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妬心と反感

 約束の場所で、七瀬と蓮津、ミツケは待った。


 しばらく待っていたが、キザシの姿は無い。



「私を警戒しているのだろう」


「キザシー! 出てくるぴっ、迎えに来たぴ~!」


 ミツケの高い声は遠くまで響き渡った。



 不意に周囲に陰が走った。上空に、大きな鳥が旋回していた。


「キザシが来たぴっ!」


 ミツケが蓮津の懐から抜け出し、飛び立った。


「キザシ~!」


 ミツケは、空高く翼を広げたまま、大きく旋回しているキザシの所まで頑張って飛んだ。


 風圧に耐えながら気張ってってキザシの頭にしがみつく。


「よおっ! ミツケ、無事だったな! 蓮津も」


「無事じゃないって! 伝言送ったっしょ? 那津は印を外されたけどこんどは蓮津だぞ!」


 空の上なら七瀬に聞かれず話せる。


「蓮津はどうしてそんなことに! これじゃ那津が戻ったとしても!」


「いきさつは不明。オレ、着いてすぐこの辺の鳥にあれこれ情報聞いて回ってたら気のいいモズがいてさ、すっかり話し込んじゃってる内に、嵐がひどくなって、一晩木のうろに避難してた。んで、明るくなってから庵に戻ったらさ、なんと蓮津に七瀬の印が付いてた! あいつ、きっとオレの蓮津に一目惚れしやがったんだ! クソ七瀬め!」


「ミツケ。オマエ、蓮津を相当気に入ってんな。‥‥‥てか、蓮津がそんなことになるなんて。それもなんとかしねーとな。で、あいつ、また汚ねぇ卑怯な仕掛けして待ってねーだろうな?


「七瀬は大丈夫、ここでの怪しい動きは無いよ。気づいたら下にいるモズ友が教えてくれる。日雇いで見張り頼んだんだ。へっへ、鳥のさえずりはさえずり。オレらがピーピー話してたって(オレら)以外にはわかんないし」


「さすがミツケ。じゃあ、降りるとすっか」



 上空を旋回していたキザシは急下降し、バサバサ羽ばたきの音と共に突風で砂ぼこりを巻き上げ着地した。


 七瀬と蓮津が強風で煽られ、顔をしかめよろめく。



「待たせたな!」



 着地したキザシの頭からミツケは蓮津の肩に移った。



「‥‥‥大鷲、よくぞ来た。‥‥‥そんなにでかくては話づらい。人形(ひとがた)になれ。私は何もしない」


「‥‥‥そう言われても、話し合いの席で不意討ちして来るヤツなんてマジ信用ならねーけどな」


「ふふ‥‥最初からずいぶん絡んで来ることだ」



 キザシが七瀬を無視し、後ろにいる蓮津を痛々しげに見た。


「なあ、蓮津、なんで七瀬なんかと‥‥‥」


「ええ、キザシ様。わたくしのことは‥‥‥。那津様の七瀬様による印は外れましたわ。今、那津様は眠りの中。後は催眠を解かれ目覚めれば、キザシ様の下へ帰れましょう」


 自分のことよりも、一刻も早くここから那津を戻して差し上げることが蓮津の優先事項だった。


 しかし、七瀬が那津の目を覚ます条件として蓮津に突きつけて来たものは非情なことだった。


 蓮津としては忘却の秘薬を飲むことは避けたい。七瀬の考えを変える手立ては無いか、あれからずっと考えていた。



 金糸で縛られたミツケの世話をしながら七瀬を伺っていると、こちらを意識しているのがわかった。七瀬のミツケへの態度といい、明らかに、ミツケに嫉妬していた。


 ──心の中まで全てあなた様で埋め尽くせなどと無茶を言う。連れの小鳥を気にするほどの嫉妬深さ。


 わたくしの心を変えるのではなく、七瀬様が変わるべきですわ。



 

 向こうから、心配顔でこちらを見ているキザシ。


「キザシ様、もう少しですわ‥‥‥那津様が目覚めるまで。もう少し‥‥‥」


 後少しで那津を取り戻せるというのに、キザシの表情は苦り切っている。


「一体どうして急にこうなった? 蓮津が身代わりになったからなのかっ!」


「‥‥‥事情は後ほど。まずは庵に戻って早く那津様を起こして差し上げましょう」


「‥‥‥‥‥わかった」




 **********




 庵に戻ると七瀬はすぐさま事を進めようとした。


 入口入ってすぐに広がる土間に、三人とも立ったままだというのに。



「キザシ、薬を寄越せ」


 七瀬が居丈高にキザシの前に立つ。


 間近で向かい合う二人。


 キザシの俊敏そうな筋肉をまとった美しい体格を七瀬は密かに妬み、キザシは七瀬の整い過ぎた顔と容姿に反感を持つ。


 二人の間に火花が散る。



「‥‥お前、本当に那津を返すんだろうな? 那津はどこだ!」


 キザシは七瀬を切れ長の鋭い目で睨んだ。


「疑り深い男よ‥‥‥」


「那津をこの目で見るまで渡すわけねーだろっ!」


 薬の包みを高く上に放り投げ、落ちて来た所を、七瀬の目の前でさっと横から掴んでみせた。


 七瀬はこれ見よがしに、呆れたようにため息をついた。


 黙ったまま高床の座敷の上がり口に眠る那津を出した。



「那津!!」


 キザシが ガッと駆け寄った。肩を揺するが反応は無い。



「眠っているだけだ。前世の続きの夢を見ながら‥‥‥さあ薬を寄越せ」


 キザシは薬効最仙人から受け取った包みを投げるように渡すと、眠る那津を抱き締めた。



「お前、早く那津を起こせ! 那津に何かしてお前が眠らせたんだろう!」


 キザシが七瀬を睨んだ。


「少し待て。順序を踏まねば上手く行くものも行かなくなる。私はまず準備をせねば」


「ちっ、早く済ませろよ! 俺はここで那津を見てる」



 眠る那津を抱き締めるキザシの涙が那津の顔に落ちた。


 那津はそのままあどけない顔でスースー眠っている。キザシは那津のほほをそっと触った。



「キザシ、おまえはここから動くな」


 七瀬の言葉など、もはや聞こえてはいない様子のキザシ。


 キザシのことは放って蓮津に振り返った。




「さあ、次はお前の番。本心を見せるのだ。蓮津!」








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