前編『モモタロウ』
冬童話2018参加作品です。
企画物は初参加で、15連勤しながら書いたので良ければ読んで頂けると嬉しいです。
(※下ネタばかりです)
前編はギャグメインで、
後編はシリアスメインとなります。
よろしくお願いします。
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。
「やはり、パイソンよりマグナムの方がアタイの好みさね」
おばあさんが川でせんたくをしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃に乗った裸の男が流れてきました。
男は背筋をピンと伸ばし、鍛え上げられた逞しい体で両腕を組み、どこか遠くを睨んでいました。その男の眼光に只ならぬ殺気を感じたおばあさんは、声をかけました。
「アンタ、何者さね。そんな立派な物をぶら下げてどこへ行くつもりだい」
男は、静かに言いました。
「……鬼ヶ島へ」
おばあさんは、その裸の男に銃口を向けて言いました。
「はんっ! これはとんだお笑い草だね! 武器も持たずして裸一丁であんな物騒な所へ行こうなんざ、無駄死にもいいところだよ!」
やさしいおばあさんは、その男が無茶をしないよう、男の頭上にわざと外れるように銃を発砲しました。
「これにこりたら、とっととおうちに……な、何じゃとっ!?」
なんということでしょう。桃の上に乗っていたはずの男が、瞬時にしておばあさんの握る銃を掴んでいるではありませんか。人間離れした動きです。男はおばあさんを見下ろし、言いました。
「そんな物ではオレは倒せんっ」
驚いたおばあさんは、男に掴まれた銃を前転をする動作の中で引き抜き、そのまま勢いを殺さずに地面を転がって男との間合いを離しました。なかなか、良い動きです。
「なめんなぁぁぁぁっ!」
おばあさんは膝立ちと同時に、銃の引き金に指をかけました。ところが、引き金に手応えがありません。
「ば、ばかなっ!? フィールドストリップだとぉ!?」
なんと、おばあさんの自慢のマグナムは男の手によって一瞬で分解されていました。唖然とした顔を一瞬だけ覗かせたおばあさんですが、すぐに殺意に満ちた表情で歯を食いしばりました。
「くっ……これならどうだいっ!!」
おばあさんは懐から取り出したナイフを男めがけて投げました。しかし、正確に狙ったにもかかわらず、男は目にも止まらぬ速さで瞬時に避けました。
「きぃぃ! アタイを本気にさせるなんて、罪な男だねぇーっ!」
おばあさんは叫びながら次々とナイフを身体の至るところから取り出しては男に投げつけました。それでも、男に当たる事はありませんでした。
そしておばあさんが最後のナイフを投げ、それも男に躱された時です。
「掛かったねっ! アンタが避けるのは計算済みだよっ」
おばあさんの手には、丸いスイッチの付いた機械が握られ、すでに起動させていました。途端に、男の頭上で大きな爆発が起こりました。
予め積んであった大きな岩が男めがけて落ちていきます。おばあさんはこれを狙っていたのです。恐ろしいおばあさんです。
「悪く思わんでくれよ、あんたのソレはアタイには大きすぎる」
決め台詞も、恐ろしく下品なおばあさんでした。
──しかし
おばあさんのすぐ横を掠めるように、大岩が地面を抉る勢いで落ちてきました。
「ひぃぃぃぃっ!?」
もくもくと立ち込める砂煙の中、ゆっくりと歩いてくる影がありました。
「……オレには効かん」
出てきたのは、裸の男です。
おばあさんは目を疑いました。あれ程の落石にもかかわらず、男の体には傷ひとつ付ける事が出来なかったのです。
「あぁぁんだってぇぇぇえっ!?」
驚いたおばあさんは物凄い形相で叫びました。銃もナイフもトラップも通じない、人間離れしたその男に恐怖すら覚えました。
「ま、参った。アタイの負けさね」
おばあさんは膝から崩れるようにして負けを認めました。そしておばあさんは思ったのです。この男なら、世界を変えられると。平和ボケした人々の目を覚ます事が出来ると。
意を決したおばあさんは裸の男に歩み寄り言いました。
「鬼ヶ島に、アタイも連れていきな。少しは役に立ってやるよ」
そう言ったおばあさんの顔はやけに男前でした。
「……わかった」
男は静かに頷きました。
──するとそこへ、山へしばかりに行っていたはずのおじいさんが帰って来ました。
「うぉっ!? なんじゃこの男は!?」
おじいさんは、男を見るや驚きました。その男の眼光は鋭く、無駄の無い筋肉と計算し尽くされたフォルムに浅黒く艶めいて美しいボディ。全身に図り知れないオーラを纏うこの男に、おじいさんは恐怖で涎が溢れました。
「じゅる。せめてパンツぐらい、じゅる。はいたらええのに」
おじいさんは直感しました、こやつはデンジャラスボーイだと。
おばあさんはそんなおじいさんを見て言いました。
「コイツの強さは本物さね。それよりじいさん、早かったじゃないか」
「それがの。全身毛だらけの大男に痴漢されての。こりゃー、ワシの尻がしばかれるって思うて、必死で逃げて来たんじゃ」
「あんだってぇ!? 情けない奴だねぇ! 痴漢相手に男が逃げてるんじゃないよっ」
おばあさんは、おじいさんを愛の鉄拳で殴りました。
「ぶっふぇっっ!」
おじいさんはばちこーんと良い音を立てながら吹き飛びました。
そんな、仲睦まじい二人に裸の男は言いました。
「さぁ、お昼も過ぎたし、鬼ヶ島に行こうぜ」
「お茶しに行くみたいな軽いノリで言うなっ」
おじいさんは反対しました。あんな危険な場所に行くなんてアホらしいと怒りました。
するとまた、ばちこーんと良い音を響かせておじいさんは吹き飛びました。もう一回聞きたいくらい良い音でした。
「けばぶっっ!!」
「情けない事言ってるんじゃないよ! 旅は道連れ、アタイらも行くんだよ!」
裸の男と、おばあさんと、顔が腫れて気持ち悪いおじいさんは、ちょっとそこまで、鬼ヶ島をぶらっと目指す事にしました。
「アンタ、名前は?」
おばあさんは裸の男に聞きました。
「……好きに呼ぶといい」
裸の上にクールな男でした。
「ばあさん、どうするよ? 名前が無いと不便だべ」
「そうさねぇ……」
おじいさんとおばあさんは考えました。裸の男に似合う、立派な名前はないかと。
うーん、うーん、と首を傾げながら2人はしばらく悩みました。
暇を持て余した裸の男は、反復横跳びに興じていました。
速い! 速すぎる!! 素晴らしいフットワークでした。
すると、おじいさんが何やら思いついたようで、手を叩きながら言いました。
「そうじゃ! モノをぶら下げた男じゃからズバリ! モノタ……ずんぶふぇっっ!?」
ばちこーんと良い音を奏でながら、おじいさんはまた吹き飛んでいきました。見事なアンコールです。
「桃に乗った正体不明の野郎っつったら、これしかないじゃろ」
【ピーチ・ジョン】
まさかのキラキラネームでした。男は無反応でした。
「なら、お主のその立派な筋肉が付いた太いももからちなんで、モモタロウってのはどうじゃ?」
「モモタロウ……」
「ダメかのぉ?」
「フッ、いい名前じゃないか」
まさかのふともも。しかし案外、気に入ったようで裸の男はニヒルに口角をくいっと上げました。
そこに、賑やかな雰囲気に誘われたのか、犬が尻尾を振りながらモモタロウの前にやってきました。犬はモモタロウに何か言いたいことがあるようです。
『ばうっばうっばうばうっ!』
さっぱりわかりませんでした。
「畜生の言葉はわからんが、コイツも連れて行こう」
モモタロウは犬が気に入ったようで、連れて行くことにしました。
おばあさんも、どこぞから取り出したナイフの切っ先を睨み、頷きました。
「アタイは構わないさ。あまり好きな食感ではないがね」
物騒な物言いでした。
そこへ、今度はキジが羽ばたきながらモモタロウの前にやってきました。キジはモモタロウに何か言いたいことがあるようです。
「クェーーーーーーーっっ!!」
さっぱりわかりませんでした。
「畜生ばかり集めても仕方ないが……いいだろう。連れていってやる」
割と辛辣な事を言うモモタロウでした。
おばあさんも、どこぞから取り出した白菜と長ネギを眺めながら、頷きました。
「アタイは構わないさ。骨はじいさんにくれてやる」
晩御飯が決まりました。
そしてさらに、モモタロウの前にサルが拍手しながら小走りでやってきました。
「どもーっ!」
漫才芸人みたいな登場の仕方でした。サルはモモタロウに何か言いたいことがあるようです。
「そこのダンナ! その腰につけたきび団子を1つわいにくれへんか!」
しかし、モモタロウはきび団子を持っていませんでした。それどころか、服すら着ていません。サルは言い直しました。
「失礼、その腰にぶら下げたきび」
「アカーーーーンっ!!」
おじいさんは思わずツッコミました。それ以上は危険だと感じたのです。
「モモタロウや、勘違いしとるようじゃから説明してやれ」
おじいさんの言葉に頷いたモモタロウは、真面目な顔をして言いました。
「このきび団子には、愛と勇気が詰まっている」
わけが分かりませんでした。
「ロマンティックな話しもいいけどさ、それより鬼ヶ島までどうやって移動するんだい? 海の向こうまで泳ぐってのかい?」
おばあさんは現実的な問題を指摘しました。しかしモモタロウは不敵な笑みを浮かべてこう言いました。
「アレで行こうぜ」
一同はモモタロウの指し示すアレを見ましたが、川に大きな桃がプカプカと浮かんでいるだけです。
「桃の船だ」
一同は絶句しました。誰かが小声で『マヂかょ』と呟きました。
──桃に乗ったモモタロウ達は、鬼ヶ島を目指して出発しました。
幸い、海は静かで航海に問題は無さそうでした。見た目と謎の動力以外は。
桃の上で珍妙に組まれたモモタロウ達の見た目は、それはそれは大変愉快でした。
「なんやのっ、これ〜」
サルは不満そうに声を上げました。
おばあさんは先頭で十字架のように手を広げていました。
モモタロウはそのおばあさんを後ろから支え、背中にはおじいさんがしがみついています。まるで、子泣きじじいです。
サルと犬は、モモタロウの足にそれぞれしがみつきました。
キジは、その羽を活かして空を飛び、案内役を務めました。
──思った以上に桃の船は速く、目的地である鬼ヶ島が遠くに見えてきました。
そして、海上での激しい水飛沫は桃の見た目も相まって下品でした。
「ダンナーっ! 流石にこれは無理があるんちゃいますー!?」
サルは叫びました。
「アタイは構わないさ。なんだかこうしていると乙女の血が騒ぐ」
「ばあさんや! 気色の悪い事言わんでぐっぼはぁっ!!」
ばあさんの裏拳が炸裂しました。クリティカルを喰らったおじいさんは意識を失い海へと落ちました。
「アカーーーーンっ!」
サルが手を伸ばして、おじいさんの腕を間一髪の所で掴みました。しかし、モモタロウの足にしがみついているサルでは引き上げるのは難しく、掴んでいるのがやっとでした。
「ばうっ! ばうっ!」
犬も吠えるだけで精一杯でした。
「みんな、頑張ってくれ! 鬼ヶ島は目の前だ!」
モモタロウはみんなに声をかけ、元気づけました。
「ダンナ! こっちは持ちそうも無いわ!」
海に落ちかけているおじいさんのせいで、桃の船はバランスが取れない状態です。胃の中がひっくり返るぐらい船は激しく揺れ、それでもサルはおじいさんを離さないように必死でした。
「うぉっ! うぉっ!」
波に乗る度に、船は大きく揺れました。
「うぉっぷっ! うぉっぷっ!?」
サルは、モモタロウの股の間に手を伸ばしておじいさんを掴んでいます。
「んぐぐっ! んぐんぐっ!?」
船は相変わらず大きく揺れ、その度にみんなも揺れました。
「ぷはぁっ、ちょっ! ダンナ! わいの顔にングゴっ、何かが!」
サルはモモタロウの股の下で何かと戦っていました。
「おぅ……おぅ……」
モモタロウは、温かな感触が股の下から波打つ快感に顔を赤らめました。
「ちょっ! うぷっ。おえぇっ! ダンナ! きび団子! きび団子!! 顔に!!!」
「イェース……、イェース」
酷い光景でした。
──こうしてサル以外は無事、鬼ヶ島に着きました。
すっかり日が落ち、辺りは暗くさらには霧まで出ていました。そんな中、一際目立つおどろおどろしい大きな門がモモタロウ一行の前に立ちはだかります。その雰囲気からして、ここが地獄への入り口だと見てわかりました。
「みんな、準備はいいか?」
モモタロウは一同を見ました。
おばあさんは愛用のマグナムを手に、準備万端でした。
おじいさんは顔を晴らして、武者震いをしていました。
犬とキジは楽しそうにくるくると回っていました。
サルは使い古された雑巾と見分けがつかないぐらいに汚れきって地面に捨てられていました。
「よしっ!」
モモタロウが力を込めると、門は鉄の擦れる音を響かせながら、ゆっくり、ゆっくりと開いていきました。
モモタロウ達は、門の向こうに待ち構えてあるであろう、地獄絵図のような光景を想像していました。しかし──
「ここが……地獄?」
モモタロウはその光景に驚きました。
そこは、のどかで自然に囲まれた大きな村でした。歩く人の顔は穏やかで、鬼と仲良く話をしている姿も見られます。モモタロウ達に警戒をする人は誰一人いない。その村は、平和そのものでした。
「な、なんじゃ? わしらは鬼ヶ島に着いたんじゃないのかっ!?」
おじいさんは目を丸くして驚きました。おじいさんは背中に生乾きの嫌な臭いのするサルのような雑巾を背負っていました。
「そんな……ばかな」
モモタロウは目の前の現実を信じる事が出来ませんでした。
「ばうっ!」
突然、犬が何かを見つけ走り出しました。モモタロウ達が犬の後を追うと、様々な店が立ち並ぶ場所にやってきました。まるで縁日のように、辺りは賑やかでした。
犬が向かった先は食べ物屋台でした。近寄ると、威勢の良い声が聞こえてきます。
「へいらっしゃい! モツ焼きうどんだよ! お客さん、食べて行きなよ!」
なんと、赤鬼が見事な手さばきで、うどんを焼いていました。
鉄板の上でじゅうじゅうと美味しそうな音を立て、香ばしい臭いが辺りに充満していました。
「ぬ、コラーゲンの臭いがするねぇ。1つ貰おうか」
おばあさんは美容に良さげなのは大体好きです。
「ばあさんっ! 食っとる場合かっ!」
「おほっ、これはうまい! ほれ、じいさんも食ってみぃ」
おばあさんはモツを箸ではさみ、おじいさんの口を狙って突きました。
「あっぶね!」
おじいさんは危険を感じ、おばあさんの突撃を避けました。
「んごぉぉっ!?」
おじいさんが避けたせいで、背中にいたサルだった雑巾の口に入ってしまいました。
「おやおや、ラッキースケベじゃないか」
「ばあさん、それは違うと思うぞい」
サルは口に入ったモツをもぐもぐと、おばあさんのよだれが付いているとは知らずに食べてしまいした。
「う、う、うまーーーーーいっ!!」
なんと、サルがみるみると元気になるではありませんか。恐るべし、モツうどん。栄養満点、モツうどん。
「おおっ! この焼きそばもうまいっ。甘味のあるキャベツとかしわの相性が素晴らしい」
モモタロウは味噌ダレ焼きそばが気に入ったようです。
【ぼっけぇうめぇぞ! 味噌ダレ焼きそば!】
「あんたらどこのまわしモンやねん!!」
サルはモモタロウ達の三文芝居にツッコミました。
「クェーーーーーーーンっ!」
すると今度はキジが大きな羽を広げて飛んでいきました。
「行こう」
モモタロウ達はキジを追い掛けました。
キジは、奥へ奥へと、翼を羽ばたかせて進んで行きました。
先程の賑やかな雰囲気は何処にもなく、行けば行くほど、村の灯りから遠くなるばかりでした。
しかしモモタロウ達は確信します。重い空気が立ち込めるこの先にボスが待ち構えているのだと。
「なんじゃ、これは」
一番足の遅いおじいさんは、みんなとの距離が離れていました。それでも、えっほえっほと走っていると、お地蔵さんを見つけ、足を止めました。
「こんな所にお地蔵様が居られるなんて……」
よく目を凝らしてみると、お地蔵様の後ろにはたくさんのお墓が並んでいました。
「ひぇ〜ナンマンダブ、ナンマンダブ……」
おじいさんが拝んでいると、袖の所からポロリと小包が落ちました。
「なんじゃ、これ?」
丸くこしらえた包み紙には、文字が書いてありました。
【銘菓 ギガきび団子】
おじいさんはそのお菓子を手に取り、おもむろに食べ始めました。お腹が空いていたのでしょうが、それにしても見知らぬお菓子を躊躇なく食べる辺り、品がなっていません。
「おお、うまい! うまいぞこれは……うっ!?」
途端におじいさんは苦しみ始め、膝を付き胸を押さえました。
「ばあ……さん」
その一言を最後に、おじいさんは静かに倒れてしまいました…………。
──モモタロウ一行はキジに案内され、たどり着いた先は朽ち果てたお寺でした。
「おや? ところでじぃさんの姿が見えへんけどどこいったんや?」
サルが振り返ると、おじいさんの姿がどこにもありませんでした。
「ふん、拾い食いして腹でも下したんじゃろう。クソジジイめ」
キジは宙をくるりと回り、目的の場所へと降り立ち羽を畳みました。キジが降り立ったのは、スラリと伸びた刀の先でした。
「誰だ!?」
モモタロウは叫びました。刀を持つ何者かが居たのです。
そこで待ち構えていたのは、全身に真っ黒な鎧をつけた鬼でした。漆黒に塗りつぶされた鎧、天を穿くような角、モモタロウ達を睨むその眼はまさに鬼。そして、とてつもない長さの刀を、片手で持っていました。
「なんやあのごっつい刀はっ!?」
サルは驚きました。
「アタイも初めてみるが、あれは大太刀さね。あの一振りでウチらを一纏めで切ることができるじゃろう」
鬼の眼光は鋭く、その威圧感たるやモモタロウ達を押し潰す程の気迫に満ちていました。
「ヤア! ヨウコソ地獄ランドへ!」
「声、高っ!! その見かけで声高すぎちゃいますっ!?」
サルは思わずツッコミました。
「オッス、オラモモタロウっ!」
モモタロウは気さくに片手で挨拶をしました。
「張り合わんでええっちゅうにっ!」
サルはモモタロウにもツッコミを入れました。
「アタイ、十七サイのオンナノコ。スキナダンシは乱れん坊将軍」
「ばあさんが一番意味わからんわっ!!」
サルは忙しそうでした。
モモタロウは一歩前に進み、鬼に言いました。
「貴様、何者だ」
「ハハッ! 『黒鬼』トデモヨンデヨっ」
「アタイタチはオマエをタオシニキタヨ!!」
「ばぁさん! もういいからっ!」
割とおばあさんは茶目っ気たっぷりでした。
「コホンっ。よくここまでお越し下さいました、歓迎しますよ」
「普通に話せるなら最初っからせーや!」
サルもツッコミに疲れてきたのか、ややキレ気味でした。
「あはは、久しぶりに人に会ったものですから、ついはしゃいでしまいました」
表情がまったく読めない黒鬼でしたが、ノリは良さそうです。
「犬神、鳥神」
黒鬼が動きました。掛け声を合図に、犬とキジが黒鬼の元へと飛んでいき、なんとその姿が鬼火に変わりました。
「なんやて!?」
「ふむ……この子達が言うには、あなた達はこの地を荒らそうとしている、とのことですが……本当でしょうか?」
「あいつら、わいらを騙してたんやなっ!」
「フン、ああなると畜生以下だねぇ。前の姿の方が食べれた分、可愛げがあったよ!」
おばあさんは、本気で食べるつもりだったようです。鬼畜です。
「俺は、確かめたいだけだ」
「まぁ、なんでもいいです。この地に足を付けた時点で、あなた方の運命は決まっています」
「ハンッ、上等だよ! アタイらを舐めない方がいいよ!」
「お前達、案内ご苦労でした」
黒鬼のその言葉で、二つの鬼火は静かに消えていきました。
「さて、早速で申し訳ないのですが──死んで下さい」
黒鬼はモモタロウ達に一足飛びで間合いを詰め、その大太刀を振りました。黒鬼の周囲にある木や灯籠諸共、大太刀が断ち切っていきます。
「これ、アカンやつやっ!!」
サルは身をかがめ、地面に手をついて避けました。あばあさんも地面を転がり、懐に入れてある銃を掴みました。相変わらずいい動きです。そして、モモタロウは──
「遅いっ」
モモタロウは黒鬼が大太刀を振り切る前に、瞬時に距離を詰めていました。
「ウッラアァァァァァー!!」
モモタロウは腹の底から絞るように声を上げ、筋肉の盛り上がった右腕を黒鬼目がけて打ち込みました。
ズンッと重い音を響かせ、モモタロウの拳は黒鬼の顔面に直撃しました。
「ダンナ! やるやんけっ!」
サルはモモタロウの強さに感動しました。思えば、サルはモモタロウに会ってからというもの、まともに知っている事と言えば彼のきび団子ぐらいでした。
モモタロウの一撃で黒鬼はよろけて片膝を着きました。
「モモタロウ! その調子だよ! そんな奴、鍋の具にしちまいな!」
おばあさんはこんな時でも晩御飯を忘れません。
しかし、残念な事に黒鬼を仕留めるには至りませんでした。
「……モモ……タロウ?」
黒鬼は静かに立ち上がり、モモタロウ達に向き直りました。それを見たモモタロウ達は驚きました。
「なんやあいつ!? 顔が半分に割れて中身が出とるでぇっ!?」
「馬鹿だねぇ。あれは鬼の面だったって事だよ」
鬼の面が割れ現れたのは、切れ長の瞳、筋の通った鼻立ち、その透き通る様な容貌は悲しみの色を纏い、闇夜に浮かぶ三日月のように笑う──美しき青年の顔でした。
「君の名前、桃太郎というのかい?」
黒鬼は静かに微笑み、モモタロウに話しかけました。
「訳あってそう呼ばれているだけだ。お前には関係無い」
モモタロウは黒鬼の質問に乱暴に答えました。
すると黒鬼は、三日月のように笑い、冷たい瞳でモモタロウに言いました。
「……奇遇ですね。僕もかつてそう呼ばれていました──桃太郎、と」




