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キザシの想い

この回はいつもより長くなってしまいました m(_ _)m

 那津に俺の婚約印の首飾りを贈ったあの日から、ずいぶん経った。


 

 俺はあの日、那津を鯉の里へ送り届けた後、俺にはやるべき事がある、と気づいた。

 

 

 それは、あいつらの始末。

 

 

 俺の那津に無礼を働いた、残りの大猿二匹を殺っておいた。

 

 

 いっぺんに二匹も殺っても腐っちまうと思ったが、これはお仕置きだから仕方ない。

 

 食べきれない分は、ほっとけば誰かが勝手に食うだろうってことで。

 

 

 案の定、次の日には骨と毛皮が残っているだけとなった。

 

 

 これで古代樹は平和になったってもんだ。それからというもの、ちっこい霊鳥たちや小動物たちが次第に木に戻って来た。

 

 俺は小さいやつらはどうでもいいし、デカい霊獣が来たら狩るから、こいつらには安全で丁度いいらしい。

 

 

 その中で、ちっこい癖に霊力も強い一羽の霊鳥メジロと知り合った。こいつは中々見込みのあるヤツだ。かわいらしい外見とは裏腹に度胸はいい。調子もいいけど。

 

 俺に話しかけて来る小鳥なんて、後にも先にもこいつだけだ。

 

 


 

 俺は俺がやるべきことはとうに済ませちまったし、後は 那津が再び鯉の里の結界の外に出て来るのをひたすら待ち続けた。


 俺が運命的の相手那津は、金鯉の男に無理やり婚約者にされて逃げたがっていた。あの強大な霊力を誇る一族の一人。


 

 俺にはあの鯉の里の結界の壁は越えられねぇ。

 

 あの結界は霊力が強い者ほどはねつける特殊な結び。あいつら、こしゃくな結界術を使いやがる。


 

 ならばと俺は、俺の婚約印の首飾りを着けた那津がどこにいるのか一日に何回も確かめていた。

 

 俺の霊力を込めた首飾りの位置は、目を閉じ集中すると頭の中に浮かんで来る。

 

 

 

 秋の入り口の気配が漂い始め、俺が次第にイラつき始めた頃、やっと待ちに待った時が訪れた。

 

 


 ──那津が鯉の結界から出ている! ふふん。那津が結界から出さえすれば、もうこっちのもんだぜ?

 

 

 

 俺は即、那津を追った。

 

 


 ──あの芦原辺りにいるみてぇだ。

 

 あの辺は確か‥‥‥かっぱがハゼを狩りによく集まっているところだな。

 

 マズい。かっぱは意外と獰猛だ。現世に出張っては水辺で人間をからかって溺れ死なせたり、好色にも人の娘をかっさらったりしているって噂。


 あいつらは力では俺の相手では全くないが、那津のような無防備な小娘を見つけたら、川に引きずり込んだり、面白半分にいたぶるかも知れない。そんで‥‥‥

 

 

 俺の翼で至急特急、急行だ!

 


 俺が本気を出せばひとっ飛びで芦原の川岸に着く。

 

 

 

 ──どこだ‥‥‥?

 

 

 上空から那津の姿は見えない。この辺にいるはずなのに。ちっこいから葦で埋もれて見えないのか? 

 

 

 ──あれ? あれは、前兆ぜんちょう白大狐の親子だ。未来の吉凶を予言するっていう。


 九つの尾をもつ大狐の親子が葦原に分け入ってる。何でこんな水辺にあいつらが? 方向からして戻るところのようだ。


 大狐が人間の霊に興味があるとは思えないけど、まさかここにいるって、那津に関係あるわけじゃないよな? 


 上から見てる分には特に怪しい素振りはない。

 


 上空を円を描いて飛びながら葦原をよーく見てみると、捕獲用のオリが芦原の中に転がっているのが見えた。

 

 中に何かいる。

 

 警戒しながら近くに降りて見た。

 

 

 ──見つけた!

 

 

 中で那津が丸くなっていた。今度は何やってんだよ? 本当に危なっかしい小娘だよな。

 

 

 やっと再会出来た那津に、面白くも無いごとを言われて、ちょい腹は立ったが、俺の不機嫌を見て慌てた顔がかわいいから今回だけは許す。

 

 

 那津を檻から解放し、このような事態に陥ったいきさつを聞いた。

 

 なんと、石を投げつけられ追い出されたという。

 

 走って逃げて芦原に隠れて休もうとしたら罠にかかったと言った。

 

 

 あのおやじ、俺には那津を自分のいいなずけだと言って起きながら、今度はほんのふた月しない間に追い払うなんて、なんて酷い扱いだ!

 

 マジ那津はとんでもない男に捕まっていたな。

 

 でも大丈夫だ。

 

 那津は幸運だぜ? 那津には大鷲のこの俺がついている。俺はそんなたらしな奴とは違う。

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあいつが追っては来れない川の上流にある俺の崖の上の棲みかの一つに連れて行った。

 

 ここならあいつも誰も那津に手を出せはしない。危険な霊獣も来られない。


 那津はこの巣をすっげー気に入ってくれた。那津の好きなふわふわな俺の羽毛で出来ているからな。気に入らないわけがない。景色も最高だ。



 着いて早々、那津は俺の羽を一枚くれと言い出した。

 


 俺が迎えに来てつがいになれるのを待っていたんだ、と思った。


 俺たちが会うのはまだ二回目だし、そんなに急いで番になることもないと思ったけど、那津が望むならそれは今だって俺は構いはしなかった。



 好きな羽を選ばせてやると言ったら、那津は‥‥‥


 那津はなんて大胆なこと俺にするんだ‥‥‥

 

 『キザシの首の後ろはもふもふが深いのじゃ』、『キザシの足は実は長いのう』、『キザシ、尾羽の上のこの穴はなんじゃ?』、『キザシよ、おしりの周りのは特にふわふわじゃ。気持ちいいのう』‥‥‥などと言いながら俺の体の隅々まで‥‥!

 

 

 俺はこれ以上は言わない。

 


 そして那津は一枚選んだ羽を見てうっとりした。那津はそんなに俺と番になることを楽しみにしていたなんて!

 

 って、思ったらさ、どうやら俺の勘違いらしかった。


 

 ──その羽を七瀬って奴にやるとか言い出してよ? 

 

 

 これは俺が那津に捧げる婚姻の印だぜ? ただの装飾の飾りじゃ無ぇ!

 

 なんもわかっちゃいない霊界の習わし。

 

 

 ──こうなりゃ俺は、那津の言い分をよく聞かなきゃなんない。 

 


 那津は、大猿に襲われた次の日にあいつに結婚印を付けられたと言った。俺が婚約印を那津に付けたもんだから慌てて俺に対抗したらしいな。


 あいつは恥ずかし気も無く、那津に怒ってみせたり、泣き落としで甘えて那津に結婚を承諾させたらしい。

 

 うそだろ? その挙げ句、石を投げて追い出すとは‥‥その場しのぎの気分で女をとっかえひっかえしているに違いない。まさしくあいつは女の敵。

 


 詳しく聞いてみれば、那津に石をぶつけてきたのは七瀬ではなく七瀬の女らしかったが、どうとて同じことだ。

 

 

 七瀬とは、とんでもないクズだったことが判明した。

 

 それなのに那津はお人好し過ぎるぜ? あいつの心配するなんて。

 


 那津は一度帰りたがった。その気も無いけどうっかり七瀬から結婚の印は受け取っちまったわけだから、このまま帰らないことに気が引けているんだろうけど。

 

 追い出したのはあっちなんだからほっとけばいいと俺は思うけど、那津は優しいから七瀬を気づかっている。

 

 こんな酷い目にあっているのに。

 

 


 那津はまだ薄汚い七瀬の裏の事情がわかんねぇんだ。俺が護ってやらなくては七瀬のいいようにされてしまう。

 

 まあ、俺もまだ結婚には若いかもしれねえが、俺は大鷲だ。霊力も技も雑魚の霊獣とはケタが違う。黄金の鯉にだってたぶん引けは取らない筈だ。

 


 俺は那津を護るために那津の首飾りに結婚印となる新たな羽を付けて霊力を流し入れた。



 少し強引だったかもしれないけど、好きな女を守るためには仕方が無い。

 本当はこんなに性急にするもんじゃないってわかっていたけど。

 


 問題は残されてはいるが、これで俺と那津は完全につがいだ!

 


 那津も俺といれば楽しそうだ。俺だって、那津が隣にいてくれたら‥‥‥



 



 俺は初めてあった日に運命を感じ、那津一人が生涯の俺の相手と思った。

 

 今まで出会った女とは違う、特別な何かを感じた。 


 魂の消滅の危機ってのに大猿に啖呵(たんか)切るなんて、その辺の女に出来ることじゃ無ぇだろ。那津のリンとした生きざまに惚れたんだと思う。


 だから、俺は那津を護ってやることにしたんだ。



 

 そして那津は今、俺が好きだと言った。だが、七瀬も好きだと言った。


 

 那津は恩義を感じている気持ちを好きと言っているらしい、が‥‥‥

 

 

 ──大丈夫だ。俺たち一緒にいれば、きっと本当の本物の愛が芽生えるはず。

 

 

 俺、那津に出会えたこと、運命を感じてる。こんなの今まで生きて来て初めてだった。

 


 だが俺は、こんなに思っている那津の事をほとんど知らなかった。

 どうして那津が死んだのかすら。俺たちはまだ知り合ったばかりだ。

 


 那津が自分が死んだことに気づいたのは俺たちが出会った夜のほんの数日前。あの大猿とやりあった東雲しののめ


 だが、那津が七瀬に飲まれたのはその一ヶ月ほど前。

 

 その間どうなってんだよ。腹の中にいて一ヶ月後吐き出されたなんてありえねぇ。


 仮に腹の中で本当に不老になったとしても人間は息が出来なかったら死ぬ。体も魂も死人になるはずだ。不老を得ても意味は無い。


 それに、体が生きているのにその体の持ち主の魂が死人の魂になってしまうなんて普通あるわけない。

 

 他の死霊に体を乗っ取られたならそれはあるかもしれない。その時、長く戻れなかったら体の本当の持ち主は死人の魂になってしまう。

 

 だが那津の体はずっと生きた抜け殻だ。他の魂は侵入してははいない。黄金の鯉が持っていたなら他の浮遊霊を寄せ付けるわけがねぇ。

 もしほんの数日、魂が生きてる体から離れてたって、また本来の体と呼応するから死人の魂にはならない筈だ。

 

 

 ──なんで那津の魂は死人の魂になっちまったんだ?

 


 俺は確信している。あいつが全て知っていると。空白のひと月の間に何があったのか?



 俺はあいつに信書羽を飛ばした。

 


 『那津は俺と婚姻した。霊鳥大鷲は一度つがいになったら死が訪れるまで別れることは無い。 

 

 お前が授けた那津の印を外せ。そして那津が不老の体と死人の魂になった訳を言え。そして那津の生きた体を返せ。


 明日那津と共に行く。前回が場所に逢魔が時、待つ』




 ここできっちり決着をつける。


 七瀬には他の女がいるのだから、那津に固執する必要は無い筈だ。




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