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《内幕》 服薬完了

 私は那津を観察しながら待った。

 

 徐々に那津の皮膚が細かい真珠のような七色の光を纏ってキラキラ光り出した。

 

 

 ──なんと尊い光景! まるで天界の花園をつかさどる乙女のようだ。

 

 

 しばらく続いた後、光は次第に消えて行った。

 

 

 薬効最から聞いていた通りの反応ではあった。

 

 これで霊薬は滞り無く効いたのだろうか? 確認しなければ。

 

 

 

 『成功すれば体からすべての黒子ほくろが無くなっているはずだ』、と薬効最は言った。

 

 人間の肌特有の特徴。不規則に体のあちこちに現れる黒い点の染みが、不老を得た体からは跡形もなく消えるそうだ。

 

 我々霊界の者が人形ひとがたを取ってもそのようなものは体に現れないのだが。

 

 

 那津から黒子ほくろが消えたのか、全身調べなくてはならない。

 

 私は那津の帯を解いた。懐からがさごそした包みがでて来た。

 

 

 ──これはなんだ? 今はそんなものはどうでもよい。

 

 

 

 那津の大事な物かもしれぬから、調べ終ったらまた懐に入れておくことにした。

 

 衣を剥がし、足の裏から髪の中までくまなく注意深く調べたが、黒子は一つも無かった。

 

 

 霊薬は完全に効いたのだ!

 

 

 

 私の願いをすべて聞き入れ、そして願いを叶えてくれた薬効最に別れを告げる時が遂に来た。

 

 

 この薬効最の湯治郷は、このひと月は私の貸し切りで、頼まれた薬を届ける使いの小型の霊鳥以外は立ち入り禁止として貰っていた。

 

 

『はっはっは。こちらも破格の対応をしたが、お前さんも破格の報酬を支払った。これは互いに恩も義理も無いということ。わしは貸し借りは作らん主義じゃ』

 

 

 誰かに囚われない生き方をしている薬効最だからこそ、皆が信用を寄せている。

 

 

 

 ***********

 

 

 私は、那津の体を鰭袋に入れ、あばら家を後にし、一族の住まう結界の中にそっと戻った。

 

 

 那津を飲み込んだのはひと月前の事だったが、必要性が出るまでその事は黙っていることにする。

 

 この娘はその内、このひと月遅れに気づくかも知れないが、その不自然について深く考えさせないように仕向けなければならない。

 

 私は自分の体にさらしを巻き付け背中の怪我を装った後、那津の体を川岸に置いた。そして、那津の魂の眠りの呪文を解き、霊体の那津を実体の体の上に重ねて置いた。

 

 

 それから急いで父を訪ね、私が下界で、この人間の娘に攻撃されたため仕方なく飲み込んだ所、その人間に予期せぬことが起こり、どういうわけか不老を与えてしまったようだと報告した。

 

 その娘が目覚めた時に、私だけではこの状況を娘に納得させることは難しい。

 

 ここは権謀術数とは欠け離れた思考の、人の良いお人好しの我が父を利用するのが上策であろう。

 

 私がこの姫を責めれば父の成瀬は必ずやこの姫を庇うはず。

 味方をしてくれる父成瀬の言葉ならば、那津もこの状況下では楯突くこともあるまい。 

 


  

 那津が目覚めると、私はこれ見よがしに上半身に巻いたさらしを見せながら那津の前に立った。

 

 

 ──さて、那津はどんな反応をするのだろうか? 柄にも無く、わくわくする。

 

 

 私が少し挑発すると、那津はむきになって私に言い返してくる。私も言いたい放題言い返す。ふふ、こんな思いのまま言い合えるとはなんと愉快だ。

 

 まるで幼き頃、何のしがらみも関係無く天真爛漫に過ごしていた頃を思い出す。

 

 

 *************

 

 

おっといけない。私は気分が解放され過ぎて言い過ぎてしまった。那津が泣いてしまった。

 

 私としたことが‥‥‥

 

 そのうちに那津が自分の横たわる体が生きていることに気づいた。

 

 父の成瀬が不老の体について那津に語っている。父は私の作り話を信じている。

 

 私の計略は順調に進んでいる。



 私は父に何か聞かれたりしてうかつな事を言い、ボロが出ないうちにそっと川に戻った。

 

 

 川に戻った父に私は呼び出された。


 私は背中の具合が悪く、普段より陸にいることが出来なかったと(かた)り、少し休む、と告げた。父は、那津が私を待っているから暗くなる前に訪ねるように命令した。

 

 私は、父には取り敢えずは従わねばならない。

 

 父 成瀬は、単純思考の優しい男だが、ただそれだけでは無い。彼は我が一族最強を誇る剛の者。その地位は当分の間変わらないであろう。

 

 当分は、成瀬を上回る者など現れぬ。武力は成瀬。そして我が母、流美りゅうびが策をって一族を緩く統治している。

 

 私はその統治から外れる理由もなく、付かず離れずでひとり気ままに生きていた。父も母もよほどの事が起きぬ限り自ら誰かに干渉する事など無い。

 



 私は父 成瀬の命令通り、日暮れの少し前に、那津が休んでいるいおりを訪ねた。

 

  

 那津はすっかり寝込んでいた。


 よい。しばしこのままで。


 私の那津姫。



 寝顔を見ていた。この姫が成長した姿はさぞかし美しいだろう。

 

 那津は霊界のことを何も知らない。この危険な世界では私が守らねばならない。



 闇が訪れた。私はぼんぼりに灯りをともした。


 そろそろ始めねば。

 


 私は那津を起こした。

 

 

 

 話を始める前に、那津はどういう訳か不老の那津の体に私が入るよう勧めて来た。

 

 ふふん。この顔、何か企んでいるようだ。

 

 このような女の体になるとは気が進まぬが、いずれ私の子を成さねばならぬ体ゆえ、具合の悪い所などないか確認しておくのもいいだろう。

 

 

 ──何の申し分もない健康な体。私の妻となるにふさわしい。

 


 その後、那津は当初の井戸に飛び込んだ目的である私の鱗を欲しがった。

 私は、おおまかないきさつは、既に那津の思念を読み取って承知している。


 この時を私は待っていた。

 


 すべて順調に事は運んでいる。


 

 

 

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