓮津を閉じ込めていた。


 蓮津は突然のことに狼狽してしまう。


「あの‥‥‥七瀬様?」


 真正面から、真剣な顔で七瀬が問いかけて来た。


「蓮津、お前の一番愛する男は誰だ?」


 いきなりそのような事を問われて蓮津は面食らう。


「‥‥‥それは、七瀬様ですわ」


 顔を横に背けながら答えた。膝が震える。


「お前はその美しい顔で男を惑わせ、手練手管で本心を隠す。だが私には無駄なこと。私はおまえの魂胆などお見通しだということを知れ」


「‥‥‥‥」


「蓮津、私が欲しいのは偽ったお前ではない。お前は私から那津を奪うためだけに私のものとなり身を任せたのか?」


「七瀬様は‥‥そんな風にわたくしのことを?」



 それは事実ではあるが、それだけが全てでは無かったというのに。


 七瀬の言葉に傷つき、蓮津の目の回りにじわじわと紅が差し、涙が滲む。



「私が欲しいのは素の蓮津だ。おまえは私に本心で話せ。私はお前の心全てが欲しいのだ」


「七瀬様‥‥‥」


 七瀬は蓮津にひざまずいて蓮津の左手を取る。


「無理矢理ではなく自ら薬を飲んで欲しい。そしてすべて私のものになってくれ」


 七瀬は、蓮津の心を真に得るために強引さはひとまず控えている。


 蓮津が索のことを忘れたとしても、七瀬から薬を無理矢理飲まされ、誰かの記憶を消された不信感は蓮津に残ってしまうのだから。


 先ほどのミツケのぐるぐる巻きの件で学んでいる。飼い鳥より優しくされない夫、というのは大変面白くない。




 ──私が欲しいのは素の蓮津だ。おまえは私に本心で話せ。私はお前の心全てが欲しいのだ──



 蓮津は、今まで数多くの求婚を受けて来たが、それは向こうから寄せられる一方的な書面上だけのことで、このように本人から直に自分を求められたことは初めてだった。


 そしてその目の前の七瀬は誰よりも美しかった。


 その金色の瞳、眉目秀麗な容貌。向けられた甘美な愛の言葉。


 その事実は、蓮津の乙女心に突き刺さった。



 夕べの艶事を思い出し、ハッと赤面する。




 ──あの時は崖から飛び下りるような気持ちしかなかったのですが‥‥‥


 わたくし、昨夜はこの方と‥‥‥


 どうしたことでしょう? 胸がときめく。頭が‥‥‥ふわふわします。



 七瀬は真っ直ぐに蓮津を見ている。その七瀬を、蓮津はチラリと見てすぐに反らした。



 ──わたくし、この七瀬様のお心に答えて差し上げたいのです‥‥‥



「‥‥‥七瀬様? 七瀬様は何かわたくしのことを誤解しておりますわ」


 (ひざまず)く七瀬に左手を取られ、蓮津は七瀬を見下ろし頬を赤らめている。



「何を、だ?」


「確かにわたくしは無駄に涙を流し、作った仕草で惑わせようと致しました。ですが、信じて下さいませ。わたくしは今まで七瀬様に偽りは一切言っておりませんわ。夕べわたくしは七瀬様の抱える寂しさを知り、お側にいて慰めて差し上げたいと思ったのは本心なのです。ですから‥‥‥昨夜も初めてお会いしたあなた様との所為に耐えられたのですわ‥‥‥」


「お前は他に思う男がいるのであろう。私はそれが許せないのだ!」


「七瀬様がそのようなことを気になさる必要はありませんわ。それはわたくしが七瀬様に恋をする以前の出来事。たった今、わたくしの想い人は七瀬様になったようなのです」


 蓮津は恥じらいつつも今の正直な心を七瀬に告げた。


「わたくし、七瀬様がこのように本気でわたくしの事を愛してくださるなんて思いもしませんでしたわ‥‥‥。ただ、新しき者が現れたゆえのお戯れだとばかり。だから‥‥わたくし‥‥とても幸せなのです。ですから薬を飲ませてわたくしの心を変えようとするのはお止めくださいませ。その必要も無いのです。七瀬様が欲してくださったこのままの蓮津でいたいのです。どうかわたくしの思いを変えないでくださいな‥‥‥」



 七瀬は立ち上がり、蓮津の右頬に触れた。


「私を偽り裏切れば私はお前の魂を殺す。私はそういう男だ」


 七瀬は冷酷なことを言いながらも、蓮津の頬に這わすその指先は優しい。


「七瀬様ほどわたくしを強く求めて下さるお方はおりませんもの。まさかでした‥‥‥わたくし、死んでから幸せを感じるなんて。おかしいですわね?」


 蓮津は赤みが差し涙がにじむ瞳のまま、小さな笑みをもらした。


「蓮津‥‥‥」



 七瀬は蓮津を抱きしめた。







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