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死における矛盾


 キザシの翼に包まれながら那津はぐっすり眠っていた。

 

 キザシの温かい体温が心地よく、夕暮れの気配など全く気づくことも無く。

 


 キザシは那津がいるだけで、今まで感じたことのない不安と共にくすぐったい気持ちを感じていた。 

 

 脇を少し開いてそっと那津の寝顔を覗いた。


 

 ──なんだかおかしな気分だぜ? ひとりでに顔がにやけちまう。

 

 

 キザシは巣立ってから30年あまり一匹で生きて来た。大鷲の寿命は優に千年。

 残りの900年あまりは、那津と共に過ごしたいと願っていた。

 

 

 ──やっと巡り会えた俺の運命の相手は那津だ。あいつに邪魔はさせない。

 

 

 一度だけ見た、七瀬という黄金の鯉の男の姿が頭に甦った。

 

 

 先ほど聞いた那津の不老の体と死人の魂の話を何回反芻しても納得は行かなかった。




 ──これはおかし過ぎないか? 不自然過ぎると思う。何か臭う。

 

 

 那津の体が生きている。その体には結局那津が出てから誰の魂も宿ってはいないらしい。なのに持ち主の那津が戻れなかったなんて?

 

 

 うっかり体と魂が離れてしまう事故もまま起こるものだが、体が他の浮遊霊に乗っ取られた訳でも無いのなら、それらは自然と呼びあって、魂は元の入れ物に戻るものだ。

 


 ──『不老の体をもつ那津が死人の魂になっている』、という矛盾について七瀬は必ず何か知っているはずだ。探り出すことが出来るだろうか?


 

 今頃七瀬は帰らぬ那津を探しているだろう。

 

 だが、居場所はとうに知られている。那津の両手の甲に付けられたあの黄金の鯉のうろこ によって。

 

 明日からの波乱は目に見えている。

 

 

 ──この勝負、命懸けになる? そうだとしても俺は負けはしない。

 

 

 黄金の鯉は霊界最強を名乗ってはいるが、それはかつての血の気の多き者らによる小競り合いの名声が残っているだけの事だと思っている。

 

 

 キザシも今は眠ることにした。


 体の中に霊力をできるだけ満たしおきたい。

 

 

 

 *************

 

 

「う‥‥‥ん‥‥ここは‥‥ふわふわ‥‥‥」


 

 辺りは暗い。空は星が十分輝く闇。今は真夜中だ

 


「‥‥‥那津、起きたのか?」

 

 キザシの声は優しい。


「‥‥‥うん」


「‥‥‥このまま寝ていろよ、那津」


「ええと‥‥‥今はなん(どき)じゃ? キザシの羽が余りにも心地良くいつのまにか本気で寝てしもうた。もう真っ暗じゃ! このような時間に戻ったら七瀬に怒られるのは必須じゃ‥‥‥」


 那津が翼の間から這い出ると、思いの外空気が冷たい。

 


「‥‥‥入ってろ。こんな時間に外に出るのは危険だ。どうせ明るくなるまで待たなきゃいけない」


 キザシはくちばしで那津を翼と体の間に戻した。

 

「‥‥‥そうじゃな。‥‥‥なんだか妾は目が覚めてしまったのじゃ」



 ならばキザシは、今のうちに七瀬について抱いたもやもやを少しでも解消しておきたいと思った。



「なあ‥‥‥那津、お前は七瀬に飲み込まれたとか言っていたな。どういうことだ? その時から今までのことを知る限り詳しく話してみろ」


「それはかまわんが‥‥‥でも‥‥たぶん今頃七瀬は妾を探しているのじゃ。大猿の時もずっと妾のことを探していた。とにかく一度は帰らねば」

 


「‥‥‥なら俺が那津は俺といるから心配するなって今すぐ連絡してやるよ。だから今夜は安心してここにいろ。いいな?」


 キザシは巣の縁を飾っていた風切羽をくちばしで一枚引き抜いた。くわえたまま呪文を呟く。

 

 すると一枚の羽は青い光をぼんやり放ち始めた。

 結界に囲まれた空間に一陣の風が吹き抜ける。


 キザシが羽をくちばしから放した。

 


 青い光をまとった羽は、そのままキザシの目の前に浮いたままだ。

 

 キザシは浮かんだ羽に伝言を呟いた。最後に行き先を指定した。

 

 

 『送達 黄金の鯉の七瀬の元へ、さあ、ゆけっ!』

 

 

 羽は青い光の筋を描きながら、すーっと流れるようにまだ暗いくう を走り出した。

 

 無事に飛んで行った信書羽を見送ったキザシは那津を振り返った。

 


「これでよし。七瀬がどこにいても伝言は必ず届くから安心しろ」

 


 キザシは那津の不安を抑え、那津がここにいることを納得させなければならない。

 


「ありがとう、キザシ。七瀬にはあの赤い髪の女がいるのなら妾がいなくてもいいじゃろうが、だからといって妾がなにも言わずいなくなったら恩知らずじゃ。それでも明るくなったら妾は一度は帰って訳を話さなければならぬ」


 七瀬に自分を探させずに済むことに那津は少しほっとしたようだった。

 


「じゃあ那津はなんで死んだんだ? 七瀬に飲み込まれる羽目になったいきさつから今までの全てを、もう一度話せ」




 那津は黄金の鯉の鱗を蓮津のために手に入れようとした時のことから、七瀬に現世に連れていって貰い、自分の死後、城の様子を見て来た時のことまでを話した。

 

 

 今までの話では出なかった事実がここで一つ明らかになった。


 

「じゃあ、那津が飲み込まれてから賽の河原で気がついた時には、もうひと月経ってたってことなのか?!」

 

 那津の魂が一度体から離れてしまったとは言え、なぜ呼び合うはずの生きている体に戻らなかったのかキザシには理由が全くわからない。



「そうじゃ、妾は現世の城の井戸で七瀬に呑み込まれてから賽の河原で七瀬に吐かれた。妾はそれは飲み込まれた直後のことだと思っておったのじゃが、その時点でひと月経っていたらしいのじゃ。七瀬に連れられ現世を見に行ったら、本当にもうひと月過ぎていたのじゃ」

 

「‥‥‥でも、七瀬の怪我は治ってなかったんだろ? さらし巻いて痛がってたって」

 

「そうじゃ。あの日は七瀬は具合が悪うて一度川へ戻って休んでいたぞ」  


「‥‥‥‥ひと月経っても治らないって‥‥‥那津がぶつかったくらいで?」


 キザシは呟いて目を細めた。

 


「どうかしたのかの?」


「いや、何でもない。俺もさ、那津のことは何でも知っとかないとな。俺たちは(つがい)なんだから」


「妾は七瀬に何と言えばいいのかのう? 今度はキザシと婚姻したとなれば‥‥‥」

 

「大丈夫だ。俺が話す。さあ、まだ夜明けまでは時間がある。もう少し寝ておこう」

 

「そうじゃな。七瀬にも妾の無事は知らせたしの」

 

   

 


 那津は暖かい翼の内側で、霊界の婚姻の違いについて考えていた。

 


 ──ここでの婚姻は妾が知っている婚姻とまるで違うのじゃ。

 

 自分で好きな相手を選ぶとな。どうするかは自分で決めていいのじゃ。

 

 じゃが七瀬は、妾を死なせて不老の体にした責任を取り、利も無いのに妾と婚姻をしたのじゃろう? そのようなことは望んではいなかった妾に、自分と結婚するように懇願した。目的は妾を保護するためじゃろう。

 

 これは大人の責任の取り方なのじゃろうか。だからといって婚姻までする事はないと思うが。

 

 

 キザシは?

 

 キザシは妾のことが好きだから、こんなに優しく親切なのじゃな。

 

 だからといってこんなに早急に婚姻の印とは。七瀬の時もそうであった。

 

 こちらではこれが通常なのじゃろうか? 



 妾は、父上も、母上も、蓮津は特に大好きだし、キザシも好きじゃ。七瀬とて決して嫌いではないのじゃ。

 

 妾は、みんな好きじゃが、婚姻の相手に選ぶ『好き』は、それとは何かが違うものなんじゃろうが‥‥‥



 ──わからぬ。




 那津はまだ恋をしたことが無かった。

 

 


 


 

 

 

 

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