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那津の後始末

 那津は昼過ぎまで城内のあちこちの会話を聴いて回った。

 それだけで那津が消えてからの大筋の流れは知ることが出来た。

 

 あの日、那津について井戸に行った者はとりあえず謹慎処分となっているらしい。

 

 そこまで酷い扱いはされていないらしいことがわかってほっとしたが、那津としては、いかなる処分も望んではいなかった。

 

 

 那津の葬儀は終わっていた。体は見つからなかったが、鯉に飲み込まれた所は複数が目撃していたため、あきらめた模様だ。

 

 蓮津はあれからずっと伏せっているらしい。そのため、輿入の準備として有力大名への養女になるのは延期されたことがわかった。

 

 

 ──浮いて移動するのも大変じゃ。歩こう。そして妾の部屋で少し休もうぞ。

  足音には気をつけねば。

 

 しずしずしず‥‥‥どすどすどすどす

 

 那津は、静かに歩かねばと気を付けていたのだが、最初の数歩だけで、結局は廊下にどすどす足音が響いた。

 

 

 自分の部屋に戻った那津は布団の上に横になった。

 

 死んだ妾のために、こうして今も用意してくれてあるとはありがたき‥‥‥

 

  

 

 那津が気がつくともう夜になっていた。

 

 目的を果たすべく起き上がった。

 

 

 ──さて、最初は母上から行くとしよう。

 

 

 那津は眠っている母の枕元に立った。

 

 

 想いを込めて呼び掛けた。

 

『母上様。那津じゃ』

 

「う‥‥ん? 那津‥‥。これは‥‥夢?」

 

『突然死んですまなかったのう。母上様』

 

「那津‥‥‥なんとのんきなことを。ふふふ‥‥‥夢の中でも那津らしいこと‥‥‥。夢とはいえ、会えるのは嬉しきこと‥‥‥」

 

『頼みがあるのじゃ。妾が死んだのは妾のせいじゃ。誰も責めるでない。良いな。誰にもお咎め無きよう頼むぞ』

 

「那津‥‥‥もうどこにも行かないで。この母の夢の中にずっといてくださいな‥‥‥」

 

『そうも行かぬが、又来るゆえ菓子を頼む。さて、父上様の寝所にも行くか』

 

 

 眠りながら涙を流す母に一言残し、次へ向かった。

 

 

 那津は殿様である父の枕もとでも同じことを枕元で頼んだ。

 

 ここでは殿が、『那津が会いに来た!』と騒ぎ出し、家臣たちが駆けつけたため、夜中にとんだ騒ぎになってしまった。

 

 

 那津はすごすごと自室に戻ったのだった。

 

 

 

 翌朝、城中では、那津の幽霊の噂があっという間に拡がった。

 

「ねえ、聞いた?那津姫様の幽霊が現れたって!」

 

「そういえば、お恵の方様が一昨日の夜明け前に、那津姫様の足音を聴いたって言っておられたわ!」

 

「そっ、それ! 黙っていたのですが私も確かに聴きました! そうよ、あのどすどすは姫様しかあり得ないわ!」

 

「奥方様の夢枕に立たれたって噂よ! 那津姫様が菓子を所望されたとかで。炊事場では大急ぎでお供えの焼き菓子を作っているわ」

 

「那津姫様のお部屋の菓子が無くなっていたそうよ。きっと幽霊になって戻られているのよ!」

 

 

 ──なんでここまでバレバレなのかのう? まあ良い。蓮津の様子でも見にいくかのう。

 

 那津は仕方無しに、足音がしないようにふわふわ浮いて移動をした。

 

 蓮津は顔色が青いものの起きていた。

 

 腰元に体を清められている最中だった。元々美しい肌が、伏せっている間に更に透けるように白くなったようだ。

 

 このような時でもやはり蓮津は眩しく美しかった。

 

 

 ──具合はどうじゃ? 蓮津。

 


千蒔ちまき、聴いて頂戴。わたくし、昨日の明け方に那津様の夢をみたの‥‥‥」

 

「まあ、どんな夢ですの?」

 

「わたくしの事を案じて頭をそっと撫でてくださったのです‥‥‥」

 

「‥‥‥蓮津様が余りにも悲しんでおられるので那津姫様もあの世から案じていらっしゃるのでしょう」

 

「わたくしも‥‥‥伏せってばかりはいられまでんわね。那津様の霊をお慰めする何かをしたいわ」

 

「‥‥‥那津姫様の喜ぶ事。やはり菓子でしょうか。奥方様は那津姫様のお部屋に今も焼き菓子をお供えしていますし」

 

「そうですわね‥‥‥では、わたくしはその菓子の作り方を聞き出し、巻物にして写経と共に霊前に納めましょう」

 

「それは那津姫様もお喜びになるでしょう」

 

 

 ──蓮津。少しは元気が出たようじゃ。妾はここに戻ってきた甲斐があったのう。よきよき。

 

 今夜皆が寝静まったら蓮津の枕元に立ち、この手の甲の金の鱗をはがし、蓮津に与えよう。それまでは、一先ず部屋に戻り大人しくしていようぞ。

 

 

 

 *************

 

 

 那津が違和感を感じ、自室で目覚めると、もう夜も更けていた。

 

 

──ん、なんじゃ?左手の甲が熱い。

 

 

 お? 七瀬から貰った鱗が光っておる。これは妾を呼んでいるんだったかのう。ちと、井戸に行ってみるか。小うるさい奴じゃ。

 

 那津は、ふわふわと三の井戸に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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