蓮津の決意
依頼主は那津の姉で、探していたのは那津だった!
「わたくし、那津様が死者の道を進んだのかどうか知るために、門番にわたくしの錦の着物をお渡しして、そのかわりに調べて頂いたのです。結果、那津様は死者の道の門は通っておりませんでした。未だ成仏への道へは行ってはいないのですわ。ですから那津様は黄金の鯉に飲み込まれた故、きっと彼らの住む三途の川、賽の河原のどこかにいるのではと考えました」
「‥‥‥まあ、そんなところじゃね?」
キザシは、那津に会えると期待している蓮津に何と言えばいいのか言いあぐねていた。
「こちらの宿にお世話になりながら、知ったのです。霊界では、飛脚が手紙を運ぶがごときに霊鳥の小鳥さんが伝言を届けてくださるとか。最初は宿を通して霊鳥メジロミツケさんにお願いしたのです。しかしミツケさんは、自分の仕事は人探しには向かないとおっしゃって、キザシ様を差し向けて下さったのです。わたくしは、キザシ様に那津様への伝言をお願いしようと思ったのです」
蓮津は、もしすぐに那津に会わせて貰えるのなら、お礼としてキザシの信書羽、『必着の伝言』の代金の分の錦を、全額先渡ししてもいいとまで言う。
キザシは蓮津に那津の事をどう話せば良いのか迷う。
曇った顔つきのまま黙り込んでいるキザシ。
いきなり那津に会わせてくれ、と言われても会いたいのはこっちの方だった。
キザシは既に何回も那津に信書羽を送っていたが、返信は なしのつぶて。行方知れずのままだった。
「どうか、どうか那津様に蓮津が会いに来たことをお伝え下さいませ」
「‥‥‥ああ、あんたのことは那津から聞いた事がある。蓮津さん、あんたどっかの権力者ってのと結婚したんだろ? そいつがこの人か?」
「これは申し遅れた。某は名波索と申す。その権力者ではない」
「ふ~ん、色かよ? あんたも死んだってことは‥‥‥まさか‥‥‥あんたら心中でもしたのかよ? まあ、人様のことはそっとしとくわ。黙っとけや。で、俺はキザシ。霊鳥大鷲だ」
その侍は、キザシの下世話な勘繰りに困惑している。
「あの‥‥‥何か色々想像されてるようだが‥‥‥」
「あん? いいから、黙っとけ! 俺はそんなの聞くほど野暮じゃねえって! でな、悪いがあんたらに那津は会わせられねぇ。俺だって会えねぇんだからな」
「えっ? 会えないって‥‥‥? どういうことですの?」
蓮津の口調に咎めが込められているのを感じたキザシは、これにてとにかくすべてを話す決心をした。
「‥‥‥これ、話すとすっげー長くなっちまうけど、いいのかよ? 聞くか? あんたら」
「もちろんですわ。ね、索」
蓮津の真剣な顔に、索はうむ、と頷いた。
キザシは、那津と七瀬の因縁のこと、那津の不老の体と死した魂のこと、那津は七瀬に婚約印と結婚印をつけられたこと。その後自分と結婚の印を交わし合ったこと、話せる限りのことを二人に聞かせた。
話を聞き終わった蓮津は、元はと言えば、わたくしが至らなくてこの事態を招いたのです‥‥とまた涙した。
「‥‥‥那津様は、わたくしのために‥‥‥井戸に飛び込み亡くなったのですね‥‥‥わたくしの心が弱かったせいで」
蓮津は涙を流しつつもあくまで気丈でいようとした。那津の行方知れずを聞いた今、感情に流されている時では無かった。
「その七瀬様、という男が那津様を飲み込んだ黄金の鯉で、あなたから那津様を奪い隠した。そして今、鯉の里の結界内で那津様の気配を感じることが出来無い‥‥とおっしゃるのですね?」
「ああ、でもあいつが那津を手放す訳が無い。あいつは胸鰭の後ろに鰭袋っていう不思議な空間を持ってる。ヨロズ袋みたいに大きい物も人も飲み込めるらしい。そいつを使って現世への使いもしているらしい。那津はそこに自分の部屋があって休む時入っていたみたいだ。だから俺、那津は七瀬の鰭袋にずっと閉じ込められている可能性が高いと思うんだ。だけど‥‥‥」
キザシは苦悩を滲ませ言った。
「俺は結界内に入れ無ぇし、それに‥‥‥あの金糸の技はやはり厄介だ‥‥‥今は何も良い手が思いつかねぇ‥‥。那津は俺のせいで今も辛い思いを‥‥くっ!」
キザシは手を固く握りしめた。
蓮津は目を閉じて暫く思案していた末、キザシに言った。
「わたくし‥‥少し考えることが出来ました。あの‥‥こんな夜更けになってしまいましたもの。今日はキザシ様もここにお泊まりになって下さいな。わたくしがもう一部屋お部屋の差配をお願いしてみますわ」
索をちらりと見てからキザシに言った。
「いや、宿屋の主人には某が頼んでこよう。キザシ殿はここにてしばしお待ち下さい」
索が部屋から遠ざかる足音が聞こえた。
しばし沈黙していた蓮津は、憚りがちな様子で、キザシに言った。
「キザシ様。明日、わたくしの話を聞いて頂きたいのです。那津様のことで」
*************
結局キザシは索の用意した同じ宿屋の最上特別室である離れに泊まった。
「ふぁ~ぁ‥‥‥たまには宿屋もいいもんだな。風呂もあったし布団で寝るのも久しぶりだったしな。‥‥‥那津がいたら‥‥‥喜んだだろうな」
次の日の朝、キザシは蓮津たちがいる本宿の睡蓮の間に向かった。
キザシは本宿の廊下の向こうから来る番頭に声をかけた。
「よお! おはようさん! 離れはなかなかいい部屋だったぜ」
「ややや、おはようございます。まさかこの兄さんがこんな上客だったとはね!」
ウハウハの笑顔を向けられた。
「‥‥ったくさぁー。あいつの言い方はいっちいち気に触るよなー」
ぶつぶついいながら階段を上がる。
「なんだか騒がしいな?」
どうやら騒がしいのは睡蓮の間からのようだ。
「来たぜ。キザシだ」
今度は戸を開ける前に声をかけ、返事が来るのを待つ。
何度か声をかけたが返事が無い。
「おい、入るぜ?」
しびれを切らし、戸を開けた。
「おいおい、朝っぱらから痴話喧嘩かよ?」
キザシが部屋に入ると、二人は向き合って座っていて、索が懸命に何か蓮津に何か訴えている。蓮津はそんな索から目を反らし、よそを向いている。
だがキザシの姿が見えると二人ともに、ハッと止まって静まった。
索が必死で動揺を抑えているのが分かる。
蓮津がキザシに向き直って昨日同様、非の打ち所のない美しいお辞儀を見せた。
キザシは蓮津の前にあぐらで座る。
「キザシ様、お待ちしておりました。わたくし、キザシ様にお願いがございます」
「‥‥‥言ってみろ」
「わたくしはこちらに来る時、わたくしの着物や小物類など、現世よりたくさん持たされて旅立ったのです。それらはこのこちらで手に入れたこの不思議なヨロズ袋に入れてあります」
そう言って蓮津は着物の襟元から、小さな袋を取り出した。
「これを差し上げますわ。そのかわりに‥‥‥わたくしを鯉の結界まで連れて行って欲しいのです。わたくし、その那津様を拐ったという七瀬様の所に行って、その鰭袋の中を調べて来ますわ」
「な、何だって!」
キザシには全く予想外の展開だった。




