カバンの友情
「やっぱりこの家は創作意欲をそそるガラクタの宝庫だね。」
「 ガラクタじゃないんだぜ、そこいらのはこないだ霊夢のところから借りてきた外の世界の品々なんだぜ。宝という点じゃ間違っちゃいないが。 」
「 外の世界?また博霊神社の裏の森にでも落ちてたのかい? 」
「お前、その辺の事情については文から何も聞いていないんだな?えーっとな、神社でコインが挟まって床下から見つかったお宝さ。」
「意味がわからないよ。」
「あー、この説明、昨日から何回目かわらないんだぜ。」
魔法少女説明中…。
香霖堂での大騒ぎの翌日、霧雨魔理沙はの自宅に一人の少女を招いていた。魔理沙の自宅は幻想郷の「魔法の森」に存在し、森近霖之助の「香霖堂」はその入口にあたる。そして、魔理沙の自宅兼マジックアイテムの販売店…ということになっている「霧雨魔法店」は森の中ほどに存在する。魔法の森であり、「迷いの森」でもあり、道はあっても草木が鬱蒼と繁る原生林が広がっているこの森はジメジメと湿度が高く、陰湿な雰囲気は見た目だけではない。森中に発生する化物キノコが胞子と共に瘴気を発生させるため、滅多に人が近寄ることはないが、妖怪達にとっても決して心地良いものでは無く、瘴気と魔力が密接に関係することもあり、専ら魔法使いの領域である。
そんな中でも魔理沙の自宅の敷地内とその周辺は木々が伐採され、日当たりの良い開けた土地になっている。家の外観はアンティーク家具店のような落ち着いた雰囲気に蔦が生い茂ることもなく、白壁が綺麗に保たれている。
目の前のちょっとした庭には大きな魔法陣が描かれているが、未完成らしい。何やらHという形を◯で囲ってある様子だが。
「ふむふむ、神社からの盗品売買の片棒を担がされるわけではないと。それにしても相変わらずの汚さだね。外と中では大違いだよ。由緒正しい神社縁の品々と言われても、この中に混ざってしまうとガラクタ以外の何物でもないや。」
「ここ二日間でお前らの私に対する認識がよーくわかったぜ。木を隠すなら森の中、大事なものを隠すならガラクタの中なんだぜ。」
「他の物はガラクタって認めちゃうんだね。」
「それより、今日お前を呼んだのは他でもないぜ。その道具を使えるようにしてもらいたいんだ。」
まあそんなことだろうと思ったよと言わんばかりに、腰に手を当てて溜め息を吐く青い髪の少女の正体はカッパである。
妖怪の山の川に住むカッパ達は幻想郷の技術者集団で、中でもこの「河城にとり」はその元締め的に立場にあるが、特に人間に対して友好的であり、道具の修理を請け負ったりすることもあるので、排他的な妖怪の山の住人の中でも「射命丸文」と並んで見かけることが多い妖怪だ。
しかし、謎もまだまだ多く、友好的とは言っても積極的に人と関わろうとはしない。水色の上着に青色のスカートという出で立ちで、胸元には背中に背負った大きなカバンの紐で縛られた謎の鍵、ポケットがそこかしこに大量に縫い付けてあり、中には工具が詰まっているが、ただの作業着ではない。光学迷彩機能で姿を消すことができるので、本人としては目撃されること自体は構わないが、むやみに存在をアピールするつもりは無いようだ。カバンの中には何が入っているのかわからないが、プロペラを出して飛んでいるのが目撃されている。
にとりはポケットの中から虫眼鏡を取り出して、品物を鑑定する仕草を取る。
「うーん、盟友、見たところそんなに難しい構造ではないみたいだよ。香霖堂の店主にもわからないことがあったのかい?」
「名前や使い方はわかったんだぜ。それに、昨日は鈴奈庵にも行って、小鈴に外の世界の本を出してもらったら、写真付きの目録とか紹介雑誌が出て来たんだ。そしたら、事前に睨んでいた通り、やっぱり野宿の道具だったんだぜ。尤も外の世界ではキャンプと言ってだな、野宿を行楽として楽しむってのが粋ってわけさ。」
「わけさって、何でわざわざ野宿なんてするんだい?」
小首をかしげるにとりのテンションは高いとも低いとも言えないが、道具についての関心自体はある様だ。
「まあまあ落ち着けよ。とりあえず、故障をしているやつは直せるか?錆びたり部品がダメになっていたり、そもそも欠損している物については香霖の専門外なんだ。」
「なるほど、確かにそれはカッパの領分だね。お安い御用だ…と言いたいけど、見たところ煮炊きに使う物が多いみたいだから、燃料はどうするんだい?ガスや石油というのは入手と精製がそれなりに厄介なんだよ。」
「燃料の原材料なら心当たりがあるぜ。旧地獄には石油の溜池があって、ガスは人里でもガスが噴出して使えない井戸なんかがあるんだ。冶金については香霖も心得があるんだぜ。」
「全く、本来はカッパに金属や油を扱わせるなんて無理な相談なんだよな。鉱石や油の採掘現場では鉱毒も出るし、水を操る種族として、油というのは性質的に合わないんだ。必要があって出来てしまったものをとやかく言わないけど、川を汚す行為にカッパが荷担することは無い。その矜持だけはしっかり守っているのさ。」
そもそも『水を操る程度の能力』というのが、幻想郷で言うところのカッパの本来的な能力で、水の流れる川は生活の場であり、存在の根源である。
なので、それを冒す者に対しては容赦の無い態度を取る。川に引き込まれたり、尻子玉を取られた人間は確かに存在するのだ。そういう意味では人間にとってカッパとは時と場合によっては畏怖すべき妖怪であって、相容れないこともある。
「だからお前らは時々、九十九神を使ってこっそり人里から材料集めをしているんだったな。痛み入るぜ。」
「他でもない共に地霊殿まで行った盟友の頼みだから多少は頑張るけどさ、どうしてそうまでして、そのキャンプをしたいのさ?」
「それだったな。確かに、妖怪や悪霊がうようよいる幻想郷で野宿してるのは竹林の妹紅くらいしか思い浮かばないぜ。あ、あいつの焼いた炭も貰って来ようぜ。この焼き台を見ろよ、組立式だから重い七輪を持ち運ぶ必要が無い。この鍋なんか家で使ってる鉄の鍋よりずいぶん軽いし、大小いろんな食器が重なっている。煮炊きだけじゃないぜ。あのテーブルとかイスもやたら小さく畳めるし、この天幕を広げて骨組みのパイプを通したら2~3人は寝られる小部屋になるんだぜ! 」
魔理沙の話はすぐ脱線するので、要領を得ない。一体何がしたいのだろうか?と、にとりはイマイチ嬉々として語る魔理沙のテンションの高さに同調できない。
怪訝そうに見つめるにとりの表情を見て、魔理沙はようやくにとりの質問に答えた。
「にとり、一緒に妖怪の山でキノコ狩りして、そのまま酒宴といかないか?満天の星空の下で焚き火を囲って、飲んで食って、眠くなったらこの天幕の中で寝袋に入って寝るんだぜ。一度友達とやってみたかったんだそういうの。」
にとりは目を丸くした後、少し俯いて考えるような仕草をする。その表情は常に被っている帽子のつばに隠れて見えないが、結んで閉じた唇が少し弛んだように見えた。
「盟友、いや、魔理沙。つまり、君はこのカッパを遊びに誘ってくれているのかい?修理屋としてではなく、その…、友達としてかね?」
「ん?当たり前だぜ。私が何かおかしいことを言ったか?」
「そうかね。」
「どうした?腹でも痛いのか?」
にとりはその場にうずくまってしまったが2、3回屈伸運動をするといつもと変わらない可愛い笑顔を浮かべて立ち上がる。
「ちょっと今日は荷物が重たくてね。足が疲れちゃったんだよ。」
にとりは鞄を下ろし、中から長方形の物体を二対取り出して、一つを魔理沙へ手渡した。
「ん?これは?」
「使うときはそのツマミをCH5と表示されるまで回すんだ。すると電源が入るから、横に付いている棒を上に引き出して、ボタンを押しながら、丸く網状になっているところに向かって話してみてくれ。」
魔理沙は促されるがままに指示に従うと、黒い物体に向かって…、
「一体これは何だ?《一体これは何だ?》」
「うおっ!それ私の声か!?《うおっ!それ私の声か!?》」
「新開発の通信機。取っておきだよ。相手の声はボタンから手を離さないと聞こえないから、一言話したら、相手に向かってどうぞ《どうぞ》と言って手を離すのがルールだよ。」
「うわぁ!すげぇなこれ!どうぞ!《うわぁ!すげぇなこれ!どうぞ!》」
「妖怪の山に来る前にこれで連絡をくれればいい。君が来ることを哨戒天狗に連絡しておくよ。もちろん、通常の連絡に使ってくれて構わないが、私と魔理沙の家までの距離が声が届く限界だね。それと、充電があんまり持たないから注意するのだよ。」
「こいつは本当にサンキューだぜ!どうした?にとり、乗り気になってくれたのか?」
人間とは相容れない。霧雨魔理沙という人間との関わりは今までも多くあった。しかし、それは利害関係の一致であって、異変時の立場によっては協力関係ではあったが、逆に敵対関係になって弾幕戦をやったこともある。カッパの開発したアイテムに興味を持つ物好きな人間とそれを試してみたい妖怪。修理屋とその客という取引関係。あくまで打算的な関係に過ぎなかった相手に友達だと言われ、自分でも意外な程に嬉しいその言葉の響きに心が温まるのをにとりは感じていた。
「これだけの荷物、でも、これで全部ではないんだよね?魔理沙の箒だけじゃ大変でしょ?私の鞄の出番だよ。つまり、私は大いに興味を持った。そう捉えてもらって構わないよ。」
にとりは若干素直ではない回答をしてから続ける。
「魔理沙、キノコだけじゃ少々寂しいでしょ?私は新鮮な魚と極上の八ツ目鰻を捕まえてあげるよ。あと、季節的にハウス栽培で申し訳ないけど、品種改良の末の傑作、ゴールデンキュウリもね。」
「さすがはにとりだぜ!ミスティの屋台も顔負けの炭火焼きを作ろう。キノコ鍋、焼き鰻…、想像するだけでヨダレが出て来るよ。初めてのキャンプ、絶対に楽しいだろうぜ!何せ外の世界でも大流行しているらしいからな!」
「でも、何だか解せないのは、そんなに大流行しているのに、どうしてこのキャンプ道具が幻想郷入りしちゃったのか?ということなのだよ。」
幻想郷とは読んで字のごとく、外の世界で忘れ去られ、幻想の権化となった存在のための楽園である。神隠しと言われるごく一部の事象を除いては、存在の希薄化というのが博麗大結界を越えるための一番の条件だ。外の世界の流行が幻想郷での流行へと伝播するということは、外の流行は終息したことを意味するはずだが…。
「流行の波があるのよねぇ。」
「うわぁ! 境界を操る程度の能力を持つ スキマ妖怪のお出ましだぁ!ビックリしたぁ!」
「出たな! 筆者が外の世界の説明役に困ったら現れる、都合の良いキャラめ! 」
「魔理沙、メタいよ。説明臭く驚く演技が台無しじゃないか。」
突然、空間に切れ目が現れ、中から出て来た妙齢の女妖怪の名前は「八雲紫」幻想郷の創成期を知る古参妖怪である。空間を操作して自由に外の世界の「エステ」に通っているという噂もあり、どこにでも往き来できることから、かなりの事情通であり、博識である。
妖しい美貌を持つ美人だが、訳知り顔と一抹の胡散臭さが災いして、幻想郷の住人達には完全には信用されていない。ちなみに外の世界の神隠しは、大抵が紫の仕業という話もある。そんな彼女も二人の雑な説明によって出鼻を挫かれた形だが、それでも意に介さないといった面持ちで彼女は割り込んだ会話に対してそのまま続ける。
「 うふふふ、さっき霊夢から神社の床下で外の世界の道具が見つかったって聞いたのよ。魔理沙が持って行ったって言うから、神社のものを軽々しく人に預けたりしないの!って言いつけてきたわ♪ 」
「霊夢の奴は、こんなのどう見てもガラクタだし、私は畳の上にお布団を敷いて寝る以外は、紅魔館のふかふかのベッドでしか寝ないわよ。野宿なんて死んでもお断りだわ。調べるだけ調べたら好きに使ってて良いわよ。
って言ってたからなー。縁側で腹出して寝てたくせに。
じゃあ、お前の神隠しってわけでもないということか?」
「ええ、違うわよ。 でも、ただのキャンプ道具だったのね。さっきも言った通り、流行の波が大きいから、飽きたり道具が壊れると、物置に何十年も放置というのが珍しくないみたいね。
それにいざやってみても、簡易なりにも野営の準備をして自分たちでごはんを作って食べるのは意外に面倒で大変なものだわ。
あと、子供が育って多感なお年頃になると、家族全員で出掛けることも少なくなるわ。
外の世界の人は仕事で忙しいから、責任ある役職になると、泊まりがけで遠くに出かける時間が無かったりするのも原因の様ね。
それでも世の中が殺伐としてきたり、都会の喧騒の中で暮らしていると、心が無垢な自然を求めるようになるものよ。その繰返しなのよね。 」
「外の世界って、いろいろ発達しているみたいだけど、案外世知辛いのかね。私達の種族は飽きっぽいからそんなのまっぴらごめんだよ。」
「あら、あなたは確か地霊殿に行った時に魔理沙にくっついてた子ね。名前は確か…。」
「そこのカバンちゃんはカッパのフレンズなんだぜ!」
「魔理沙!じゃぱり◯ーくはまだ幻想入りしてないよっ!私は妖怪の山の谷カッパ、河城にとりと言う。」
「あらあら、可愛いらしいカッパさんなのね。うふふ。そうねぇ、休暇に趣味を楽しむこと自体がもはや幻想になっているというのも、とても皮肉な話だわ。
ともかく、博麗の巫女のうかつさには困ったものだけど、やっぱり特に神器のように重要な物ではないみたいで安心したわ。 」
「幻想郷の美人なおまわりさんもご苦労なことだよね。」
にとりは軽く意趣返しをするように皮肉を言う。
魔理沙が茶化してくれているが、にとりは紫の空から見下すような態度は気に入らない。
誰にでもんな風ではあるが、この辺が信頼度が低い一因でもあるのだろう。
とは言え、幻想郷最強クラスの底知れない実力を持っていることは知っている。
にとりが紫に抱く感情は嫌悪よりも得体の知れない不気味な怖さというのが正しい。
「まあ一応、神器でも魔導兵器でも何でもなかったんだからよ、霊夢にありがたく使わせてもらうぜって言っておいてくれ。」
「んもう、私は巫女の伝令役ではなくてよ。でも分かったわ、叱っちゃった手前もあるから、霊夢にはちゃんと伝えておくわよ。では、あなた達、くれぐれも火の始末はちゃんとして、山火事には気を付けなさいねー。」
「そんな母ちゃんみたいなことばっかり言ってるから煙たがられるんだぜ…ってもういないぜ、あのババァ。」
魔理沙は悪態をつきながら空間の切れ目のあった場所で手をブンブン振り回している。
「さて、魔理沙、そろそろ私はこれらを持って帰って整備にかかるけど、他にも何かやっておくことはあるかい?」
「ああ、ありがとな。一応それで全部だぜ。私は計画と準備に取りかかる。出来たらあの通信機で連絡するぜ。
あとそれから、これだ。」
魔理沙はにとりにカーキ色のサファリハットを手渡す。
「これは?」
「お礼と言っちゃ何だぜ。探検隊と言ったらこの帽子が定番らしいんだ。これでにとりは『幻想郷野外活動倶楽部』の会員だぜ。」
「魔理沙…。」
「うん?嬉しくて言葉も出ないか?」
「これ、私が被ったら完全にカバンちゃんだよっ!」
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