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ショートショート6月~2回目

枇杷

作者: たかさば

我が家から歩いて五分ほどの場所にある小学校の正門横には、職員用の駐車場に続く坂道がある。

ずいぶん急な坂道になっているこの通路脇には、一本の枇杷の木が生えている。


おそらく、学校側が意図して植えたものではないのだろう。

不自然な場所に、いきなりぽつんとある、枇杷の木。


整枝されていない木は、かなり縦に長い。

毎年梅雨の時期になるとこの木にはたくさんの枇杷の実が生るのだが、子どもはもちろん大人でさえも果実に触れることができない。

果実を手にするには、二メートル越えの脚立か、長い収穫網が必要と思われる。


枇杷の木は私のウォーキングコース上にあるので、毎日必ず目にする場所だ。

小さな実がつき、おおきく育ち、ほのかに色付き、どんどん色味を濃くしてゆく枇杷の実。


今年も例年通り、たくさんの山吹色の実が生った。

スーパーで売っているものよりも一回りほど大きな枇杷の実が、パッと見ただけでも20パック分はある。


……足元には、つぶれた枇杷の実が、2パック分ほど落ちている。


もったいないなあ。

収穫して、食べたらいいのに。


毎年この時期になると、切ない気持ちで地面を見つめてしまう自分がいる。


私が子供の時は、学校に生えていた桑の実とか、姫リンゴとか、ヒマワリの種とか、コケモモとか、みんな奪い合うようにして食べていた。

あの頃は、みんな食に貪欲で、遠慮知らずで、恥知らずで、無鉄砲だった。

おなかを壊しては叱られ、枝を折っては叱られ、川に落ちては叱られ、何をやっても叱られていた時代。


今は…アレルギーの問題とかもあるだろうし、学校で収穫してみんなで食べるとかできないのかな。

天然の果物なんて、美味しくないって思われちゃってるのかもしれないな。

飽食の時代だし、スーパーでおいしい枇杷が売ってるのに、まずいかもしれないものなんて食べたくないって思うのかもね。


そんなことを考えながら、スマホで写真を一枚取らせていただく。


「あ、こんにちは!!アラー、インスタ?」


いきなり声をかけられてあわてて振り向くと、近所の奥さんだった。


「あ、どうも、こんにちは、いえね、美味しそうな枇杷だと思って、写真撮りたくなっちゃって。」


へらへらとした笑みを返しておく。…この人話長いんだよね、早くここから立ち去らねば。


「上を見れば季節感あふれるステキな絵になるものねえ!下は汚いけど!!」

「掃除とかしないんですかね、雨でも降ったら流されてきれいになるかも?」


つぶれた実までは流れないから、無理かなあ……。

ここは微妙に小学校の敷地からはみ出ているし、小学校の外側だから、掃除の時間でもスルーされてるんだろうな…。


「雨なんか降ったら上の方の実まで落ちてきてもっと汚くなるわよ!!ホント早く切っちゃえばいいのにねえ、何やってんのかしら、小学校は!!」

「今、忙しそうですもんねえ……。」


ああ、そういえばこの人はやけにこう、攻撃的で自己中心的で几帳面な人だったな……早くこの場を立ち去りたいんですけど、さてどうしようか。


「去年なんてね、どっかのおっさんがここのフェンスに登ってね、枇杷の実取ろうとしてたのよ!!さもしいというか浅ましいというか恥知らずっていうか!!!こんなとこに生えてるもん勝手に食べようなんて、ホントお里が知れるわよねえ!!消毒もしてないし、雨に打たれたものなんて汚いのに!!!子供達が真似でもしたらどうすんのよ、ねえ!!」

「……そうですねえ、困っちゃいますかね。」


自分はおっさん寄りの人間であることをきっちり隠しつつ、枇杷の実にスマホのカメラを寄せる。

……スマホ画面越しに、山吹色の実たちを見上げていた私の頬に、ぽつり、ぽつりと…雨が。


「あ、降ってきましたね、雨……。」


……梅雨の時期の空模様は、あっという間に急変するなあ。いつの間にか薄雲の広がっていた空の端に、灰色のどんよりした塊が見える。これはかなりの土砂降りになりそうだ。


「あらやだ!!あたし布団干しっぱなし!!じゃあね、奥さん、ごきげんよう!!」

「はは、お気をつけて。」


慌ただしく駆け出して行った奥さんを見送り、私は下げていた傘を広げた。


地面には、大粒の雨がてん、てん、てんと…染みを残し、次々に繋がってゆく。


……強い雨が降ったら、実もずいぶん落ちてしまうんだろうな。

食べてもらえない、枇杷の実…か。


……この木は、切られてしまうのかも、知れない。

あんなにおいしそうな実を、ほとんど食べてもらう事の無いまま、この木は。


私は、足もとに落ちている大ぶりの実を一つ、拾い上げた。

……誰も見ていないな?あたりを見回し、確認をば。

気を付けないと、近所中であの家の奥さんは拾い食いをしているという噂が流れてしまう。


「うちの庭に植えたら……大きく育つかも?」


うちで育ったら、その実はすべて…私がありがたく食させていただくつもりだ。


芽が出るかどうかもわからないけれど、非常に楽しみにしている私がここに。

実がつくかどうかもわからないけれど、この木から落ちた枇杷であれば、きっと期待に応えてくれるはずと信じる私がここに。


・・・枇杷食べ放題かあ、いいぞ!!生でかじって良し、ゼリーにして良し、コンポートやジャム、枇杷酒なんてのにも手が出せるぞ!!!

買うと地味にお高くてさあ、あんまり突拍子もないレシピに手を出す勇気が持てなくってさ、いつも冷やして食べるにとどまってたんだけども!!


まだ植えてもいないのに、腹のはちきれるまで枇杷を食べられる日のことを思い……私はおなかを鳴らしたのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 私の地元では、柿の木が庭などに植えてある家が何軒かあります。 当家にも柿の木がありまして、先日植木屋さんに伸び過ぎた枝を切って頂いた時に教えて頂いたのですが、76年前に終了した戦争中や戦後の…
[一言] そんなになっているなら食べればいいのに……と思いますけどね〜。 でも最近は、何かとうるさいですからね。勝手に取って食べても、お腹を壊せば、やれ、木の持ち主が悪い、小学校が悪いなどと……。 そ…
[気になる点] >>> 地面には、大粒の雨がてん、てん、てんと…染みを残し、次々に繋がってゆく。  やたら詩的ですね今日。 [一言] まぁ育つわけがないのでしょうな
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