勇者ですが何か?(23)剣、借りたいんですが?
「あの子が……勇者なのか?」
駆けて行ったタロウの姿を見て、男性ーー修理屋の店長は呟いた。
「おじ、さん? どうすれば良い?」
困った顔で尋ねる男の子を見て修理屋の店長は笑ってみせる。
「病院に行こうか、お母さんはおじさんが運ぶから安心して着いてくるんだよ?」
その言葉に男の子は小さく頷いた。
辺りの建物からは黒煙が空へと上がっていく。
ゆっくりと、小さく。青々と晴れた空を蝕むように、煙は上がっていく。
ー勇者ですが何か?ー(23)
「あなたは父であるログウェル副団長の隣に立つべく頑張っていたわよね? 私は家族の為に……フランチェルズの為に、騎士となりこのアリアーハンの街を守ると誓っているの」
尻餅を突き座り込んでいるアイリーンに剣を突きつけたままレベッカは語り、アイリーンはただ黙ってレベッカの目を見つめていた。
周りでは、他の少女たちが剣を打ち付けあっている音が聞こえる。
アーシャがアイリーンの名を叫んでいるのも。
「どんなに悪く言われても、結果が残らなくても、あなたはログウェル副団長の剣を真似してたわよね? 私にはそれが輝いて見えたわ……。純粋に、父親を愛し、尊敬してるんだなって分かったもの。私には、父を尊敬していても、そこまで純粋に想えることは無いから……」
レベッカは遠くを見るような目をしたあと、アイリーンの耳のイヤホンに目を向ける。
「確かに、あなたの剣の振りは悪いし、あれでは当てることなんてできないと思うわ。それは事実。でも、本当に騎士の道を進むというのなら、その剣の振りが悪いことにも気づき納得するはずだし、しっかりとした剣撃を覚えようとするはず、どんなに言われても耐えてきたあなたなら、こんな卑怯な手を使わないと思っていたのに……。あなたの本当の実力なら、みんなと同じ……いいえ、みんなより、私よりもきっと強いはずなのに……」
「レベッカ……」
そっと顔を前に動かそうとするとレベッカは、グッと剣を近づけアイリーンはゴクリと唾を飲む。
「でもあなたは、汚い手を使ってしまった! なぜ? どうしてなの? あなたはログウェル副団長の娘で、しっかりとした思いを持ち、強い人なのにっ!」
レベッカの持つ剣は、腕に力が入りすぎているからか震えていた。剣を震えるまで力強く握り、悔しそうな悲しそうな顔のレベッカを見てアイリーンはうつむいた。
「私は……そんなに強い人間じゃ無いよ、 レベッカ」
アイリーンは静かな口調で本当の自分のことをレベッカへと伝える。
「私は、父のようにはなれない事を分かってた。だけど認めたくなくて、目を逸らして剣を振った……。みんなが私を笑っていても耐えられたのは、たとえ自分が弱くても、ログウェルの娘としてみんなが意識してるのが分かっていたから。みんなは父の存在を恐れていて、その上で羨望もしていて、嫉妬してるんだなって思ってたから、耐えられたの」
「……アイリーン」
「でもね、父の隣に立ちたいという思いは本当にあってね、このままでは一生追いつけないと思って昨日、街を出て旅に出ようと思ったの」
アイリーンの言葉にレベッカは突き出していた剣を下ろし聞き返す。
「旅に?」
「そう……昨日、勇者が旅に出たのは知ってるでしょ? 勇者はまずゲンシュー王国に行くと思ったの、そのためには必ずーー」
「……アリアーハンを通る……」
アイリーンは頷き、続ける。
「私は勇者の旅に同行しようと思った。昔、勇者と共に旅をした者たちは英雄として称えられたでしょ? だから私も勇者と共に旅をすることでその恩恵を授かろうと思ったの……ハハ、どうしようも無いでしょ私……。そして英雄と呼ばれるほどの知名度と名声を得て、父の隣に立とうってね」
アイリーンはゆっくりと立ち上がり、レベッカと見つめ合う。落とした剣を拾おうとはせず、アイリーンは話を続ける。
「昨日宿を抜け出していたのは、勇者を迎えに行くためだったの、待ってても全然来ないから……見に行ったら盗賊に捕まえられてて、それで助けに行ったんだけど、森の中で迷ったりして、気づいたら夜だった。でもなんとか辿り着いて、盗賊と戦ったの、そこで思い知らされたわ……、私が本当に無力な人間だってね」
アイリーンの後ろでは、アーシャが二人の少女と激しく打ち合っていた。
他の二人はやられたらしく、地面に座り込んでいる。レベッカの方のチームの少女も一人やられたらしく、その子は端へと向かっていた。
二人の少女の剣を受け止めながら、アーシャはアイリーンとレベッカを見る。
「何を話してるのよ、あの二人は!」
「はぁぁぁ!」
スキを見せれば一人の少女が突っ込んできた。だがアーシャはそれを横に避けて回り、その少女の背中へと剣を振り落とす。
それを剣を突き出して、もう一人の少女が受け止める。そして体勢をすぐに整え、すぐに二人がかりでアーシャへと攻撃を仕掛けていく。
「鬱陶しい!」
アーシャは舌打ちしながら、二人の相手との打ち合いを続ける。
「婆さん! 俺に剣を貸してくれよっ!」
「なんじゃ、また朝のガキかね……こっちは忙しいんだから、ほれ、帰った帰った!」
武器屋に着いたタロウは息を整えるのも後回しにし、カウンターの椅子に座っていた老婆に剣を貸してくれるように頼むも、相変わらず嫌そうな顔をして老婆は手を振ってきた。
「未成年には売らんと言ったじゃろ、ボケてんのかねぇ最近の若者は」
「今街が襲われてんだよ! 早く暴れてる奴らを止めないと被害が拡っちまうんだって!」
「ここでうるさいのはお前さんだけじゃが?」
老婆は周りを見るように顔を動かし、両手を軽く広げておどけたように首をかしげる。
その態度にただでさえ焦っていてイライラしてたタロウの頭の中でプツンと切れるものがあった。
「……いい加減にしろよ……この、ババァァ!」
「誰がババァじゃーー」
老婆が椅子から立ち上がろうとしたその時、アリアーハンの街中に大きな音が響いた。
何度も一定のリズムで音は鳴り響き、体にズシンと来るような低い音。それは街の中心部に位置する鐘塔から聞こえてきていた。
「なんでこんな中途半端な時間に?」
街に住む者達は聞き慣れた音、しかし不自然さも感じた。なぜなら今の時間に鳴るはずがないのだ。
アリアーハンの街の鐘塔が鐘の音を鳴らすのは、一時間に一回。今はまだ鐘が鳴るような時間ではなかった。
「何かあったのかしら?」「警報か何か?」「めでたい事でもあったのか?」
突然の鐘の音に街の中を歩いていた者や、ベンチに座って休憩している者など、街の中の多くの人々が足を止め、鐘塔を見るように、顔を上げていた。
「一体、どうしたと言うんじゃ……」
武器屋の老婆は困惑した顔を隠さずに呟いた。
「だから言っただろ! 街が襲われているんだよっ!」
タロウの顔が真剣で、老婆は息を飲む。
「まさか……本当に……?」
「あぁ、そうだ! だから剣を貸してくれ! 解決したらすぐに返すから!」
タロウの言葉に、老婆はシワを寄せてうなだれる。それを見てタロウも怪訝な顔になる。
「なになに? どうしたんだよ、まだ未成年だからダメだって言うのか? 俺は勇者なんだって!」
「勇者?」
老婆はタロウに顔を近づけて、まじまじと顔を見つめる。そしてカウンターの下に置いていた新聞紙を手に持ち、勇者の事が書かれた記事を見る。
「ほ、本物じゃぁ……本物じゃああああ!」
老婆は新聞に乗っているタロウの写真とタロウを見比べて叫ぶ。
「な? だから言ったろ? 俺は勇者なんだ。だから頼む、剣を貸してくれ!」
「貸す貸す! じゃが……、今剣がないんじゃ」
老婆はシワを寄せたまま頭を掻いた。
「剣が無いってどういう事だよ?」
タロウの問いに老婆は気まずそうに言葉を続けた。
「いや……正確にはあるんじゃが、どの剣もボロばかりでの、一番良い剣は修理屋に出したんじゃ。今日出来上がるはずだったんじゃが、あのバカ男は店に持ってくるはずなのに、一向に来る気配が無い! 店に見に行ったがいなくてのう……」
「そうか、なら他のボロで良いから、剣を貸してくれよ!」
タロウの言葉に老婆はためらった様子で動きが鈍い。
「本当にボロで良いのか? あれじゃまともに振れんかもしれんぞ?」
「大丈夫、俺は多分世界一ひどい剣を扱った事があるから、どんな剣でも使えるさ」
自信満々に胸を叩きながら言い放つタロウに、老婆は渋々頷き、店の奥へと向かっていく。
鐘の音は未だになり続けていて、街の中は相変わらずざわざわとしていた。
まだこの近くには被害が来ていないようだった事もあり、タロウは安堵していた。
「持ってきたぞい」
老婆は手に抱えれるだけの剣や斧などを持ってきて、カウンターの上にどさりと置いた。
「以外とあるじゃん」
タロウはその中から剣を掴み、剣の具合を見てみる。
確かに刃こぼれしているし、所々に錆が見られ、切れ味も悪く耐久面も心もとない剣だった。これを買うかと言われれば買わないだろう。
「……まぁ、無いよりマシだしな」
他の武器もどれも同じような具合だった為、タロウは一番扱いに慣れている剣を借りる事にした。
「これを借りていくよ、婆さんも気をつけろよ、みんなに避難仰いで警備兵とかにも連絡行くようにしとくんだ」
「めんどくさいのう、お前さん一人で解決できんのか? 勇者なんじゃろ?」
「勇者っても、勇者歴二日目の俺だし、このアリアーハンの街で一人で全てをこなすのは無理だろう」
頭を掻くタロウを見て老婆は残念そうな顔を見せる。
「本当に大丈夫なんじゃろうか? ちゃんと剣は返しておくれよ?」
「大丈夫だって、剣もちゃんと返すから」
タロウが老婆に笑いかけた時、大きな声が武器屋のある一画に響いた。
「見つけたぞぉ!」
声のする方をタロウが見ると、そこにはさっき別の場所で見かけた火炎瓶を投げつけていた馬車がまっすぐの道の向こうに現れていた。
燃える瓶を片手に馬車の中から姿を見せるどう見ても悪党顔の二人。
そして御者の男には見覚えがあった。
「あんたは確か……昨日の、ダルキヨ……?」
モヒカンに手を添えながらダルキヨは舌なめずりしてタロウを見ていた。
その顔はわずかに笑っているようだった。
「テメェに会えるのを楽しみにしてたぜぇ? ひひ」




