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燃実の華  作者: 三傘
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後編『桃太郎』


 むかし、むかし、あるお城に、たいそう腕の立つ少年がいました。その少年は弱き者に優しく、とても正義感が強くて、悪を決して許したりはしませんでした。それは、敬愛する父の教えが、少年の行動理念そのものだったからです。


 ある日のこと、少年は父から()()()()である、鬼ヶ島へ向かうよう命じられました。少年は父のため、正義のために喜び勇み、父が編成した軍に参加し、鬼ヶ島へ向かったのです。


 そして、少年の一軍は見事、鬼を退治しお城へと戻りました。将軍は、最年少で作戦を成功させたこの少年に褒美を取らせました。

 将軍は家紋に使われている桃にちなみ『()()()』と名乗ることを少年に命じ、名誉ある地位を与えたのです──



──黒き鎧を纏った、()()()()桃太郎。


 彼の瞳に映る光が、静かに揺らぎました。


「ま、そんな名前に未練なんてないさ、君が名乗るといい。()()()として」


 黒鬼は半壊した面を捨て、嘲笑うかのような眼でモモタロウを見ました。


「……」


 モモタロウは何も話さず、ただ静かに、黒鬼を見ていました。


「自分を桃太郎とぬかす奴が、なんで鬼ヶ島のボスをやっとんねん! 意味わからんわ!」


「そうさね! アンタは何が狙いさね!」


 おばあさんの問いかけに、黒鬼は溜息混じりに答えました。


「ボスも何も、僕しかいないけどね。この島は」


「なっ!? じゃ、さっきの村人達は一体なんやってん……」


「幻惑さ。昔し、この島にあったかつての村……かつて生きていた人達の()()()()()……だよっ」


「ばあさん! サル! 来るぞ!」


 突然モモタロウが叫びました。瞬時に反応したおばあさんとサルは直前に迫っていた斬撃を躱しました。


「あっぶねっ。ばぁさん、次も来るで!」


「ちぃぃっ! これでも喰らいなぁぁぁ!」


 おばあさんは黒鬼の斬撃を躱しながら、素早く銃で反撃しました。そして、弾丸は黒鬼の首に直撃。しかし……。

 黒鬼は無傷でした。黒鬼は大太刀の鍔を巧みに使い、銃撃を弾いていたのです。恐ろしく精確な読みでした。


「なんだい、なんだい! モモタロウといい、あの黒鬼といい、私の銃は()()()()にしか使えないって事かい!!」


「下ネタかよっ! こんな時に下ネタかよっ!!」


 サルも斬撃を躱しながら命懸けのツッコミをしました。


 モモタロウは、最小限の動きで黒鬼の鋭い斬撃を次々と躱していきました。黒鬼もまた、モモタロウの致命傷を的確に狙い、とてつもない長さの大太刀を軽々と振り続けていました。


「なんやあいつらっ! 凄すぎやでっ!」


「二人とも、()()()()()()()()()()、まるで楽しんでおるようだねぇ」


「こらーっ! 刀持ってるのは一人だけやー!」


 おばあさんはブレませんでした。


 モモタロウは間合いに入ろうとしますが、黒鬼はそれを断じて許しません。


「アハハ……いいね、いいよ! 二代目! これ程までに僕の太刀筋を見切ったのは君が初めてだよ!」


 大太刀の間合いにある物は全て切り刻まれ、形を失い朽ちていきました。


「二代目! 避けきれるかなっ」


「フンッ!」


 モモタロウは黒鬼の斬撃に合わせ、両手で受け止めました。それは、一瞬でも間を違えば、二つの肉塊と化していた危険な行為でもありました。黒鬼はその力に驚きました。


「なにっ!?」


 モモタロウはその剛腕で大太刀ごと黒鬼を持ち上げ、地面に振り下ろしたのです。


「おおーダンナ! さすがですやん!」


「アタイが見込んだだけのことはあるさね」


 二人は、モモタロウ優勢に歓喜しました。しかし、それも束の間──


風 雷(ふうらい)


 耳を(つんざ)く雷鳴と共に、神罰の光がモモタロウを裁く。


「ぬぐぅあああああああっー!!」


 モモタロウは胸から血を噴き出しながら叫びました。


「な、何が起こっとるんやぁっ!?」


 優勢に見えたはずのモモタロウが、まさか切られるとは。サルは予想外の事に驚きました。


『月夜の風に、鮮血が舞い、雪のように散り、温もりは雨のように、土を濡らす』


「……二代目、力だけでは僕には勝てないぞ」


 ゾッとするような冷やかな目で、黒鬼はモモタロウを見ました。


「うぐっ、貴様……」


 モモタロウは胸に斬撃を浴びて膝をつき、おびただしい量の血を流していました。


「おいおい……誰かアタイに分かるように説明しとくれよ」


 あまりの事に、おばあさんは混乱しました。


『カシュウフジワラユキミツ』


 静かな口調で唱える黒鬼の手に、新たな刀が握られていました。モモタロウの血を啜り、すでに刀身は赤く染まっていました。


「だったかな? ま、誰かが置いていった刀さ。切れ味は……悪くないみたいだね?」


 黒鬼はモモタロウの反撃によって叩き付けられる前に、腰に帯刀していた刀を瞬時に抜いていたのです。


「くっ、大太刀の刃に、帯刀していた刀を走らせる、それを空中から仕掛けるとは……人間技ではない」


 モモタロウは切られた胸に手を当て、顔を激痛に歪ませながら立ち上がりました。


「ふふ、お褒めに預かり光栄です。僕、こう見えて剣技には自信がありましてね」


 そう言った黒鬼の顔は、先程までの冷たい表情からは打って変わって、まるで()()()()()()()()()()をしていました。


「僕は飛びながらでも居合が出来るんですよ? 凄いでしょ?」


「モモタロウ! アンタも何か武器でも持ったらどうさねー!」


 おばあさんは離れた所からモモタロウを見守っていました。


「必要ない」


 しかし、モモタロウは断りました。


「ダンナ! 状況は最悪やでっ!? せめて作戦でも練りましょうや!」


「無用だ」


 モモタロウは頑なに拒みました。


「頑固な奴さね! そのぶら下げてる『()()()()()()()()()()』と一緒だよ!」


「なにゆうとんのやばぁさん!?」


 モモタロウは傷を追ってもなお、黒鬼に向かって構えました。


「黒鬼よ、お前はどっち曲がりだ?」


「僕かい? うーん、……()()()()()()、かな?」


「ダンナも何聞いとんねん! 黒鬼も何答えとんねーーーんっ!」


「いえすっ、(ふう)(らい)(ボゥ)っ」


「ばぁさーーーーーーーんっ!!!」


 サルはツッコミで事切れそうでした。


「あはは。二代目、せめて服でも着なよ。もう冬だよ?」


「服は()()()()()で着たくないだけだ」


「あそ」


 黒鬼は刀を鞘にゆっくり収め、歩き始めた。その先にいるのはおばあさんとサルです。


「僕は、()()()()でね。だから先に、そこのお猿さんには死んでもらいたいのですが……いいですよね? おばあさん?」


 黒鬼はにこりと、一切の温情を感じさせない微笑みで、おばあさん達を見下ろしました。


「ひぃぃぃっ!! ば、ばぁさんっ!! 逃げるで!!」


「あわわわわわ」


 まさに、鷹の前の雀。黒鬼の血を欲する瞳は、おばあさんの心と腰を砕いたのです。


 モモタロウは走りました。その逞しい太ももで駿足を超えて、振り向く黒鬼に瞬きすら許さず殴りかかりました。


「やめろ黒鬼ぃぃぃぃぃぃーー!!!」


「二代目……邪魔をするなぁぁぁ!!!」


 すでにモモタロウは必中の間合い、いかに黒鬼の刀が早くとも拳を避ける事は不可能。しかし──


土 蜘 蛛(つちぐも)


 モモタロウが放ったはずの拳は、大蜘蛛の糸に絡まり、振り上げた状態のまま縛られていた。鈍く光る八つ眼の大蜘蛛は、その鋭い爪でモモタロウを切り裂く。


「ごはぁぁっっ!?」


 モモタロウは体から血を吹き出して地面に倒れました。


「ひぃぃぃ、またもやダンナがっ」


「二代目、剣術には詳しくなさそうだから教えてあげるよ。居合いというのは、相手を切り伏せる技だけでは無いのさ」


 黒鬼はモモタロウの拳を抜刀の一撃で押し流し、神速の二撃目でモモタロウを切ったのです。常人には目で捉えることはできない、まさに神業。


 全身血まみれのまま伏したモモタロウは、もはや微動だにしていませんでした。


「ふぅ。順番が変わってしまいましたが、今度こそ」


 黒鬼は刀に滴る血を振り落とし、ゆっくりとサルの元へと歩きました。


「あわわ、もうアカンっ、逃げるでっ!!」


 サルは恐怖で震えながら、この場から立ち去ろうとしました──が


「え? か、体が動かへんっ! 嘘やろっ、え? あほなっ!?」


「こここわわいいいぃ」


 おばあさんは腰を抜かし、ガッチリとサルを捕まえていました。黒鬼さん、いつでもオッケーです。


「おいこらばばぁーーはなせーー!!」


──鎧の重く擦れる音。月灯りを遮る大きな影。


 黒鬼は冷たい表情でサルを見下ろし、そして刀身をゆっくりと月に添えていきました。


「わいらもおしまいやぁー!! ……おあっ?」


 突然、地面が大きく揺れ、ずん、ずんと地鳴りが響きました。

 怯えるおばあさん。と、締め上げられてるサル。二人の前に、月を遮る大きな影が現れました。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 なんと、それは巨大な化物でした。何処からともなく、大きな、大きな化物が現れたのです。その化物は、腐った人間を巨大にさせたような不気味な出で立ちで、近くに居た黒鬼に襲いかかりました。


「おやおや、これはまた珍客ですね」


 黒鬼は軽々と、その巨大な化物の攻撃を躱しました。


「ああーーー!? なんじゃこりゃーーー!!? って、あれ? ……()()()()やないのっ!? なんでそんな立派になっちゃったんですかーー!!?」


 サルは目ン玉が飛び出るぐらいに驚きました。今の今まで忘れ去られた存在。別にだから何か問題があるわけではない存在。そう、おじいさんです。何故か巨大化していました。


「君達のお友達かい? これは切り応えがありそうだね」


「じいさん巨大化で服破けとるやん! これ以上裸のもん増やしてどうするんや!」


 だけど色気はまったく増えません。


「あ”あ”あ”〜じいさんがあ”あ”っ、お”お”お”っぎぃ〜」


 おばあさんは涎を垂らしながら、虚ろな目でおじいさんを眺めていました。重症です。


「アカン、じぃさん巨大化でばぁさんが完全に壊れてもうたっ!」


 巨大おじいさんと黒鬼の攻防は続いていました。巨大おじいさんは両腕を振り回し、大鎚の如く地面を打ち付けました。しかし、黒鬼は完全に動きを読んで、一切の無駄なく身を翻して避けていました。


「あ”っあ”れっあ”あ”〜あ”あ”ああぁ…………ぁ……しゅごい」


「だ、大丈夫かほんまに……」


 サルもドン引きでした。


「目障りなので眠って下さい」


五月雨十刀(さみだれじゅっとう)


 黒鬼はひらりと回転をして柄に手を伸ばし──。


「一、ニ、三、四、五、六、七、八、九……十刀!」


「おおおおおおおおおおおおおおお………」


 回転を加えた集中連撃は、岩を掘削するようにおじいさんの体を削りました。これには巨大おじいさんも堪らず、どしんと地響きを立て、まるで山が崩れるように倒れていきました。辺りは砂が舞って視界が悪くなりました。


「あぁっ!! じいさんが呆気なくやられてもうたーー!!」


 所詮、中身はおじいさんです。無理もありませんでした。


「ふぅ。今日は忙しい日ですね。早く終わらして休みたい所です──ねえ? 二代目?」


 黒鬼は倒れた巨大おじいさんを見つめ、不敵に笑いました。


 すると突然、巨大おじいさんの()()()から、モッコリと影が飛び出しました。大事な所から、勢いよく。


「しゅごい」


 おばあさんは虚ろな目で呟きました。


 そしてその影は、黒鬼に向かって勢いよく飛んで行きました。


「黒鬼ぃぃぃぃぃぃいいいっ!!!」


 その影はモモタロウでした。あれ程の重症を負ったにも関わらず、なんとモモタロウは生きていたのです。


「ダンナ!! 生きとったんか! でもな……」


其処(そこ)阿寒(アカン)!】


「まったく。懲りないね、君も」


 黒鬼も、モモタロウを迎え撃つ為に、刀を鞘に戻して走りました。


狂月十六夜(きょうげついざよい)


 抜刀、袈裟切り、切り上げ、右薙、左薙、刺突、逆袈裟切り────


 黒鬼は目にも留まらぬ速さで斬撃を繰り広げました。


 モモタロウは怯むことなく、黒鬼の放つその斬撃全てを躱したのです。しかし、刀の間合の前では圧倒的に黒鬼が優勢。躱し切るのは至難の業。少しずつ、少しずつ、モモタロウの体の肉を削いでいきました。


「二代目! ここで朽ち果てろぉぉぉ!」


「お前に負ける訳にはいかんっ!!」


「僕だって負けるわけには行かないんだっ!!」


 二人の男の命をかけた死合。この勝負において、負けは『死』を意味する。戦いが決する時、どちらかが死ぬのです。


「散れぇぇぇぇーーーっ!!!」


「ぬぐぅっ!!!」


 激しさを増す黒鬼の斬撃に、モモタロウは深手を追った体では避けきれなくなっていました。もはや、モモタロウが地に伏すのも時間の問題──


 と、その時です。


「見えたぞ……黒鬼っ!!」


 モモタロウは、神速の域に達した黒鬼の刀を、その手に掴みました。


「なにっ!?」


 黒鬼は目を見開き、驚きました。


「お前の太刀筋全てを、この体で覚えたぞ」


 モモタロウは自ら受けた傷の場所、数、そして黒鬼の眼の動き、癖の全てを体に覚えさせ、次の一撃を見出したのです。屈強な肉体と精神力を持つ、モモタロウだから出来る荒技でした。


「黒鬼ぃぃぃぃぃぃーーーーっ!!!」


 モモタロウは持てるすべての力を込め、黒鬼目がけて渾身の一撃を放ちました。黒鬼は刀を封じられ、モモタロウに間合いに入られ為す術がありません。


 モモタロウは吠えました。


【一 撃 ひっさあああぁぁつっっ!!!】


──極限故の集中力か、すでに限界を迎えているのか、モモタロウは奇妙な世界を見ていた。1秒を1枚の絵のように次々と見ているような世界。ここは全ての動きが鮮明に見える。サルの驚いた顔、おばあさんのアヘ顔、ゆっくり、ゆっくりと、それでいてハッキリと。黒鬼の瞳に宿る妖光さえも、鮮明に……。


──


────


──────


「サヨウナラ、二代目」


 月夜に浮かぶ、冷たい三日月のように笑う黒鬼。モモタロウは見ていた。その手に握る血塗られた刀の切っ先を。封じたはずの刀身が眼の前で弧を描くのを。


血刀雪華(けっとうせっか)


 刹那、月夜に赤い玉雪が舞う。そして形を変え、赤い華となり、きらきらと、美しく地面に咲き乱れた。


 モモタロウが掴んだのは、黒鬼が相手の動きを読んで仕掛けた脇差しの刃であった。

 そして、黒鬼の一閃がモモタロウの首に放たれたのです。


 ついに、死合の終幕が訪れました──


 切断された肉塊が、べちゃりと大きな音を立てて地面を転がっていく。活血を撒き散らしながら、ころごろ、──ごとり。

 そして静かに事切れ、じわりと血の海を作ったのです。


「ごふっ!?」


 血のしたたる刀がからんと地面を跳ね、その後に続いて、黒鬼は膝から崩れ落ちていきました。


「ばっ!? かなっ……」


 モモタロウの拳は、黒鬼の胸に直撃。全身全霊を込めたモモタロウの一撃を黒鬼は受けていました。


「黒鬼よ……俺の勝ちだ」


 モモタロウは振り向き、自分を助けてくれた巨人を見上げました。


「助かったよ、じいさん」


「なぁにこれしき。まぁ、凄まじい唸り声で起こされるわ、かばった拍子に指は切られるわ、これほど目覚めが悪いのは初めてじゃがな」


 巨人となったおじいさんはその手で、黒鬼の一撃からモモタロウを助けていたのです。


 モモタロウは胸の傷を押さえながら、ゆっくりと歩きました。そして、大の字に倒れて動きを止めた黒鬼を見下ろします。


「はは……負けちゃった」


「……俺が勝てたのは、じいさんのおかげだ。流石、桃太郎と呼ばれただけの事はある。俺一人ではお前に勝つ事は出来無かっただろう」


「ははは……。たしかに、珍客には驚かされたよ」


 黒鬼は激痛に耐えながら、苦笑いをしました。


「あ”あ”……珍、しゅごい」


「ばぁさん、こりゃ重症やで……」


 頭がおかしくなったおばあさんに、サルは心底心配しました。


「ばあさんも、マグナムと添い寝してたらそのうち治るじゃろうて」


 おじいさんはそう言いながら、切られた指に自分のふんどしを巻きつけて止血しました。衛生状態が心配されます。


「黒鬼、1つ聞いていいか」


 モモタロウは片膝をついて黒鬼の側で話しかけました。


「……()()()()()()()()、どうぞ」


 黒鬼は、時折苦痛に顔を歪ませ、瞼を重そうにしていました。


「お前はなぜ、鬼ヶ島に居るんだ」


 モモタロウは、黒鬼にも信念があると考えていました。それは、モモタロウがこの地に来た理由と関係があるように思えたからです。


「せやで! こんな誰もいない島なんぞ守ってどないするんや?」


 おばあさんを剥がそうとしながら、サルは黒鬼に聞きました。


「ははは……実は、僕もよくわからなくてね。あえて言うなら──償い、かな」


「償い……」


 黒鬼のその言葉に、モモタロウの瞳が揺らぎました。


「あぁ、そうだな、償い。そうだったんだな……そんな事ももうわからなくなっていたんだな、僕は」


 黒鬼は自分の言葉に納得しながら呟きました。


「お前は何を償っているのだ?」


「少し……長くなるよ」


 黒鬼は目を閉じて、過去を思い出していた。暫く忘れていた自分の事を、思い出していた──


『僕の本当の名前は()()()。かつて桃太郎と呼ばれた剣士』


 ミコトは、鬼ヶ島で起きた事をモモタロウ達に話しました。


 鬼ヶ島に着いたミコト率いる軍勢が、無抵抗の鬼達を次々と斬り捨てていった事。村を守護する赤き鬼神と言われている鬼に会った事。赤き鬼神はとてつもなく強かったが、村人を守りながらの戦いに最期は朽ち果てていった事。そして最後は、辺り一帯血の海になっていた事──


「僕は、父に言われるがまま、鬼を退治した。悪を討つ、それが僕が成すべき正義だと信じていたんだ。そうしていれば、父が喜んでくれると信じていたんだ」


 黒鬼は一度息を吸い、憂いを飲み込み、「でもね」と話しを続けた。


「……ある日の夜更けに、父の側近が笑いながら女中に話しをしている所を聞いてしまったんだ。それは、僕にとってあまりにも残酷な内容だった」


 黒鬼は夜空を眺めながら、ゆっくりと話しました。想い浮かべては顔を歪ませ、ためらい、静かに吐き出していきました。


「……父は、自分の功績の為に鬼達を利用したんだ。鬼達は、異国の地より流れ着いたこの場所で、村人達の為に尽くしていただけだった。自分たちを受け入れてくれた村人達に、恩返しをしていただけだった──」


 モモタロウ達は、黒鬼の言葉を、ただ静かに聞いていた。


「それなのに、父はあの鬼達を悪に仕立て、僕に討ち取らせた。鬼達の持つ異国の宝がほしくて、何の罪もない鬼達を僕に殺させたんだ。それだけじゃない、僕が桃太郎となった事で、さらにそれを足がかりに、罪のない数々の人達を討ち取っては領土を広げ、品々を奪い、自らの地位をほしいままにしていったんだ」


「酷い、話しじゃの……」


「ほんまやで……」


 おじいさんとサルはぼそりと、悲しそうに呟きました。


「あの日以来、僕は何が正義なのか、わからなくなってしまった。知らなかったとはいえ、僕は取り返しの付かないことをしてしまった。だからかな──ここで償って、罪滅ぼしをしたかったんだと思う。償う相手も、許しを請う相手も、もうどこにもいない。だから僕は、鬼達が眠るこの地を守ることで、罪滅ぼしをしたかったんだと思う」


「あんさんは、よう頑張ってると思うで」


「その通りじゃて。お主ももう、休まれよ。わしらも帰って傷を治す事にしようじゃないか」


 黒鬼は、その言葉が嬉しかったのか、静かに微笑んだ。


「心優しき黒鬼よ、お前はもう十分だ」


「はは……二代目、ほんと君は変わってるね。それに、最後まで裸を貫き通すなんてね。その膝立ちから、()()()()()()()


「あかーーーーーーん!」


 サルの切れの良いツッコミが久しぶりに炸裂しました。


「このきび団子には、()()()()が詰まっている」


「ダンナもあかーーーーーーん!」


 このタイミングで下ネタ。最低でした。


「黒鬼よ、いや、ミコトよ。今はその傷を癒せ……」


「はは……この体が癒えることはもう無いさ。それに、ミコトという人間ももういない……」


「お主、何を……なぬ!?」


「おわっ!? あんさん! 腕が!足が!」


 黒鬼の体が少しずつ溶けて形を失っていました。その代わりに、さらさらと、黒鬼の周辺が砂で埋もれていきました。


「鬼を殺め、村人を殺め、そして最期に──僕は父を許す事が出来ず、この手にかけたんだ。あの日から、僕はもう人ではなくなっていた。心がおかしくなっていたんだ。父を殺した時、僕は何も感じなかった。悲しくなかった。その時、僕はもう人に戻ることは出来ないのだと知った──」


 黒鬼のその瞳には、寂しげな月が映っていました。


「それからこの地を再び訪れ、彷徨い続けた。何年も、何年も彷徨った。自分が死んだ事すらわからず、ずっと、彷徨ったんだ──」


「なんということじゃ、すでにお主は死んで……妖怪と化していたとは」


「えらいこっちゃで……」


 おじいさんとサルは悲しそうな顔をしました。


「……そろそろ、お別れの時間だ」


 黒鬼は今にも閉じそうな瞼を堪え、悲しそうに話した。


「黒鬼よ、永い間、この地を守ってくれた事、感謝する」


 モモタロウは、そっと優しく黒鬼の頭に手を置いた。


「ふふ、君が感謝してどうするのさ……」


「俺は、()()()()から話しを聞き、お前に会いに来たんだ」


「……僕の事を知っている奴なんてこの世には……」


 黒鬼は言いかけた言葉をやめ、瞳を閉じて笑った。


「ははは……そうかっ。そういうことだったんだね」


「なんやっ!? なんの話しや!?」


「そうじゃ、わしらにもわかるように説明せい!」


 おじいさんとサルはモモタロウを急かすように促しました。


「ふふっ……君のそのすばしっこさと凄まじい怪力、何であの時僕は気づかなかったんだろう。今思えばそっくりじゃないか、僕の嫌いな猿に──」


「わいっ!? ちゃうよっ!?」


 サルはびくつきながら、二本足で立って手を何度も横にふって否定しました。


「最初から最後まで、余計な事をしてくれる……猿神め」


 黒鬼は力なく微笑み、静かに悪態をつきました。


「猿神は野垂れ死にそうになっていた俺を拾い、育て、そして戦う技を教えてくれた師匠だ」


 モモタロウはそんな黒鬼にそう告げました。


「ははは……これは傑作だ。鬼となってこの地で彷徨っていた時、僕も猿神に出会ったんだ。これが色々とお節介な奴で最後は喧嘩別れしたけど、まさかあれから君の師匠をやっていたなんてね」


「師匠は言っていた。俺がここに来れば、すべてが終わると。俺が許すことが出来れば、黒鬼の永い戦いは終わると……」


「何を言って……いるんだ? 二代目、君はまさか……」


「ここに眠る()()に代わり、そして()()()、赤き鬼神に代わってお前を許そう。そして──」


『ありがとう』


 黒鬼はその言葉に目を見開き、声にならない想いに打ち震えました。湧き上がる感情は、久しく忘れていた人間の頃の記憶。


「はは……なんだよ、それ」


 黒鬼の頬を小さなしずくが伝いました。それは、とても温かなしずくでした。


「猿神め……ホント、お節介な奴だ。これだから……猿は嫌いなんだ」


──


────


──────ずっと、僕は心の中で謝ってきた。



 ずっと、誰かに言いたかった。


 ずっと、誰かに聞いてほしかった。


 何度も何度も、心の中で謝った。


 どうしたら、この罪が消えるのか。


 どうしたら、僕を許してくれるのか。


 心の中で、謝り続けて、何年も何年も。


 体が動かなくなっても。


 朽ち果て、鬼と化しても。


 僕は────



 黒鬼の目からは、玉のような涙が、次から次へと、溢れていきました。黒鬼は最後の力を振り絞り、モモタロウに告げました。


「君達には……本当に、申し訳ない事をした。どうか僕を──」


 黒鬼は空に向かって手を伸ばしました。すでにその目は、何も見えなかったからです。モモタロウは黒鬼の手をしっかりと握りました。


 黒鬼は寂しそうに微笑み、最後に一言──



『許してほしい』



 黒鬼の手を握るモモタロウの手にぎゅっと力が込められました。


「……あぁ。許そう。お前が魂尽きるまで償った事、しかと見届けた」


 その言葉を聞いた黒鬼は、にこりと、少年の様に明るく微笑み、とても安らかで、幸せそうな顔をしていました。


 それが、黒鬼でもない、桃太郎でもない、誰にでも優しく、正義感の強い、ミコトとしての最期となりました──


 モモタロウ達は、しばらくその場から動く事が出来ませんでした。


 月灯りの下、きらきらと輝く砂は、まるで星屑のようで……綺麗で、切なくて……。


──


────


──────


「行くかのぉ」


 おじいさんのその言葉で、ひとり、またひとりとその場から去って行き、そして最後に、モモタロウが去って行きました。


「ミコト、どうか安らかに……」


 小さな綿がふわりと落ちて、誰もいない砂の上で、静かに、溶けていきました──





終 劇(おわり)





────────おーい


「おーい、ばぁさんや。ワシの体このままかいのぉ?」


「アタイは構わないさ。大きいに越したこたぁない」


「いや、大き過ぎじゃろ」


「アタイがその巨体の背中に乗って旅するのも悪くないね」


「わしの下半身もろ出しでか!?」


「そして、世界中の人々に挨拶しに行くのさ」


「もろ出しでかっ!?」


「まぁ、柄の悪い奴がいりゃあ、喧嘩ふっかけてもいいさね」


「もろ出しの奴がかっ!?」


「アタイのマグナムとアンタの大仏があれば無敵さね」


「ダイブツとか言うな」



 こうして、巨人になったおじいさんと、血気盛んなおばあさんは、世界の人々を過激の渦に巻き込む旅に出たそうな。

 そして、いつまでも、いつまでも、おじいさんはもろ出したそうな。


もろだし、もろだし


最初から最後まで、下ネタですみませんでした。

これに懲りずに頑張ろうと思います。


3タイトル書いているので、お時間ございましたら読んでみてください、ほぼギャグです!


『王妃と魔法の鏡と』

〜王妃をこらしめる白雪姫のお話し


『マッチ売りの魔女と肉好きの黒猫』

〜マッチ売りの少女というかおばあさんの体のお話し

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