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蓮津姫の物語

冒頭数話は時代劇風 _φ(゜Д゜ )


それから霊界へ行っちゃいます。

 ザルやかごを大八車に山盛りに積んだ竹細工売りが、悠々と通る声を響かせながらゆるりと歩いている広小路。

 

 客を乗せた駕籠は、息の合った男衆二人に担がれてえっさえっさとせわ しなく通り過ぎ、飛脚は通りをゆく人の間を見事にすり抜け、颯爽と風の如く駆け抜けてゆく。

 

 目抜通りの入口の茶店の店先では、旅人風情の男が、緋色の毛氈もうせん が敷かれた床几しょうぎ に座り一服し、その横ではだんご片手に年頃の娘3人がお喋りに花を咲かせている。

  

  

 馬に跨がり闊歩するキリリとした帯刀した侍。供の者を連れ気品よろしく歩く武家の子女。その横を商家の使いっぱしりの丁稚奉公の小僧が風呂敷包みを持ち、てけてけと橋を渡ってゆく。


 裏通りでは、野菜、鮮魚、豆腐、金魚、様々な棒手振ぼてぶ りが賑やかに往来を行き交う。お目当てのものが回ってきて逃すまいと大声で呼び止める長屋の女たち。

 

 

 城下町は、様々な身分の者らが雑多に行き交い、活気があふれていた。

 

 

 この領内は平和だ。

 

 

 仲見世通りには小間物屋に呉服屋、雑貨屋に土産物屋、旅籠に薬舗、蕎麦屋に甘味処など、両側ともに隙間無く、ずらりと店が立ち並ぶ。

 

 ついでにどうにも引き寄せられてしまうような旨そうな匂いを放つ露店までいくつも出来ていて、気が引かれることこの上ない。

 

 

 華やかな目抜き通りを行く、はた から見れば年の離れた仲の良い姉妹なのかと思われる娘二人がいる。

 

 あちらもこちらも気になって、好奇心溢れんばかりに目をキラキラさせながら気ぜわしく歩く 年の端十才前くらいであろうかという娘の後を、姉らしき娘が遅れまじと小走りで付いてゆく。

 

 

「あの小物売りのお店に行きましょう! 見て! 見たことの無い模様の巾着袋がたくさん店先に並んでる! ほら、小雪ったら早く早く」

 

「まっ、待ってくださいまし。速すぎでございます‥‥‥そんなに急くと危のうござい‥‥‥」 

 

「‥‥‥きゃっ!」

 

 先を歩いていた小紋の着物姿の蓮津れんづ が不意に手と膝を地面についた。

 

 

「まあ、言った先から‥‥‥姫様! 大事ありませぬか?」

 

 お付きの小雪が慌てて走り寄り、かが んで支えた。

 

 年の端は16、7くらいだろうか。小雪のまだ幼さが残るかわいらしい丸顔が気使かわしげに眉を寄せた。

 

 

「‥‥‥鼻緒が切れてしまったわ。小雪」

 

 町娘に扮した蓮津は、久しぶりの町の様子が楽しくて、ちょっとばかり はしゃぎ過ぎたようだ。

 

「なんと‥‥‥! どこか痛む所などありませぬか? 取り敢えずはわたくしの手ぬぐいを裂いて げ替えますゆえ、それでご辛抱下さいませ‥‥‥えっと、どこかに姫様の座れる所などは‥‥‥」

 

 小雪がキョロキョロ辺りを見回していると、ふとすぐ横に、通りがかりの駕籠かごが止まった。

 

 

 小雪は、さっと蓮津を自分の後ろに隠して身構えた。

 

 着物の左のたもとに忍ばせた懐刀に素早く手を伸ばし、袖の中に隠したまま、指でそっと鞘を緩めた。

 

 

 駕籠の御簾みす の小窓から、男が顔を出した。

 

「そなた小雪殿ではないか。どうされたのだ? 往来の真ん中に座り込むとは。連れの者がしゃく でも起こしたか?」

 

 

 白く緊迫していた小雪の顔が、瞬時に驚きと喜びの表情に変わった。

 

 

「これは‥‥‥名波様! このようなところでお会いするとは。今、姫様の鼻緒が切れてしまわれて難儀していたところなのです」

 

 地べたに下ろされた駕籠の御簾の小窓から顔を覗かせている侍に小雪が小声でわけを話した。

 

「‥‥‥! 姫様って‥‥‥まさか‥‥‥小雪殿がお仕えしている蓮津姫様ってことなのか?」

 

「まっ! 名波様ったら! 声が大きゅうございます。今はお忍びの散策ですのに」 

 

 小雪は囁き声で苦言を呈した。

 

「す、すまぬ。‥‥‥姫様が難儀とは、それはいかん。ならばこの駕籠に乗って頂こう。それがし の屋敷はここから遠くはありませぬ。そこで少し休んでいかれては? さすれば某が草履も直して差し上げられますゆえ」

 

「まあっ! 名波様、よろしいのですか? 助かりますわ」 

 

 

 

 

 ***********

 

 

 

 蓮津は、客間から縁側越しに、木の塀に囲まれた さほど広くない庭を眺めつつ、お茶を頂き一休みしている。


 先ほど転んで少しすりむいた手のひらの手当てもしてもらった。切れた鼻緒は、時間的には、とっくにすげ替え終わっているはずなのだけれども、未だ小雪の姿は戻って来てはいない。

 

 

 先ほどの駕籠を差し出した男、名波は城仕えの下級武士の家柄で、小雪とは護身武術の師範繋がりがあったらしい。

 

 

 名波という男と小雪の楽しげな声が、蓮津のいる客間まで、たぶん勝手口の方から時折響いて来てる。

 

 

 ーーー小雪はずいぶんと楽しそうだこと。今日はずいぶんと連れ回してしまったし。これは褒美の時間といたしましょうぞ。

 

 

 蓮津は一人退屈を感じていた。

 

 思いついてふと、懐から扇子を出した。

 それから、小さな声で歌いながら舞の稽古などしてみた。

 

 

 一曲舞い終わると、すぐ側で男の子の声がした。

 

 

「‥‥‥舞姫だ」

 

「えっ‥‥‥誰?」 

 

 縁側から顔を出したのは、蓮津の二つ三つ年上だろうくらいの男子だった。庭から縁側越しに蓮津を見て頬を染めている。

 

 

「兄上のお客人の妹? あのさ、こっちに来てみて。池に綺麗な魚がいるんだ! 舞を見せて貰ったお礼に僕の宝物を見せてあげる。ここに履き物もあるよ」

 

「ほんと? どんなお魚なのかしら?」

 

 蓮津は、退屈していたし、城で同世代の子どもと遊ぶこともほとんど無かったので、嬉しくてすぐに返事した。

 

 

「こっちだよ」

 

 男の子は、庭先を掘って岩で囲んで作られた小さな池に蓮津をいざな った。

 

「見て、これ、きれいな魚でしょ? 錦鯉だよ。知り合いにやっと譲って貰ったんだ。この真っ赤でちょっと小さいのが椿ちゃんで、あの橙と白と黒の斑の人面魚が桜ちゃんだよ。呼ぶと来るんだ。あっ、僕はねさく、名波索」

  

「わたくしは蓮津れんづ。お魚さん、なついていてかわいいわね。でもここには少ししか鯉がいないのね。お城の庭の池にはもっとたくさんいるわよ」

 

「すごい! 君、お城の庭知ってるの?」

 

「うん。この子たちもとっても綺麗だけど、お城にはこの子たちとはまた違う色の鯉がいるのよ」

 

「さすがお城だな。いいなぁー、僕も見てみたいな。僕、元服したら絶対お城に仕えるよ!」

 

「ほんとう? 索はお城に来るの? 絶対に約束よ? そしたらわたくしたち、きっと一緒にいっぱい遊べるもの」

 

「お城で遊ぶの? そんなこと出来るのかわからないけど‥‥‥でも、いつかお城の錦鯉を蓮津と一緒に見てみたいな」

 

「わたくしも!」  

 

「じゃ約束した。‥‥‥ねえ、近くの空き地で的当てしようよ!」

 

「なあに? それ」

 

「‥‥‥知らないの? へへっ、これは僕、得意なんだ! 教えてあげる。行こう! さあ、あっち」 

 

 

 索が蓮津の手を取り駆け出した時、小雪の声がした。

 

 

「待ってくださいませ、姫様! もう戻らなければなりませぬ。それに小雪を連れずに勝手に外に行くなど許されませぬ!」

 

 蓮津と索が振り向くと小雪が駆け寄り、先ほどの男は地べたに平服していた。

 

 

「それがしの弟が失礼いたしました。蓮津姫様」

 


 

 

 ***********

   

 

 

 蓮津の申し出た希望に小雪も異存はないらしかった。

 

 その日からというもの、息抜きのため月に一度だけ許されていた蓮津のお忍びのお出掛け先は、賑やかな町中の散策や参詣はほどほどに、後半は名波の屋敷へと赴くようになった。

 

 

 もちろんこの予定外の寄り道は蓮津と小雪の二人の秘密であった。

 

 小雪には多少の武術の心得もあったし、さらに名波は信頼出来る人物だと知っていたゆえの所為であった。

 

 初めて名波家を訪れた日からおよそ2年後の、蓮津が11になるまでそれは続いたが、それ以降は叶わなかった。

 

 

 小雪が遂に名波家に嫁ぎ、蓮津の下から去って行ったからだ。

 

 ゆえにそれ以降、蓮津を名波の屋敷にお忍びで連れ出してくれる者はいなくなった。

 

 

  


 


 

 

 

 

 


また来て貰えたら嬉しいです m(_ _)m



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