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東方野外活動記録  作者: Deep forest
幻想の行楽
5/8

幻想基地玄武洞

「よ、妖夢、落ち着けって!それはそんな風に使うもんじゃないぜ。」


白髪のショートカットの少女は背中に二本の刀を差し、今は両手に艶の無い漆黒の大鉈が握られている。


「黙りなさい。この得物の切れ味はどんなものか確かめねばなりません。諦めていただきます。」


「や、やめろぉぉぉ!!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


にとり達カッパの住む玄武の沢は妖怪の山の麓にある。魔理沙の家がある魔法の森を抜け、霧の湖の畔にある紅魔館を右前方に見下ろす。暁の明星が姿を現し、夜空が徐々に白む程度の早朝とあって、湖面を這うように霧が立ち込める。鮮血のような紅に染められた洋館がおぼろげに浮かび上がるのは見慣れた光景ではあるものの、少しゾッとする。

やはりここに春らしさは求めるべくもない。帽子のつばから弾かれてきた水滴を舐めながら、湖に流れ込む二本の川の河口のうち左側を突っ切ると、視界が大きく開けた。川を遡上すると切り立った断崖が連なる玄武の沢に到達するが、その前に―――。


にとりには事前に通信機で連絡してある。山の侵入者警戒の任につく白狼天狗も監視付きという条件で通行を許可してくれるとのことだった。


なので、まず関所で荷物検査だ。


そして、その間に妖怪の山での諸規則、例えば山の物を持ち出す際には改めて関所で手続きをすることや、ゴミの分別などの細かい取り決めまで書かれた冊子を受け取り、滞在目的と日数・道程の申告用紙への記入に加え、規則を破った場合は即刻退去させられるといった内容の誓約書に署名までさせられた。

更には革紐に繋げられた木札(通行証)を常時首から下げることなど様々な手続きを踏む。

妖怪の山には守矢神社があり、人里からの参拝のためのロープウェイが設置されているが、徒歩や飛行という手段で山に入る場合、このような極めて厳重なチェックがなされるようになっている。ある意味、異変解決時に押し通った際よりも面倒だった。


「もみもみぃー、こんなことしなくったって、にとりの家に行って、それから山でキノコ狩りして野宿するだけだぜ。一度まとめた荷物を括り直すだけで一苦労だよ。知らない仲じゃねぇんだから、もうちょっと簡単に通してくれよー。」


「私の名前は椛です。規則は規則ですので。それに魔理沙さん、今日はミニ八卦炉をお持ちでない様子ですが、嘘つき烏の新聞のガセ情報とは言え、持ち物に危険物が無いかどうかは調べなければなりません。この場合、危険物とは使用した場合に大規模な破壊をもたらす兵器のような物を指しますが…。

実際問題としてあなたと博麗の巫女は妖怪の山にとって、脅威に成りうる人間なんですからね。」


「嘘つきの書いたガセネタと認識した上でやっているという事実が軽く驚きだぜ。相変わらずクソ真面目なことで。」


白狼天狗の「犬走椛」は手抜かり無く手続きを進めていくが、飽くまでその作業は事務的である。いくつか持ち込んだ道具の用途について聞かれたが、特に疑われることもなく、帳面に目録を記しただけですぐに返してくれた。

そもそも、守矢神社に関わる異変の際は妖怪の山とは敵対関係があったわけではなく、異変の混乱の中で不慮の小競り合いとしての弾幕戦が行われただけであって、にとりや椛との戦闘においても本気で衝突したわけではない。妖怪の山は元々から排他的な場所なのだ。


「ところで魔理沙さんって本当に変な方ですね。」


「え?藪から棒に何なんだぜ?」


「いえ、わざわざ山で野宿することの意味が私にはわかりかねますので。かと言って、何か悪いことを企むにしてはその野宿をするだけという目的に対する極めて入念な準備が他に何かをするような余地を完全に排しています。

それに、こんな快適そうな野宿道具は仮に修験者として信仰に目覚め、修行をしに来たのだとしても似つかわしくない。一体何をしたいんですか?」


「そう言われても困るぜ。お前らにとっては慣れたもんだろうけど、登山も快適な野宿も外の世界じゃ立派な行楽なんだぜ。

お前らだって、外で弁当を食べる時はどうせなら景色の良い場所で食べようって時もあるだろ?

確かに空を飛べる私みたいな奴からすれば、幻想郷で行けない場所ってのは殆ど無いし、すぐに家に帰れるから野宿の必要も無い。でもそれをあえて徒歩で山を登って野宿するってのは逆に非日常ってことなんだ。それに、それが友達と一緒で、宴会までやるんだ。楽しそうだろ?」


「なるほど、一理あるような気もしますね。」


「何なら今日の仕事が終わったらお前も顔出せよ。歓迎するぜ。」


「私はあなた方の監視が今日の仕事です。ですがまあ、気が向いたら…。」


白狼の毛並みはとても柔らかそうで、白銀の様な透明感があり、艶々でしっとりサラサラ。朝日に照らされると眩いくらい綺麗に輝く。椛の場合は特に上等で、しかもモフモフだ。

完璧と言って良いだろう。

しかし、別に毛皮としての価値を値踏みしようとして見ているわけではない。尻尾のそれが澄ました顔とは裏腹にパタパタと左右に揺れているのだ。これには深く被った帽子でニヤケ顔を隠すしか無い。


「さて、にとりが待ってるから私はそろそろ行くぜ。」


「お気をつけて。」


言葉少なに別れを言って、にとりのアジトへ向けて歩き出す。

玄武の沢は切り立った断崖の間の谷川なので、それに沿って行けば一本道の道程である。岩場でゴツゴツとしていて足元が悪いので、荷物を背負って歩くのは少々しんどい。ちなみに随伴するように魔法力で浮いている箒はすでに積載オーバーだ。

しかし、ここからは飛行しないというのが今回のキャンプにあたっての、にとりとの取り決めだ。主にキャンプのムード作りのために。

角ばった石柱を何本何本も押し付けたような岩壁には多数の洞穴があり、光苔が生えていることは有名だが、地名の通り玄武岩が主な岩盤地質である。溶岩が冷えて固まる際に収縮して多数の割れ目が出来、更に川の侵食により剥き出しになった玄武岩は石材の採掘が比較的容易なため、切り出しのために坑道が掘られ、その一つ一つがどこまで続いているかわからない。にとりのアジトもその中にあるそうだが、目印でもなければとても判別できるものではないし、入口も複数あればアジトも一つではないらしい。噂によると真の棲家は水底にあるとか、山の地面の穴から出てきたという話もある。

真っ直ぐ進めばわかるようにしておくという話だったが…。


!?


「なーーー!!なんじゃこりゃあ!?」


川が左に大きく曲がり、岩壁に沿って抜けた先で魔理沙は激しく面食らってしまった。


《熱烈歓迎!星の魔法使い霧雨魔理沙殿!》


谷の両端から川を跨ぐ巨大な横断幕が突如として現れたのだった。


「おいおい、こりゃあ冗談にしてもやり過ぎだぜ。全く。あははは!」


「ふふふふ、狙い通りの反応が得られて嬉しい限りだよ。」


呆気に取られて笑っていた魔理沙のすぐ側の川の中で、先日プレゼントしたサファリハットを被ったにとりが顔を出している。


「やあやあ魔理沙、玄武の沢へようこそ。この趣向は気に入ってもらえたかな?」


「ああ、派手なのは私の好みだぜ。でも、カッパの棲家は秘密基地みたいなもんだろ?いいのかよ、こんなことして。」


「魔理沙が正式に客人として妖怪の山に来ているということを周知することも大事なのさ。それに、入口の一つが割れたところで大したことじゃない。今日、魔理沙が通ってきた谷の全てがカッパの棲家。空き家も多いがね。つまり、そういうことさ。」


「恐れ入るぜ。この谷が全部そうかよ。どこにでも現れるってのはそんな理由だったのか。」


「外敵が来ても侵入した時点で罠にかかったも同然なのさ。このたくさんの洞穴は全部水源に繋がっている。で、私達の能力は水を操る程度の能力なんだけどね。意味がわかるかい?」


「ああ、もうそれは弾幕とかのレベルじゃないな。逃げ場の無い坑道で爆流に吹っ飛ばされるなんてゾッとしないぜ。」


「ま、そういうことさ。詳細な地図でもあればそれが流出したら大変だけど、地図はここにしか無いからね。」


にとりは頭を指先でトントンと叩いて悪戯っぽく笑う。


「ま、時間は有限だ。早速案内しよう。ちょっと待ってて。今水を抜くから。」


流れる川の水を抜く?にとりは確かにそう言って、一度水に潜って行った。すると、にとりのいた周りに水晶のような透明性の壁が立ち上がって出現し、みるみると水が引いていく。

にとりが手前のハッチのような扉を開くのまで一部始終が見える。


「ささ、ここから入ってくれたまえよ。」


「はー、これまたすごいな。どうなってんだ一体?」


「能力は水を操る程度って言ったでしょ。文字通り抜いただけだよ。」


壁の中に入ると、水底だった場所にまたハッチがある。丸いハンドルのようなものをクルクル回すと、プシューっと空気抜ける音がする。ハッチを開くと、そこはポッカリと穴が空いているだけに見えた。


「ちょっと、客人用の扉を開くから離れててちょうだい。」


にとりは魔理沙を壁際へやると、穴に手を入れて何やらレバーを引く。

すると、ガチャガチャと機械的な音がした後に地面が横にスライドし始める。


「わわわ!これ地面だと思ってたら絵が書いてあるのか?どう見てもそこに水底があるみたいだったぜ。」


光学とかいろいろちょっとね。とか言いながら自慢気に胸を張るにとりをよそに動く水底が停止すると、中は階段になっていた。これは取りも直さず秘密基地そのものだった。横断幕といい、このカラクリといい、カッパのやることなすことが新鮮で面白い。水に濡れて滑りやすい階段に注意するよう言われながら、いよいよ魔理沙は人間としては恐らく初めてであろうカッパの棲家の玄関?から正々堂々と中へ招き入れられたのだった。


階段を降りた先は思っていたより広く大きな通路だった。光学とかちょっとねの技術なのか、多少薄暗い程度には明るく、道順を示すように光苔が通路の両端に生えている。にとりが言うには、光苔はほんの少しの光でも、それを反射することで光っているように見えるんだということだったが、その光景はとても綺麗で、まさに幻想的と言えるものだった。

にとりの後に付いて歩いて、もうどこをどう通ったかわからなくなった頃、魔理沙には何も無いように見える壁に、にとりが手を添えると、ガチャンと音がして部屋に通じる扉が開いた。

急に明るくなって目が眩む。

外に出たのかと思いきや、天井から吊り下げられているランプの光だった。


「この前預かったガソリンのランタンさ。燃料を供給するバルブがイカれてたけど、他はしっかりしていたよ。その光っている部分のマントルというのが曲者でね。燃やすとよく光る物質というのはよくあるんだけどさ、それを長時間維持するよう加工してというのがなかなか難しかった。でも、なんとかこれでロウソク200本分くらいの光は出せた。気に入ってもらえたかな?」


「聞いても仕組みはよくわからんが、こんなに明るいランプは見たことが無いぜ。ま、眩しい…。」


「直接見るには強い光だね。一応調光はできるみたいなんだけどさ、この燃料タンクに文字が書かれているんだけど、解読してみたら、ちょっと面白かった。“夜の太陽”だってさ。」


「そりゃあ、フルパワーで光らせないと申し訳ないな。気に入ったぜ!」


http://www.gps-ol.com/s200a.htm

(リンク先HPコールマン博物館さま)


「他に預かった物もだいたい直したけど、ガスを使う器具はちょっとまだ安全性に問題があるから、後日だね。魔理沙の破壊兵器、携帯式カマドは使えるよ。」


「そのガセネタはもう言いっこ無しだぜ。でも、ありがとな。」


にとりの工作室はランタンの光で昼間のように明るい。製図机に作業台、大きな機械類に端末、資材置き場に何だかわからないものまで所狭しと置いてある。それらの一様の乱雑さはスケールこそ違えど霧雨魔法店に通じる所がある。

それでも魔理沙の預けた道具だけは整然と棚に置かれている点はとても大事に扱ってくれたことの証左だろう。

どんな分野であれ、研究が好きな奴の部屋が整理整頓されていたためしは無い。紅魔館の大図書館の本がいつも定位置に収められているのは司書的な役割である小悪魔の働きであって、所有者である「生粋の魔法使い」パチュリー・ノーレッジは研究に没頭し過ぎて積み上げた本の山の雪崩に埋まって動けなくなったことがある。


「魔理沙、林の中の出口があるから、荷物がまとまったらそこから出発しよう。」


きっとこれも初公開であっただろう、にとりの研究所に後ろ髪を引かれる思いもあったが、今日の目的を忘れてはならないし、これが最後というわけではあるまい。どうやら既にキャンプ道具の新製品開発を始めているような形跡が散見されるのだから。


研究所を出て、またにとりの後に付いて歩いていく。再び幻想世界が広がる。冷たい風が通り抜けて少し肌寒いが、坑道なのにとても澄みきった空気だ。これもカッパの技術なのだろうか?さっきの話ではこの中は空調ならぬ水調もお手の物だということだったが。


もう本当に自分がどの位置にいるのかわからないが、にとりは一度外の様子を確認すると言って、天井から伸びる配管のような物を除き込み、そのままぐるりと一周回った。


「潜望鏡っていう地面の下から外の様子を見る装置さ。元々は水に潜る潜水艦という船が水上の様子を探るために使うらしいけど、なかなか便利だよ。」


「へぇ…って、何でその船は水に潜る必要があるんだ?」


「敵の船に見つからないように近付いて、魚のように水中を走る爆弾で攻撃するのさ。」


「 うわっ!おっかねぇな。でも幻想郷じゃあ必要ないな。霧の湖の船なんてせいぜい魚を取るための小舟くらいなもんだぜ。聖輦船なんて空を飛んでるから意味ねぇし。 」


「カッパはそもそも水中を移動できるしね。(まぁ、潜水艦に大型の大砲を積んで紅魔館のすぐ近くから浮上して砲撃ってのも面白そうだけどね。)」


「ん?今なんか物騒なこと言わなかったか?」


「何でもないよ。また扉を開けるから魔理沙は潜望鏡を覗いてていいよ。」


実のところ霧の湖の奥底には幻想入りした鉄船や潜水艦が数艇沈んでいるが、サルベージする方法が無く、損傷も激しいので修理するのも厳しい状態だ。潜望鏡などは取り外し、このように利用しているのだが、艦そのものは今のところ再生できる見込みは立ってない。そもそも、本当に紅魔館に悪戯するくらいしか利用価値を見出だせないので、もはや水底で漁礁となって朽ちていく運命なのだろう。


出口は川から少し離れた林の中にあった。ここは扉が跳ね上げ式になっているので、「光学とかちょっとね」は使われていない様子だが、巧妙に擬装されているので、扉を閉めると周りの地面と全く見分けがつかない。こんな出入口がいくつもあることを考えると、仮に幻想郷で妖怪大戦争が起きてもこのカッパの要塞じみた棲家を落とすのは極めて難しいだろう。


鬱蒼とした林の中で、いよいよ魔理沙とにとりの初キャンプが始まる。


「魔理沙ー!ちょっとそっちを持ってて!」


「いいぜー、ってこりゃあ何だ?」


「霞網をしかけておくのさ。雉かツグミでも獲れれば夜のおかずになるでしょ?」


「えー?良いのか?確か今はこれ妖怪の山でも禁止だろ?私は妖怪の山の法度を破ると即刻退去なんだぜ。」


「普段は霞を取るのに仕掛けているから、その中に一つくらいあってもわかりゃしないよー。何か言われたら、間違えた!てへっ♪だよ。」


にとりは片目を瞑って舌を出す。ちょっと小憎たらしいが可愛い…。


「そういうことなら任せるぜ。」


「じゃあ、せーの!で立ち上げるからね。行くよー。」


「「せーの!」」


勢い良く霞み網を立ち上げた瞬間だった。


「わやぁぁぁぁぁぁぁ!?」


最初の獲物は煮ても焼いても食えない烏天狗だった…。

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