勇者ですが何か?(12)青髪ですが?
「ガハッ…ゲホゴホッ!……うぅ…」
眼帯の男は落ちた剣を拾い上げ、アイリーンに向かって構える。
「ログウェルの名前を聞いた時は焦ったが…どうやら心配することもなかったな。…本当に娘だとしても、こんなに弱っちいんじゃ、父親の名が廃るよなぁ?」
「……黙れ…、黙れ、黙れ!」
男の言葉に苦しそうに声を出し、涙目になりながら睨みつけるアイリーン。
「…力もないのに乗り込んできたのが悪いんだぜ?」
そう言って男は剣を振り上げた。
ー勇者ですが何か?ー(12)
眼帯の男の振り上げた剣が、アイリーンへと振り下ろされそうになった時、ついにあの男が口を開いた。
「ちょおおぉっと待ったぁぁあ!!」
その声に男は振り下ろすのを止め、椅子に縛られた少年、タロウを見た。
「…何だ小僧、この嬢ちゃんはテメェの差し金か?」
「知らん!俺は怒ってる!!」
タロウの言葉に鼻で笑う男。
「怒ってるだと?悪いが、お前がここにいるのはお前自身が倒れてたせいだし、この女がこうして膝をついてるのはいきなり人の家に上がり込んだからだ。まぁ確かにお前は怒りたくなるだろうが…それはお前自身を怒りな」
そう言った男に対し、タロウは首を横に振った。
「勘違いしてるっぽいが、俺がキレてるのはあんたにじゃねぇよ…、その青髪女にキレてんだよ!この野郎っ!」
その言葉に眼帯の男も、アイリーンも何を言ってるのか理解できず、ポカンと口を開けた。
「…ゴホ…ゴホ、は…?何言ってんの?」
アイリーンの問いにタロウは縛られた椅子の向きをアイリーン達の方へ向けるために椅子を揺らし小さくジャンプしながら、怒ってる理由をぶつけた。
「何もクソもねぇんだよ、青髪ぃ!!……お前のせいで…お前のせいで!…俺のカレーが床に散らばっちまったじゃねぇかよ!!」
やっとの思いでアイリーンに椅子を向けることができたタロウは顔に似合わない涙を流し大泣きしていた。
「やっとぉ…飯にありつけると思ったのにぃぃ!」
タロウの予想外の言葉と態度にアイリーンは腹立たしさでいっぱいになる。とある思惑があるとはいえ、テレビで見ただけで、全く関係のない勇者のタロウを助けるために一人でここまで来たのに、なぜ責められなければならないのか。アイリーンは痛みに耐え立ち上がろうとする。
それに眼帯の男も気づくが、この今の状況が愉快で、何もしなかった。
「ふざけんじゃないわよ……!誰のために助けに来たと思ってんのよ!?」
「知らねぇよ!俺は頼んじゃいねぇんだよ!……おい、頭!縄を解いてくれ!この女は俺が殺る!」
「はぁ!?あんたほんっっとに、何なの!?」
ゆっくりと立ち上がりみぞおちに手を添えつつも応戦状態になったアイリーンを見ながら眼帯の男は剣を構えた。
「小僧の気持ちは分かるが、そう簡単に縄は切れねぇな、お前が逃げ出す、或いはこの女と協力関係と考えたら恐ろしいし、何よりメリットがねぇ」
「メリットならある!!」
「…何?」
タロウの言葉に男は反応し、ちらっとタロウの顔を見る。真剣な顔になったタロウから、提案を出された。
「バッグの中身をあんたに見せよう、てか、それと引き換えにカレーをもらうはずだったんだ、でもカレーは食べられねぇ、だからその分の見返りとして今すぐ自由にさせろ!そして俺がこの女をぶっ殺す!」
その言葉に男は声を上げて笑う。アイリーンはその隙を突き剣を取り返そうと近づくも、それにはすぐに反応し剣を振って距離を取らせる男。
「確かに、テメェがやっとありつける飯はもうねぇ、何たってインスタントカレーだったからなぁ」
「そうだ!美味しいカレーって言われて騙されたぜ、普通にインスタントで作りやがって…、そんな事はもうどうでも良いんだ!食べられないんだから!…とにかくもう限界なんだよ!どうせあんたなら、俺が暴れても勝てるだろうが!」
「確かにその通りだ!テメェみたいなボンボンのガキ相手にやられる俺じゃねぇ」
そう言って男はついにタロウの手足を椅子に縛り付けていた縄を切った。やっと自由になったことでタロウは力強く立ち上がり手を高く上げて伸びをする。
「ありがとよ、頭!…よ〜し、じゃあ潰すぜ青髪!」
「…望むところよ!あんたテレビで見たときも残念な奴って思ったけど、最悪だったわ!!」
「はは…今日のテレビ見てたって…てことは俺のこと知ってんの?」
「当たり前でしょ、情けない男よね!自分の立場も分からずあんなことして、ましてやカメラの前で…」
「ワァァァアア!やめてくれええ!!クソ〜、こいつ強いぞ、頭ぁ!」
「知らん、さっさと殺れよ小僧!」
言われてタロウは拳を構える。アイリーンもまたそれに対して構える。タロウはアイリーンの目をしっかりと見すえていて、アイリーンもまた睨み返していた。
フゥと小さく息を吐きタロウは足に力を入れる。
「…よし、じゃあ潰すぜ、青髪ぃぃい!!」
その瞬間アイリーンは来るであろう攻撃に備えた。タロウは力強く飛び素早い回し蹴りをアイリーン…ではなく、タロウの後ろで見ていた眼帯の男に振るった。タロウの行動に警戒していたのか男は、その回し蹴りに反応していたが、タロウの蹴りはその反応を超え、見事に男の顔面を捉えた。
その状況に反応できなかったアイリーンにタロウは叫ぶ。
「いけぇ!青髪ぃ!!」
その言葉でアイリーンは反射のように床を蹴り横へと回りながら体勢を崩しかけている男の顎へと追い討ちのアッパーを浴びせた。
「よし、これで良いだろ」
気絶している眼帯の男とダルキヨを縄でぐるぐるに縛り、さらにその二人を椅子へと縛り付けたタロウはダルキヨが食べ物を取ってきていたキッチンの部屋へと入り、見つけたジャーキーやら果物やらを食べる。ウマイ、ウマイと食べるタロウを、壁に背中を預けた形で体操座りをしたアイリーンがため息を吐きながら見つめていた。
「想像してた以上に残念な勇者ね…分かってはいたけどここまでひどいなんて…」
「お前さっきから酷いぞ?嫌われるぞ?」
タロウはモシャモシャと食べながらアイリーンの前で腰を下ろした。
「……なんであんたは捕まったの?あの回し蹴りから見て悔しいけど…、普通に強いと思ったんだけど」
「…?そりゃ、一応勇者だからそれなりに鍛えてもらったし、隙を見せてたから倒せたんだけど…。捕まったのは別にやられたわけじゃなくて、腹減って気を失ってただけだ」
「は…?気を失って捕まったの?しかも空腹で倒れたって…はぁ、どんだけ残念なやつなの」
アイリーンの呆れた態度に腹立たしさを隠せない、隠さないタロウ。
「お前本当に、失礼だぞ?さっきからぐちぐちと…、だいたい、なんでここに来たんだよ?てかお前のせいでカレー食べられなかったのは事実だぞ!」
「助けに来てあげた人に対して何なの?カレーと命どっちが大事よ!」
「カレー」
「あんたねぇ!本当にムカつくわねぇ!切るわよ!」
「あぁ良いとも!切ってみろよ!…ま、お前には切れねぇと思うけどねぇ!」
「何ですってぇ!?」
「だって、あんな大振りじゃ、当たるものも当たりゃしないぜ?…だーはっはっは!!」
その言葉に顔を赤くし立ち上がるアイリーンは口をワナワナ震えながらタロウに指を指す。
「立ちなさい!私を馬鹿にしたこと、後悔させてあげるわ!」
「何?殴り合いでもするってか?おいおい、悪いけど、俺は女にも手を出すぜ……なんちゃって!」
さらに笑うタロウに鞘から剣を取り出すアイリーン。
「勇者なんだから剣くらい持ってるでしょ!?」
剣を抜かれ、タロウは笑うのをやめた。
「…まさか剣で勝負とか言うんじゃねぇよな?」
タロウが少したじろいだような声で聞くとアイリーンはドヤ顔で返した。
「そのまさかよ!!」
勇者ですが何か?講座
〜アイリーン・フィッシャー〜
ゲンシュー王国第六騎士団副団長のログウェルの娘で、父のような騎士になるべく幼少の頃から剣を扱う。歳は15歳。
アリアーハンの街にある、女騎士を育成する女騎士育成所にて剣技を学んでいる。基本的な身体機能は高く、やはり父の遺伝と言うべきだけの潜在能力はあるが、父への憧れが強すぎるためなのか、剣を大振りしたり、構えが甘かったりと、育成所の中では、出来がよろしいわけではない。そのため、親の七光り、槌の子と言われ、他の女騎士を目指す少女達からは馬鹿にされたりと、友達と言える存在が少ない。
しかし、アイリーンは父親の隣に並び立ちたいとずっと思っており、そんなことを気にしないように、一心になって父親のような剣を振っていた(実際はただ大きく雑に振ってるだけで、ログウェルの剣とは違っていた)
そんなある日、勇者タロウのニュースを見て、あることを閃き行動に出るのだった。
ーーー私はいつか父さんのような剣士になるの!そして女騎士の最高峰の称号、ヴァルキリーを得てみせる!ーーー
(アイリーンのとある日の言葉)