国王 「お前、生意気だえ」
滴る汗が床に落ち、小さな水溜まりが出来ている。頭を下げ、視線の先には今己が座っている冷たい大理石。黒に統一された床は冷徹な雰囲気を醸し出す。
陛下の御不満を買った。その事実が背筋を凍らせる。
ただ。ただ。陛下の御言葉を待つ。その長い沈黙が己を恐怖に染める。己の心臓の音がうるさく耳に響く。
「2回目だえ。これで、2回目だえ」
陛下は殊更今回の事に期待なされていた。しかし、失敗した。1回目は担当の者が職を辞し、田舎に隠居することで何とか陛下の怒りを凌いだ。しかし、今回は2回目。あまり忍耐力の強くない陛下は怒り心頭に違いない。
「陛下。御言葉ですが、今回の勅令は些か彼には荷が重かったのではないでしょうか。彼はまだ若い。今回の失敗を糧に更なる躍進を期待なさいませんか」
大臣の1人が前に出て進言なさる。この方は己に勅令を持ってきた張本人だ。己が成功できると思っていなかったようで今ここにいる者の中で一番落ち着いている。
「お前が成功するって言ったえ。嘘つきは嫌いえ」
バン!!
銃声が宮廷中に鳴り響く。
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あの後、撃たれた大臣は奇跡的に生きながらえたが、緊急治療室で手術を受け、隠居することとなった。
また突然の大臣変動に宮中は騒がしくなる。
下級官人は酒場の一室で愚痴を話し合う。
「いつまで陛下の癇癪に怯えて仕事をしなくてはならないのだ!」
「そうだ。今回の無茶な要求だって、到底叶えようのないモノだった。失敗するのは目に見えていたのに勅令だからしたがったのだ」
「殿下がお亡くなりになられてから陛下は箍が外れたかのように狂い始めた」
「若きときも暴君だったとは聞いているが、近年はさらに酷くなっていると言われている」
「昔から陛下を諫めていた大臣たちが病で亡くなられて、誰も止められ無くなった」
「誰かが。誰かが陛下を諫めなければこの国は速やかに滅びに向かう」
「既に民の心が陛下から離れている。首都の外では反乱軍が暴動を起こし、首都にいつ攻めてくるものか」
「第一王女さまももっと外政を理解していただけていれば」
「どうしたものか・・・」
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薄暗い部屋の中、蝋燭の明かりを頼りにし、数人で会議をしている。
「現在、地方領主の過半数は我々に賛同いただけております。侯爵様や辺境伯様も武力支援をなされておりますし、反乱の時には首都に兵を向かわせるように密約を交しました。大きな所は姫様直々に契約なされましたので裏切ることはないでしょう」
「そうね。騎士団もお父様には飽き飽きしております。私が旗頭になる以上妨害はないでしょう。問題は近衛騎士団です。宮中に入った後がどうするかですね」
「こちらに味方する騎士もいます。彼等に何とか抑えて貰いましょう」
「私がお父様に最後の直談してみます。それでも、お父様が王位を渡さないならば、そのときは仕方がありません。反乱を起こし、王位簒奪を企てましょう」
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大臣たちが集まる中、第一王女が陛下の前に進み出る。
注目が王女に集まり、それまでの喧騒が嘘のように静まる。
陛下はそれでも興味が無いようで。王女を一瞥すると視線を外した。
「お父様」
「何だえ。今は機嫌が悪いえ。くだらないことなら明日するえ」
「お父様、王位を私にお譲り下さいお父様の政治ではもう民が耐えられません」
「そんな甘いことを言っているお前には政治は無理だえ。現実をよく見るだえ。甘言だけを聞いていては国が滅ぶだえ」
「お父様!お父様こそもっと民に気を配るべきです。民在っての国です。民は消耗品ではないのですよ」
「うるさいえ。馬鹿なことをしなければ後2年は大丈夫え。それまでにはケリも付くえ」
陛下は王女のことを一切相手にせず、手元の資料を読み続けてる。
「お父様!!」
「うるさいえ!生意気だえ」
側に控えていた騎士につまみ出すように命令を出すと、陛下は自室に戻られていった。
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王女は自室に戻ると直ぐに用意してあった手紙を各地に飛ばした。
反乱の合図だ。
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王の執務室には高級官人が集まっている。ここにいるのは昔から王を支えている王の信頼厚い重要な役職に就いている者たちだ。侯爵、辺境伯もいる。
「ようやっと尻尾を掴んだ。この前首にした元大臣の足取りを追うとあいつらに繋がって居やがった。この国の深部まで入り込んでいたが、大体の人員が判別できた」
「父と息子の敵がようやっと取れるだえ」
「長かったこの争いもこれで終わりです」
「ああ。前回の征討で騎士団内の掃除は終わってる。相手は反乱軍と強く結びついている。この機会に一気にケリが付く」
「そうですね。官人の中にも潜んでいますが、随時清掃してますから」
「取り残しが無いようにするえ。害虫の繁殖力はきもいえ」
「では、反乱を待ちますか?そうすれば反乱軍の中核故、自由に逃げることは出来なくなります」
「・・・・・・反乱の兆しあり」
黒装束の男が屋根から降りてくる。
「何!?真か」
「・・・・・・そう」
「一度落ち着くえ。ちょうど良かったえ。これで撃滅できるえ」
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反乱軍が首都を囲んだ。
国防軍およそ3万vs反乱軍22万が第3の外門で対峙する。反乱軍にはさらに援軍として地方軍が四方から来る。
「決戦のときは来た!暴君を討ち、我らの安寧を得ようではないか」
王女の鼓舞に反乱軍は沸く。
大歓声が連なり、首都を襲う。
反乱軍の殆どは意欲だけある戦闘経験の無い一般人。しっかりと訓練を受け、鉄壁を誇る外壁に守られた騎士の相手ではない。国防軍は籠城しているため膠着状態が続く。
反乱軍は自力では突破することができないため、おとなしく援軍を待つ。援軍の地方軍は訓練を受けているため、数で勝る反乱軍は緩みが出ている。
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四方から土煙が上がり、大軍が押し寄せてくることが見える。
足並みが揃っており、首都を、さらに反乱軍を囲い込むような陣形になっている。
突如,外門が開き、幾人かが反乱軍の雑兵の上を跳んでいく。肩を足場に軽々と司令官の下に向かう。
「誰か!誰かそいつらを止めろ!!」
司令官の1人が叫ぶが、突如のことで誰も動けずに固まる。動こうとしても人混みで自由が効かない。
司令官の首が飛ぶ。前方の混乱が収まる前に、後ろから来た地方軍が反乱軍の中核である司令部を撃つ。
王女の身柄が拘束されたことで、この反乱は前後から制圧された。
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反乱軍が制圧されている頃、宮廷では首都に予め潜んでいた伏兵が攻めてきていた。
外壁防衛に兵の大部分を割いていたが、少数の兵で事足りていた。
暗殺者が王の下までいくつもの護衛の騎士を潜り抜けて到着する。
「覚悟!!」
「陛下!」
近衛隊長が王を庇い、影で王を護衛していた暗部が暗殺者を討つ。
「やっと離れた」
ズサッ!!!
近衛隊長の剣が王を刺す。
「貴様!陛下に剣を!」
近くにいた大臣たちが騒ぐ。
「何故だえ。何故裏切ったえ。近衛隊長―――」
「貴方が王ではこの国は立ち行かなくなる。貴方方は王に相応しくない」
王が笑った。
「お前、生意気だえ」
王は懐から銃を取り出すと、己の頭を吹き飛ばした。
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この度の反乱で王が死に、第一王女が処刑された。
最後に残った齢14の第二王女が王位を継ぐことになった。
「これが、陛下がお残しになられた資料です」
そこにはこれからの展望が事細かく記されていた。
そして、宰相に渡されていた最後の勅令書。それにはこう書かれていた。
『朕の死後、王位を王位継承権第一位の第二王女に譲位せよ。また、議会を開き国王の政治を協賛せよ。』