勇者ですが何か?(18)突きますが?
アリアーハンの北門外には、10人の警備兵が隊列を組んで石畳の道を進んでいた。
「本当に賊がいると思うか?」
「さあな、とにかく辺りを調べるしかないだろ、近くにはイーリマスへと続く森もあるし、もしかしたら流れて来たって可能性もあるだろ?」
警備兵達は鎧を鳴らしながら辺りに注意しつつ進んでいたが、前から一台の馬車がやってきた。
「おい、止まれ!」
先頭を歩いていた警備兵が手を挙げて制止を促す。馬車を動かしていた御者の男はそれに気付き、手綱を引いて馬を止める。
「どうしたんです?あなた達のような騎士がこんなに外に出て…、何か事件でも?」
御者の男はボロい服を着ていたが、頭にはその格好には全くもって合わない、シルクハットを着けていた。
そんな男を怪しみながら、止まれと指示を出した警備兵は馬車を見る。後ろは木で出来た小屋、もしくは荷物を入れる倉庫のようだった。
「……運んでるものはなんだ?」
警備兵は御者の質問には答えずに馬車を見て聞いた。
「これはお酒を運んでるんですよ。主にワインですね、依頼をされた方の親族が結婚をなさるとかで、お酒を大量に頼まれましてね…ひひ」
御者の男の笑い方に、気味の悪さを覚えつつ、警備兵はさらに尋ねた。
「中を見ていいか?」
「中……ですかい?」
男の言葉が一瞬濁り、警備兵は鋭い目で男を見た。
「…何か見られたらいけないものでも入ってるのか?」
御者の男は喉をゴクリと鳴らした。
「そんな…、何も悪いものなんて運んでませんよ!」
男は手を振りながら答えたが、その焦り様はいかにもと言う感じだったため、警備兵は腰に下げた剣の柄へと手を伸ばした。
「怪しいものが無いのなら、見てもいいだろ?俺たちはアリアーハンの街に、危害のあるものかどうかを調べる義務がある」
「べ、別に見るなとは言ってないじゃないですか!ただ…酒をあまり外気に触れさせたくないだけですよ!」
そう言って男は馬車から降りようとしたが、警備兵は手をかざしてそれを止める。
「降りなくていい、俺たちで確認する」
そう言って後ろにいる他の警備兵を3人連れて馬車の後ろへと向かった。残った警備兵達は御者の近くに立ち、御者の男が何かしないように見張りつつ、後ろの様子にも気を配っていた。
後ろから見ると、しっかりとした扉が付いていて、閂が刺さってあった。その閂を抜いて警備兵は扉を開けるために、取っ手に手を置く。
そして後ろに構える警備兵達に目配せし、後ろの警備兵達は剣を抜く。
勢いよく戸を開けて、その中を後ろの警備兵達が前のめりに見る。
「…箱、だな…」
中には、ぎっしりと木箱が積まれており、アルコールの香りが警備兵達の鼻腔を刺激した。
戸を開けた警備兵が、他の警備兵達の先頭に立ち、ゆっくりと手前に積まれた木箱の蓋を持ち上げる。
中から見えたのは、良い香りを放つワインの瓶だった。
警備兵達は馬車の前まで戻ってくる。
「どうだった?」
「あぁ、美味しそうなワインだったよ」
警備兵達の会話を聞き、御者の男は、ホッと息を吐く。
「悪いな、疑ったりして…。実はついさっき男がボロボロで街に来てな。男が言うには賊が森から出て来たってことだったからな。警戒しているんだ」
「それは災難なことですね…。でも道をずっと通って来たけど、賊どころか、歩いてる人間さえ見ませんでしたよ?」
御者の言葉に警備兵は唸った。
「どう言うことだ…もし賊がいるなら、男一人襲うより、馬車を襲うだろうに…。本当に賊がいたのか……」
警備兵は他の警備兵達を見回したあと、御者の男の顔を見る。
御者の男は、容疑も晴れたからか、にこやかな笑顔を返して来た。
「…手間を取らせたな。もう行って良いぞ、街まですぐだし、俺たちも近くにいるから何かあっても大丈夫だろう」
「ありがとうございます!では皆さんも気をつけてくださいね!…もし賊が隠れてたら大変でしょうから」
そう言って御者の男は手綱を掴む。
警備兵は他の警備兵達の方を見て
「このまま森に入るぞ、いつでも剣を抜けるようにしておけよ。俺は本部に連絡してすぐに行く。先に行ってくれ」
そう言われて、他の警備兵達は頷き、森の方へと歩き始める。
見送った警備兵はまだ隣で動いていない御者に気づく。
「どうした?大丈夫だと言ったろ?早く行って、新郎新婦にそのワインを飲ませてやれ」
「いやぁ、警備兵の方々が働いてる姿なんて、街中でのパトロール姿とか、テレビでの特集とかでしか見ないですからねぇ!まさかこんなタイミングに自分が目撃するなんて夢にも思わなくて…ひひ」
「遊びじゃないんだ、さっさと行け」
「あいよ」と言って御者は馬を動かした。ゆっくりと前へと進む馬車。
警備兵はテルフォンを取り出し、仲間に連絡を取ろうとした。
「ではさようなら、警備兵さん!」
御者の元気な声に、返事をしようと警備兵は顔を上げた。がーー
「っ!?」
矢が自分目掛けて飛んで来ていた。
一瞬のことで理解する間も無く、警備兵の眉間へと矢は突き刺さり、そのまま地面へと崩れる警備兵。
「中をチェックするなら、しっかり奥まで見ないとなぁ…ひひ」
馬車の扉は開かれていた。中にはさっきまでいなかったはずの悪漢どもが3人乗っていた。
そのうちの一人は弩を持っており、「ビンゴ!」と言って、汚い歯を見せ笑っていた。
「おい!ちょっと出るの手伝ってくれ!」
男の一人が”奥”の木箱の中から手を出して助けを求めていた。弩を持った男が笑いながら近づくと、木箱の中にいた男はワインでびしょびしょに濡らした顔で、笑っていた。
「飲んでたら抜けなくなっちまったぜ!」
「テメェ、祝い酒を先に楽しんでんじゃねぇよ」
男は木箱から出されている手をグッと握り、思い切り引き上げる。
「良いじゃねぇか、飲ませてやれよ!俺も一本もらってくぜ!」
そう言ってもう一人の男は一本ワインを掴み、そのまま外へと飛び出した。
「おい!何してんだよ!?」
「連絡すんのさ!賊なんていやしなかったってなぁ!!」
そう言ってワインの蓋を外し、浴びるように飲んだあと、矢を食らって死んだ警備兵の元まで駆けて行った。
馬車の中の二人は顔を合わせて笑った。
御者の男も似合わないシルクハットを脱ぎ捨てた。
「ひひひひひひひひ!!!やっと解放されたぜ!俺の魂!」
そう言って、露わになったモヒカンを触るダルキヨであった…。
ー勇者ですが何か?ー(18)
女騎士育成所『セノビカ』訓練所の広場では、8人の少女達が剣を振り合っていた。
「もらったぁ!!」
アーシャとアイリーンを残し、二人の少女は呆気なくやられていた。
「あー、負けちゃったー」
「アーシャ、頑張ってー」
二人は気怠そうに言って、広場の端へと歩いて行く。
「くっ!あいつら〜」
アーシャは二人に舌打ちしつつ、前から来る3人の少女達の剣を受け止める。
「さすがねアーシャ!うざったいけど、剣の腕だけはさすがだわ!」
アーシャと向かい合ってる少女の言葉を無視し、目に向かって唾を吐くアーシャ。
「アイリーン!!私の盾になれって言ってるでしょ!!」
叫びながら、怯んだ少女を剣で押して、後ろへと跳んで退くアーシャ。しかし、怯んだ少女の隣にいた二人の剣に当たってしまう。
軽くかすめた程度とはいえ、ルールはルール。あと1回でも剣が当たればアーシャのチームは負けになるため、アーシャは素早く後ろを向きアイリーンの方へと走る。
「え…!?」
急なアーシャの動きに、アイリーンは動けなかった。アーシャはそんなアイリーンを強く睨みながら、アイリーンの肩を掴み、無理やり前へと突っ放した。
アイリーンは体勢を崩すのをなんとか堪えつつ前を見る。さっきアーシャに唾を飛ばされた少女含む3人が、アイリーンを睨んでいた。
「何?アイリーン。邪魔しないでくれる?」
「あんたなんて、戦うだけ時間の無駄だから、引っ込んでなさいよ」
「無理に痛い思いしなくて良いんだからありがたいと思ってどきなさいって」
3人のあざ笑うような言葉にアイリーンは剣を構える。
アーシャはそれを後ろから見ていた。
「戦う気?ならちょっと待ってね、ジャンケンして負けた人がアイリーンと戦うから」
真ん中の少女が笑いながら、手を前に出し、アイリーンの目の前でジャンケンをし始めた。
ーーギリッ!
アイリーンは歯を噛み締めて、剣を振ろうと構える。
だが少女達はそのことに対して、特に警戒もしていなかった。当たらない、対処できると言う自信があるからだ。
「ーーはい、一旦落ち着け!」
急に耳から声が聞こえて我に返るアイリーン。耳にイヤホンを付けていたことを思い出す。
「ムカつくだろうが、その大振りじゃ当たらない。気持ちはわかるぜ?でもまずは、前のやつの腹目掛けて突け!!」
そのタロウの指示通りに、アイリーンは大きく構えていた剣を体のすぐ前に持ってきて、剣の切っ先を前に立ちジャンケンをしている少女の鎧の真ん中へと向ける。
「!?」
今までアイリーンが見せたことのない”突き”の構えに、余裕な顔でジャンケンをしていた少女の顔がこわばる。
「ハァァァァァ!!!」
アイリーンは一直線に、その少女へと剣を伸ばした。
「うっ!!」
見事に剣の先は当たり、油断していた少女は体をくの字にして、後ろへと倒れた。
「今だ、そのまま左右にブン!ブン!」
タロウの言葉通りにアイリーンは伸ばした剣を大きく左右に振る。
突然の出来事に、油断していた少女二人は自分の体へと、勢いよく振られる剣に対応できるはずもなく、一人は一撃で、アイリーンの重たい一撃で横に吹っ飛ばされて、もう一人の少女も見事に喰らって、体勢を崩しながら後ずさる。
「…やった!初めてしっかり当てた!」
アイリーンは剣に、腕に、体に感じる、当たった時の反動、重みに剣をまじまじと見ながら喜んだ。
それを、デパートの屋上から見ながらタロウも笑った。
「良いぞアイリーン。その調子だ!」
自分の指示で戦えているアイリーンを見て、タロウも満足した。
「やっぱ、俺って結構強いのかもなぁ!まぁ勇者だし当たり前かぁぁ!!だーはっはっは!!」
声をあげて笑うタロウ。ちょうど屋上に、来ていた小さい男の子はこれが危ない人なのかと悟っていた。
アイリーンの剣撃に、教官の女騎士も、広場の端で見ていた他の少女達も、さらにはすぐにやられた二人のチームメンバー、そしてアーシャすらも驚いて言葉を失って見ていた。
そんな中レベッカだけは、特に驚いたそぶりを見せるでもなく、ただアイリーンを見つめていた。
「くっ…!アイリーンのくせにぃ!!」
倒れなかった少女が剣を上に振り上げてアイリーンへと駆けてきた。
「もう一回突け!」
タロウの素早い指示にアイリーンもすぐさま剣を突く構えにして、そのまま前へと伸ばす。
少女はまたしても反撃してきたアイリーンに驚き、そのまま剣を振り下ろそうとするも、見事に胴体を突かれて、剣は空を切り、後ろに倒れる。
「うぅ…」
「おいアイリーン、起きそうならもう一発軽く当てろ」
アイリーンは剣を倒れた少女に向けて構える。
「ひっ!」
少女は怯えた顔でアイリーンを見つめて両手を上げて、降参の意思を示した。
アイリーンは息を吐き、前を見る。
少し先に敵チームのリーダーであるキヨミと言う名の少女が、呆然とした顔で立っていた。
「そんな…アイリーン相手に全滅……?」
現状を信じれないといった表情で立ち尽くすキヨミに向かって進もうとしたアイリーンの横をアーシャが過ぎる。
「あんたに良い格好はさせないわ!」
猛スピードで近づくアーシャにキヨミはギリギリで反応し、攻撃を防ぐ。
何度か打ち合っていたが、動揺しているキヨミは押され、アーシャは見事三本取ることに成功する。
ーーピッ!!
教官の笛がなる。
「この試合、アーシャ率いる第二チームの勝利!!」
教官の号令に続き、端で見ていた少女達がアイリーンとアーシャに拍手を送った。
「私…勝ったの?」
アイリーンは自分に向けて拍手をする少女達を見て呟いた。
「ま、勝たせてやるって言ったろ?」
イヤホンから聞こえるタロウの声にグッと泣きそうになる顔を堪えて、タロウには見えないように小さく頷いた。
「何ボサっと立ってんのよ、さっさと出るわよ」
きつめの声が聞こえ振り向くとアーシャが近づいて来ていた。
「…あんたを馬鹿にしてたの、少しだけ謝るわ…。でも、これくらい出来て当たり前だから」
そう言ってアイリーンを見るアーシャを、アイリーンは見返した。
「分かってる、次も勝つから」
アイリーンの態度にアーシャは黙ったまま広場の端へと歩いて行った。
勇者ですが何か?講座
ーアーシャ・コリンズー
アーシャは、アイリーンやレベッカと同じように女騎士育成所『セノビカ』にて女騎士を目指す少女である。
紫の髪を短く切り、顔にそばかすがある少女は、決して貧しい暮らしをしていたわけではないものの、裕福かと言われれば、少々厳しい生活を送っていると言わざるを得ない暮らしをしてきた。
父を早くに亡くし、母と二人で生活をしてきたのだ。
援助は街から少し出ていたが、それでも女手一つで子供を養うのは大変なことで、母親が頑張っている姿を見て幼少期を育ったアーシャは、母のために一般的な仕事よりも少しばかり多くお金をもらえる女騎士を目指した。
アーシャは、剣の腕だけならば『セノビカ』のレベッカ以外の他の少女達よりも上手かった。
しかし、苦労してきた母親を見て育ったが故なのか、早くに父を亡くしたことが原因なのか、態度が悪く、その上、勝つためならばどんなことでもする姿に、少女達からは距離を少し取られていた。
そこでアーシャは孤立しないようにと、騎士ログウェルの娘であるのに全然剣を振るのが下手くそなアイリーンに対し、酷い態度をとり、さらに他の少女達にも共感を持ちかけて馬鹿にするようにして、自分のポジションを守っていた。
だが実際はそれだけではなく、早くして父を亡くして思い出という思い出もないアーシャに対して、大陸最強の騎士団であるゲンシュー王国十二騎士団の一つ、第六騎士団副団長のログウェルを父に持つアイリーンに対しての嫉妬の気持ちもあった。
また、親の苦労を知っているからこそ、親の名や、権限を利用する人間を嫌う。
(利用してるわけではないが、ログウェルの名前はそれだけで影響力があるため、それもアイリーンに対する態度に現れている。また、レベッカは貴族であることが気に入らないものの、しっかり勉強し鍛錬していることも知っているため、超えるべき目標にしている)
ーーー気に入らないのよ、親の名を武器にする奴はね。自分も同じだけの才能や力を持ってると思ってる姿も、持ってなくても親の力を行使してきて、偉そうな顔する奴もーーー
(アーシャの言葉)