第13章 すれ違い
第13章 すれ違い
『Kai』の前にシビックが止まった。沙智は藤田くんが来たというのがわかったが、一向に車から下りる気配がない。
すると、2階の自室から洋子が下りて来て、「沙智、ちょっと出かけて来る」と言い残し、藤田くんの
シビックの助手席に乗り込み走りだした。
沙智は洋子に対して嫌悪感を抱いた。 夕方になって真次が来た。洋子はまだ帰ってない。
真次は店に入るなり、奥の扉を開け洋子を呼んだ。「洋子ー!来たぞー」
沙智:「洋子は今居ないよ」
真次:「うん?何処いったん?」
沙智:「ちっ!ちょっと出てくるって! じきに帰って来ると思うし・・」
真次は不信に思った。行き先も告げず、洋子が外出する事はなかったからだ。
真次は沙智の入れたコーヒーを飲みながら待つことにした。
夜11時ごろ、『Kai』の扉が開いた。洋子が帰ってきた。
洋子:「真次、来てたの?」
真次:「うん! 洋子、寝てんで大丈夫か?」
洋子:「ごめん真次、疲れてるから寝るし」洋子は自室へ閉じこもった。
真次:「さっちゃん?なんかあったんか?」
沙智:「あたしが、真次くんに聞きたいわ! 真次くん洋子になんかしたん?」
真次:「えっ? なんかって????? なんもした覚えないけどな~?」
沙智:「後で、電話で話すわ。帰って待ってて。」
真次の家に沙智から電話が掛かってきた。
沙智:「真次くん!ほんまに洋子になんか言ったとか、したとかないの?」
真次:「うん! ほんまにない」
「いっつも、なんかしたら洋子にしばかれるやん。」
沙智:「そーやな! ほななんで?」
真次:「どーなったんや?」
沙智:「実はなー。今日、藤田くんが来たんやけど店に入らんと、洋子を迎えに来てん。」
真次:「藤田くんと! あいつは俺が洋子に逢う前から店に出入りしてるしな。 藤田は洋子の事好きなんや」
沙智:「そうなんや! 洋子、何考えてるんかな?」
真次:「さっちゃん・・・・ 俺、どうなるんやろ・・・」寂しげに
沙智:「洋子と別れたら、あたしと付き合う?」
真次:「あほ!何言うねん! 寺井がおるやろ!」ちょっと怒った。
とにかく、もうしばらく沙智に洋子の様子を伺ってもらう事にした。
翌日、又藤田が向かえに来た。 洋子が自室から出てくるのを沙智が呼びとめた。
沙智:「洋子!何処いくの?」
洋子:「・・・・・ 沙智には関係ないのよ。」 と足早に飛び出した。
沙智:「洋子! 真次くんは・・・」 遅かった、その言葉が出るのが。
夕方、真次が来た。
真次:「さっちゃん、洋子は?」
沙智:「昨日と一緒。 もうわからへんあの人。」
真次:「とりあえず、洋子帰って来るまで待つわ。」
また、11時ごろ洋子が帰って来た。
真次:「洋子! どこ行ってるんや!」
洋子:「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 答えない
真次:「お前、酒飲んでるの!まだ、あかんって医者に言われてるやろ。」
「藤田とどっか行ってたんやて! なんでや!」
洋子:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 やはり答えない。
真次:「答えろや! なんでやねん! 俺がなんかしたか? なんか言うたか?」
洋子:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 やはり答えない。
真次:「答えられへんのやったら、これまでやな! じゃな、洋子!」真次は出て行った。
洋子は、真次が出て行く姿も見ず泣き崩れた。
沙智:「洋子! なんの理由があるの?藤田くんと出かけたんわ。」
洋子:「うわぁーん!うわぁーん!うわぁーん!」 泣いたままだ。
沙智:「洋子!あんたしてる事は浮気と違うの? 真次くんは、エッチの事とかそぶりを見せても洋子から
離れてへんやろ。 あたしには見向きもせんと洋子に走ったんやで。」
「ええかげんにして! 話してーなー!」
洋子は泣きじゃくりながら:「真次がやさしいから、あの日、有名なレーシングチームから話しがあって、
それをほっといて、あたしのとこへ来てくれたの。 レーサーになるのは、真次の夢なの!
あたしが、足引っ張ってると思ったら寝られないの。」
沙智:「それで、藤田くんなん? 別にあたしでも、裕(寺井)でも悦子さんでも、湯沢さんでもいいんと
ちがうん?」
洋子:「真次から、離れてる人がよかってん。 あたしの事知ってる人がよかってん。」
沙智:「真次くんにいい訳できる? 真次くん、いっつもあほな事言ってるけど、洋子の平手打ち避けもせんと打たれたやんかー! わかってんの!どういうことか!」
洋子:「あたしが~・・・・・」泣きだした。
沙智は、洋子が泣きやむのを待った。
沙智:「真次くんの事、好きなんやろ。」
洋子:「うん・・・・。」
沙智:「じゃ!明日あたしが、真次くん呼んでおくし出て行ったらあかんで!」
洋子:「うん・・・・。」
沙智:「ちゃんと、真次くんに訳を言ってあげてな!」
洋子:「うん・・・・。」
翌日、沙智は真次を呼んだが、レーシングチームとの打合せで来れなかった。
昼間は、真次は仕事をし出した、だから、夜にしか洋子に逢うのも、打合せも出来なかった。
沙智:「真次くん、来れないって。 チームと打合せがあるから。」
洋子:「そう・・・・・。」
沙智:「明日も無理かもしれないって。 どうするの?」
洋子:「どうするって・・・・。どうしたらいいの。」
沙智:「たぶん、このままでは真次くん来ないよ。 洋子が動かなきゃ。」
洋子:「沙智! どうしたらいいの?」
「わからへん!」
「真次はいつもここに来てるし、あたしが何したら・・・・」
沙智:「真次くんが居るとこに行ったらいいだけやないの。」
「あたしも付いて行ってあげるし。」
洋子:「うん!」 ちょっと勇気をもらったように感じた。
そのころ真次は、裕子さんに電話で相談していた。
真次:「裕子さん、・・・・。」
裕子:「何?真次くん? めずらしわね、真次くんが電話くれるなんて。」
真次:「あのー、相談があるんやけど・・・・。」
裕子:「何? 洋子さんの事? また何かやらかしたんでしょう。」
真次:「図星やなー。 そやねん。 なんかー、洋子に嫌われてるねん。」
裕子:「浮気か、傷つける事でもしたの?」
真次:「いやーーーー? そんなことした覚えないしなー。」
裕子:「じゃ?何?」
真次:「洋子が、浮気してるみたいやねん。」
裕子:「えーーーー! 洋子ちゃんが!」
「絶対ないと思うけど・・・・まだ、この前、逢ったばっかりだしね、何ともいえないけど・・・」
「だって、洋子ちゃん、真次くんがよそ見をしたら、ちゃんと自分の方、向かせようとしてたでしょう?
私の時だってそうだったじゃない?」
真次:「そやなー!洋子やから他見られへんのや。でもそれが俺はよかったんや。」
裕子:「じゃー?真次くんが原因じゃないとすると・・・・・? 洋子ちゃんの問題?」
真次:「俺も知ってるやつやけど、店の常連とどっか行きよんねん。」
裕子:「洋子ちゃんが、真次くんの事まだ好きなら戻ってくるはずよ。 真次くんが変に動く必要ないんじゃ
ない?」
真次:「そうかなー? ほんまに別れる事になったら俺どうしよー!」
裕子:「そうなったら、私がお付き合いするよ!」
真次:「裕子さん、さっちゃんと同じ事言うな~・・・ なんか親身になってもらえへんなー。」
裕子:「真次くんと洋子ちゃんはそれだけ入る余地がないって事よ。」
「あんまり、心配しないで。 また何かあったら電話して!いつでも相談乗るからね!」
そう言って電話は切られた。
翌日、真次はレーシングチームの監督とスナックで話していた。外は、朝から雨が降っていた。
話しが終り、Ber『バラン』にいた。寺井もその後で来た。
真次:「寺井ー、どうしよ?」
寺井:「沙智から聞いてる。お前らしないなー。」
真次:「俺らしいって、何やねん?」もう真次はボトル1本開けてしまった。
寺井:「もう真次!やめとけ!こんどお前が壊れるぞ!」
寺井には酒を止める事しか出来なかった。
その時、沙智が洋子を連れて来た。
洋子:「真次!ごめんなさい。 でも、真次に言っておかなくてはならないことがあるの」
真次:「なんや、それ。」
洋子:「真次!いままで黙っていたけど、正直に話すわ。」
「あたしね、夫がいるの。」
真次:「はっ?」 真次だけじゃなく、沙智や寺井までも驚いた。
洋子:「今は、その人は他の女の人と同棲してるらしくて、離婚の手続きをしようと進めてるの。」
真次:「んっ? 何て?」
沙智:「どういうこと?」
洋子:「あたし、去年に結婚したの・・・・・一ヶ月ほどで・・・・。」
「勢いだったの・・・結婚したのは・・・・、ごめんなさい!」
「真次を傷つける気はなかったの・・・・ちゃんと話すつもりだったの・・・・」
沙智:「何言ってるのかわからへんやん!」
その時、藤田くんが入って来た。
藤田:「さがしたで!真次!」
真次:「おっ、お前!」 真次は立上り、藤田に殴りかかった。もろに顎に真次のパンチを食らった藤田は、
その場で失神した。
洋子:「真次!やめて! 藤田くんは関係ないの。 藤田くん!藤田くん!」
真次は藤田の顔にチェイサーの水をかけた。
藤田:「うっううう・・、真次・・・たのむし話し聞いてくれ!」
真次:「お前が言える立場か?」
洋子:「藤田くんは、あたしと真次のために動いてくれてるの!」
真次:「えっ!どういうことや。」
藤田:「俺のつれなんや・・・『Kai』に俺と一緒にいったんや・・・・あいつに女居たん知ってたんや、
それやのに洋子ちゃんと結婚して・・・・その後元のさやに納まるようになって・・・・・
それで、離婚届けに判押させよと思ってたんや・・・・だらしない奴やったんはわかってたんや
そやから俺にも責任あるんや・・・・・。」
真次:「届けは!」
藤田:「今、持ってきたんや!」 ポケットから離婚届を真次に手渡した。
真次はそれを受け取り、判が押してあるか確認して洋子に手渡した。
しかし、真次の怒りは納まってはいない。
真次:「そいつは、何処にいるんや!」
藤田:「今は、家にいると思う。 そやけど真次。真次が怒るのは無理ないけど、手は出すな。
今、俺がしてきたし。 腐った奴やから真次は手ださんほうがえー。」
洋子:「ごめんなさい! 真次!ほんまに辞めて!あたし・・・・真次が居なかったらどうしたらいいの。」
洋子は行かせまいと真次に抱きつた。 寺井も真次を止めた。
寺井:「お前、今問題起こしたらもうレース出来ひんぞ!」
沙智:「そやで、今は洋子の事だけ考えてあげて。」
洋子:「あたし、真次と居て楽しいの・・・」
「妊娠して、生んでいいって言ってくれて嬉しいの・・・」
「流産しても、また作ろうって言ってくれて嬉しかったの・・・・」
「だから、余計に苦しかったの・・・・・」
「真次を信じていたいから、そばに居たいから、真次がいいから・・・」
真次はもう怒りが失せていた、酔いも一気に醒めていた。寺井が藤田を起こした。
真次:「洋子!わかった。俺から洋子が居らんようになるんちゃうかと思って・・・。」
藤田:「ほんまに悪い事した。わるい。」藤田は頭を下げた。
「俺も洋子ちゃん好きやったけど、お前ら見てたら逆に応援したなってな・・・・
ほんまにすまん。」
真次:「もうえーわ、藤田くん! 俺の早とちりもあるんや、洋子をもっと信じたらよかったんや。」
「悪かった、どついて!」
「もう奴は、洋子に近づかへんのやな!」
藤田:「補償は出来ひんけど、俺がそう言わせた。 たぶん、大丈夫や。」
真次:「今度あったら、殺すからな。」 洋子には、真次から青白い炎が上っているように見えた。
それは、洋子が一度も見たこともない殺気さえ感じるものだった。
寺井:「今日は、もう引き上げよか? もう真次も落ち着いたやろ。」
5人は引き上げる事にした。洋子と真次、沙智と寺井、そして藤田が別々に帰っていった。