古代樹場景
俺の名はキザシ。霊鳥大鷲だ。
もう20年以上経つかもしんない。賽の河原の東側のちょい奥にあるここ、古代樹のてっぺんが気に入って、ここも俺の寝床に追加してから。
このぶっとい枝を四方に伸ばす巨大な樹は、辺りの代わりばえしない景色が果てなく続くこの辺りのわかりやすい目印の一つだ。
聞いた話じゃ、この古代樹の樹から染みだす樹液は、弱い生き物たちのご馳走らしくて、だからこの樹に寄り添って、かつてたくさんの小さな霊鳥や穏やかな霊獣が住んでいたらしいんだけど、ふらりとやって来た大猿が住み着いたせいで、ほとんどいなくなったらしい。やつらに食われたり、食われる前に逃げ出したりして。
そこに、大鷲の俺が来た。
俺が突然やって来て、てっぺんを縄張りにした時は、先に住んでいた大猿たちが因縁ふっかけて来た。
そこで俺はチョイとご挨拶してやった。
んで、やつらは俺の実力を知ってしぶしぶ引き下がった。樹の茂みの上半分は俺の領域。やつらは入って来ない。その代わり俺も下へは行かないという、暗黙の了解が出来た。
お互い干渉はしない。俺はあいつらに興味なんてねーし。
やつらにしてみれば、上にいる俺のお陰で天敵から守られているようなものなんだから、ありがたく思って欲しいくらいだ。
俺らは互いにシカトして関わり無く過ごしていた。
あの日までは。
那津に出会うあの運命のあの日までは。
大猿は3兄弟で、奴らは通りかかった霊獣や迷い込んでやって来た魂を捕まえて食ったり売ったりしてここで暮らしているようだった。
集めた樹液はやつらの霊力補給のほか、収入源にもなっていて、やつら結構な暮らしぶりだった。
こいつらは俺が来た当時、一人の人間の美しい女の霊に自分達の世話をさせていた。
わざわざ死人の道まで物色に行って、かっさらって来たらしかった。
その女の霊に、体についたノミをとらせたり、寝床を掃除させたり酌をさせたり、時には歌を歌わせたりヒラヒラした衣装をまとわせて踊らせたり‥‥‥
つい最近、その捕まっていた人間の女の霊が逃げ出すのに成功した。
その日、偶然ふらふら飛んで来た一反木綿の裾を掴んで飛んでいった。おそらくこういうチャンスのために自分で集めておいた古代樹の樹液で取引したんじゃね?
ただでさえ貴重な古代樹の樹液なのに、大猿が全権握ってしまったから更に希少価値になっちまったからな。
女が逃げてから数日後、ちっこい人間の女の霊がこの古代樹にやって来た。
この樹にのこのこ近寄るなんて、よそ者だってすぐにわかった。それに、人間の霊が来るなんて滅多にあることじゃ無ぇからな。
死んだ人間の通る道とは、相当外れたこの場所。
たった一人で迷って来たのなら、ここにたどり着く前にとっくに食われてんのが普通だよな。
──こいつには要注意だ。きっと何かある。
そのちっこい女は、樹の下に座って休んでいるようだ。なんて無防備な。まるで捕まえてくれと言ってるみたい。こんなの、何かの罠かもって思うのが普通だろ。
俺は警戒しつつ、静かに様子を見ていた。
だが、3兄弟は違っていた。
大猿は3匹でちっこい女を取り囲んだ。ちっこいやつは隙間から走って逃げようとしたがすぐ奴らの一人に捕まった。
奴らは自分達の世話をするように脅していたが、ちっこい女に威勢良く啖呵を切られて拒否された。それで、やつは使えないなら腹の足しにしようとしたようだ。
──なんだ? こんなに簡単に大猿に食われることになるなんて。俺はてっきり何か裏があるんじゃねーかって考えてたんだけど。運良くここまでたどり着いただけだったのかよ?
と、思ったら!!
そいつの手から金色の光る糸が出て来て大猿を縛り上げ、幾重に切り裂いた!
あのちっこい人間のただの霊が、あの金糸斬りを使うなんて! 何でだよ?
残りの2匹の大猿は一先ずここから逃げた。
ちっこい女は地面に落ちたままだった。
俺は女と切り裂かれた大猿の様子を見に行った。
ちっこい女は気を失っているだけみたいだ。大猿兄貴の方は‥‥‥ふふっ、派手に散らかってんな。
──じゅるり‥‥‥
こいつだけでこの大猿の肉は食べきれないに決まってる。
俺は先に頂くことにした。ついてんな、俺。労力無くして食えるとは。新鮮な肉はうまい。
夢中で食ってたらちっこい女が起き上がった。
俺は礼儀正しいからな、先に食ってたことを詫びた。でもその女は俺に全部くれたんだぜ。気前がいいやつだ。脅されても大猿に迎合しなかったとこも気に入ったぜ!
俺はこのちっこい女の霊、那津の望み通り金鯉族の結界のそばまで那津を運んでやることにした。俺の翼ならすぐそこだ。
俺は誰かを乗せるのは初めてだ。こいつなら乗せてやってもいい。
実はちょっと照れてる。だって、今知り合ったばっかりの女を乗せるんだからな。
背中に乗せてやると那津は本気で喜んだ。俺の背中は最高らしいぜ? それはそうだろうな。俺は大鷲様だ。
那津は俺のことを、凄いだの俺と一緒にずっといられたら幸せだの短い時間の間にやたら誉めてきた。那津はちっこいが見る目がある女だ。
鯉族の結界の近くで下ろしてやった。
那津は俺の背中から降りる時俺の白い羽を抜いた。
──知っていて? まさか。いや‥‥‥
黄金の鯉の庇護を受けている那津は、その誰かと婚約しているらしい。だが、そこから魂消滅をかけても逃げ出して来たってことは‥‥‥そういうことなんだろうな。
那津は言葉にはしないが、暗黙に俺に助けを求めているんじゃねーか?
俺たち霊界のしきたりでは、体の一部を贈り物として捧げ、それを相手が身につけることで婚約成立となる。更にもう一度捧げて相手が身につけたら正式な結婚となる。
大鷲では婚約には翼の白い部分の羽根を捧げるのが好まれている。
この短い間に、那津のことは気に入っている。ただの人間の霊が相手ってのは難しくもあるけど、俺が人形を取ればいいことだし。
俺は人なら、たぶん15、6才ってとこだ。那津は13で、つい最近死んだばかりだと言ってた。
俺らいい感じじゃね?
何か運命的なものを那津に感じた。俺と那津はつがいになるべく出会ったのかもしれない。
俺は那津に俺の羽と毛で作った首飾りを作り霊力を込め首にかけた。
これで那津の居場所を俺が感じられるようになった。ここで別れてもまた会える。
俺はさっそく那津に、俺らの運命的な出会いについて語ろうとしたら、ふらついた一人の男が現れた。そいつが那津を呼んだ。那津は、ほっとしてるようだ。
これ、那津のおやじ?
そのおやじが俺の首飾りに気がついて俺を睨み付けて来た。
娘に婚約印を贈ったことを怒っているのか。
なーんて思ったら‥‥‥
なんと、そのおやじは那津は自分の妻になる女子だと言った。
──マジかよ? なんて那津は哀れなんだ!
きっと無理やりこいつと結婚の約束をさせられたに違いない。それで、逃げ出して来たものの大猿に襲われ、怖くなって戻ることにしたんだ?
確かにこいつからは川の匂いがするし、そういや金色の瞳って、こいつらの人形とった時の特徴だったっけ? 霊力を隠してはいるが、注意すれば黄金の鯉族の霊気を感じる。
俺は七瀬という金鯉のオヤジから首飾りを外すように言われたが拒否した。
もう、俺の心は決まった。
──可哀想な那津を救うのはこの俺だ!
近いうちに連れ出してやるからな。それまでの辛抱だ、那津。
再会を確信して俺は一旦 古代樹に引き返した。
俺にはそこでやるべきことが出来たからな。 それは───




