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羽根の首飾り

 

「どうよ? 那津が乗るには丁度いい大きさだろ? 落ちねぇように首の羽毛に潜り込んどけ」 

 

 

 那津が茫然と見とれていると、キザシは那津の帯の結びを軽く嘴でくわえ、首根っこの羽毛にぐりぐりと埋め込んだ。

 

 那津は柔らかい羽毛をかき分け顔を外に出した。

 

 

「なんてもふもふのふわふわじゃ! 究極の心地よさではないか! キザシは、なんて素晴らしきものを生まれながらに持っておるのじゃ!」

 

 本気で驚く那津に、キザシはくすぐったい気持ちになる。

 

 

「ふふふっ、そんなに気に入ったか? 行くぞ! 那津。潜ってないと落ちるぞ」

 

 キザシは助走をつけて飛び立った。

 

 那津は好奇心から半分顔を出していたが、予想外にすごい風当たりで目を開けてられないし、息もしにくくなり、羽毛の中に潜った。

 

「なあ、キザシ。聞こえるかの? キザシの羽の中は天国じゃ。妾の城のふとんよりふわふわじゃ。霊界に来てからこんなに居心地のよいのは初めてじゃ。ああ、こんな所にずっといられたら幸せだのう」

 

「ふうん? 人間の霊がこんなところにいるなんてな。珍しい。事情がありそうだな。しかもあの金鯉族の霊力で守られてるってことは‥‥‥」 

 

 

 金鯉族の守護を授けられていた那津は、その内の誰かと相当に(ちか)しき関係であることは明白だ。

 

「‥‥‥こっちに来てからたった数日の間にいろいろあってのう‥‥‥。事情があってな、妾は今すぐ成仏は出来ぬのじゃ。実は昨夜黄金の鯉の里から逃げて来たのじゃが、やはり霊界でたった一人では過ごせぬゆえ一度戻るしかないのじゃ」

 

「‥‥‥ふうん。逃げて来たけどいやいや戻るのか。それって辛いな」

 

「‥‥‥まあ、あそこなら安全そうじゃ。落ち着いてもう一度、よく身の振り方を考え直すしかあるまい」

 

 

 キザシのスピードが落ち、緩やかに円を描きながら降下してゆく。

 

 那津は顔を出した。

 

「キザシよ! こんなに高き空から見下ろす景色はまるで別世界じゃ。あ、川じゃ! 妾が何刻もかかった距離にもう着くとは! 一瞬ではないか! キザシはなんて凄いのじゃ!」

 

「‥‥‥んー、別に普通じゃね? あー、ここが鯉の結界の近くだ。この結界は霊力が大きいヤツほど撥ね付ける特有結びだ。俺はこれより先には入れない。この辺でいいか」

 

 キザシは草むらや所々に生えている木を巧みに避け、砂利の上にざざっと降り立った。

 

 

「ふうっ。‥‥‥ありがとう、キザシよ。本当に助かったのじゃ」

 


 那津がもぞもぞとの背中の羽毛から這い出すと、キザシが羽を片方広げ、地面に着けた。


  

「ほらよ」

 

「おお! ここから滑り落ちれば良いのか! なんと愉快な!!」

 

 

 那津はするすると滑って地面に降り立った。

 


 気が付くと那津の右手に、翼の肩の部分のしゃくなげの葉のような、真っ白き羽が一枚握られていた。

 


 

「あれ、すまぬ。妾はキザシの翼の羽を一枚抜いてしまった」

 

「‥‥‥白い羽! マジかよ?‥‥‥これが‥‥‥運命ってやつかもな。いいよ、那津にやる。ちょっと待って」

 

 

 そう言うと、シュルルルっとあっという間に縮んで、なんと人間の少年に変化へんげ した。

 

 蓮津と同じ年くらいだろうか。

 

 見事な腰まである黒髪のポニーテールに、簡素な片方肩出しの短い衣。腰に回したベルトには一本の短剣。褐色のもも の長い脚。草を編み込みふくらはぎまで結びあげた草履。

 

 真っ黒の長い髪だが、顔の回りだけは白い。大鷲の翼の白い縁取りのままだ。

 

 鋭い切れ長の目、長い手足と細いしなやかそうな筋肉が目につく。

 


「なんと! キザシも人に変化するのか!」

 

「当たり前じゃん。霊力の強い者は人の姿を取れる。これはここでは常識だぜ? だから異種族でも交われるってわけ。ちょっと待って、那津」


 

 キザシはポニーテールをほどくと、耳の上から純白の髪を一筋取り、極細の長い三つ編みを作った。出来上がるとぶちっと引き抜いた。

 

 

「痛ててっ!」

 

 顔をしかめつつ、那津の持っていた白い羽の軸を三つ編みに差し込み、指に流した霊気で押さえ取り付けた。

 

「よし、出来たぞ。羽の首飾りだ。いいか? 那津、今日のこと忘れんなよ!」

 

 那津の首に回し後ろで結んだ。

 

「なんとも器用じゃな。鳥の羽の首飾りとはしゃれているのう。これが目に入るたび思い出すであろうな。今日のあのもふもふのふわふわを‥‥‥」

 

「ちっ‥‥‥そこかよ~。まあいいや。俺ら、近い内にまた会うことになるから」

 

 キザシは髪を元に結い直しながら言った。

 

 

 

 遠くから那津を呼ぶ声が小さく響いて来た。那津が目を凝らすと、向こうに七瀬の姿が見えた。 

 

 

「誰だよ? あの男。もしかして、あいつが那津の‥‥‥」

 

 キザシがいと わしそうな顔で、近づいてくる男に視線を向けている。

 

 

「‥‥‥七瀬じゃ!」

 

 

 こちらへ向かってくる七瀬を見て、ホッとしている那津がいた。

 

 

 

 

「那津! 探したぞ! 無事かっ?」

 

 

 青ざめた七瀬が駆け寄って来た。

 

 

「七瀬!」

 

 七瀬を目の前にしたら緊張の糸が切れてしまった。

 

 那津はちょっと涙ぐむ。

 

 七瀬は一旦那津をぎゅっと抱き締めた。それから那津の両肩を掴んで身から離すと、普段の冷静な七瀬に戻った。 

 

 

「‥‥突然飛び出してすまなかったのう。こんなにすぐに駆けつけるとは、まさかずっと妾を探してくれてたのか?」

 

「‥‥‥結界から出るなど、なんと無謀なことを‥‥‥」


 

 子どもを叱るようにそう言った七瀬の顔が、はっと凍りついた。

 

 

「那津、その首につけているものは‥‥‥?」

 

 

 

 

「俺が今、那津につけたのさ」

 

 

 キザシが七瀬に向けてニヤリと嗤った。

 

 

「お前は、誰だ?」

 

 

 七瀬は眉間に深くシワを刻んだまま、今初めて見る人形変化ひとがたへんげ を爪先から頭のてっぺんまで無遠慮に見た。

 

 

「俺はキザシ。霊鳥大鷲だ。那津は俺の連れにする。もののひとっ飛びの間ですっかり気に入ったぜ!」

 

「キザシ。とにかくこれを即刻外せ。那津は私の妻になると決まっている女子おなごだ。那津の左手の甲に気づいていないわけじゃないだろう?」

 

「やーだねっ! その羽の首飾りは知っての通り、俺以外は外せない。俺の霊気が込められているからな。那津が一旦ここに戻ると決めたわけだから今日はこのまま引き下がるけど、那津、また迎えにくるからな! 那津なら俺のふわふわにずっといてもいいんだぜ? 俺のこと凄いだのずっと俺の所にいられたら幸せだって言ってたもんな?」

 

 キザシは那津ではなく、七瀬に視線を向けながら小生意気にニヤリと嗤って見せると、シュルルと大鷲の姿に戻った。

 

 

「またな、那津!」 

 

「あっ、もう行ってしま‥‥‥」 

 

 

 那津の言葉を待たずにキザシはさっさと元来た方角へ飛び去った。

 

 

「なんということだ‥‥!」



 あっという間に点となったキザシを遥か上空に見ながら、七瀬から思わず独り言が漏れた。



 ここへたどり着いたもとより蒼白になっていた七瀬の美しい顔には、隠しきれぬ苦渋が浮かんでいた。

 

 

 

 


 

 

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