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キザシの巣

 


 那津を背中に乗せて、キザシは飛び立った。

 


「どこに向かっておるのじゃ?」


「この三途の川のずっと上流の山奥にいいところがあるんだ。俺なら数ある結界のはるか上空を行けるからな、ひとっ飛びだぜ? この世界は無限だ。那津だって見たこと無いとこへ行ってみたいだろ?」


「おお、面白そうじゃ! 妾は鯉の里は石ばかりでつまらなかったのじゃ。小さないおりをいただいたが、おるのは妾一人きりじゃ。大猿は来ないが、退屈過ぎてのう。死んでおるのにまたもや死にそうじゃ」


「ふふん、俺といれば退屈なんてしないさ。まずは俺の家の一つに行こうぜ!」


キザシは速度を上げた。




「おお!すごいのじゃ!妾の城のてっぺんよりずーっと高いのじゃ」


 キザシの家は切り立った崖の途中の出っ張りにあった。辺り一面を見渡せる素晴らしい景色だった。

 

 眼下は森が広がっているし、横の方には滝もある。そのはるか下方の滝壺には、きれいな泉が出来ている。


「この高さまで来れる奴は限られている。上からも下からも雑魚は来られねぇ。最近は俺の巣を荒らすバカはいねぇよ。俺の実力は知れ渡りつつあるから」

 

 

 大鷲から人形ひとがた変化へんげしたキザシが、隣で目を輝かせて景色を見下ろしている那津に得意気な顔を見せた。



 枝とキザシの羽で作られた巣は城での那津の部屋と同じ広さはゆうにあった。


「どうだ? 気に入ったか? 俺の季節の生え換わりの毛で出来ているんだ。気持ちいいだろ?」


「おう、もちろんじゃ。そうじゃ、羽といえば、この首飾り気に入ったぞ。で、ここの巣の中の羽根を一枚もらってもいいかのう?」

 

 

 キザシは、びっくりした顔で那津を見てから顔を赤らめた。 

 


「あ~んとな、那津はまだそんなこと知んないもんな。えっとな、生え換わりで自然に抜けた羽では効力は無いんだ。だから俺の生きた羽をもう一枚抜かないと」


「どう言うことじゃ? 妾はここにある抜け替わりの羽根で十分じゃ。生えているものを抜いたら痛いであろうに」


「そんなのじゃ意味が無い。とにかく俺の羽を一枚抜け。好きなのを選んでいいからさ。俺、元にもどるから、那津は一番奥に下がって」

 

 

 大鷲の姿に戻ったキザシは、初めてキザシを見た時と同じ位の大きさに見えた。

 

 これが本来の大きさなのかも知れない。 

 

「ほら、じっくり選べよ。俺らの記念すべき羽根になるからな」 

 

「おお、妾が選んでいいのか? ではちょっといろいろ見させてもらうのじゃ。このふわふわについては妾は興味津々じゃ」


 

 那津はキザシの体を這い回り、羽毛の中を隅々まで泳ぐように見て回った。

 


「な、那津くすぐったい‥‥‥あははは!」


「少し我慢せい。妾は最高の一枚を選びたいのじゃ」


「わかったけどよぉ‥‥那津に贈る大切な一枚だからな‥‥‥そこはっ‥‥くっっ!」

 


 結局那津は、キザシのお腹の辺りの柔らかい羽を一枚選んだ。丸っぽい黒い羽で、裏の根本に白いふわふわがついている。


 

「これにしたぞ! きれいだのう、かわいらしいのう‥‥‥」

 

 那津は光にかざしてうっとりと見た。

 


 キザシは那津に合わせてまた人形ひとがたに変わった。

 

「俺も人間になったほうが雰囲気出るよな。それ、気に入ったか? じゃ、これも那津の首飾りに足せば完全だ」

 

 キザシは、どこかぎくしゃくした緊張の笑みを浮かべている。

 


「いや、これは七瀬の分じゃ」

 

「は?」 

 

 

 キザシの顔が瞬間凍りついた。 

 


「ど、どういうことだよ! 七瀬? 誰だよ、それ?」


「誰とは‥‥‥えっと、一回見たであろう。妾を迎えに来た色白で長い黒髪の背の高い男よ」


「は? あのおやじか。那津はそいつから石を投げられ戻って来るなって言われたんだろ?」


「‥‥‥そうではない。すまぬ。妾の言い方が足りんかったようじゃ。妾に狼藉を働いたのは七瀬ではなく、七瀬の知り合いらしき女じゃ」

 

 

 那津は今日の出来事を改めて詳しくキザシに説明した。 

 

 黙って話を聞くキザシの顔色は怒気を増して行った。

 


「なんてことだ! 那津、騙されんなよ! そいつはきっと七瀬ってやつの女だ!」


「お前のことを妻になる女だのなんだの言っておきながら、陰でその女と! とんだゲスいおやじだな!」


 キザシは七瀬に初対面した時に言われた言葉を思い出して さらに腹を立てた。


 那津は黄金の鱗を付けられた両手の甲をキザシの前に揃えて出した。


「妾はあの次の日、なぜか突然七瀬と結婚したのじゃ。七瀬は妾の成長を3年待つということであるから、妾は今のところただの居候(いそうろう)状態なのじゃが」


「‥‥‥ばっかだなぁ、お前。ちっこいから騙されて‥‥‥。大丈夫だ心配するな! この羽根をこの首飾りに足せば俺がなんとかしてやれる」

 

「どういうことじゃ?」

 

「どういうって‥‥‥えっと、俺があいつに変わって那津のこと面倒みるって約束の印」  

 

 

 喜んで同意してくれると思っていたのに、考えるように戸惑いの表情を浮かべる那津にキザシは傷ついた。 

 

 

「いや、そう言われてものう‥‥‥。妾がいないと七瀬が泣くでなぁ‥‥‥」

 

 

 那津が求婚に頷かない時、七瀬が涙を浮かべていたのに気づいたし、その手も震えていた。


 那津を救うための手段として良かれと思って提案した婚姻という善意が、那津に受け入れられないのが辛かったのだろう‥‥と那津は考えている。

 七瀬は気取っているし、気位(きぐらい)が高いから。

 


「泣く? マジかよ‥‥‥なんだよあのおやじ、いい年して女に泣き落としまですんのかよ? 益々やべぇやつじゃん」

 

 キザシは相当引いている。

 

「いや、七瀬は実はそんなに悪い奴では無いのじゃ」

 

 

 うざいにはうざいのだが、世話になっている七瀬には大変感謝している。

 

 別に七瀬を恋慕っているわけではないので、七瀬に他に恋人がいたところで何とも思うところもなかった。

 那津はまだ結婚生活を送っているわけでもないし、自分が七瀬の妻になったという自覚はほとんど持ち合わせてはいなかった。


 

「那津‥‥お前って奴はこんな仕打ちまで受けて甘過ぎだぞ! 目を覚ませ! とにかく那津はもう俺の羽を抜いたんだ。だからそれでいいんだ。これは俺から抜いた那津のものだ」

 

「確かに妾が生きた羽根を抜いてしもうたが‥‥‥」

 

 理由はあるにせよ、こんなに突然霊界でのよりどころを変えていいものか那津は戸惑う。


 決めかねる那津を尻目に、キザシは有無を言わせず那津の首飾りにもう一枚の羽を取り付けた。



「これでよし! これで俺と那津はつがいだ」


「‥‥‥なにっ! 妾とキザシは今夫婦になったというのか? 確かに城の姫は政略により、嫁いでも又戻されて、他の家に嫁がされたりすることもままあるが‥‥‥。これはそういうことなのか? でもなぜ妾が‥‥‥? 霊界ではもうお家は関係無いと聞いておるが‥‥‥」


「細かい事は気にすんな。俺ら楽しくやろうぜ!」


「‥‥‥理解には時間が必要じゃ。妾は学問は得意じゃったが、このような婚姻については全て人任せなことゆえよう解らんのじゃ」

 

「なあ、腹減っただろ? 今すぐ那津に食いもん持って来てやるからな!」



 キザシは話題を変えた。


 強引だったが、那津に印は授けることが出来たので、もうこれについては取り敢えずそっとしておきたい。

 

 

「ありがとう。‥‥‥えっと、されど生肉は断るのじゃ」

 

 那津は、初めて会った時の大猿の肉を食らうキザシの姿を思い出した。

 

 

「わかってるって! 女の好きそうなものくらい俺だって知ってるって! 俺、行って来るな!」

 

 

 キザシは、那津に笑いかけながら、人形(ひとがた)のまま、いきなりバッと飛び降りた。

 

 

 「キザシッ!」 

 

 

 那津が慌てて見下ろした眼下には、大鷲に姿を戻したキザシが大きな翼を広げ、樹海の上を悠々と舞っていた。

 

 

 

 

 

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