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霊獣大鷲 キザシ

 その時、那津の左手の甲の鱗がキラリと光った。

 

 那津を摘まんだ大猿は何も気づいてはいない。

 

 輝きを増し続ける鱗から、金色に煌めく美しい七本の光の糸が、一瞬にして走り出た。

 

 

 「なっ‥‥‥!」

 

 

 光の糸はしなやかに大猿に巻き付いてゆく。

 

 それは目を見張る美しい光景であった。

 

 

 縦横斜め、光の糸は自在に巻き付き、大猿は立ちすくみ身動きが取れないまま、目線で兄弟に助けを求めた。

 

 

 「くうっ!‥‥‥おばえら‥‥はやぐ‥‥‥‥」

 

 

 慌てた残りの2匹が近づこうとすると、巻いた光の糸の先端が伸びてこちらを向いて来る。

 

 近寄れば二の舞だ。

 

 2匹が躊躇している間にも金糸は大猿を締め付け始めていた。

 

 

「ううっ、なんでだ! なぜ、人間の霊ふぜいにこんなことが‥‥!」

 

 近寄れずにいる大猿の片方から、震撼の呟きが漏れた。

 

小兄ちいあに じゃ! 俺、さっきからかすかに臭っていたんだ。こいつ河の臭いがするって」 

 

「まさかこいつが、金鯉の守護を受けていたなんてっ!!」 

 

 

 那津を持ち上げている大猿の腕にぐるぐると金糸が食い込み、つまんでいた指の力が弛んだ。

 

 

 那津は、足からドスンと地面に落ちた。

 

 だらりと横たわり、気を失ったままだ。

 

 

 

 大猿に巻きついた金糸は締めつけ続ける。

 

 体毛ごと肉に食い込み、血がにじみ始めた。

 

 目の上にかかった金糸が眼球を裂き裂く。

 

 

「や‥‥‥やべてぐで‥‥‥やべ‥‥‥で‥‥‥」 

 

 

 金色の光の糸は止まらない。首の付け根から血しぶきがぶわっと勢い良く吹き上がった。

 

 

「兄じゃーっ!!」

 

 

 残りの2匹は見ているだけで為す術は無い。

 

 

 生臭い臭いが辺りに立ち込めた。

 

 

「うっ‥‥‥うううっ‥‥‥兄じゃー!!」

 


 一匹は叫びながら地面に膝をつき、残りの一匹はただ呆然と立ちすくんでいる。  

 

 

 何だかんだと那津の手の甲が光ってからあっという間の出来事だった。

 

 

 横たわった那津のすぐ前に、先ほどまで那津を持ち上げていた腕の肉片がボトボトっと落ちた。

 

 

 ズサズサズサッ‥‥グチャン‥‥‥ズズズズズ‥‥‥

 

 

 続いて骨付きの肉片が一気に地面に積み重なり、その回りをどろどろの赤い液体がじわじわと縁取ってゆく。

 

 

 すべてが終わると金色の糸は、くう に溶けるようにふうっと消えた。しかし、那津の左手の甲からはまだ数本の短い金糸が、水中の美しい生物のように ゆらゆら揺らめいていた。

 

 

 

「あ‥‥兄じゃが‥‥! なんなんだ! こいつ‥‥」

 

 

 一匹の大猿が那津に掴みかかろうとした。

 

 だが未だに金糸の先端が反応し、自分に向けられることがわかると、怯んで距離を取った。

  

 もう一匹と目を合わせると目配せを交わし、翻してそのまま走り去って行った。

 

 

 

 

 

 那津はそのまましばらく気を失なっていたが、酷い臭気のせいで目を覚ました。

 

 

「‥‥‥‥‥何じゃこれは‥‥‥」

 

 地面に転がりながら見えた光景は意味不明だった。  

 

 

 地面に手をついてゆるりと上身を起こした。

 

 

「‥‥‥‥‥これは?」

 

   

 目の前に大量の生ぐさい肉片と血だまりが広がっていた。

 

 そしてそれをついばむ見たこともない大きな鳥がいた。

 

 

「‥‥‥なんじゃ、これは!」

 

 

 ようやく頭が働き出した那津は、惨い光景と臭気に思わず胸を押さえた。

 

 

「嬢ちゃん、先に頂いてるぜ! あんた、ちっこいくせにやるじゃん!」

 

 

 くちばしから腸管の切れ端をぶら下げながら巨大なワシが那津に話かけて来た。

 

 

「嬢ちゃんが仕留めた獲物なのに、早く食わねえとなくなっちまうぜ?」

 

 

「これは‥‥? まさかあの大猿か?」

 

「おいおい、見りゃわかんだろ」  

 

 大鷲がくちばしからぶら下がった肉片をぱくっと飲み込んだ。

 


「‥‥‥これは妾が?」

 

「だろ? 嬢ちゃんがあの気取った魚の技、金糸切りを使うとは驚いたぜ」

 

 那津は左手の甲の鱗を見た。手の甲が熱い。

 

 

 ──これは‥‥‥たぶん七瀬の霊力が妾を守ってくれたのじゃ‥‥‥

 

 

「‥‥‥‥妾は食わぬ。そちが好きなだけ食うがいい。だが食べ終わったら一つ頼みがあるのじゃ」

 

「いいのか? 俺が全部貰っても。わりーな。じゃちょっと待っててくれな」 

 

 

 

 ***********

 

 

 大鷲は存分に食べ、満足したようだ。機嫌良く那津に話しかけた。

 

「わりぃ、待たせたな」 

 

 大きさは大猿と変わらない。しかし、翼を広げたら何倍もの大きさだろう。


「金色の鯉を知っておるのだな? ワシよ」

 

 

 大鷲は黄金の鯉のことを知っているし、何がどうなって大猿が肉片になったのか知っているようだ。

 

 

「‥‥確かに俺はワシだけど、俺の名はキザシだ。‥‥‥嬢ちゃんと話すにはこれじゃちょっとでか過ぎだな。話しにくい」

 

 

 大鷲は那津と同じ位まで、しゅしゅしゅしゅっ と小さく変化へんげ した。

 

 

「キザシ、妾は那津じゃ。悪いが黄金の鯉の縄張りの方へ妾を案内して貰えんかのう?」

 

「ああいいぜ、結界の近くまでなら行ける。すぐそこじゃねーか」

 

「‥‥‥すぐそこだとは思えんが」 

 

 

 自分の足と大鷲の翼では距離の感覚が全く違うようだ。

 

 

「‥‥‥俺は樹の上からずっと那津を見ていたぜ。あいつらが那津に先に手を出さなかったら俺が那津を食ってたかもな?」

 

「なにっ! キザシよ。お前も妾を食おうとしていたのかっ!」

 

「さあね。もしそうだったら今頃は俺が大猿に食われてたな」

 

 

 平然とそんなことを言うキザシに那津は面食らう。

 

 

「‥‥‥キザシよ。まさか‥‥‥まだ妾を狙っておるのかっ? 良く聞け! 妾には毒があるぞっ!!」

 

「おいおい、今は腹が目一杯満杯だ。それにあの金糸は遠慮しとくわ」

 

 

 軽い調子の返答だったが、キザシからは悪意は感じられなかった。だが、油断は禁物だ。

 

 

「‥‥‥ならばお前の腹が減る前にさっさと行かねばな。妾は自分がいるここが、どこがどこだか見当もつかぬ」

 

「任せとけ。大猿一匹タダで貰ったからな。義理は返す。俺が特別に背中に乗せてやる。未だ誰も乗せたことはないんだぜ。那津は運がいい」

 

 キザシは首をつんと上げて澄ました顔をした。

 

「乗せてやる、と言われてもじゃ。妾と同じ大きさになった鷲におんぶしてもらうのは気が引ける。妾は歩くから大丈夫じゃ。そこまで恩に着なくてもよいのじゃ」

  

 

「‥‥‥‥那津。おまえって欲がねーな。ふふふん。‥‥‥まあ、いいから俺から離れて見てな!」

 

     

 そう言うと、キザシの体がむくむく膨らみ始め、那津はあわあわと後ずさった。

 

 大きさは自由自在らしい。



「現世ではありえんことばかりじゃ‥‥‥」


 那津は巨大な鳥の足元で呟いた。




 

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