博麗神社の宝物?
幻想郷では何の程度であれ能力を持つ者が多いが、「弾幕ごっこ」をやるのは大抵女だ。そもそも、攻撃的な能力を使うのは主に妖の類いか魔物、物の怪、神霊、神様として祀られた存在とそれに関わる高僧や巫女で、幻想郷にいるそんな奴らが女ばかりというのが理由だ。
「弾幕ごっこ」という何ともユルいネーミングだが、実態は「神々の遊び」に近い。珍品古道具屋『香霖堂』の店主は人妖の類で「弾幕は女の遊び」だと言っているが、うまく意味をボカした言い方なのかもしれない。
私から言わせれば魑魅魍魎だが、そんな規格外な奴らを退治し、最も恐れられつつも慕われているやたらすごい人間こそ、人里の東の外れから妖怪の出る獣道を抜けた先の、小高い森の丘に存在する博麗神社の巫女「博麗霊夢」だ。
親友であり腐れ縁ではあるが、実力的に付かず離れずを維持するには本当に苦労する。実際はたぶん全力を出し切っていないのだから、この先どこまで付いていけるやら不安になることもある。あれこそ本物というやつだ。外の世界で幻想の産物となってやって来た奴らとは質からして違う。だからというのもあって、こうして神社にちょくちょく遊びに行くのだが…。
「おいコラ!霊夢!起きろ!」
「……。」
「もう3時前だろ!おやつの時間だぜ!いろいろ飛び回って喉も渇いたから茶でも出せ!」
「……。くかぁ…。」
「おーい、霊夢ちゃんの大好きな魔女っ子マリサちゃんが遊びに来たぞー。」
「むにゃむにゃ…。」
「大変だ!火事だ!今日も東方は赤く燃えているぜー!」
「ぐぅぐぅ…。」
「きゃあぁぁっ!痴漢よー!襲われちゃうー!助けて霊夢ぅー!!」
「………。」
「レレレレイムー!レーーイーームーー!ライムー、マイムー、スイムー、タイムー、トリムー、ポエムー、セキスーイハイムー、アイスクリームー、断崖地獄式チョークスラムー、アーイムマリサ!って馬鹿野郎!はぁ、はぁ、はぁ。」
返事がない、ただの屍かのようだ。
「全く、しょうがないな。昼寝でここまで熟睡する奴も珍しいぜ。」
縁側で腹を出して涎までたらしながら爆睡している赤い巫女服の少女こそ、さっきのやたらすごい人間その人のはずなんだが、何ともあられのない姿である。このまま服を脱がして胸のサラシ一丁にしてやろうか。
風邪を引く前に起こしてやらないとなぁ、ていうか茶を出せ。そろそろ角度的に陽が当たらなくなって来たから肌寒い。弾幕使ったら茶どころではなくなるし、こうなったらあの方法を取るしかない。
魔理沙は思い付いたように神社の境内へ回り、スカートのポケットからコインを取り出して賽銭箱に投げ入れた。
頑丈で木目の美しい欅の木で出来た賽銭箱からカラーン、コロコロと硬貨が転がる乾いた音がするが、他の硬貨とぶつかる音がしないのが物寂しい。
その時、バーーーン!と音がして、拝殿の扉が開いたと思ったら、次の瞬間には赤い巫女服がお賽銭箱にしがみついている。目にも留まらぬ早業だ。ここまで効果てきめんだと若干引いてしまうが、ともかく霊夢の眠りを覚ますにはこれが一番手っ取り早い。ワンコインで楽しめるちょっとした余興とでも思っておくか。ちなみに安いコインでは効果が無いことがある。聞き分けの良い子だ。
「魔理沙が自分からお賽銭なんて珍しいわね。参拝客が来たのかと思ったじゃない。」
「例え参拝客だったとしても今のお前の姿を見たら幻滅して帰ってしまうぜ。ご老体ならショックで死んでるぜ、この殺人巫女め。」
「いきなりご挨拶じゃないの。このコインは返さないわよ。」
お賽銭箱の中にあったコインは既にその手に握られている様子だが、本当に私の入れたコインしか入っていなかった事実に涙がちょちょぎれそうだ。
道のりが険しい上に妖怪まで出没するせいで滅多に参拝客が来ない博麗神社の財政が火の車なのは一部で有名な話だが、幻想郷に異変をもたらすような強力な化け物がひょいひょい遊びに来るのは現役の巫女のせいなので自業自得だ。
「そいつは茶代だ。さっき人里で買ってきた草餅もあるから一緒に食べようぜ。」
「あら、殊勝な心掛けじゃない。何か良いことでもあったの?」
「天気が良かったからな、幻想郷の春を満喫してきたんだぜ。そのままの気分で優雅にティータイムと洒落込もうってわけさ。紅魔館のメイドが淹れる紅茶も良いんだが、あれほど春の似合わない場所も無いからな。建物が紅葉でもしてんのかってくらい紅いし。そして何しろ今は図書館の魔法使いが花粉症で機嫌が悪い。」
「あら?あそこの庭園もなかなか立派なものよ。春らしい花ならほら、ラッパの形した黄色い水仙とか。」
「太陽の畑のチューリップを見てきた後だからなぁ。しばらく他の花畑を見ても心揺るがなそうだぜ。」
「あんたって、意外とそういう変な拘り強いわよね。春眠暁を覚えず。春の陽光は寝るためにあるのよ。」
「それは春は夜が短いから朝寝坊しちゃうって意味だぜ。早起きは良いもんなんだぜ。春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる…。」
「うるさいわねー、また小難しい本でも読んだのかしら?朝はちゃんと起きたわよ。鳥居の下の階段を掃除してたらコゴミとかワラビがたくさん生えてたから調子に乗って採りすぎちゃった。さっきまでずっと下処理をしていて疲れたのよ。」
「それであんなにグースカ寝てたのか。服がシワだらけになってるぜ。」
霊夢の巫女服は神職らしく水干と緋袴のような雰囲気だけは残っているが、服装に無頓着な霊夢を見かねた香霖が女の子らしさを強調するためにアレンジしたものを着ており、水干も緋袴も短くして、白いフリルを付けたりして全く別物になっている。大きな赤いリボンはなかなか可愛らしいのだが、水干がノースリーブで丈も短過ぎるので、動くとすぐ腹が見える。胸にサラシを巻いているのが脇から見えているし、白い腕カバーのようなものは未だに用途がよくわからない。お札は俳句みたいに手に持って書いてるし、事務的な仕事をしている姿は見たことがないんだが。
「とにかく上がりなさいよ。特別に出枯らしじゃないお茶を入れてあげるわ。」
霊夢はそう言うと、魔理沙から竹の皮に包まれた草餅を受け取って、お勝手の方へと駆けて行った。
「やれやれ、やっとお茶にありつけるぜ。」
森の奥からウグイスが鳴くのが聞こえる。たんぽぽの周りで少し小さなアゲハ蝶がヒラヒラと飛んでいる庭へ戻り、霊夢が寝ていた縁側から居間へと上がる。
「うわ、 大幣にヨダレが落ちてるし、放り出したまんまじゃないか。」
大幣を拾い上げて壁に立て掛け、隅に積んである座布団を敷いてちゃぶ台の前に座る。一昨日来た時にはコタツが出しっぱなしだったが、やっと片付けた様だ。
しかし、相変わらず殺風景な居間だ。霊夢はこれが詫びさびというものよなんて言っていたが、絶対違うと思う。お茶を淹れるのはけっこうなお手前だが、床の間の掛軸がタイガー&ドラゴンだし、そこに梅干しが入った甕を置いている時点で茶道的なセンスは絶望的だ。そこは花入れを置くところだぜ。今度、剣山にでっかいベニテングダケを生けて飾ってやろう。
そんなイタズラを考えているうちに襖が開いて、お茶と草餅が乗った盆を抱えた霊夢が居間に入って来て後ろ足で襖を閉じる。
「あんはのはってひはふあもひおいひいわへ。」
魔理沙「襖を足蹴にするな、草餅を頬張りながらしゃべるなだぜ。意地汚い野郎だぜ。」
「もぐもぐ、ゴクリ。この前、肉まん咥えて飛んで来たあんたに言われたくないわよ。」
そう言って霊夢は向かいに座ると、急須から良い香りのするお茶を注いでくれた。
美味いほうじ茶だ。茶葉の焙煎が絶妙で後味にほんのり甘い風味がする。そして、この草餅にはほうじ茶の香ばしさが良く合う。私は苦いのはあんまり好きじゃないからな。そういう気配りがちゃんとできるのは、ただそんな素養があるのか、付き合いが長いからなのかは分からないが、とても嬉しいことだ。
「そんなにニコニコしちゃってどうしたの?確かにこの草餅は美味しいけど。私も今度買って来ようかしら。」
「いや、やっぱりここが一番落ち着くなーと思ってさ。」
「そりゃどうも。後で山菜のおひたしと天ぷら作るの手伝ってよね。」
「へいへい、酒は5合付けで頼むぜ!」
「コイン1枚だと割に合わないわよ。」
霊夢はそう言いながら先程のコインを指で弾いたり、手の上で転がして弄ぶ。
っと、手が滑ってコインを落としてしまう。
バン!「秘技、小銭プレッシャー!」
押さえた手を放すと、その中にコインが無い。畳と畳の間の隙間に入り込んでしまった。
「魔理沙、あんたが今使ってる爪楊枝をよこしなさい。それでほじくり出すわ。」
「いいぜ、プッ!」
「ちょっと!ハエを射殺すスピードで飛ばさないの!」
畳に突き刺さる前に指二本で挟んで捕捉した爪楊枝を指の間から引き抜くと、隙間にそれを捩じ込んでコインを取ろうと試みる。しかし、がっちり食い込んでいて、うまく外れない。爪楊枝はすぐにポキッと折れてしまった。
「お前の封魔針を使えば良いんじゃないか?」
「あれはちょっと太すぎて畳が傷ついちゃうわ。魔理沙、ちょっとちゃぶ台を退けて。」
魔理沙がお茶の入った湯飲みを倒さないように慎重にちゃぶ台を動かす。そう言えば霊夢のこの湯飲みは何だ?やたら魚偏の漢字が羅列してあるが、鮎とか鮭とかは読めるが、後は読めそうで読めない。全部魚の名前か?ひょっとすると海の魚だろうか。
部屋の隅にちゃぶ台を置くと、霊夢が緋袴の裾を持って片足を上げている。
「秘技!畳返し!」
霊夢がスペルカードのように技名を宣言しながら畳を踏み込むと、ポンと畳が跳ね上がる。同時にコインも跳ね上がって魔理沙の手元にちょうど収まった。
「お前って今日はやたらと足技使うな。器用な奴だぜ。ん?どうした霊夢?」
鮮やかに畳返しを成功させた霊夢が畳のあった所の床をじっと見つめている。
「魔理沙、これって…。」
霊夢の視線の先の一枚板に埋め込み式の取っ手のようなものが見える。どうやら床下にスペースがあって、その蓋になっているようだが、霊夢の様子だと心当たりが無いらしい。
「何か入っているかもしれないぜ。ひょっとしてお宝かもしれないな。でも、この位置的なものを考えると、掘りごたつの蓋かもしれないぜ。人里で見たことがあるし、普通は居間のど真ん中に収納庫なんて作らないぜ。」
「わからないわよ。私がこの存在を知らなかったってことは、少なくとも先代以前の物よ。せっかく掘りごたつがあるのに使ってなかったってことは、何かあっても不思議じゃないわ。」
「わかったぜ、とにかく開けてみよう。」
「「せーの!」」
畳一畳分の一枚板の両端に取っ手があるので、二人で息を合わせて同時に持ち上げる。
ボフッと中に空気が吸い込まれる音がして、蓋が開く。埃っぽく何も無い空間をイメージしていたが、中身は意外にびっしり詰まっていた。予想どおり、元は掘りごたつだった様だが。
「ほら、言ったじゃないの。お宝かどうかはわからないけど、大事にしまっておいた物だと思うわ。木箱や丈夫な袋に入っているもの。とにかく開けてみましょ。これなんか甲高い音がするから、金属製の何かよ。」
霊夢は一尺二寸ほどの高さのある木箱の蓋を開けると、中から出て来たのはランプのようなものだった。
「これは香霖のところで見たような気がするぜ。確かランタンだ。ほら、カボチャの季節になると幻想入りするお化けが持ってるやつだぜ。それよりも何だか複雑な構造だけどな。」
「ふーん、何だか普通ね。古い時計か何かだったら高く売れそうなのに。」
「お♪こっちのはすごいぞ、この板が二枚重ねになってて、開くと包丁が入っているんだ。それで、板はまな板なんだ。すごく機能的なんだぜ。」
「ふーん…。」
何だか霊夢のテンションが下がってしまっている。
「お、こっちの細長い袋は何だ?おお!霊夢!これは傘みたいに小さく畳んであるけど、開くと背もたれのある椅子になるんだぜ、社殿にある床机より座面も広くて立派だぜ!」
「椅子ねぇ…。」
その時、二人は全く気付いていなかったが、二人の様子を窺う怪しい人影が近付いていた。
?「あややや…?魔理沙さん、神社の床下なんかから何を運び出しているんですかねぇ?今日の昼過ぎに目撃された破壊光線について何かご存知かもしれないと思って来てみましたが、こいつはスクープのネタになるかもしれませんよー。ちょっと隠れて見てましょうか。」
霊夢はふと細長い小袋に手をかける。ジャラジャラという音がして、かなりの重量感だ。
「これはひょっとして金の延べ棒!?」
「何だって!?」
折り畳み式の机らしき物を組み立てていた魔理沙も反応して寄って来る。
しかし、中身は期待に反して真っ黒な鉄の棒だ。
「何よこれ?先が尖ってるけど、武器?棒手裏剣か何かかしら?」
「いや、それは紐か何かを引っ掛けるようになってるし、地面に打ち込む杭か何かだぜ。それにしても硬いし、武器に使えるくらい立派なものだぜ。この手の道具でここまで精度が良いのは見たことが無いんだぜ。」
「あっそう…。」
怪しい影は森の繁みから聞き耳を立てる。
?(今武器に使えるって聞こえましたね?しかも精度が良い?一体何なんでしょう?あらあら、霊夢さん両手の指全部の間にぶっとい鉄の針を挟んでジャッキーンとかやっちゃってますよ。新型の封魔針でしょうか?)
「うわわ、これはまた広げたらけっこうな大きさだな。お、図解の説明書があるぜ。へぇー、これは組み立てたら2~3人は寝られる小屋になるんだぜ。」
霊夢は金属製の匙と肉叉が二つ折りになったものを開いてカチャカチャ鳴らしている。
「どれもこれもコンパクトにまとまってて大したもんだぜ!この頑丈な金属で出来た器具はたぶん携帯できるカマドだぜ。これが五徳で焼けた痕跡があるしな。この焼き色はよほど火力が無いと付かないんだぜ。霊夢、私が悪かったぜ。いくつか使い方がよくわからないのもあるが、確かにこりゃお宝だったぜ。」
「良かったわね。正直、私にはガラクタにしか見えないわ。先代は何?これで野宿でもしてたって言うの?」
目をキラキラと輝かせて中身を物色する魔理沙に対してこの霊夢の温度差が激しい。
魔理沙はようやくそれに気が付いたが、確かにこれで自分以外にテンションが上がるのは香霖か妖怪の山のカッパくらいかもしれないなと思った。
霊夢は名物級の茶器や絹の反物や金貨でも入っているのを期待していたのだろうか?察するに、これらの品々は霊夢の言う通り野外で煮炊きをしたり、簡易にくつろいだり、泊まったりするための道具だ。そして、どうやら幻想郷で作られた物ではない。古さもせいぜい1~2世代前くらいの物だし。恐らく先代が神社の裏の森で幻想入りしていたこれらの品々を拾ったのは良いが、使い道も無くて、しかし外の世界の物をおいそれと捨てるわけにもいかず、かと言って邪魔だから掘りごたつの中に押し込んでおいたってところだろう。
そんな見解を伝えてみたが、こんなに散らかってしまうなら開けるんじゃなかったと言いたそうな渋い顔をしている。
「使い方がよくわからないのは明日、香霖のところで見てもらってきてやるぜ。残りも少しずつ私ん家で引き取ってもいいぜ。」
「そうしてもらえるかしら。価値のあるものだったかどうかは後日、霖之助さんに確かめるわよ。ガラクタとは言え、あんたみたいな好事家もいるかもしれないわ。」
「しっかりしてるよな。仮にも神社にあったものだ。粗末には扱わないぜ。」
「それと、とりあえず今日はきちんと整理して縁側にでも置いててちょうだい。山菜料理の手伝いはとりあえず良いから、汚れた畳もきれいに拭いておくのよ。」
「うへぇ、わかったぜ。汚れ仕事は私が引き受けてやるんだぜ。」
「変な言い方しないでよ。山菜のアク抜きとかも大変だったんだからね。タダ飯を食べられるなんて思わないでちょうだい。」
「感謝はしてるぜ。美味かったら今度は幻想郷の山菜という山菜を刈り尽くして来てやるよ。」
とりあえず、場所を取るものだけ外に出して、この天幕はちょっとカビ臭いから物干し竿に干しておくか。
森の中からは引き続き怪しい影が神社の様子を伺っている。しかし、物干竿に何か大きな布を掛けてしまったせいで、こちらから見えなくなってしまった。
(うーむ、これは見られてはマズい何かということでしょうか。益々気になりますねぇ。ちょっと距離があり過ぎてほとんど聞き取れませんでしたね。武器、火力、汚れ仕事、狩り尽くす…何だか物騒な話だったような?)
「ちょっとーーー!魔理沙!もう少しでやられるところだわ!」
(うひゃ!気付かれましたかね?何かを運び出す魔理沙さんの写真は撮れましたから、ひとまず退散しますか。)
「魔理沙!!私のコインを返しなさい!!」
いかがでしょうか?ちゃんと東方っぽくなっていますでしょうか?
小説を書くのはまだ慣れないので、ちょこちょこ直しながらやっていきたいと思います。