第六話 伸ばしたこの手を握ってくれる人は・・・
メリークリスマスですね。
転移が終わるとそこは禍々しい気配がはびこる森の中だった。その気配はまるで入ってきた者の正気を奪うような気持ち悪さだった。
早く離れるに越したことはないがまず先にやらなければならないことがある。
「まずは、さっきの逃走で受けた矢を抜いて治療しないと。そうでないとまともに動くこともできません。」
シャルティアが放った【ボルトアロー】の矢が今も足に刺さっているためシゼルは歩く事もままならないのだ。そのために矢を抜いて傷口を塞がなければならない。
「しかし、シャルティアさんが無詠唱で【ボルトアロー】を撃ってくるとは、正直生きた心地がしなかったですよ。でも何とか生きられてよかったですよ。魔方陣を使ってくればまだ躱せたかも知れなったですが。」
足に刺さった【ボルトアロー】を抜き、準備していた包帯で傷を塞ぎつつもシャルティアがした技術の高さに関心する。
本来の魔術は詠唱をするか魔方陣を描くかの二通りだが、腕の立つ魔術師ならば無詠唱で魔術を放つことができる。しかし、無詠唱ができるのはせいぜい初級魔術までが限界なうえに無詠唱が使えるほどの技術を持っている魔術師がほとんどいないため、無詠唱が使える魔術師は魔術の神髄に到達しているとまで言われている。
「それほどの逸材を従えているという事は、腐っても六大貴族という事ですか・・・。」
傷口を塞ぎ終え歩けるくらいまでの回復を図っているシゼルは自分のことを考えていた。
「向こうの世界での僕もこんな感じで誰にも愛されずに殺されたんですか。だから復讐を願いながら死んでいったという訳ですか。なら僕も同じ道を歩むことになるのだろうな。」
シゼルの置かれた状況が樟 刹那と同じような状況であること、シゼルと樟 刹那が同じ願いを抱いた。たったそれだけのことでシゼルは足の痛みを忘れて立ち上がり歩き始める。
まるで誰かと同じ道を歩いているかのように。
歩き出してしばらくしてシゼルは周りを確認する。
「歩き出したはいいもの、此処が何処だか分らないな。まあ、あの男が設定した場所だからロクでもない所なんだろう。例えば人食いの魔物が生息する森とかな。」
魔物が出ないか周りを警戒しつつ、口調を樟 刹那に戻していく。もう偽る必要もなくなったからだ。
「しかし驚くほど静かだな。これだけ静かだとかえって逆に不安になるが今の僕には好都合だな。」
そうは言うものの、シゼルはこの森のことを一瞬たりとも舐めてはいなかった。
六大貴族がいらなくなったものを捨てるために選んだ転移先ならば、歩いただけで出られるような所ではないと分かっていたからだ。しかし、そんな警戒も無駄に終わる。なぜなら、
ズドン! ズドン!
聞こえてきた足音が人では敵わないと彷彿させているからだ。
「こんな足音がする魔物に絶対に勝てるわけないか。なら少しでも逃げるしかないな。」
そう言って走り出すシゼルだが、足音は遠ざかるどころか近づいてくる。
「まずいな。どこかに隠れないとこのままじゃ見つかる。かといって今隠れられるって状況でもないか・・・。」
走り続けるシゼルだが、木々がはびこるだけの森の中では策の打ちようがなかった。
そんなシゼルに追い打ちを掛けるかのように影が落ちる。追いつかれたと確信したシゼルは走るのをやめて後ろを振り返ってみると、
「嘘だろ・・・。こんなのから逃げられるわけないだろうが・・・。」
そこにいたのは、全身が黒い鱗に覆われており、人をいともたやすく貫ける鋭い爪をもち、シゼルが小さく見えるほどの高さから見下ろせる巨体に黒い翼を生やしたドラゴンがいた。
「こんな魔物、魔物大全にも載っていなかった・・・。くそっ!魔物大全にも載っていない魔物が出て来るってことは、ここは魔領の森かよ!」
魔領の森
魔族が住家としている領域に最も近く、魔族以外の者が此処に入り込むと魔族によって変異された魔物に肉も残らないほど跡形もなく殺されてしまうと言われている森。
実際に魔族を殺そうとしてこの森に入り二度と戻ってこなかった冒険者が後を絶たなかったためにこの森は死の森とまで言われるほどだ。
「そんな森の中に飛ばされたら死ぬに決まってるだろ。あの男はこうなることが分かってて楽しんでいるのかよ・・・。」
ドラゴンを睨みながらそうつぶやくとドラゴンの方が動き出す。
グルルルゥゥゥゥ・・・
ドラゴンが突如何かをため込むような行動に出るとそれに反応してシゼルも動き出す。
「あんなのが放たれたらひとたまりもないぜ!炎よ、わが敵を阻み、我を守りたまえ。【ファイヤーウォール】!」
シゼルが【ファイヤーウォール】を放ちドラゴンとの間に炎の壁が現れが、
ガアァァァァァ!
ドラゴンが放った炎で一瞬にしてかき消されてしまう。
しかし、炎の壁がかき消された先にはドラゴンが放った炎をギリギリで躱して逃げるシゼルの姿があった。
「今の攻撃をまともに受けていたら絶対に死んでたな。」
そう言ってもう一度魔術を使うためにドラゴンのほうに向くと、
「炎よ、わが敵を・・・ぐはぁ!」
ドラゴンがしっぽを振りかざしてシゼルに直撃させる。
「かはぁ・・・、かはぁ・・・。」
しっぽの直撃を受けたシゼルは吹き飛ばされて全身を打ち付けてしまい、身動きが取れなくなってしまう。
そんなシゼルに近づくドラゴンを視界にとらえつつ、動こうと試みるも体は全く動こうとしないため、ドラゴンがまじかまできしまう。
動けないシゼルに終わりを告げるかの如く足を前に出すドラゴンに、
「また、何もなせないまま死ぬのかよ・・・。」
目を瞑って歯を食いしばっていると。
「まだ死にたく無いのなら最後まで足搔きなさい。」
突如と聞こえた言葉に目を開けてみると、ドラゴンの首を横から切り落とす女性がいた。
「まだ死にたくないのなら、最後まで足搔かないと本当に死んでしまうわよ。」
そう言ってシゼルを助けてくれた女性はこれまでの人生で初めて、シゼルに手を伸ばしてくれた女性だった。
その手に導かれるようにしてシゼルは、その手をつかみ意識を失った。
~???said~
私の手をつかんだまま意識を失ってしまったのは、まだ年端もいかない男の子だった。
「助けたのはいいとしてこの子をどうするか考えてなかったわ・・・。」
意識を失ったままの男の子にはさっきのドラゴンとの戦闘以外にも足に包帯が巻いてあった。
それに、年端もいかない子供がどうしてこんな所にいるのかも気になってしまう。
「まあ、どうせ大したことでもないでしょうけど。一応、傷程度は治してあげないとね。」
そう言って意識を失った男の子を抱き上げ、意識を失った男の子を気遣いながら移動する。
「しかし、あのドラゴンを相手によく生きていられたわね。それに、この歳で初級魔術まで使えるとは、これはかなりのものかもしれないし。」
私が知っている限り、この森の中であのドラゴンはかなりの強さに分類されるのだ。そんなドラゴンを相手にあそこまで立ち回れるのならかなりのものだ。
「もし、行き場がなければぜひ弟子にしたいわね。」
笑いながらそうつぶやく女性は今も意識を失っている子に向けて期待の視線を向けるのだった。
~シゼルsaid~
頭を撫でられる感触で目を覚ますと、さっきまでいた森とはまた別の場所だった。そこはどこかの部屋だった。
「ここは・・・、一体・・・?」
「ようやく目が覚めたわね。」
頭が撫でられていた感触が消えて声のほうを向いてみると女性がいた。
「あなたは・・・?」
「あら、覚えてないかしら?ドラゴンに襲われている所を助けてあがたんだけど。」
「ああ!」
そう言われてようやく思いだした。
「あなたはあのドラゴンを一撃で・・・。」
「ようやく思い出したのね。」
そう言って、笑顔を向けてくる女性をシゼルは観察する。
シゼルと同じ黒髪に二十代と思われる体つき、百人の男がノックアウトしそうな綺麗な顔つきの女性だった。こんな女性があの巨体なドラゴンを一撃でとなると驚かざるを得られない
「見つめられるのはいいとして、そろそろ手を放してくれないかしら。」
「え?」
女性にそう言われシゼルは自分の手が女性の手を握っていることに気付く。
「あ、すみません。」
「いいのよ別に。ただ、意識を失っている間も握られていたからここまで握っていたけれども、治療中まで握っているとは思わなかったわ。まさに、もう二度と放さないかのようにね。」
「え?治療してくれたんですか?」
「そうよ。だから痛みも消えてるはずでしょう?」
自分の状況の確認をしていなかったシゼルが今の言葉で体の痛みがなくなっていることに初めて気づいた。
「本当だ。あれだけの傷だったのもうなくなっている。」
「そうでしょうね。何せ光の上級魔術【ホーリーヒール】を使ったんだから。」
「【ホーリーヒール】ってそんな光の最難関魔術とまで言われている魔術を使えるなんて・・・。」
【ホーリーヒール】は光の上級魔術で対象者が死んでさえいなければどんな傷でも治してしまうために光属性の魔術の中でも特に難しく習得者は五十人に一人いれば多いほうだという。
「それをその位の歳で知っているあなたもすごいっていうのに。ちなみに聞くけど今何歳なのよ。」
「僕が意識を失って一日も経っていないのならば、今日で五歳になった。」
「五歳って、よくそれでダークネスドラゴンに挑もうなんて思ったわね・・・。」
「挑もうと思って挑んだわけじゃない。」
「そうなの?魔術を使っているからてっきりそうだと思ってたのに。」
「絶対に思ってないだろ。」
「あら、よくわかったわね。」
おちょくってくる女性はそれを見抜いてきたシゼルに驚いたが、しばらくすると真剣な顔つきになった。
「おふざけはここまでにしてそろそろ本題に入りましょう。最初に聞くけどあなたは誰?」
「僕は、シゼル。」
「家名は?」
「捨てられたからもうないよ。」
「そう。それじゃあ、なんで魔領の森にいるの?」
「捨てられた後に転移石で魔領の森に転移させられたから。」
「じゃあ、ドラゴンと戦っていたのは?」
「魔領の森から出ようとしている時に見つかった。」
シゼルは女性の質問に素直に答えていく。ここで無駄に争っても勝ち目がない事くらい分かりきっているから。
「それじゃあ、なんで捨てられたの。これは答えられるなら答えて。」
「属性の儀で闇と無の属性が出たから化け物と言われながら捨てられたさ。」
「最低な家族ね。そんなことをするとなると貴族連中かしら?」
「六大貴族のアレイスター・シャインゼルだよ。僕の糞みたいな父親は。」
「あの貴族ならやりかねないわね。それより、母親は?」
「殺されたってさ。忌み子を産んだっで事で。それに僕を生んだ母親には一度もあったことがないから知らない。正妻ではないって。」
「まさに最低の極みね。正妻の子ではなくとも産むと決めたのなら最後まで面倒を見るのが普通でしょうに。」
「あの男は自分の名前と自分の地位さえ守れればなんでも捨てるような男だからな。」
「そんなに地位と名誉を守りたいのかしら貴族連中どもは?」
「知らないよ。興味もなかったし、表にも出してもらえず、閉じ込められるように育てられたから。」
「そうねぇ・・・。」
そこまで聞いた女性は腕を組んで考え事をしていると、
「纏めると、シゼルは今帰る場所もここを出る方法もない。貴族の家に帰ることもしなければこれからなにをするのかも決まっていない。」
「ええ、そうですけど。ところであなたは・・・」
「ならシゼル!私、アリス・エトワールの弟子になりなさい!」
「はぁ・・・。」
いきなりのとんでも発言にシゼルは聞こうと思っていた質問を最後まですることができなかった。
「ん?ところで何か聞こうとしてたみたいだけど。」
「いえ、もう答えは出ましたからいいです。」
「ならいいけど、私の誘いはどうするの?」
「それよりも、なんでいきなり弟子なんかに?」
シゼルは気になっていた。なぜアリス・エトワールは自分を助けいきなり弟子にしようとしたのかが、闇と無属性という忌み子の属性を持っているというのに。
「それは決まっているわ。その歳で魔術が使えるからよ。今までにいろいろな人を見て来たけどあなたのような人は初めて見たのよ。だからあなたになら私の弟子が務まると思ったのよ。それに、私の過去の事を知って欲しいという目的もあるのだけれど、それはまたでいいとして。さあどうする?」
シゼルの答えを待っているアリスはシゼルに手を差し伸べる。
その手に拒絶の意思はなく、ドラゴンに襲われていた時の様にシゼルは手をを伸ばす。
「よろしくお願いします。師匠。」
「ええ、よろしくね。シゼル・エトワール君。」
シゼル・エトワールからアリス・エトワールへ。伸ばしたこの手をアリスは笑顔で握る。
もうすぐ新年なので投稿が不投稿になりますが、書けるのならば毎日でも書いていきたいので頑張ります。
そして、感想も遠慮なく書いてください。